四十七:激闘
怒りと報復に燃える轟きに、安達の私兵に動揺が走る。
女狙撃手の死亡はすぐさま各所へ伝達されたらしく、絶え間なく響いていた銃声に乱れが出た。どうやら、銃を撃つ間隔を操っていたのも彼女らしい。
絶対的な指導者を失った集団ほど脆いものはない。
残った中には幾らか訓練された者がいたかもしれないが、集団というものは多数に押されるものだ。一度失った統率を再び取り戻すことは困難を極める。
吾妻の判断は早かった。
そうと見るや拳銃を懐に収め、傍らの日本刀を取り上げるなり駆け出した。抜き身の刃を心臓の高さに構え、刃をわずかに傾ける。
飛び出た獲物に気付き、戸惑いの中で再び銃撃が始まった。先ほどよりも一層精度は落としながら、しかし数の暴力が吾妻を襲う。
体勢を低く保ち、片手で顔を庇いながら駆け抜ける。
吾妻の足元の地面が爆ぜ、砂埃を舞い上げる。
飛来した銃弾の一つが吾妻の胴体に迫った。
あわや着弾と思われた刹那、夕陽を反射して赤く濡れた日本刀が光った。
絶妙な角度で構えられた刃に、銃弾の軌道が逸らされる。
狙いを外された銃弾は、黒い角袖の袂を裂いて走り去った。その隙に、吾妻が目指していたフォード車の陰に滑り込む。
真っ先に銃弾の嵐を浴びたその車のそばには、三人の若衆が倒れていた。
うち二人は意識を朦朧とさせながらも息を繋いでいたが、残る一人は駄目だった。腿と胸元から血を流し、うつ伏せになって倒れている。
呻く二人を励ましながら、吾妻は事切れた若衆のもとに跪いた。血で濡れた呼吸器を外す。
薄く目を開けたまま息絶えているのは、歳若く、ついこの間初めて抗争に加わったばかりの青年だった。眉根を寄せて目を閉じ、小さく首を横に振る。
数瞬のあいだ瞑目し、吾妻は目を見開いた。
青年の首から襟巻きを外すと、血を吸って重くなったそれを己の襟巻きの上から巻き付ける。
吾妻がこの車を目指したのには理由があった。身軽で、脚の速い若者らを乗せたこの車には、重火器の類を積んでいたのだ。
機動力に長ける若者らに重火器を任せ、敵の混乱を誘う。
その手筈だったが、戦い慣れない若者らは血気に逸り、事もあろうに敵の真正面に車を停めたのだ。当然、バルコニーの女狙撃手を含めた総員から集中砲火を食らった。
早々に遣い手を失った重火器類が、横倒しになったフォードから溢れ落ちている。倒れた木箱に飛び付くと、中身を一つ取り出した。
木箱に詰められていたのは時限信管式の破片手榴弾。マークⅠ手榴弾だ。
アメリカ製のこの手榴弾には、構造上に重大な欠陥がある。
これは安全ピンを抜いて投擲する種類のものだが、投擲後もうまく点火しない事例が相次いだのだ。下手をすれば投げ返され、自軍に落ちた際に点火・爆発するケースも多く、そのため安価で払い下げられたものだった。
「頼むぜマークⅠちゃん。うまく作動してくれよ!」
表面の起伏に口付けすると、歯に挟んだ安全ピンを引き抜いた。指にかかるレバーの重みを確かめた後、大きく振りかぶり、槍衾のように並んだ銃口の列に向かって投げる。
鋭い弧を描いて飛来するマークⅠ手榴弾を、安達の私兵が呆けた様子で見送る。
それは私兵達の頭上を越えてやや背後に落ち、地面にぶつかるとみるや轟音と共に炸裂した。
爆発と同時に生成破片が飛び散り、肉片と血飛沫を熱風が攫っていく。
その様を見るなり、吾妻は横倒しになった車に飛び乗った。二枚の襟巻きが風にたなびく。
抜き身の日本刀を振るい、声の限りに吾妻が叫ぶ。
「一気に押し込めえェーーーッ!!」
阿鼻叫喚が飛び交う中へ、怒る角袖集団が、黒い嵐となって襲い掛かった。