第六話 お金が無いのに宿へ
言われた通り左手側の建物を見ると、店の前の看板に『宿』と書かれている事に気付いた。
外国人が何も知らずにうろ覚えで描いてみた、と言う感じの文字だったので、それと分からないと読む事も出来なかったと思う。
「いらっしゃいませ。宿泊ですか?」
建物に入ってすぐ目の前の受付には、一目見て日本人ではないとわかるイケメンがいた。
一言で言えば、エルフだ。
ハリウッドのファンタジー映画三部作で、ノーメークで出られそうなくらい整った顔立ちだ。
「あ、はい。あの、ギルドに登録したモノですけど」
「ええ。一泊百からになりますが、よろしいですか?」
「え? お金が必要なんですか?」
てっきり『召喚人』であるギルド長は、ギルドに登録した人には無料で使える自宅ないし自室を用意してくれているかと思ったが、そこまで余裕は無いみたいだ。
しかし、無一文で来てしまったのだから、ここには泊めてもらえないらしい。
「す、すみません。お金を持っていないんですが、どうしたら良いでしょうか」
翔英はエルフのイケメンに質問する。
普通、翔英の常識で考えた場合では、お金もなくホテルに泊まろうとした客はおそらく客として認識されず、しつこく食い下がろうとすると警察を呼ばれる事になる。
ここは異世界だが、同じ事になる事も十分考えられる。
どうせ異世界に来るなら、転生で来たかった。そうしたらこんな問題は発生しなかったはずだ。
いや、召喚でも構わない。それが美少女による召喚だったら、彼女と一緒に生活出来ていたはずだ。
ところが、翔英を召喚したのはこの赤い眼の剣みたいだし、剣にとって宿泊施設であろうと野宿であろうと構わないらしい。
「お金が無くても宿泊は出来ますが……」
と、エルフのイケメンは言いにくそうに切り出す。
「え? 良いんですか? 借金とか、強制労働とかですか?」
「あ、いえいえ、ギルドマスターから言われているんですよ。『無料で宿泊したいという召喚人が現れたら、馬小屋に泊めてやれ』と。正直、あまりオススメ出来ませんが、それでよければ良いですよ」
「馬小屋って、馬の小屋ですよね?」
「はい。もちろんお客様を宿泊させるような場所ではありませんので、私としてもご遠慮していただいきたいのですが、ギルドマスターの意向に逆らうわけにもいかないのですよ」
「あの、借金とか、ツケとかでは? 明日には必ずお返ししますから」
「申し訳ございません。そう言う事は出来ない法になっています」
無理を言っているのは翔英なのだが、エルフのイケメンは本当に申し訳なさそうにしている。
ここで押し問答をしていても翔英の立場が悪くなるだけだし、それよりなにより疲れていたので、翔英は馬小屋に泊まる事にした。
「色々と苦情は出ると思いますが、馬小屋に関する苦情は何卒ギルドマスターの方によろしくお願いします」
エルフのイケメンはそう念を押す。
そんなに? と翔英は怯えていたが、いざ馬小屋に入ると数頭の馬がそれぞれの小屋から来客の方を見る。
綺麗に掃除されているし、恐れていたほど悪臭も無い。
馬小屋は六つに区切られ、その内四つに馬が一頭ずつ入れられている。
残りの一つに荷車や農具などが入れられ、もう一つには藁を敷き詰めた部屋になっていた。
おそらくそこが今日の寝床らしい。
「それでは、ごゆっくりお休み下さい」
イヤミでも皮肉でもなく、エルフのイケメンは申し訳なさそうにそう言って、宿の方に戻る。
まあ、野宿よりはマシではある。
この作りならネズミも走り回りそうだし、蜘蛛の巣とかもありそうで、色んな虫なんかも彷徨いていそうではあったが、それでも野宿よりはマシだ、と翔英は自分に言い聞かせる。
「あの山でお前がだだをこねずに小銭でも稼いでいれば、こんな事にはなっていなかったのにな。召喚人の奴らは自分の身に降りかかってくるまで、現実として受け入れられないものらしい」
赤い眼の剣の言う通りではある。
乾燥した藁の上に横になってみると、見た目より厚みのある感じではあるのだが、乾燥した藁は翔英の首や喉、頬や耳などにチクチクと嫌な感触を伝えてくる。
無料で泊めてもらっているので文句をつける事は出来ないが、意外と寝心地が悪い。
それでも疲れ切っているために起き上がる事も出来ず、寝心地が悪いとか馬の鼻息が耳障りだとか考えている内に、翔英は気を失うように眠っていた。