第五話 ギルド加入
ギルドにやって来たのは、大柄な女性で露出度と言う点ではさほど高くないとはいえ、むき出しの二の腕などは引き締まった筋肉の塊である。
茶色い長いくせっ毛の髪は爆発したようにも見えるが、獅子のたてがみにも見えてしまう。
もっとも、たてがみのある獅子は雄なので、口には出来ない。
歴戦を思わせる胸当てに、盾にも使えるのではないかと思う戦斧を背負う姿も雄々しい限りだ。
彼女は換金を行うと言うらしいカウンターの方に、何か怪しい小袋を置く。
そのカウンターの向こうにいるローブ姿が億劫そうに小袋の中身をチラ見すると、その袋を引き取ってカウンターの方に姿を消す。
大女は翔英の方に目を向けて僅かに眉を寄せると、受付の少女の方へ行く。
「おい、ウェテトーレ、アレは何だ?」
大女は地声が大きいのか、少し離れたところにいる翔英にも聞こえる声で受付の少女に尋ねている。
「いえ、私にも分かりません。でも、ギルドの登録証とかもありませんから、他の街から来られた方では無いでしょうか?」
「他の街からぁ? 無い無い、そんな装備じゃねえだろう? お前もお人好しは大概にしとけよ? 世話が出来ないんなら、捨てられた子猫の餌付けなんてお互いのためにならないんだからな?」
大女は豪快な外見の通りと言える、容赦のない事を言っている。
「何か変な事されたとか、気に入らない事があれば私に言えよ。私に出来る事なら力になるからな」
「私は大丈夫ですけど、エーカさんがマスターの異常な愛情に困ってます」
「そりゃ私の力ではどうする事も出来ない問題だな。まあ、実害が出ている訳ではないし大丈夫だろ? マスター夜型だし、エーカは早番だからな」
「時々マスターが早い時間に来て、エーカさんを困らせてるみたいですけどね」
大女と受付の少女が楽しそうに話している。
よほど仲が良いように見える。
「済んだぞ」
換金していたローブ姿が、男らしい声で大女を呼ぶ。
大女は換金した金の入っていると思われる金を受け取ると、受付の少女に軽く手を上げて、その後翔英の方をチラッと見てギルドを出て行く。
それからも数人戻ってきたが、全員が翔英をチラ見するものの興味は持たないみたいで、翔英に話しかけてくるような人物もいなかった。
この世界の住人は慎重なのか、人とのつながりと言うものを重視していないのかもしれない。
その方が気楽でもあるのだが、それだけに何の情報も得られない。
翔英は意を決して、受付へ行く事にした。
「あの、お水、ありがとうございました」
「いえいえ、もう大丈夫ですか?」
「はい、助かりました」
翔英はそう言うと、受付の少女に空になったグラスを渡す。
そこで会話は途切れ、翔英としてもこれ以上話を膨らませる事も出来ずに、もう帰るしか無いと考えていた。
「あ、ギルドの登録とかされていないんですか?」
受付の少女が、翔英を呼び止める。
「ギルドの登録?」
「簡単ですよ。登録していただければギルドの一員と言う事で、ここで仕事を受けられます。ギルド登録が済みましたら、ギルド特典としまして、ギルド御用達の宿泊施設や武具店を利用出来ます。一定期間のギルド利用が無い場合、除名されますのでご注意下さい」
「要は、簡単に稼ぐ場を貸してくれるって訳だ。除名されると、それらの利点が得られないと言う事だな」
赤い眼の剣に言われ、翔英はとりあえず頷く。
いかにも『召喚人』が考えそうなので、とてもよく分かる。
登録する事にデメリットは無さそうだし、宿泊施設を利用できると言うのが素晴らしく魅力的に感じた。
早く休みたい。
「じゃ、登録します」
「それでしたら、ここに記入をお願いします」
笑顔で少女は書類をカウンターの上に置く。
彼女が前屈みになった時には、生乳の生谷間がモロに目に飛び込んでくるので、どこを見ていれば良いのか分からないが、視線はついつい固定されてしまう。
肩を借りた時には、疲れとか少女の肩の方を見ていたので、これはもう仕方がない事だった。
「まずここに名前ですね、それから……、聞いてます?」
「おァっ! す、すみません」
「いえいえ、記入はですね」
まったく嫌な顔をせず、受付の少女は書類の記入の仕方を懇切丁寧に教えてくれる。
プロの受付嬢だ、と翔英は感心する。
翔英の家の近くにあるコンビニの店員にも見習って欲しいところだが、今はその事も一文無しという現実も出来るだけ考えず、記入すべき用紙とその少し上にある谷間に集中する。
記入する用紙は、現地の人用と『召喚人』用のモノがあり、翔英が記入しているのは『召喚人』用のモノである。
名前の他に、年齢や血液型、元の住所なども記入するところがあった。
個人情報として考えればいくらでも悪用出来そうではあったが、翔英は今でもここは自分が見ている夢の可能性が高いと考えている。
百歩譲ってここが召喚された異世界だったとしても、この個人情報で元の世界の翔英に何かしら手を出すと言うのも考えにくい。
少なくとも、翔英には思いつかないので、言われるがままに記入する。
「はい、以上になります。登録証がこちらになります」
受付の少女がカウンターから、首から下げるパスと言うかタグと言うか、そう言う紐の付いた小さな札を取り出す。
何か文字が書いてあるが、模様にしか見えない。
「なんたらギルドって書いてあるな。まあ、ここの所属って示す様なモンだ」
「そう言う事です。剣さん、物知りですね」
赤い眼の剣の言葉に、受付の少女が頷く。
彼女にとって剣が喋ると言う事は、日常的な事らしい。
ついでに言えば、記入した用紙が召喚人のモノであった事も、そこは訝る要素にもならないようだ。
「ちょっと頭を下げてもらって良いですか?」
「こうですか?」
翔英が言われるままに少女の方に頭を下げると、少女は突然翔英の首に腕を回してくる。
「うぉわ、な、何ですか?」
「あ、ちょっと動かないで下さいね」
予想外に力が強く、反射的に後ろに逃げようとした翔英はビクとも出来なかった。
反射的に逃げようとしたが、その後は動けなかった。
クラスの半数を占める女子がいたはずだが、彼女も出来た事の無い翔英は見ず知らずの少女にこれほど密着された事など無い。
頬が触れるくらい密着しているので、良い匂いがする。しかも彼女の大きな胸も翔英の腕に触れそうになっているし、翔英の目の前には羽根の生えたむき出しの白い背中が見える。
(な、何だ、コレ。コレ、何のご褒美? 頑張ったから? 確かに、今日の僕は頑張った。とてもよく頑張ったから、コレはそのご褒美か?)
そんな訳が無い事は、考えている翔英自身が分かっている。
実際には少女はギルド登録者用のタグを翔英の首に巻いているだけ、と言う事は冷静な部分では分かっているのだが、それ以上に本日二度目の密着にドギマギして無意味に鼻息が荒くなってしまっている。
「はい、出来ました」
頭の位置的に考えると、翔英の不審極まる荒い鼻息を耳元で聞いていたはずなのに、受付の少女は満面の笑顔で言う。
もし彼女を抜擢したのが『召喚人』であるらしいギルドマスターであれば、適材適所と言うか、凄い逸材を見つけてきたものだと思う。
「ギルドの宿泊施設で『召喚人』用は、ここを出てから左手の建物です。明日以降は仕事を受けられますから、また明日来て下さいね」
受付嬢が笑顔で頭を下げる。
物凄く極端な事を言えば、「もう帰れ」と言われているようなモノなのだが、まったく悪い気はしない。
明日また来ようと思いながら建物を出た。