第五話 鉄砲百合と《竜骸塔》
前回のあらすじ
唐突なゾンビ・パニック・ホラーに動揺する三人。
一行は助けを求めて《竜骸塔》へ向かう。
《竜骸塔》に向かう、っていう判断は、半分合ってて、半分間違ってたってのが正しいのかしらね。
あたしたちは警戒しながらも足早に森の奥に進んでいった。
《竜骸塔》への道は、舗装されているとまではいかないけど、よく踏み固められてて、迷うことはなった。商人の馬車が出入りするからかしらね。
それに、深い木々の緑を透かして見上げれば、そびえるような黒々とした塔が見えるものだから、それを目印にすれば誰だってどっちにいけばいいかわかったでしょうね。
一本道を進んでいく中で、あたしたちは時々村人に……元村人に……死なず者どもに遭遇した。
それは男だったり、女だったり、時には子供であったり。
人族であったり、土蜘蛛であったり、天狗であったり。
冒険屋みたいなのもいるあたり、村人だと思って油断して近づいて、仲間入りしたのかもしれない。
心優しい人間なら、様子のおかしい村人を心配して手当てしようとするかもしれないしね。
そして時には、すでにだいぶ腐っているような明らかに異常な個体もいたわね。
「そういえば、墓が荒らされてたとか言ってたよね」
「死体も動き出すっていうの?」
「まあ、そんなことありえない、って考えるよりは、あるかもって考えておいた方がよさそうですね」
最初のうちは顔面蒼白で胃液のにおいがぷんぷんしてたウルウも、なんとか慣れてきた……っていうよりは、こころのごまかしかたを覚えたようだった。そうそう。こういうのってまっすぐに見つめちゃダメなのよ。半分目をそらしておかないと。
しばらく進むうちに襲撃への対処は定まってきた。
ウルウが奇妙に目をきらめかせて死なず者の接近を感知して、あたしが投げ物で牽制して動きを止めて、リリオがすぐに首を落として仕留める。
焼いてる暇なんかないから、首は蹴り飛ばして、胴体は相手にせずその場を離れる。
この流れが出来上がっていた。
伝承によれば《流血詛》は体液感染する。
そしてそれは日光や酸素に触れるとすぐに死滅してしまうほど外界に弱いとされているけど、直接血しぶきなんかを浴びると危ないだろうことはわかる。
そうなると、矢避けの加護の応用でしぶきを防げるリリオに接近戦を任せるのが一番、って判断だ。
それでも完全に安全とは言えないから、定期的にウルウのまじないでリリオを視診した。この奇妙なまじないは、暫定《流血詛》の病原体を見ることもできるらしい。
「たぶんだけど、このゾンビ……死なず者たちも、私の目と似たような感覚があると思うんだよね」
「生命を視る……だっけ? いまいちわかんない感覚だけど」
「嗅覚で狙うなら、たぶん胃液くさい私を狙うだろうし、目で見て狙ってるにしては、視界の悪い森ややぶの中をほぼ直線で突っ切ってくる。前衛とは言えリリオばっか狙ってくるのは、リリオがおいしそうなんだと思うよ」
「嬉しくない評価ですねえ……」
とはいえ、鼻や目、それに耳がきかないってわけでもないみたいで、一体が叫ぶと遠くから走ってくることもあるから、どちらにせよ見つけたらすぐに倒すのがいいわね。
そうして時々襲ってくる死なず者どもを撃退しながら進んでいくと、木々は奇妙にねじれ始め、空気はどんよりとよどみ、獣たちの気配も絶えていった。
なんとも不気味でおどろおどろしい雰囲気ね。
ウルウが気味悪そうに肩をさする。
「これは、死なず者たちの影響なのかな……」
「いえこれは通常営業らしいんですよね」
「通常営業」
「旅行雑誌によりますと、もともと魔力が濃い土地で、昔から《塔》の魔術師たちが魔術の実験を繰り返すので、かなりの量と質の魔力がたまってよどんで汚染されてるらしいですよ」
「うぇ、なんかえんがちょな感じね。大丈夫なの、それ?」
「あんまり一般人の健康には良くないらしいです」
「この世界の一般人のくくり、いまいちわかってないんだけど……」
まあ、この三人の中で言えばあたしがいちばん一般人に近いと思う。
ちょっと全身いじくりまわされて、辺境貴族に振り回されても壊れづらくなってるだけだ。
だからまあ、鉱山の金糸雀よろしく、あたしに不調がでたら撤退を考えればいいだろう。
などと考えているうちに、あたしたちはついに森を抜けて《竜骸塔》にたどり着いた。
それは恐ろしく高い建物だったけれど、その幅自体も相当なものだったからか、どちらかと言えばずんぐりむっくりとした印象を受けた。
それはいままでに見たどんな建物よりも巨大な印象を与える、城塞の如き建造物だった。
それは奇妙にねじくれた、骨と金属と溶けた硝子によって組み上げられた巨大な巻貝のようにも見えた。
蒼天を貫く黒光りする威容は見掛け倒しではなく、建材から装飾に至るまで、それは恐るべき魔術の結晶としてこの森を貫く一塊の巨岩である。
物理的にも魔術的にも、これを突破するためには一軍を以てしてもまだ足りないと称されるこの地上で最大最強の戦力の一つ。
過去現在未来を通して、この塔を打ち倒すことのできるものは存在しないだろうと見るものに予感させるに十分な迫力がある。
「──と、旅行雑誌には書いていますね」
「まあうたい文句に違わぬスゴ味はあるわよね」
「それはそれとして、まあ、なんていうかね」
そんな気はしてたんだけど、というウルウのボヤキは、あたしたち一行の気持ちをありありと代弁してた。
「まあ、物語なら定番ではありますよね」
「三文芝居じゃないのよ」
「事実は小説より、なんて言うけどねえ」
まあ、希望的観測というものは、そうじゃなかった場合のことも考えておかないとただの楽観に過ぎないわよね。
残念ながら今回は「そうじゃなかった場合」の方を引いちゃったわけよ。
戦闘魔術師の聖地である《竜骸塔》。
その縄張りで面妖な死なず者どもがうろついてて、なぜ魔術師たちは沈黙を続けてるのか。
遠方に連絡を送る手段があるとして、なぜもっと近いふもとの村には連絡がいっていないのか。
まあ、予想はついてても、さすがにちょっと呆然とする思いね。
「──死んでる」
ウルウの目が奇妙に煌めいた。
そして繰り返す。この《塔》には、生き物がいない、と。
予想しちゃいたけど、予想しちゃいたとはいえ、あたしはさすがに言わずにはいられなかった。
「旅行雑誌によればよ。《竜骸塔》には百人からの魔術師がいるらしいわ」
「へえ。多いのか少ないのか知らないけど」
「多いわよ。それで、その百人がそれぞれ見習いを育ててるのよ」
「単純に倍か、三倍か、もっとってことだね」
「他にも魔術とは関係ない、台所とか、掃除を任されてる連中だっているでしょうよ」
「まあ大きな施設だし、そうなるよね」
「十三人の名高い高弟が技を高めてて、そいつらは辺境で活躍した記録だってあるわ」
「それは確かに強いんだろうね」
「その頂点には三百年生きてる魔人が君臨してるっていうのよ」
「絶対強いやつだよね、それ」
「それが、なんですって?」
「死んでる」
「わーお。わーお、よ」
驚いた、というより、それはもはや呆れの域だったわね。
ここまで極端だと、他に反応のしようがないっていうか。
こんなんどうしろっていうのよ。
そびえたつ《塔》の周囲には外壁が張り巡らされ、その外にはさらに空堀が掘られてた。
塔へと続く橋の先、外壁に設けられた門扉には、つるつるした黄色く細長い帯が幾重にもかけられ、そこには黒字で読めそうで読めない文言が書かれていた。なんかの儀式めいた封印なのかもしれない。
「…………きーぷあうと? それにばいおはざーどまーく……?」
ウルウが小首をかしげて何事か呟いたけど、それはいつもの異言のようで、内容はよくわかんない。
扉はそうして封印されていたけど、どうしたことか閉じきることもなく半端に開いてた。誰かがやってきたのか、それとも誰かが逃げ出したのか。あるいは死体がさまよい出ていったのか。
あたしたちはリリオを先頭にゆっくりと門を押し開け、その向こうをそっと覗き込んだ。
《塔》の正門前に広がる、前庭と呼ぶにはあまりにもみすぼらしい広場で、それらはあたしたちを待ち構えていた。
「…………前衛芸術と呼ぶには、ちょっと不謹慎が過ぎるかな」
「どちらかと言うと敵軍の士気をくじく見せしめでは?」
そこにあったのは、十三の死体だった。
正門前に半円を描くように、串刺しにされた死体が掲げられてた。
十三という数字は、旅行雑誌にあった十三人の高弟の数と合致する。
何人かの顔は、雑誌にある似顔絵とよく似ていた。
その顔はどれも血の気が引いて青ざめ、目を大きく見開いて、苦痛の中で息絶えていた。
「あたし、いまバチクソ嫌な予感がしてるわ」
「奇遇だね。私もだ」
「言ってる場合でもない気がしますけれど」
ぎくり、と。
ぎく、ぎぐ、ぐぎり、と。
軋むような音を立ててその手が動いた。その顔が傾いだ。その目が見た。あたしたちを見た。
正気を失い、命を失い、死に果てたその目があたしたちを見た。
十三の死体が、十三の視線をあたしたちに向けた。
その手が動いた。
握りしめた杖が向けられた。
ひび割れた口が、がさついた声を吐き出す。
荒れ野に吹く風が木々の間をすり抜けるような、背筋のぞっとする声を吐き出す。
しかして、力ある言葉を。
「──《焼き焦がす風よ》!」
「──《斬・霧・舞〃》」
「──《霜に喰われろ》」
「──《輝けるもの、満つ》」
「──《切り裂け断ち切れ吹き荒れ、ろ》!!」
「──《沈め、しかるのち死ね》」
「──《鶏鳴は暗夜を分かつ》!!!!」
「──《剣よ舞い踊れ》!」
「──《その毒は肺の腑を腐らせる》」
「──《かっとばせ!ですわ!》!!」
「──《銀弾は雷鳴より速し》」
「──《抉れ抉れ抉れ》!!」
「──《俺の××××を舐めろ》!」
十三人の乾いた目があたしたちを見て、十三の杖があたしたちに向いて、十三の呪文が唱えられ、十三の破壊的な魔術が吹き荒れたのだった。
「死なず者どもの砲台ってわけ!?」
用語解説
・汚染
自然魔力は通常人体に影響を及ぼすほどの濃度ではないが、自然活動の活発な土地や、多くの魔術が長期間にわたって用いられてきた土地では人体に悪影響を及ぼすほどの濃度になることがある。
これを魔力汚染という。
多くの場合は多少の体調不良を覚える程度であり、しばらく休憩すれば慣れるようなものでしかないが、人工的に超高濃度の魔力環境下に暴露させる実験結果が年齢制限付き画像を伴うことを考えればあまり健康には良くなさそうだ。
・金糸雀(Kanario)
カナリア。南大陸原産の小鳥。毒物に敏感であり、しばしば炭坑や鉱山で毒ガス検知器として使われる。
地潜は窒息で死なないという加護を得ているが、それはそれとして火気厳禁のガスなどの検知に役立つようだ。
ちなみにその名づけは「カナリア色」をしていたからである。そのカナリア色がなんの色なのかは現在では知られていない。
・十三人の名高い高弟
熱波のグレナート(Grenato la Varmondo)死亡
移り気なカートクーロ(Katokulo la Kaprica)死亡
冷厳たるマルブルオ(Marbluo la Flegma)死亡
まばゆきディアマント(Diamanto la Diamanti)死亡
荒れ狂う風のスメラルド(Smeraldo la Furioza ŝtormo)死亡
静かなるペルロ(Perlo la Kvieta)死亡
物凄く煩いルベノ(Rubeno la Ekstreme bruo)死亡
触れ得ざるペリドート(Peridoto la Netuŝi)死亡
死の森のサフィーロ(Safiro de la Morta arbaro)死亡
精華のオパーロ(Oparo la Floro)死亡
第三番目のトゥルマリノ(Turmalino la Tria)死亡
罪深きトパゾ(Topazo la Pekoplena)死亡
天稟のラズルシュトノ(Lazurŝtono la Genio)死亡




