◇2話 山の尾根から
はじめは木の上から飛び降りることを考えた。
しかしこの木の高さで致命傷になるかというと、おそらく無理だろう。
打ち所が悪ければ死ぬことは可能かもしれないが、その確率はかなり低い上にただ怪我をするだけの可能性は非常に高い。
「そもそも木登りなんてしたことないしなあ・・・」
木を見上げながら、木に登って飛びおりるのは無理だと悟った。
「いや、転落死なら何も木に登る必要はないか。この山を登れば崖があるかもしれない。たとえ登った先に崖がなくても、高台からなら飛び降りることが出来そうな崖の場所を見つけることができるかも・・・」
そう心に決め。山の尾根を目指して登り始めた。
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白骨死体から頂いたサンダルは、布や皮らしきものだけで作られている割に実に足にフィットし、靴底がズルズルだった前の靴よりずっと力が込めやすく山を登るのは苦ではなかった。あと、必要というほどではなかったが、途中真っ直ぐで丈夫そうな木の棒を見つけたので杖代わりに使うことにした。
力の入りやすいサンダルと、しっかりとした木の棒の杖を手に入れたことで、比較的短時間で尾根の頂点らしき所にたどり着くことが出来た。
ここまで飛び降りれそうな崖は見つからなかったが、今度はこの尾根を登れば山頂にたどり着けるだろう。
「しかし人が入った気配がないな。」
ここまで人が踏み固めた山道も見つからなければ、誰かが木を切り倒したような後もなかった。たまに倒れた木も見つけたが、自然に倒れたもののようだ。ちなみに、見つけたら拾うつもりの木の実の類は見つけられなかった。キノコは何種類か見つけたが、食べられるものかどうかわからないので、採らずにそのままにしてきた。
「死ぬなら毒キノコで死ぬって方法もあるか・・・でもそれは最後の手段だな。餓死寸前で空腹で本当にどうしようもなくなった時に試すか。そうなると餓死か中毒死かどっちになるんだろうな。」
死ぬと決めてから、なぜか妙な余裕が出てくる自分になんだか笑いがこみ上げてきた。
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しばらく尾根に沿って登っていくと、木々が開け周囲を見渡せる場所に出た。
「ここが尾根の山頂か」
ここは二つの尾根が交差する場所で山の中腹から2割ほど上の部分のようだ。
山の山頂ではないので、裏側は見ることが出来ないが、今いるこの山と別の山が二つ向こうに見える。
そしてその山と山の間に比較的大きな川が流れ、その先は見渡す限りの森、森、もはやジャングルと言えなくもない。
「ど、どうやってこんな所に運ばれたんだ!?車だよな・・・まさか飛行機から落とされたのか?いや、山の反対側には普通に道路があるのかも・・・」
目の前に広がるあまりの秘境っぷりに、自分がどうやって連れてこられたのか疑問に思ったが、見えない部分に道路でもあるんだろうと考えることにした。
川の流れをたどって見ていくと、途中から森が切れ、開けた場所が広がっている。
「あれは・・・」
ひらけた所に円形状の建物らしきものが見える。明らかに人の手によるものだ。
しかし、遠くに見えるそれは現代日本にあるような建築様式ではない。
「そういえば、村おこしやら町おこしで、一風変わったレジャー施設を作るのが流行った時期が合ったな。」
バブル期に第三セクターとして様々なレジャー施設とされる建築物が、あちこちで建造されたことがあった。そのほとんどはバブル期の終焉とともに採算がとれず廃業したが、解体するにもそのための資金がままならず、そのまま放置されている施設がまだあちこちに残っているという。
あの建築物もきっとその類の一種だろう。
比較的よくあった外国や中世風の建築物を建てて、人を集めようとしていたに違いない。
「駐車場すら無いようだが、本気で経営する気があるのか?」
正知もまだ学生だった頃、地元にその手の施設ができたため、物珍しさから一度は行ったことがある。だが、1回行っただけでその後再び行くことはなかった。他の人もそんな感じだったため、バブル期が終わるとその施設もやはり採算が取れず潰れてしまった。
その余波は町そのものに広がり、施設は解体資金が得られず廃墟化しているという。
正知が失職しても地元に戻れなかったのは、その施設の借金のせいで町自体が閑散とし仕事がないからだ。
「飛び降りれそうな崖は見つからないが、あそこなら、首括り用の場所かロープくらいあるだろう。
・・・いや、あそこからどこか人里に出る道路が見つかるかもしれないな。
そうすると死ぬ必要もなくなるか。はあ・・・それでも元のホームレスにもどるだけか」
とりあえず見えた施設を目指して山を降りることに決めた。
川までたどり着いたら、そのまま下流に沿って歩けばあの施設が見えるはずだ。
そうすれば施設への行き方も自ずとわかるだろう。
大体の方向に目星をつけ山を下り始める。
下りている方向は登ってきた方向とは逆方向だが、また木々が増え森がうっそうとして来た。
今は太陽が見えるから大体の方向がわかるが、夜になったら完全に迷うだろう。
「日が落ちる前に川までたどり着かねば。」
完全に暗くなる前に川に着くために、歩く速度を速めた。
森の中は相変わらず人が通ったような後はない、だが何かしらの動物はいるようだ。
聞いたこともないような動物の鳴き声が遠くから聞こえる。
「聞いたことがない鳴き声だな。いや、でも生で聞くとこんな感じか。」
昔見たテレビの動物ドキュメンタリー番組を思い出しながらそう思った。
テレビもビデオも持っていたのはもう10年以上前、見る余裕暇も見る番組もなくなって手放したのだ。もっともホームレスとなった今、その事に未練はないが。
鳴き声はかなり遠くの方で散発的に聞こえている。
近くで聞こえることもあるが、鳴き声を聞いているかぎり、こちらに向かってくる鳴き声は無く、全て遠ざかっているように聞こえる。
「人を襲うような動物はいないようだが、イノシシや鹿も出会いがしらにに向かってこられたら危ないからな。こっちに向かってこないならいい事だ。」
(死ぬつもりだったのに身の安全を気にするなんてな)
また自分を心の中で嗤った。
日が暮れて間もなく完全に日が落ちようかという状態になって、なんとか川のふもとまでたどり着いた。
もうあたりが暗くなり始めてはいるが、川の様子を確認して見た。川の向こうを見やると、川幅はおおよそ30mくらい、水深は2~3mというところか。山から見たときにはこの川にかかってる橋は見当たらなかったが、川のふもとから上流と下流のほうを見てみても橋らしきものは見えない。
「あの施設は確かこの川のこっち側だったな。泳げないから川を渡る必要がなくてよかった。・・・さて日も暮れたし、これからどうするか。」
施設があるはずの川の下流を見る。
今はもう完全に暗くなったので例の施設は見えない。
「このまま下流に向かって歩けば、いつかたどり着けるはずなんだよな。それにしてもなんて綺麗な星空だ。こんなに良く星が見えるなんて、どれだけ田舎なんだここは?」
日は完全に落ちて真っ暗だが、星空の明かりが川の水面きらきら反射している。
「このくらい川が光ってるなら、川に沿って歩くことは出来なくもないな。・・・まだ疲れていないし歩くか。」
日が落ちたことと川のそばということもあり、だいぶ冷え込んできたが、ローブとそれまで歩き詰めだったせいか、それほど寒さは感じない。このあたりで休息を取るより歩き続けたほうがマシだろう。
淡く光る川に沿って施設があると思われる場所へと向かって歩き始めた。