悪役令嬢に転生したおっさんの話
「バルトハイト王国第一王子アルフォンス・バルトハイトは、ヴァルケイン公爵が令嬢アリシア・ヴァルケイン貴女との婚約を今、ここに破棄させていただく」
金髪碧眼のいかにもなイケメン王子様に書状を突きつけられながら婚約を破棄を宣言されたアリシアは内心でガッツポーズをあげていた。
今までのやりたくもなかったが、それでも大切な娘の為と思ってやった努力がついに報われたのだ。
「ええ、喜んで。私ではなくそこの平民を選ぶような男など、こちらから願い下げですわ。ただ、この私との婚約を破棄するというのですから、その娘を選ぶという覚悟を示しなさい」
だからこそ、剣を抜いた。魔力で編み込んだ光の翼を広げる。圧倒的なまでの力の差があるのが誰の目にも明らかだった。
だが、
「ああ、示そう。そなたではなく、彼女を選ぶ私の覚悟を!」
王子も引かぬ。剣を抜く。
「ならば、来なさいな」
「オオオオオオオオォォォォォッォオ!!」
突っ込んでくる王子。さて、それはさておいてだ。
――酒飲んで、ぐうたらしたい。
ひたすら真面目な場面でこの女はそんなことを考えていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アリシア・ヴァルケインは、転生者である。その証拠は記憶だけではあるが、少なくとも転生したことだけは確かだった。
前世は四十代のおっさんである。腕が上がらない四十肩にハゲ、顔面崩壊と言われて憐れまれるほどのブサイク、ゾンビとか言われるほどの加齢臭に悩みブラック企業の企業戦士として休日返上で働きまくった憐れなおっさんだった。
過労で死んで、気が付けば美少女になっていたのである。夢かとも思っていたが、どうやらそういう類ではないことがわかると、
「身体が軽い! フローラルな香りがする! これが、美少女か! しかも貴族! 働かなくていいとか、天国じゃないか!」
まず喜んだ。とにかく喜んだ。
身体が自由に動くこと、ハゲてないこと、絶世の美少女だということ、貴族なので働かなくても良いこととかにそれはもう喜んだ。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「今日から、あなたの家庭教師となります――」
アリシア齢6歳。現れる家庭教師。礼儀作法とか、そんなものの授業を受けなければならなかったのだ。前世で死ぬほど、というか文字通り死ぬほど働いたのでもう働いたり勉強などしたくない。
礼儀作法の勉強などもってのほかだった。やりたくない。酒を飲み、肴を食いながら一日寝て過ごしたい。
「よし、全部終わらせてしまおう。完璧に」
だから、全てを終わらせることにした。勉強は嫌いだ。だから、一日で済むようにすればいい。サボるとあとで辛い。ならば一日だけ真剣にやって全てを身に着けてもう勉強の必要をなくせばいいのだ。
やらないと一生面倒、やると一時の面倒と言う自訓のもとアリシアは、ぐうたら生活の為に無駄な集中力と身体の高スペックを発揮して全て一瞬にして終わらせた。
なまじ身体が優秀だったのと二十年を超える社畜生活は、最高効率で作業を行う技術をアリシアに魂レベルで刻みつけていたので、何をやってもそつなくこなせた上に修得も早かった。
だから、全ての家庭教師が出してくる全ての課題と予定を初日に聞いて、その全てをその次の日には完璧に終わらせたのだ。役に立たないことは即座に忘れたが。
「これで自由にやれる」
それをやったのが6歳で、それから12歳までの6年間は喰って寝て尻をかきながら、魔法開発とかして過ごした。転生後の世界は中世とか近世と言ってもいいくらいの文明レベルで娯楽がすくないためだ。
魔法とかあるファンタジー世界だったので、娯楽として魔法の修業でもしてみたわけだ。前世でないものだったので、非常に良い暇つぶしになった。
文明レベルの低いこの世界で現代レベルの文明の利器とかを魔法で再現したりしているうちに、何やらありえないくらいの魔力と魔法技術とか言われたけど、全てぐうたら生活の為である。
しかし、12歳になり王都の王立学園に移された。全ての貴族は通うことが義務だというのでそれはまあ仕方ない。
仕方ないことなのだが、面倒事であることにかわりはない。通う気などなかった。飛び級とかあるのでさっさと卒業してやろうとしていると、親からいいなずけとして王子様を紹介された。
「よろしく、アリシア」
金髪碧眼の如何にもなイケメンだった。
「はい、よろしくお願い致しますわ王子様」
(はぁ、面倒くさい。なんで婚約なんぞ。王子ってことは将来は王様。私は王妃か? いやだ、そんな方っ苦しくて面倒くさいの。常時余所行きとか死ぬ。ぐうたら自由に過ごせないなんて、丁重にお断りしたい。でも、出来ない。くそ、権力者とブラック企業の上司は死んでしまえ)
超余所行きモードだった。内心はそうでもなかったが。
表向きというのは大事であり、真面目で優秀で誰にでも優しい公爵令嬢を演じておくと街に出ればおまけしてくれたり、部屋にこもっていても勉強していると勘違いしてくれるのだ。
まあ、それはともかくだ。親曰く、王子と学園でしっかり学べということらしい。アリシアは学園に通う気がない。だから、さっさと卒業してしまおうとしたのだが、
「なして?」
思わず素が出るくらい驚愕なことが起きた。最高の点数をとったはずなのに飛び級できなかったのだ。調べてみるとどうやら王子が関係しているらしい。
にこやかにアリシアの点数を褒めてくる王子。足枷でしかない。
「どうする、あいつがいる限り、私はぐうたらできない。学園の寮は誰も来ないからぐうたら出来るけど、学園では無理。というか、通いたくない面倒くさい。自由を謳歌した社畜はもう社畜には戻れないんだ。働きたくない。どうする……」
一番簡単なのは王子を亡き者にすることだ、出来ない相談だが。いや、能力的には出来る。だが、それをやってしまうと色々と面倒事が増えるのだ。
王子がいなくなれば、次に王位継承権が来るのは大公家。王は高齢の上、世継ぎは、王子ただ一人。そのため確実に内紛が起きる。
そんなことになれば公爵家の令嬢として何をさせられるか考えるだけでも堪ったものではない。ぐうたらしたいのだ。そんな面倒な事は御免である。
しかし、それだとどうしようもない。王子に勉強を教えてさっさと一緒に卒業するのもありなのだが、
「めんどうくさい」
優秀な女の皮を被った真面目系屑が人にものを教える? 馬鹿も休み休み言えである。もとより、そんな労力をかける気などない。
王子はどうにも少々頭の回転が悪い。まあ、子供なのだから仕方ないのだが、そんなのに教えるよりサボりながら過ごす方がマシだとアリシアは判断した。
流石に、六年もの学園生活を一括でさっさと終わらせる。結局、王子が卒業するまで一緒にいるしかないようだった。
そういうわけで、六年後。今年で卒業という年のある日、アリシアは運命と出会った。
「え、もしかして、お父さん?」
その出会いにアリシアは頭を抱えることになる。出会ったのは平民の少女だった。普通に可愛らしい少女。学園では落ちこぼれと呼ばれている少女だった。
だが、誰にでも優しいそんな少女だ。アリシアとしては関わることもないだろうと思っていたのだが、新学期を迎えて数か月突然、
「なんでいじめないの!?」
とか言われて、よくわからないまま話していると相手もどうやら転生者であることがわかった。更にだ、アリシアは知らなかったのだが、この世界がとある乙女ゲームに酷似した世界であり、ゲームではアリシアは少女――イスカをいじめる悪役なのだという。
またアリシアのおかげでイスカは王子と結婚して幸せになるという流れなのだが、そんなつもりまったくもってなかったアリシアのおかげでゲームとは違う流れになっていたからしびれを切らして接触しに来たらしい。
その後、紆余曲折あって、そのイスカがアリシアの前世における娘であったことが判明したわけだ。いや、何を言っているのかわからないだろうが、そういうわけなのである。
イスカとしては、あの父がまさかの美少女になっていて色々と唖然としたが、アリシアとしては心残りに出会った感じだ。
娘。結局嫁入り姿など見る暇などなく過労死して苦労をかけたのではないか、そんな後悔をイスカに語ったのだが、
「え? 別に? むしろ、賠償金でがっぽりだよ。さすがお母さんだよね」
「あ~」
そんなこと言われて複雑な気分になった。
「で、まさかお前も死んだのか?」
「うーん、色々あってねぇ、宇宙人っていたんだーとか、で死んじゃった。お母さんには悪いことしたな」
「…………」
何やらアリシアが死んでから世界は色々と変化したようで大変だったようだ。そんな話を聞いてアリシアは思った。
――なんとしても娘を幸せにしようと。
奇跡が起きてせっかく出会えたのだ。ならば、父親らしいことをしてやろうと思うのは親心だった。なまじ先に死んでしまったアリシアである。
苦労がなかったとイスカは語るが、そんなはずはないのだ。寂しい想いだってしたはず。だからこそ、父親らしいことをする。
働きたくないと思うし、面倒なんてしたくない。だが、娘の為とあれば話は別だ。
「良し、お父さんに任せろ。悪役令嬢? だっけか、完璧に演じて必ずお前を幸せにしてやる!」
「本当! ありがとうお父さん! ――あ、でも、それだとお父さんが」
悪役令嬢は婚約破棄の上国外追放が通例。だが、それがどうした、そんなことは関係ない。
「気にするな。むしろ、その方が楽だし、そうならないようにうまくやるさ」
「そっか。えへへ、それにしてもお父さんが同い年なんてすごい変な感じ」
「そうだな。……よし! 一緒に風呂に入ろう!」
「ちょっ!? それセクハラ!」
「今は、同性だ!」
とまあ、そんなこんなで、話は冒頭に戻る。無事にアリシアはやり切った。王子にイスカを好きにさせて、婚約を破棄させた。
これでイスカは幸せになれるだろう。
「はあ、はあ、はあ」
決闘もまた、手加減をしたとはいえ王子がその覚悟を示した。
「上出来ですわ。それでは、私はこれで、イスカを幸せにしなさい。それが私を捨てたあなたの責任ですわ」
そう言ってアリシアはイスカとアイコンタクトして、去って行く。王都を出て国境まで彼女は向かった。
「は~、これで良いとは思うけど、まったく面倒ですわぁ~」
国境を隔てる崖の下には鈍色の海が広がっている。
「敵国もこんな時に攻めて来なくてもよろしいのに」
こんなのは国が対応するのだろうが、それでは遅い。ゲーム通りの世界だが、アリシアの存在もあってゲーム通りとはいかなかった。
そういうわけで、現在隣国全てがこの国に攻め込んできているという状態。どうしてこうなった。このままではせっかく玉の輿にのったイスカが幸せになれない。
「だから、これで働くのは最後。はあ、早くぐうたらお酒飲みたいですわぁ」
そう言いながら剣を抜き、魔力の光翼を広げる。戦場を覆い尽くすほどの魔力の翼。手にした剣に魔力が循環し光を放つ。
「では、死になさい。娘の為に」
黄金の極光が全てを引き裂いた。
そして、ただ一人、まるでハイキングにでもいくかのような気楽さで、全てを蹂躙して見せたのだ。ただ一つの傷も負うことなく、返り血すら浴びることなく、ただ全てを蹂躙した。
それ以降、彼女は歴史の表舞台から姿を消す。おそらく思う存分ぐうたらと過ごしてるんじゃないかとイスカ姫は語ったという。
私の色を出した悪役令嬢ものです。つまり、おっさんと少女で考えた結果がこれです。
甚だしく間違っている気がするけど、まあいいか。とりあえずハッピーエンドですし。




