四十六:激闘
ショットシェルから解き放たれた散弾が木の幹に着弾し、無数の木屑を撒き散らす。
発砲位置から距離があるため殺傷力には欠けるが、その威力は勇猛果敢な鴛鴦組若衆をしてさえ弾避けから容易に飛び出させない。
T型フォードの陰に身を隠し、様子を伺っていた吾妻に木屑が降りかかる。木屑まみれになった煙草を吐き出すと、舌打ち混じりに吾妻が叫んだ。
「散弾銃だと!? 俺達が挑んでるのは陸軍本部か何かか!?」
叫ぶ間にも間断なく銃声が鳴り響く。そのほとんどが狙いも何もない当てずっぽうの軌道だったが、こうも撃ち続けられると身動きが取れない。
「せやけど――ここまで派手に出迎えてくれるいうことは、蛇の旦那が捕らわれてるとしたら確実にこっちでしょうな!」
銃声に負けないよう声を張り上げ、ギンが怒鳴り返す。
フォードを背に並んで屈み、銃声の間隔を伺う。一瞬の隙をついて立ち上がり、弾避けから上半身をさらけ出す。素早く構え、ギン、吾妻の順に放った二発の弾丸は、二人の敵の額と鎖骨中央をそれぞれ撃ち抜いた。
しかしすぐさまその三倍近い銃弾が飛来し、二人は再びフォードに隠れた。
既に何人かの仲間が銃弾に斃れている。
舞い散る粉塵がその背や頭に薄く積もっていくのを見て、吾妻は歯噛みした。
あまりに一方的だった。
無論、吾妻らも武装はしている。しかしそもそもの母数がそう多くない飛び道具類を、さらに二手に分かれた隊それぞれに分配したのだ。
あらかじめ当たりをつけていた、ここ千葉側の別荘に戦力を多めに配置したとはいえ、とても十分な数とは言えなかった。
加えて、相手の獲物は段違いに性能がいい。吾妻らが持ち運びに適した短銃を主に装備しているのに対し、安達側は三八式歩兵銃を横一列に並べて迎撃の体制を整えている。
ただでさえ一弾の威力が強い小銃であるのに加え、連発の利く三八式を短銃で相手するのは相当に部が悪い。撃ち手一人一人の射撃技術はお粗末なものだったが、槍衾よろしく隙間なく並べられた無数の銃口は相当な脅威だ。陸軍本部と揶揄した吾妻の言葉もあながち間違っていないのではと思える、重厚な武装だった。
さらにもう一つ。どこから狙っているのか、恐ろしく狙撃の腕の立つ敵がいる。
これが厄介だった。意を決し、銃声の間隔を縫って飛び出そうものなら、たちまちのうちに見事な狙撃で狙われる。まるで、猟犬に追い立てられた獣がハンターに止めを刺されるかのごとき様相だった。
銃声の間隔から相手は一人かと思われたが、その鋭い一発一発が鳴り響くたび、鴛鴦組側の誰かが深い傷をつけられた。
「あの名手を撃ち落とさんことにはどうにも動けんな!」
腕を上げて顔を庇いながら吾妻が叫ぶ。車を背にして、細かく立ち上がってはしゃがみを繰り返していたギンが、ようやく腰を落ち着けて叫び返した。
「ようやく何処におるか見つけましたわ! 奴さん、憎々しくも正面のバルコニーに仁王立ちしとる! 鷹みたく鋭い目付きの、えらくいい女ですわ!」
「女だァ!?」
近くに着弾した弾の衝撃から身を守りながら、吾妻が声を裏返して叫んだ。このような戦場に女がいるとは……
「世も末だな! やれるか、ギン!?」
「任してくださいや!」
ギンは古流柔術を極めてはいるが、打撃を得意としないため接近戦には向かない。
その真価が発揮される場は二つ、人脈と知力を尽くした頭脳戦か、あるいは射撃だ。
愛用の南部式自動拳銃乙型に弾丸をこめ直す。
しかし包帯を巻いた左手では勝手が違うのか、数発の弾丸がギンの手から転がり落ちた。常にはないことだ。
知らず、真新しい白さが痛々しい包帯に目を留めていた。吾妻の視線に気付いたギンが、情けなさそうに頬をかく。
「信じてください、若頭」
「信じているとも。お前に出来なけりゃ、誰にも出来ん」
目を細めたギンがにっかと笑う。
次の瞬間、その顔が悪鬼のごとき凄みを帯びた。息を一つ吐き出すと、目を閉じ、額に軽く銃身を当てる。
ハンマーが上がり、わずかなアクションでも発砲される今、一見するとそれは軽率な行為ではあった。しかし最高潮に集中力を高めたギンが、そのような下手を踏むはずがない。
じっと瞳を閉じて呼吸を整え、銃声の間隔を伺う若頭補佐を見、同じく弾避けに身を隠していた若衆ら三人が頷きあう。
ギンが細い目を開くのを待ち、怒鳴った。
「ギンさん、援護します!」
言うが早いか、三人は別々の方向へと走り出した。ギンが狙撃手に狙いを定める時間を稼ぐべく、進んで囮になったのだ。
「あンのアホども……! 上等やないか!」
フォード車の上に両腕を置いて固定し、バルコニー上に陣取る女に銃口を向ける。包帯を巻いた左手がわずかにぶれる。
女は飛び出した獲物のうち、一つに早々に狙いをつけた。片目で照準器を覗き込み、白い指でゆっくりと引き鉄を引き絞る。
「これ以上好きにさせて堪るかッ!」
遅れて飛び出した吾妻が石塊を拾う。袂で顔を庇いながら、手にしたそれを発止と投げつける。
大型の砲弾のごとく唸りを上げて飛ぶそれは、狙い過たず若衆の一人の膝裏に当たった。バルコニーに向かって真っ直ぐに走っていた一人だ。
こと狙撃においては、狙撃手に対し縦に動くものの方がよほど狙いをつけやすい。
横方向への動きに対しては、銃身か、あるいは自身の体を動かして狙いをつけ直す必要があるが、縦の場合は角度の調整だけで済む。狙うとすれば、女に向かって一直線上を走る獲物だろう。
吾妻の読み通り、女が放った銃弾は正面に向かって飛んでいた。
今しも銃弾がその眉間に突き刺さらんとした瞬間、男が吾妻の投擲により体勢を崩した。膝を折り、右に傾いた男のこめかみを銃弾が掠め飛んでいく。
僅かに肉を抉るに留まった攻撃に、女が怒りの絶叫を上げる。
次の瞬間、蚕型の南部弾が女の右眼を貫いた。
鮮血を撒き散らして仰け反る女の喉笛に、続いて発射された銃弾が食らいつく。
絶叫がぴたりと止み、その場に一瞬の静寂が満ちた。
ふう、と漏らしたギンのため息が、いやに大きく響いた。
「……ま、ぼちぼちでんな」
「お……うおおお――ーッッ!!!」
物陰に身を潜めた男たちが、拳を握ってそれに応える。
散々痛めつけられた野の獣達の、抑圧され続けた咆哮だった。




