第四話 ドジっ子新妻はお世話好き♡
前回のあらすじ
人の往来の途絶えた忘れられた小屋。
《三輪百合》の三人はここに一夜の宿を求める。
女三人、密室、一夜。
何も起きないはずがなく……。
※覗き行為は歴とした犯罪行為です。
気の知れた仲であっても、悪戯半分でも、それは悪事です。
卑劣で浅ましい許されざる行為です。絶対に真似しないでください。
二人もあのあとちゃんと白状して謝り、今後は許可をとってから覗くことにしました。
最悪の目覚め、っていうよりは、とにかく訳が分からないって心境だったわ。
目が覚めた時には手錠がかけられてて、外してって言ってもだめだよって微笑んでて。
最初は意味が分からなかったわ。
ウルウの下手な冗談だって思った。悪い冗談なんだって、この後ネタ晴らしがあるんだって、そう思いたかった。
「手錠を外して」
「ダメだよ」
「手錠を、外しなさい」
「だーめ。ここからは出してあげないよ」
あたしは素早く室内を見回した。
あたしたちが掃除した小屋の寝室。
シーツも整えた寝台。鎖は寝台の脚につながってる。
いつも枕元に置いて寝る《自在蔵》がない。それどころか荷物はみんな見当たらない。
いつの間にか着替えさせられた寝衣だけ。
安心して。水も食料も困らない。ご飯も用意する。ってウルウは言ったわ。
これからはずっと一緒だよ。いつまでもいつまでも幸せに暮らそうね。どこへも行かないでね。どこにも行かないからね。いつまでもいつまでも、いつまでもいつまでもいつまでも、私たち一緒にいようね。って。
「冗談はいいから、早くこれを外して!」
「冗談じゃないよ。ここでずっと暮らすんだよ」
隣のリリオも、寝ぼけてるのもあって状況がつかめてないみたいだった。
何の話をしてるのかわからないって様子で、あたしとウルウの間を視線が行き来してた。
ウルウはそんなリリオの様子をほとんどいつくしむみたいに眺めて、こう言ったわ。
「おなか減ったよね。すぐに朝ごはん用意するから」
ウルウが部屋を出るのを見送って、あたしたちはすぐに手錠を外そうとした。
荷物も装備も全部隠されてたけど、寝衣には針金を仕込んでたし、それで解錠できないかって試してみたのよ。
でもだめ。鍵穴は見えるのに、針金を突っ込んでも感触がないの。本当にただの穴って感じで、なんのひっかかりもない。たぶん、いつもの不思議道具ね。まじないの品なんだ。
鍵が開けられないんならってことで、じゃああたしの方をどうにかすればいいでしょって、次は関節外してみたのよ。リリオもそれでびっくりして、さすがに目を覚ましたわね。ドン引き言うな。
だけど、これもだめ。
手錠そのものがあたしの手首に吸い付いてるっていうか、ぴったりくっついて離れないの。自由に回せるのに、不思議よね。
あたしがいろいろ試してだめだったから、最終手段としてリリオが全力で引きちぎろうとしたんだけど、まさかのまさか。
びくともしないもんだから逆にふたりとも笑っちゃったわよ。
鎖も、手錠も、リリオが全力で引っ張っても、ひねり上げても、噛みついても、びくともしないの。普通の鋼鉄くらいまでならなんとかなるはずなんだけど、恐ろしく強靭な金属……っていうよりは、やっぱり不思議道具ってことなんでしょうね。単純な力じゃなく、まじないがリリオの怪力を防いでるのよ。
こりゃどうしようもないなってなったころに、ウルウが戻ってきた。
手にしたお盆には、湯気を立てる豆茶、麺麭、燻製肉と目玉焼き、それに生野菜の盛り合わせ。
手軽だけど、これぞ朝食って顔した組み合わせね。
「おまたせ。さあ、召し上がれ」
「わーい、いただきます!」
「あんたねえ……まあいっか。いただきます」
リリオが鎖のこと忘れたみたいにケロッとして普通に食べ始めるもんだから、あたしも毒気を抜かれちゃって、もそもそと食べ始めた。
まあ、ウルウがつけてきた、でっかいハートが胸に描かれた前掛けに気が抜けちゃったってのもある。
でも、正直なところ味はよくわかんなかった。
「……ねえ、すごいわね、これ。全然外れないわ」
「そうだね。外れたら困るし」
「もうじゅーぶん驚いたから、いい加減外してちょうだい」
「どうして?」
「どうして、って……」
「これからは全部私がしてあげる。もう外に出る必要なんてないんだよ。だから外さない」
あ、これあかんやつ、って思ったわね。
もうあたし、ぞっとしちゃって。
ウルウの目、底なし沼みたいにどんよりしてた。
とにかく何とかしなきゃって思ったら、手早く食べ終えたリリオが、すって手を挙げたの。
「ウルウ」
「なあに?」
「お手洗いです」
「私はお手洗いじゃないよ……じゃない、え? なに?」
「お手洗い行きたいです」
「おおおおお手洗い!? いま!? いまではなくない!? いま私さあ!」
「でも朝のお通じがですね」
「君いつもお通じいいもんね!? ちょ……ちょっと待って……!」
「ここでしていいですか?」
「いいわけないでしょ!?」
この女、ほんと台本から外れると途端にこれよねって、なんかふふってなったわよね。
「ど、どうしよう、どうしよう……!」
「だからほら、外してよ」
「ダメ!!!」
この雰囲気ならって思って言い出してみたら、思いのほか強い拒絶が返ってきた。
あんなににこにこしてたのに、いまは追い詰められたみたいに、今にも泣きだしそうだった。
「外したらどっか行っちゃう……やだ……やだぁ……!」
泣き出しそうっていうか、実際ほとんど泣き出してた。
見開いた目からボロボロって涙がこぼれて、大の大人がうう、うう、ってうなるみたいに嗚咽漏らして、どうしようどうしようって髪をかき乱すのよ。
かなり危険なんじゃないかって、正直思ったわね。
でもそんなの何にも考えてないリリオが、漏らすよりは、漏らすよりは!とかいって脱ぎ始めたからウルウもいよいよ悲鳴上げちゃって。
あたしもさすがに隣でされるのは嫌だったし、ウルウの恐慌状態がいよいよ危険だったから、じゃあ手錠でウルウとリリオをつないで、それで厠に行きなさいよって。
「あ、ああそっか! ありがとうトルンペート!」
「さすトルですね! さすトルですよ!」
「ほら、つなぎ直すから暴れないで……ほら、これでいいから、はやくトイレに……!」
「あ、あ、あ、待ってくださいウルウ、あんまり急かすとあっ、ちょっと出」
「ああああああああああああああああああッ!!!」
ウルウがこの世の終わりみたいな悲鳴上げる横で、リリオが超内股でちょこちょこ小走りしてったのは普通に笑ったわ。まあ、笑っていいのか何なのか、わかんなかったけど。
それ以来、ちょくちょくお手洗い大丈夫?って顔出すようになったし、助かるは助かるのよね。
おまるじゃないだけよかったっていうか。まあウルウ的にもおまるは嫌みたいなのよね。人のこと監禁しておいてなんだけど、さすがに糞尿の処理まではちょっと、って感じみたいで。
あたしならさあ!って思ったけど、あたしは賢いのでさすがに言わなかったわ。
でもあたしが用を足してるときは、すぐ外で待ってるからっていうウルウにちゃんと見張ってないとだめでしょって言い張って個室内で待たせてるわ。目をそらしたりするから、ちゃんと見張ってなくていいのって言って。ウルウの目をじっと見ながら用を足すのよ。
違うの、誤解よ。これは異常な状況が、あたしの振る舞いまでをも異常に見せちゃってるだけなのよ。違うわよ。
ウルウはあたしが逃げないか見張れて、あたしは監禁者であるウルウが不審な行動をとらないか見張れて、お互いに利があるでしょってだけなの。そのうえ変態って言ってもらえるわ。
…………違うわよ?
なんだっけ。
まあそんな感じで、ウルウも全然こういうの慣れてないし、そもそも慣れるもんじゃないでしょって話だけど、道具の扱いとかあたしたちの待遇も悩みながらなのよね。
着替えの時もどうしようってなって、服に手をかけたはいいけど鎖が邪魔になってどうしようってまた半分泣きそうになりながらしばらく硬直してて。
「まあ、私は別にしばらく着替えなくてもいいんですけれど」
「ダメに決まってるでしょ!!!」
「別に外も出てないですし、寝てるだけなんですし汚れてないですよ」
「寝てる時が一番汗かいてるんだからさあ!」
「別に三日くらいはまあ……」
「トルンペート! どういう教育してんの!?」
「野営とか続くとそういうこともあるのよね……」
「貴族のお嬢様名乗るのやめてもらってもいいかなあ!?」
ウルウも潔癖症なのよねえ。
とはいえ着替えないとっていうのは、確かにね。
野営の時とかっていうのは非日常なわけで。日常生活で服も着替えない体も洗わないっていうのは、その余裕がないかものぐさかなんだし。
それで結局、鎖ってまだある?あるんならこう、右手と左手を……いっそ足かしら、片方つないで片方外して、そっちを着替えさせたら反対って感じで、えっとこういうことかな、そうそうそういう感じ、上手よ、よくできたわね、えへへ、みたいなね。そんな感じで、いまのつなぎ方になったのよね。
「さすトル! さすトルありがとう!」
みたいなね。
なんで拘束監禁されてるあたしの方がが助言しないといけないのよとは思うけど、まあ抜け出せないならちょっとでも生活環境は改善したいものね。
そういう差し迫った問題が解決すると、ウルウは生き生きとあたしたちを介護というかお世話し始めた。別にウルウはあたしと違って人のお世話をするのが好きっていうたちじゃないんだけど、それでもウルウはあたしたちの顔を見るたびに、あたしたちがちゃんとそこにいるってことを確認するたびに、ほっと安堵するように、心底からの喜びを湛えるように微笑む。
普段のウルウを知ってる身としてはにこにこ笑顔でしあわせそうなデカ女には「誰!?」って一瞬なるんだけど、それでもそれはあたしたちのウルウなのだった。
毎日笑顔で、しあわせそうで、恥じらいながらもあたしたちに愛情を示してくれる。
それは、ある種の幸福の情景ではあると思う。でもそれが上っ面であることをあたしは知ってた。わかってた。あの取り乱して泣き出したウルウの方が本当なんだってことを、あたしは知ってたんだ。
たぶん、ウルウ自身さえも、そのことを知っていて、わかっていた。それでも、そのことを見ないようにしてた。
あたしたちは、歪な生活をつづけた。
用語解説
・オーヴォ・クン・ラルド(ovo kun lardo)
要するにベーコンエッグ。
・さすトル
「さすがトルンペート私たちには思いつかないことも簡単に答えを出してくれますね特にシモとかの方向にはなんかやたらと的確なので普段から考えてるんじゃなかろうかと疑っちゃいそうになりますけれどそれが私たちのトルンペートですもんね」の略。
・おまる
帝国でのトイレ事情はおいおい話すとして、おまるも一つの選択肢ではある。
おまるやつぼのようなものに用を足して捨てに行くというスタイルはまだ一部のご家庭などでは現役である。
幸いここのトイレは、せせらぎの流れを一部引き込んだ自然の水洗トイレともいうべきものだったようだ。そのかわり湿気の被害が大きいので、ウルウ的には微妙にもんにょりしている。
・さすトル(二回目)
「さすがトルンペートお世話のことに関してはやっぱりプロのメイドさんだよね普段はちょっと忘れそうになるけど家事全般も戦闘もできる万能メイドさんは頼りになるよあとは性癖がもうちょっとおとなしくしてくれればでもそれが私たちのトルンペートだしね」の略。




