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【旧版】骨董屋あらため  作者: 山路こいし
第二章 激動
53/101

五十二:激闘

「なんだ!? 何者だ!!?」


 突然の闖入者に、バルコニー上が混乱に包まれる。


 安達泰人は身を乗り出して階下を伺った。階段の下では、既に臨戦態勢を整えた昏い目の男が、銃口を部屋入り口に向けている。


 一瞬、入り口の影に短く刈られた髪が覗いた。


 鋭い目が素早く室内を一巡する。その左目の上には古い刀傷が縦一直線に走っていた。


 刹那、二発の銃声が交錯する。


 一発は昏い目の男の肩を掠め、もう一発はギンの髪を数本千切って飛び去った。色素の薄い髪が散る。


 舌を鳴らした昏い目の男が、立て続けに銃を発射する。入り口脇の壁が抉れ、廊下の空き箱が割れ、騒々しい音を立てながら木屑を散らす。


 飛来する銃弾は七発。


 その数を撃ち終えると銃声は一度止み、わずかな間隔を置いてまた七発が撃ち込まれる。


 愛用の南部大拳乙型を構えたギンは、しばらく思案顔を見せていたが、やがて隣に屈む吾妻に何事かを囁いた。吾妻は頷き、銃弾の間隔を縫って反対側の入り口脇へと転がりこんだ。すぐさま、銃弾がそれを追う。


 刀身についた血を拭い、吾妻はひとつ大きく息を吐いた。

 目を閉じ、暴力的な破壊を繰り返す銃弾の数を、心の(うち)で静かに数える。


 五発、六発、七発……


 七発目の銃声を聞いた途端、吾妻が物陰から飛び出した。わずかに硝煙の残る銃を構えた昏い目の男が目を見開く。


 ――と見えたのはわずかな間で、次の瞬間、男の昏い目に狂喜の光が灯った。


 間隔を置かず、すぐさまもう一発が発射される。


 八発目の銃弾が吾妻に迫る。


 しかし、拳を突き上げて雄叫びを上げたのはギンの方だった。拳銃が火を噴いた瞬間、身を翻した吾妻は再び物陰へと逃げ込んでいた。


 必殺の八発目をかわされ、昏い目の男が怒りの絶叫を上げる。今度こそ部屋に飛び込んだ吾妻が、息もつかせぬ速さでその間合いに踏み込んだ。


 斜めに擦り上げられた刃が男に迫る。


 男が咄嗟に右手を上げる。


 握られた拳銃と日本刀が噛み合う。


 高い金属音が響き、火花が散る。


 打ち負けた拳銃が弾け飛び、男の人差し指の先を巻き込んで床に転がった。


 怒りに歯を噛み鳴らすと、男は腰のサーベルを素早く抜き、そのまま右に振り抜いた。

 思いもかけぬ即座の反撃に吾妻が身を仰け反らせ、鍔元で危うくもそれを退けた。


 憤怒に燃え狂った目で、男が吾妻を睨め上げる。


「貴様、なぜ見切った……!」


 競り合う刃を跳ね返し、間合いを取った吾妻が片唇を歪めた。


「拳銃ってえのは大概が六発、乃至(ないし)は八発()めなんだとよ……つまりお前さんの七発撃ちはフェイクだ。悪いが、うちにはその道の玄人(くろうと)がいてね!」


 男の目にもう昏さはなかった。ただ満腔の怒りと驚愕、そして狂気が渦巻いていた。


 口の両端に泡をふき、男が再度絶叫する。


 その背後から銃声が鳴り響き、男と吾妻が揃って身を屈めた。刃物を持った腕を上げ、飛来する銃弾から頭を庇う。


 銃撃者はバルコニー上にいた。綿入れの男だ。


 部屋の中にはほとんど遮蔽物がない。

 全身をさらけ出し、男と対峙する吾妻に向けて立て続けに銃声が響く。


 狙いの粗い銃撃が、吾妻、そして昏い目の男の足元を区別なく抉る。

 そのうちの一発が吾妻の左腕に命中した。鋭い痛みと衝撃に、吾妻が後方へたたらを踏む。


 しかし綿入れの男はあまりに敵を知らなかった。


 真に恐ろしい銃撃者が入り口脇に潜んでいることなど、まるで分かっていなかった。


 新たな銃声が聞こえるなり、ギンが入り口脇から飛び出した。


 廊下の闇を背負い、仁王立ちになるギンに、しかし綿入れの男は気付かない。興奮に血走った目は、吾妻をしか見ていない。


 やれやれ、とギンがため息をついた。


「お粗末!」


 一発必中。放たれた弾丸は綿入れの男の額を正確無比に撃ち抜いた。

 悲鳴を上げる(いとま)すらなく、綿入れの男が絶命する。


 ほぼほぼ同時に、女の金切り声が響いた。


「何なのよお前たちは! なぜ、どうしてここにいるのよッ!」


 マミだ。駄々をこねる子供のように、両腕をがむしゃらに振り回している。

 その手に撃鉄の上がった拳銃が握られているのを見、ギンが再びため息をついた。


 顔を真っ青に染めたマミは、呆然として頭を抑えた。


「だってあの子が……レミ……レミがいたはずじゃない……!!」


 半狂乱で叫ぶマミに、「ああ、」とギンが軽く受けた。


「あの女狙撃手かいな。なんや見覚えある顔や思ってたけど、あんたやったか……よう似た姉妹や。相当な別嬪(べっぴん)やったけど、きっつい目ェした女やったなあ」


 笑いを含んだその言葉に噛み付くようにしてマミが絶叫する。自動拳銃を取り上げると、震える両手でギンに銃口を向けた。


 リボルバーが激しく回転し、空の薬莢(やっきょう)をいくつも吐き出す。


 乱射された銃弾は、しかしいたずらに弾痕を増やすばかりでギンには(かす)りもしなかった。


 戦慄(わなな)く手で次の弾を篭め直すマミ。

 右肩を前に半身になり、心臓を庇い、銃撃の狙い目を半減させていたギンは、ゆっくりと片手で拳銃を構えた。


 こびりついた手垢が年季を感じさせる愛銃は、南部式自動拳銃乙型。


「あんたにゃ悪いが、あっちの姉ちゃんのほうが……」


 一切のぶれを見せない銃口が、マミの眉間に照準を定める。

 照準器越しに、細く鋭い目が哀れな女を睨みつけた。


「よっぽどそそるわ」


 空間を切り裂き南部弾が飛ぶ。

 片手撃ちとは思えない正確な軌道だ。


 銃弾が今しもマミの絶叫を途絶えさせようとした刹那、その腕を強く引く者がいた。安達泰人だ。


 狙いが外れ、弾はマミの艶髪を数本(さら)って壁にめり込んだ。


 狂ったように喚くマミは、銃撃されたことにも気付いていない。その体を抱きすくめるのが己の主人とも気付かぬ様子で、癇癪を起こした子供のように暴れ回る。


 拘束されてなお、喚きながら拳銃を振り回すマミを、安達泰人が平手で打った。


 鋭い痛みを訴える頬を押さえ、呆けたようにマミが愛人の顔を見た。安達泰人の顔は静かそのもので、しかし有無を言わさぬ圧力があった。


「我慢なさい、マミ。今は不利だ」


 その言葉を待っていたかのように、揃いの角袖に呼吸器姿の男たちが部屋に雪崩れ込んできた。入り口付近に仁王立ちし、バルコニーを睨め上げるギンを庇うようにして立つ。


 安達泰人が倒れたままのくず子を顎で示す。マミは人形のように頷くと、大人しくその体を持ち上げた。

 マミの息は(いま)だ荒かったが、平手の衝撃が彼女に冷静さを取り戻させたらしかった。


 手摺に手をかけた安達泰人が、喚声に満ちる階下を睨みつける。


 しばらく無言でそうしていたが、やがて踵を返し、安達泰人はマミを伴ってバルコニー背後に設けられた扉へと消えた。

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