意識世界
暑い。理音はただただそう感じた。昨夜、冷房をつけた寝たはいいが、タイマー設定にしておいたのでこのざまだ。朝になると暑くてたまらない。理音は心の中でぐちて起き上がった。リビングに降り、朝食のパンにはちみつを塗ってオーブントースターに放り込んだ。今日から夏休みかと思うと気が楽だ。もちろん夏休み中も文化祭の準備があるにはあるが、シフトの日だけ行けば良い。ヨーグルトを口に運んだ。父さんが目を覚まし二階から降りて来た。今日は珍しく急いでる様子はない。いつもなら着替えてるのに。おはようと声をかけ、焼けたパンを取りに行った。これが理音の毎朝の暮らしだ。
「今日からまた仕事で一週間くらい留守にするよ。ママさんによろしくな。」
「うん、わかった、行ってらっしゃい」
「おみやげちょーだいねー」
今年小学校三年生になった妹の帆音が相槌を入れた。
「おうよ。なんか買ってくるよ。じゃあな」
そういって父さんは玄関を開けた。まだ朝も早い。いつもの調子で早く起きてしまった。夏休みだというのに。理音はふと疑問に思った。ではなぜ、帆音が起きるのがこんなにも早いのだろうか。
「ほの、なんで今日は随分と早起きなんだなぁ…」
そう声をかけて振り返った時には帆音はソファーで小さな寝息を立てていた。小学生もちょうど夏休みになったところだ。理音は帆音がお腹を出して寝てるのを見て、バスタオルをかけると夏休みの計画を立て始めた。シフトの日や習い事の日を入れて空いた時間をざっと割り出す。でも、そんなことをしているうちに飽きてきた。理音はそんなに頭が良いわけではなかった。理音の兄、佳音は秀才だ。どちらかというと運動の方がよくできていたが、それでも頭が理音よりもいいことは確かだ。理音も、体力には自信があった。実際、同じ年齢の兄と比べても大差はない。そんなことを考えていて結局計画作りは一向に進まなかった。諦めてソファーの帆音に占拠されていないところに座ると、携帯で友達に返信をした。固定電話が鳴った。理音は焦る様子もなく受話器を取った。
「はい、もしもし、銘輪ですが」
「お、この声は理音か。今野です。おじさんはいるかな?あ、もう出かけちゃったか。じゃあ、今日、理音に話したいことがあるから、あとで都合がいいときに俺の家に来てくれないか?」
電話は近所に住む五つ上の楽也くんからだった。改まって要件があるなんて珍しいことだが、楽也くんの家には面白いものがたくさんあるのですぐに賛成した。楽也くんは近くに建ってるアパートに一人暮らしをしていた。実は大学で心理学を専攻している。楽也くんの友達の真司くんも来るそうだ。十時くらいに行くねと伝えて電話を切った。
十時。近所なので楽也くんの家にはきっかりに着いた。真司はもう来ていて理音も席についた。楽也は真面目な面持ちで話を始めた。
「今日は理音に伝えなきゃいけないことがある。今から言うことは全て真実だ。特に根拠があるわけではないが受け入れてもらいたい。心して聞いてくれ。」
一体どんな話をされるのかと身構えていたが、それは理音の予想をはるかに上回るような話だった。
「理音、この世には嘘遣と呼ばれる人たちが存在する。その人たちは意識世界と呼ばれる世界で嘘を力に変えて動いてる。俺や真司もその一人なんだ。細かい疑問は湧くだろうが、疑問が解消する前に体験した方が楽だろう。目を閉じて…。」
その次の瞬間には理音は白い霧のかかった場所に立っていた。理音はさらに困惑を深めた。一体ここはどこなのだろう。いや、それよりも…それよりとか考えられる状態ではなかった。全くわからない。理解ができなかった。
「ようこそ、意識世界へ。ここはエントランスゾーンと呼ばれるところだ。」
声のした方を見ると楽也くんが平然と立っていた。