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異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ  作者: 長串望
第九章 静かの音色

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第二話 亡霊と手抜き飯

前回のあらすじ


動く死体がうごめく街、ムジコであった。

 町に入った時から嫌な予感はしていた。

 いや、誰も彼もが陰気にうつむいた町に入って何の予感もしないやつがいたら、そいつは底抜けの能天気か、そんな日もあるよねと言う余程他人への思いやりに満ちた奴だと思うが。そして生憎と私はそのどちらでもない。


 町並み自体はまあ、ランタネーヨと同じようなものだ。あれよりいくらか規模が大きく、あれよりいくらか優美で、そしてあれよりかなり陰気だった。


 天気も良く、気持ちの良い風も吹いているのに、どうしようもなく拭い去れない陰気さは、数少ない通行人たちの醸し出しているものなのだろう。ここまでくるともはや状態のいい廃墟なのだが、かろうじてそれを陰気な町に押しとどめているのがその通行人たちの存在なのだ。


 どちらがましかというのは私の口からは言いかねるが。


 馬車を牽くボイも、この陰気さを不気味に感じているのか落ち着かない様子で、何度か撫でてやって、それでようやくいやいやながらもこの街を歩きだしてくれたくらいだった。


 リリオの提案でやってきた冒険屋組合とやらもまあ酷いありさまだった。


 私はヴォーストの冒険屋組合の建物を見てはいないのだけれど、それでも機能重視で簡素な所の多かった北部の建物と比べて、この冒険屋組合とやらの建物は立派なものだった。


 雪が積もらないこともあるのだろうが、飾り窓に飾り煉瓦に飾りなんちゃらと、飾りと名のつかないものはないんじゃないかというくらい装飾に富んでいて、そしてそれが下品ではない範囲できれいに収まっているのは見事としかいうほかにない。


 ヨーロッパ旅行に行ったら、いまでもこのような建物があるのではないかと思わせる優美さだ。


 ところが中に入ったら何ということか、人っ子一人いない、気配もない、閑散とした広間がお待ちかねだ。何しろこの私が《生体感知(バイタル・センサー)》を使ってもようやく奥のカウンターに受付嬢が一人いるのを確認できただけで、恐らくほかの人員はみな奥に引っ込んでいるのだろう。そして外来客はゼロだ。


 リリオに聞いてもさすがにここまで閑散としているのは見たことがないというから、異常事態だ。


 亡霊(ファントーモ)呼ばわりされることもある私が言うのもなんだけれど、受付嬢のやつれ具合は私よりもよほど亡霊(ファントーモ)めいていて、それがなんとかにっこり笑う様はもう職人根性としか言えない。


 ここにきて私の嫌な予感はいまさら言うまでもなく高まってきていたのだけれど、とどめはリリオの笑顔だった。


 奇妙なメロディに生気を奪われているのだという不思議な話を聞かされて、この娘は笑ったのである。

 にかっと実に爽やかに、元気づけるように笑ったのである。


 あ、ダメだこれは。


 そう思った瞬間にはリリオは胸を叩いていた。


「まーっかせなさい! 私たちがその異変、解決して見せます!」

「また始まった」

「その『私たち』に私も入ってるの?」

「私たち《三輪百合(トリ・リリオイ)》はいつも一つです!」

「たまにはソロで活動してもいいんだよ」

「寂しいこと言わないでくださいよう!」


 まあ、しかしリーダーが言い切ってしまったからには仕方がない。

 冒険屋組合の受付嬢も、全く期待していないというか、そもそも何かに期待するだけの元気もないようなはかない笑顔で頑張ってくださいねと応援してくださったので、これはもう仕方がない。


 仕方がない。

 ああ、なんて嫌な言葉だろうか。


 ともあれ、私たちはやる気いっぱいのリリオを連れて馬車に戻り、宿を探すことにした。

 何をするにせよ、しないにせよ、拠点は大事だ。


 幸い宿はがら空きで、割と良い宿を、それも割安で取れたのは良いことだった。路銀には限りがあるしね。私が言えたことじゃないけど。


 ボイを厩舎に繋いで、ふわふわの毛をブラッシングしてやり、たっぷりの餌をやって、いざ私たちの食事となって、問題は発覚した。つまり、私にとっての大問題が。


 宿の食堂で金を払って昼食を頼んだところ、出て来たのはパンとチーズだった。

 昼食としてはちょっと簡素すぎるんじゃないかっていうレベルではない。

 そもそも切り分けてすらいない。

 スープくらいつけてくれてもいいんじゃないかと思ったら、竈に火も入っていない。


 やつれた顔の主が、のそのそと運んできて、ぼそぼそと聞き取りづらい声で言うのである。


「つらいんで、お好きなだけご自分でどうぞ」


 これにはさしものリリオでさえ呆然としたくらいである。


 一応腹も減っているし、金も払っているし、頂くはいただいたが、これがひどいものだった。

 チーズはチーズだ。これは安定している。東部は気候も安定していてチーズ作りが盛んだというが、成程おいしいものだ。だがチーズ以上のものではない。これは商品名:チーズであって、食事ではない。断じてない。


 そしてパンだが、これがもう、ひどい。いったいいつのものなのやら、カビこそ生えていないが、恐ろしく硬い。それを鋸みたいなパン切包丁でぎこぎこと切り分けて食うのだが、恐ろしく硬い。煎餅みたいなぱりぱりとした硬さではない。ぎちぎちと粘り気のある硬さなのである。

 仮にスープがあれば浸して食うという戦法も使えただろうが、これは、もう、どうしようもない。


 リリオはそれでも挑戦したが、いつものようにおいしそうという顔ではなかった。


 仕方がないので代金分ということで厨房を借りて、トルンペートが常備野菜と干し肉でスープを作ってくれて、これに浸して食った。食ったというか、消費した。


 これは夕食も期待できないと判断して、トルンペートは急ぎ食材を買いに出かけ、リリオは固いパンの塊をそれでも意地汚く削っては齧って消費し、私はそれを眺めながら決意した。


 何としてもこのくそったれな異変を解決し、せめてまともな食事を一食でもこの町で摂ることを。

用語解説


・くそったれな異変

 つまり、ウルウ個人として面白くない異変である。

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