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第一話 目覚めたのは山の中


「よう、気が付いたか」


 翔英が目を覚ました時、手元からそんな声が聞こえてきた。

 どう考えても、ここは信号待ちしていた交差点でも帰り道のどこでもない。

 まったく見覚えの無い場所で、草木がいたるところに生えているところを見ると、山の中かもしれないが、翔英の家の近くに山など無い。


「どうだ、目が覚めたか?」


 声は聞こえるものの、近くに人の気配は無い。


「ここは?」

「山の中だ。転移は苦手でな」


 翔英の独り言に近い質問に、声は答える。

 山の中、と言われても何が起きたのか分からないので、何故山の中にいるのかも覚えも心当たりも無い。

 それに、さっきから声は聞こえるが、周囲を見ても名前も分からない植物に囲まれていて、人が近くにいる様に見えなかった。

 とりあえず体をさすってみるが、特に目立った外傷は無いし、痛いところもない。

 制服が若干汚れたくらいで、身体に異常は無いのだが、すぐに大きな問題が発覚した。

 鞄やポケットの中に入れていた持ち物が無くなっている。

 生徒手帳くらいなら無くなっても良いかな、とも思うのだが、財布やスマホや家の鍵が無くなっているのは困る。

 それに鞄も無いと、明日以降の授業の際にも問題になりそうだ。

 いくら将来的に意味の無い授業であったとしても、教科書やノート無しで授業を受けるのはリスクが高過ぎて、翔英としてはそういう目立ち方は避けたい。

 今考えるべき事はそう言う事ではないはずだが、翔英は混乱して周囲を見回していた。

 ここがどこかもわからないの山の中で、しかも貴重な通信手段であるスマホも無くなっている以上、連絡方法も無い。

 財布も無いので、山から下りても助けを求める事も困難だ。

 いや待て、今考えるべきは山から下りた後の事ではなく、今現在どうするべきかである。

 翔英の家は裕福層ではないが、日々の生活にサバイバルを余儀なくされるといった事は無い。

 時計が無いので正確な時間は分からないが、夜になる前にこの山から下りて人のいるところに行く必要がある。

 山の中で夜を迎えるなど、考えたくもない。

 いくら山奥と言っても、日本であれば毒蛇や猛獣の類もかなり少ないが、いない訳ではない。

 なにより山の中であれば、猛獣の他にも蜘蛛や百足、蛾などの害虫などもいる。むしろそちらの方が、翔英には大きな問題である。


「困っているみたいだな。まあ、悩むのはけっこうだが、そろそろ移動した方が良いかもしれないな」


 近くの声がそう言う。


「だ、誰ですか?」


 この山の中で目を覚ましてから、ずっとこの声は聞こえてくるが姿は無い。

 この声の主は地元の人のようなので、今の翔英にとっては命綱だ。

 薄暗い鬱蒼とした山の中で視界は非常に悪いのだが、声の感じで言えばすぐ近くにいるはずなのに、声の主の姿は見えない。


「誰ですか? どこにいるんですか? 姿を見せて下さい!」


 翔英は軽いパニック状態だった。

 無理もない。

 ある時突然気を失って、次に気が付いたら山の中で持ち物は全て失っていた。

 それで冷静沈着でいろと言われても、特殊な訓練を受けた選ばれた人種でもない限り不可能で、翔英はそう言うタイプではない。

 わけもなく叫びたい気分になってくる。


「よく見ろ。まったく、お前達はいつもそう言う反応をする。最初は見ていて楽しかったが、いつもそうだと飽きてしまうな」

「誰ですか? どこですか? 何なんですか!」

「さっきからそれしか言っていないぞ。視線を下げろ。すぐに見つけられる」


 その声に言われるままに視線を下げると、手元に剣がひと振り落ちていた。

 その柄についた赤い眼が、ギョロリと翔英の方を見る。


「うわぁ!」

「驚ける程度に余裕はあるみたいだな。だったら少しはマシだ。俺を拾え。長いこと気を失っていたから、魔物もウロつき始めるぞ」


 何を言っているのか分からない。

 それ以前に、剣が話しかけていると言う事実を認識出来ない。


(魔物? 魔物って言ったか? 剣が喋ってるし、何だコレ)


 翔英が最初に思い浮かんだのは、何か大掛かりなドッキリ的なイベントに巻き込まれたと言う事だった。

 素人を参加させて、リアルな反応を楽しむとか、そう言う趣味の悪いイベントに知らない内に参加させられているのかと思った。

 そんなはずは無い。

 周囲のヤブの中にカメラやマイクを隠してあったとしても翔英には見つけられないが、昨今の厳しい倫理規定に悩まされるテレビ業界になどにおいて、参加者を誘拐してまでやる様なイベントではないはずだ。

 だとすると、この状況は何だ。

 思い浮かぶのは、ラノベでは割とありがちな異世界に召喚されたと言うものでもあるが、あれは作り物だからこそのモノであり、自分の身に起きた事として認識するのは難しい。

 翔英が好んで読んでいたモノでは、召喚する人物は美少女である事がほとんどだった。

 もしくは神様が転生させてくれる的な感じ。

 喋る剣と言うのも珍しくはないが、剣の方から召喚してくると言うのは、あまり記憶に無い。

 しかも山の中で、荷物や持ち物が無くなっていると言うのも、同じく記憶にない。

 もし異世界に召喚されたとしたら、文明の利器であるスマホなどが活躍するシーンは大体あるし、万が一の場合にはそれらと物々交換したりと使い道もあった。

 しかしそれが出来ず、頼りになりそうなのは、見た目には呪われていそうな赤い眼の付いた剣だけ。

 その剣も重い男の声で、妙に高圧的で上から目線でモノを言ってくる。


(夢か?)


 そう考えるのが一番現実的だと思う。信号待ちして倒れるとか、どれだけ虚弱体質だと言われそうではあるが、異世界に来たと言うより自然と言える。


「現実を受け入れた方が良いぞ。これまでに二、三人は受け入れられずに、ここへ来ただけで簡単に殺された者もいる。さあ、俺を拾え。手を貸してやるぞ」


 剣は翔英に言う。

 必死に訴えかけていると言う感じではないが、苛立っているようにも聞こえる。

 面倒ではあったが、これが夢だとしたら、どうやったところで目が覚めなければ夢から脱出する事も出来ない。

 だとしたら異世界を楽しむのが一番じゃないか、と思いはするのだが気が進まない。

 何より剣が怖い。

 赤い眼も怖いし、重い男の声も怖い。何をさせられるか分からない事もだ。

 剣はこう言っていた。

 お前達はいつもそう言う反応をする、と。これまで二、三人は受け入れられずに殺された、と。

 つまりこの剣にこれまで召喚されたのは翔英一人ではなく、ここは魔物がうろついて命を奪われる恐れがあると言う事だ。

 魔物との戦闘で命を奪われた場合、キャンプ地に戻され三回目で強制リタイヤになる訳でもなく、最後にセーブしたところからやり直せるわけでは無いらしい。


「早くしろ。何を迷う必要があるんだ?」


 剣に急かされ、翔英はさらに迷う。

 迷っている間に周囲は薄暗くなってくるし、何をどうしていいのか、指標も無いので剣を拾うしか手段も方法も無いのだが、言い知れない不安がある。

 この剣を手にしたら、何か取り返しのつかない事になりそうな不安。


「早くした方が良いな。魔物が近づいてきたぞ」


 剣は少し嬉しそうな声で言う。

 確かに草を踏む音や、獣の唸り声などが聞こえてくる。

 暗闇の中で光る眼が、複数こちらに向けられているのも分かった。


「ま、魔物って言われても、僕にはどうする事も出来ないし……」

「ああ、よく知っている。お前が初めてと言う訳ではないのだからな。だが、心配するな。俺を拾いさえすれば、後は俺がやる。中には喜んで俺に協力する奴らはいたぞ。最初こそお前と同じ反応だったが、ゲームとやらで妙に慣れた動きをする者もいた。今の状況を打破するためには、どう言っても俺を拾うしかないぞ」


 それはその通りかも知れない。

 とにもかくにも、ここから離れて人里に降りる必要はある。

 と言うより、たとえ呪われた剣に見えたとしても、話し相手がいれば一人よりマシだ。

 たとえ夢の中だと思っていても、このリアリティーの中で一人きりである不安はどうしようもない。

 正常な判断力を持てと言われてもそれは無理と言うモノなので、翔英は悩んだ末に赤い眼の剣を拾う事にした。

 青みを帯びた細い刀身の剣で、大剣と言うより太刀と言った方が近い。

 刀と言うのは重いと言うのを聞いたことはあったが、この赤い眼の剣は驚く程軽く、ほとんど重さを感じない。


「こ、これで良いんですか?」

「ああ、十分だ。戦闘になるが、戦闘は俺がやる。お前はリラックスして全て俺に委ねていろ。怯える必要など無い」


 重い男の声と言う事もあるが、物凄く頼りになりそうだ。

 そして、それに合わせる様に魔物が正体を現した。

 粗末な石槍を持った驚く程醜い顔の人型が二体と、狂犬病でも患っているのかと思いたくなるような、涎を撒き散らしている気持ち悪い大型犬が二匹である。

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