後編
───その願い、聞き入れた。
◇◆◆◆
「脆いなァ…」
人間は本当に脆い。
特に女子供などは、一捻りで命を散らしてしまう。
強者を求めているわけじゃあ無いけれど、こんな展開も望んでいない。
そもそも、どこで狂ったというのだろう。
俺はただ…──
「………」
ふと、一人の女の顔が頭を掠めた。
家が隣同士の幼なじみで、村にいる同年代の子供中でも、特に気が合った。病弱だったけれども優しくて、芯が強くて。
滅多なことでは泣かない人だった。
けれど、たった一度だけ泣かせてしまった事があった。
あれは、いつだったか…──
「……くっだらねぇ」
あいつは死んだんだ。それを嘆く時期はとうに終わった。
──これは復讐だ。
あいつ自身が望んでないことだってのは、よく知っている。もしこれを見ているのならば、必死に止めただろう。
だから、…これはあいつのためなんかじゃない。そんな奇麗事を吐くつもりはない。
これは、俺のための復讐だ。
あいつが最期まで恨むことのなかった奴らだけれど、俺にとってはずっと敵だった。
だから──
そうやって回想に耽っている間に、森の中のとある湖に来てしまったらしい。
自分の村から大分離れた所だから、もちろん見覚えなんざありゃしない。
最初は復讐のためだったが、見境なく村の住人を殺している間に、どうでも良くなった。
これは快楽のための殺人なんかじゃないが、自分の意志で止める気にはなれない。どうせ地獄に堕ちるんだから、一人殺しても百人殺しても同じだろう。
元から腕っ節が強かったというのもあるが、自分の居た村はおろか、その隣の村でも自分を止められる者は居なかった。
途中で出会った旅人や盗賊も皆殺しにしたし、何人殺したかなんて一々覚えてなどいない。
自分が狂っているなんて、百も承知だ。あいつが生きている頃から、そんな事とっくに自覚している。
あいがいない世界なんて、生きていても面白くない。
どれだけの人を殺せば、誰かが自分を殺してくれるのか。
──断罪を望んでいるのに、いくら殺しても神は現れない。
村に伝わっていた言い伝えでは、神は人を殺した者に天罰を下すらしい。
それが生きているうちになのか死後なのかは分からないが、そろそろ来ても良い頃ではないだろうか。
それとも、大陸中の人間を殺せば……?
「…やってやろうじゃねぇか」
死んで行き着く先は地獄の最下層だろう。
しぶとく生きていようと、今死のうと、あいつには会えやしない。
それならいっそ、
「──何してるの、こんな所で」
懐かしい声が、耳朶を打った。
「っ…え……?」
「久しぶりだね。といっても、あれから一週間も経ってないのだけれど」
元気そうだね。
一メートルほど離れた位置に、ふわりと髪を靡かせて立っている女性。
その服装は見覚えのある物で、とても現実味を帯びているけれども、理性がそれを否定した。
「何で……っ」
「神様がね、君を止めるために私を遣わされたんだよ。生き返ったわけじゃないから、この通り肉体は無いけれど」
彼女を呼んだ声は、音にならなかった。
──約束を破っておいて、名前を呼べるわけがない。
「それはともかく。…私がこうして現れた理由、解ってるよね?」
私は大量虐殺なんて望んでいないんだよ。
何度も言った筈なんだけどなぁ、と溜息混じりに諭され、居たたまれなくなって視線を外す。
怒られるであればまだ良い。けれど、こんな風に感情のない視線を向けられるのは辛い。
「………悪い」
まだ何やら言いたげな表情だったが、その簡素な謝罪の言葉に彼女は嘆息すると、ゆるりと首を振った。
──まあ、私は裁く立場では無いからね。君が心から反省しているのならば、私が出る幕ではない。
そう言って再び此方を見た彼女は、やや逡巡してからぽつりと言葉を呟いた。
「……地獄に堕ちる覚悟は?」
ある、と思う。
けれど…もうこれが最期で、彼女に会うことはおろか、声さえも聞けないのだったら。
「──…なぁ、俺の名前を呼んでくれよ」
最期なんだろ?
地獄に堕ちるのは仕方がない。暴走しすぎたのは理解している。
だからせめて、と懇願すると、彼女はぎゅっと眉根を寄せて、小さく横に首を振った。
「私はもう死んでいるから、出来ない。それは理──侵すことの出来ない規則なんだよ。というか、君こそ私の名前を呼ばないんだね?」
「……血で穢れてンのに、呼べるわけねぇだろ」
「そっか」
そこでようやく微かな笑みを浮かべた彼女は、不意に彼の元に走り寄って行き、彼の背中に腕を回して抱きついた。
「…ごめん」
「……それはこっちの台詞」
「じゃあね。……───愛してる」
彼の言葉を遮りまくし立てるように別れの挨拶を述べた彼女が、最後の言葉を自分だけが聞こえる音量で零す。
──刹那、とても強い風が吹いた。
これにて完結です。
終わり方が中途半端だと思いますので、もしかしたら後日談やこの後の話もあるかもしれませんけれど。
要望があればまた書くかもしれませんが、それでも、これで一区切りとさせていただきます。
読んで下さった方々、ありがとうございました。