◇1話 森の中から
「ここは・・・どこだ?」
目の前には見渡す限り木々が広がり、かなり森深くにいるようだ。
「寝る前はたしかガード下で・・・」
私は倉石正知、たしか50前だったような・・・いや、それとももうとっくに超えてて、51か52になってるかもしれない。ここんとこ2~3年が1年に感じることもあるし、今や正確な年齢が曖昧だ。
履歴書に書くときくらいしか必要ないからな。その履歴書も最後に書いたのはいつのことだったか・・・
「寝ている間に連れ去られてここに置き去りでもされたか・・・」
大学を出てバブル期に就職はしたが、そのすぐ後のバブル崩壊で会社が倒産し職を失った。
不況もあり長く続けられる職を見つけることもできぬまま転々とするうち、自分が出来る職も見つけられなくなり、とうとう家賃も払えなくなって半年前にホームレスとなった。経済的な理由から結婚もしていない。ホームレスとなってからも昔からの要領の悪さと人付き合いの下手さから、さっきもホームレスのある集落を追い出されたばかりだった。
”追い出された”というのも違うか、”馴染めないから出て行った”ホームレスになってからもそんなことの繰り返し。
そうして隣の町まで歩いてる途中で雨が降り始めたので、近くのガード下で雨宿りした…はずなんだが、ここはどうみてもガード下でも街中ですらない森の中。
そういえば街の美観や治安を守るためにホームレスを見つけては、遠く離れた場所に連れ去り放置する奴らがいると聞いたことがある。記憶は無いがどうやらそれと同じ目にあったようだ。
「暴力を振るわれなかっただけましか・・・」
見たところ怪我とかはしていない。雨宿りのときに来ていたボロボロのジャンパーとズボンはそのままだったが、カートもカバンも他人から見たら大したものではないが全財産といえる物を全て失っていた。
「ここを死に場所にしろってことか・・・」
サバイバルの経験も知識も無い者がこんな山の中で生きていけるわけが無い。
もって数日、餓死か凍死か、または熊に襲われて食われて死ぬか・・・
「気を利かしてるつもりなら、首を括るためのロープぐらい置いていけばいいものを。」
どの死に方も、とくに熊に襲われるのは勘弁してほしい。
だから自殺用のロープぐらい用意してほしかった。
「体重を支えられる蔓でもあればいいが・・・」
とりあえず死ぬ前提で動いてみることにした。
ー・-・-・-・-・-ー・-・-・-・-・-ー・-・-・-・-・-
暫く歩いてみたが使えそうな蔦や蔓はみつからなかった。
あっても細すぎたり短かったり、たとえ編みこんだとしても使い物にはならないだろう。
「それにしてもどこの山なんだ?」
というのも、松とも杉とも違う日本ではあまり見ない木々が生い茂り、人の手が入った様子も無いから育成林という訳ではなさそうだ。人も車も通った跡すらない。
「随分と手間をかけて遠くまで運んでくれたんだな。」
こんなことをした相手にとくに恨みはない。
たかがホームレス相手にここまで徹底してやるということに逆に感心してしまった。
「どのみち違法行為だから徹底してるんだろうな。ん?」
ふと30mほど先で大きな岩にもたれかかってる人影を見つけ、とっさに近くの木の幹に隠れた。
どうやら自分以外にも連れて来られた人物がいたようだ。
もしくは自分をここに運んだ連中の仲間かもしれない。
(だとしたらこうして彷徨っている所を見られたら、何をされるかわからないな。暫く様子を見よう。・・・しかし、死のうとしているのに今さら何を怯えてるんだろうな)
しばらく相手の様子を伺っていたが動く様子は無い。それどころかピクりとも動かない。
「寝ているのか?それにしては・・・」
さらに5分ほど様子を見ていたが、動く様子がまったくないので意を決して近づいてみることにした。
5mほど近づいてみると相手の状態がよくわかった。死んでいると一目でわかる。
その人影は死んで白骨化していたのだ。
「私の前に連れてこられた先輩か…私もいずれ…」
その死体はおかしな格好をしていた。遠目にはガウンを着ているように見えたが、近くで見るとそれは脛まであるローブのようなものを着ていた。しかも、靴は履いておらずサンダル履き。
「この格好を見る限り、どこかで殺されてここに捨てられたのか?」
携帯電話もないこの状況では通報はできない。
そもそも携帯電話なんてとっくに解約して、元から持ってはいなかったが。
白骨死体の傍で見下ろしていると、この死体がどういう人物で、どうしてこういう目にあって、どうしてここに放置されることになったのか、気になってきた
「本当なら事件現場を荒らすことは良くないことだが…事件が発覚する前に自分が生きてることもないか。よし、調べて見よう」
死体に触れることには忌避感があったが、ここまで白骨化しているとそこまで抵抗感はない。
逆にこの白骨死体が自分の未来の姿かもしれないと思うと妙な親近感も沸いた。
そんな不思議な感覚を抱きながらこの白骨死体を調べてみた。
検死的な知識があるわけではないが、死体にはとくに外傷は見あたらないので死因は餓死か凍死か自然死といった所だろうか。
「白骨化するほど時間が経っているわりには、動物に喰われた様な後は無いな。どうやらここらには人を襲うような動物はいないようだ」
熊や野犬に喰い殺されることは無くなったことに少しホッとする。
(またか・・・)
死のうとしているのに妙な安心感を抱いてしまった自分を嗤いながら、他の事を調べた。
死体はローブのようなものを羽織り、靴の替わりにサンダルを履き、小さなズタ袋を持っていた・
「これは…土か?」
ズタ袋の中身は黒い土のようなものだった。
おそらく入れていた種や木の実が長い年月をかけて土状になった物だろう。
結果としては名前や身分を現すものは持ってはいなかった。
「違法行為をしているのに、身元がわかるようなものを残すわけが無いか。それにしても…」
死体は白骨化しているのにローブやサンダル、ズタ袋は汚れてはいるが、穴が開いている様子も無く妙に丈夫そうにみえた。コーヒー豆の麻袋のキメを細かくしたような、不思議な質感の材質で出来てるようだ。
「乾かせばまだ使えそうだな。・・・貰っていくか。今日明日中に死ねそうもないし、こんな物でもそのうち必要になることもあるだろう。」
死体から物を漁るのは気が引けたが、全ての持ち物を失った今となっては何も無いよりはマシに思えて貰っていくことにした。
ローブから丁寧に骨を取り払うとその骨を一箇所にまとめ、木々の間から日のあたるところに枝切れを立てかけその先にローブとサンダル、ズタ袋をかけて乾かし始める。
乾くまで死体のあった岩のわきに手で小さな穴を掘り、その中に骨を丁寧に積上げると土をかけて手を合わせた。
「どこのどなたか存じませんが、あなたの持ち物を勝手に持っていきます。私も近いうちにそっちに逝くことになるだろうし、そのときに返しますので、許してください」
しばらくして乾いたローブを身に纏い、それまで履いていた穴の開いた靴を脱いでサンダルを履き、ズタ袋を腰にくくりつけた。
ローブにはフードがついており、死体が着ていたことが少し気にはなるが、保温性がそこそこありそうなのでこれで夜の寒さで凍死することはないだろう。
サンダルは足にしっかりと結わえ付けることが出来、穴の開いた靴よりずっと安定感がある。
ズタ袋には見つけた木の実やキノコなど非常食になりそうな物を入れることにするに決めた。
「さてこれからどうするかな。」
首を括るロープの代わりになりそうな蔦や蔓は見つかりそうに無いようだ。
ローブやズタ袋の紐は首を括るには短すぎて使えそうも無い。
「ここでは首吊りは無理か・・・となると餓死して死ぬのを待つしかないのか・・・」
と、天を仰いだときはるか頭上に伸びた木の枝先が目に入った。
「そうだ。転落死という方法もあったな・・・」
大きな木を見上げつつ呟いた。