表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧版】骨董屋あらため  作者: 山路こいし
第一章 がらん堂と、その近辺
24/101

二十三:太夫の手鏡

※150326:二十二の後半に一部加筆のうえ、最新話を更新しています。

 数分後、二人は再び『いわた』のカウンターに座っていた。


 いわたに着くなり蛇川は一度奥に消え、五分ほどして戻ってきた。電話を借りてきたらしい。一つ席を空け、並んで座ったはいいものの、蛇川がゴツゴツとカウンターテーブルを叩き続けるので落ち着かない。


 女給のりつ子に助けを求めようと顔を巡らせたが、りつ子は店奥のテーブルを片付けるふりをして、梃子(てこ)でもその場を動かないといった様子。

 さすが、若いうちから客商売に従事しているだけはある。近寄るべきでないものを、正確に察知している。


 一度、おずおずと口を開いてみたりもしたが、ほとんど話さないうちに「(やかま)しいっ!」と一喝され、諦めた。触らぬ神に祟りなし、というやつだ。


 やがて無口な亭主に呼ばれ、蛇川が再び奥へと消えた。折り返しの電話があったようだ。山岡とりつ子の口から、ほぼ同時にため息が漏れた。


 蛇川の方はというと、首尾はなかなかに順調のようで、間断なくやり取りする声が細く聞こえる。きっと、相手が喋り終えぬうちから蛇川が被せているのだろう。ああも休みなくまくし立てられては堪ったものではない。応対している相手も大したものだと山岡が耳を澄ませていると、不意に蛇川の声が怒号に変わった。山岡の肩が跳ね上がる。


「ふざけやがって! 湯治(とうじ)か何かかと思っていやがる!」


 喚きながら出てきた蛇川は、山岡になどは目もくれず、そのまま往来へと飛び出した。慌てて後を追う山岡を見送りながら、りつ子がやれやれと肩をすくめる。


「ま、待てよ骨董屋」


「んん? なんだあんた……ああ、山岡巡査か。何処をほっつき歩いていたっ!」


「んな殺生な……。それで、うまくいったのか」


「話はついた。さる有志が手引きしてくれる」


 どういう伝手(つて)をつかったんだ、という言葉が喉元まで出掛かっていたが、ついに言い出せぬまま築地署に着いた。



 築地署に着くと、一人の警官が二人を小部屋へと案内した。通されたのは、当直の署員が仮眠を取る部屋のさらに奥。布団や、わずかな暖房器具を詰めこんだ物置き部屋だった。

 案内してくれたやや年若のその警官は、山岡も見知った顔である。念には念を入れ、山岡は深く俯いた。


 いわたに寄った折、山岡は和装に変装している。亭主に都合してもらったものだ。中折れ帽を被り、襟巻きを口元まで引き上げると、ぱっと見には山岡が誰かなど判別はできないはずだった。

 いかに義憤からの行動とはいえ、山岡の行為はその職務を逸脱している。どういう形であれ、彼が動いていることを悟られるわけにはいかなかった。


 職務を逸脱しているのは、年若の警官もまた同じだ。顔を隠すようにしながら幾つかの封筒を持ってくると、そそくさと部屋を後にしようとした。


「待ちたまえ」


 蛇川は懐から紙片を取り出した。山岡が見せた、例のスケッチだ。

 拡げたそれを、蛇川は年若の警官に示した。


「あんたはこれの実物を見たことがあるか」


「……ある」


「ここに描かれているのは何番目のもの(・・・・・・)だ?」


 年若の警官は、伺うように蛇川の顔を見、もう一度スケッチを見てから「一番目だ」と断言した。


「なぜ分かる」


「この部分……右下の方に、小さいが深い傷がある。せっかく美しい造形なのに勿体ないことだと思ったから、よく覚えている」


「分かった。下がりたまえ」


 年若の警官はあからさまにむっとした顔を見せたが、何も言わずに引き下がった。


 警官の足音が遠ざかってしまうと、蛇川は封筒の中身をおもむろに手にあけた。


「ああ、ああ……そんなにぞんざいに扱って」


 山岡の小言もどこ吹く風で、蛇川は睨みつけるように手鏡を見ている。やがて、その唇がめくれ上がった。


「これはまた……。山岡巡査、分かるかね」


 あろうことか、蛇川が放って寄越した手鏡を慌てて受け止める。思わず怒鳴ろうとしたが、自分が置かれた立場を思い出し、ぐっと堪えた。


「頼むから、大切に扱ってくれ。大事な証拠品なんだ」


「ならばしっかり捕まえておきたまえ。勝手に歩き出して、また気ままに若い女を殺して回るやもしれんぞ」


「なにぃ?!」


 突拍子もない言葉に思わず目を剥く山岡だったが、促されて注意深く手鏡を見た途端、背筋をぞくりとしたものが走った。


 年若の警官が言っていた『小さいが深い傷』というのが、彼が説明した通り、右下についている。


 山岡が手にしている手鏡は、昨日焼け死んだ七緒のもの――三番目の事件のものであるにもかかわらず。


「な、なぜ……。この傷は、一番目の手鏡についているものじゃ……」


「娘たちは、似た手鏡を持っていたんじゃあない。まったく同じ手鏡を持っていたんだ」


「莫迦なっ! そんな……そんなふざけた話があるか! 一番目のものも、二番目のものも、所轄の警察署で厳重に保管されているんだぞっ!」


「声を落とせ。言ったろう、己の範疇にないものをただただ『あり得ないこと』と断ずるは莫迦の所業だ。柔軟に考えたまえ。

 それに、事実あり得ないものかどうかはその目で確かめればいいことだ。保管されているはずの一番目、二番目の手鏡が、今も変わらずそこにあるかどうか……っと、まあ待て」


 言い切らないうちに部屋を飛び出そうとした山岡を、その襟首を掴んで止める。


「なっ、なっ」


「僕が思うに、こういう場合、事象の発生には一定の規則性があるはずだ。期間的なもの、あるいはそれを誘発する別な事象の発生の、概ねどちらか。山岡巡査、今回の事件が起こった日にちは?」


 蛇川の暴挙に憤慨していた山岡だったが、ぶすむくれながらもすぐに答えた。


「……最初の事件が十月の十八日。二番目が翌十七日で、三番目は昨日だ」


 証拠品が築地所内で保管されていないという以上、一番目、二番目の事件は少なくとも山岡の管轄ではないはずだ。それにもかかわらず事件発生日を諳んじられるということは、一連の事件に対する山岡の熱の入り具合が見て取れた。

 蛇川は拳を口元に押し当てる。


「十二月十七日。ぴったり三十日刻み、新月の日だ。古来、鏡は月に例えられる代物だしな……事件が発生するのは新月の日である可能性が高い、か。おい、女が焼け死んだのはいずれも夜だったんだろうな」


「ああ、その通りだが……。しかし、その周期とやらを知ってどうする。まさかあんた……」


 蛇川は黒い革手袋をはめた拳をどけた。その口元はにやりと歪んでいる。


「そのまさかだ。次の新月の日の夜、鏡が動き出すのを張るのさ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ