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 白い壁に囲まれた殺風景とも言える店内には数名の先客が居たが、各々、静かにゲームを楽しんでいる。注文を受ける以外には特に会話をする必要もないせいか、店主の動作もゆったりしたものだ。ふたり連れで来ているのは私たちだけである。BGMのかかっていない店内には、各ゲームのプレイ音と私たちの話す声だけが静かに流れていた。


「次はこれをやりましょう」

 カウンターに並べられたゲームソフトの中から私が選んだのは、むかし大好きだったアニメのキャラクターたちが闘う格闘ゲームである。自分でも持っていたが、どこかのタイミングで処分してしまった。そんなソフトと、偶然にもこうして再会できるとは!

 喜びを禁じ得ない私の誘いに男性は快く応じてくれたが、必殺技を連発して勝ちにいく私のやり方には眉をしかめた。

「そういう闘い方、俺は嫌い」

 彼はキッパリとそう言った。

「なんて言うかな、美しくない」

 そしてコントローラーを操作すると、対コンピュータでプレイし始めた。

「ちょっと見ててみ」

 彼は小技と必殺技を巧妙に撃ち込み、あっという間に勝ってしまった。その闘いはなるほど、美しく見えたので、私は小さく拍手を送った。

「もっと頭つかって、技を合わせて、手間かけて闘うんだよ。そのほうがグッとくる」

 コントローラーを置きながら、得意気に男性が言った。なんだか良いことを言われたような気がして、私も「はい!」と良い返事をした。



 時計の針は、午前3時を回っている。味園ビルを出ると、空もうっすらと明るんでいた。ぐっと腕を伸ばすと、肩の辺りがばきん、と鳴った。思いの外ゲームに熱中していたようで、すっかり凝ってしまっていたらしい。顔を見合わせ苦笑すると、私たちは最後のお楽しみを味わうべく、もと来た商店街を引き返して行った。


 ほかほかと湯気をあげるかむくらラーメンの丼を前に、私はしっかりと両手を合わせ、呟いた。

「いただきます」

 一口、啜るとあっさりした醤油ベースのスープが口内にふわっと広がる。黄色い縮れ麺、具の白菜と豚バラを合わせて噛み締める。懐かしの美味しさに思わず頬が緩むが、ラーメンは1滴のこさず飲み込んだ。このシンプルなラーメンに、何故これほど夢中になってしまったのか。シンプルだからこそか。

 ほぅっと満腹の一息を吐き、私は付き合ってくれた男性に言葉を尽くして礼を言った。

「ラーメン1杯でそんな喜んでくれるなんて」

 男性は珍しいものでも見たように言った。

「安上がりで良い」



 ラーメンを食べ終えるとさすがに眠くなってきた。

 そろそろバーや風俗店も閉店する頃だろう。男性がホテルまで送ってくれると言うのでお言葉に甘えることにした。

「今日は何をするつもりなの?」

 宗右衛門町に向かってぶらぶら歩きながら男性が訊ねる。

「特に考えてなくて……どこかおすすめの観光スポットあります?」

 実を言うと旅行中の予定はあらかた決めて来ていたのだが、ガイドブックには載っていない名所が聞けたらラッキーである。そんな淡い期待のもと、私はあえて訊ね返してみた。

「観光スポット?」

「大阪といえばここ!みたいな」

「うーん……大阪城とか?」

 男性の答えは細い針のように私の胸の奥をちくりと刺した。

「まぁ城なんか見たってしょうがないか」

 そう言って笑う男性に微かな動揺を悟られぬよう、私も笑った。



 ちょうど大阪城をロケ地とした映画を観たばかりであった。スクリーンに映し出されていたのと全く同じ風景を前に、やはり私は、はしゃいでいた。

「写真、撮りたかったら撮って良いよ。待ってるから」

 映画も観ていなければ城にも興味が無さそうな恭太郎は、それでも私に気を回してくれた。

 待ってるから、という言葉に安心して、私は携帯電話のカメラを作動させる。城や周りの風景をせっせと画面に収めながら、何度も「デジカメ持ってくれば良かった」とぼやく私の後ろで、恭太郎が笑いながら訊ねた。

「なんで持って来なかったの?」

「忘れちゃったの」

 私は少し口を尖らせて答えた。

 旅支度中の頭は、恭太郎に少しでも可愛いと思ってもらえそうな服を持っていくことに占められて、デジカメのことなんか浮かびもしなかった、とはまさか言えない。我ながら妙なところで乙女なので困ってしまう。

 カシャカシャと風景写真を撮りながらチラチラと気になるのは、大阪城をバックに記念撮影をしているカップルたちだ。

(ツーショット……良いなぁ)

 無論、私はそう思った。

(でも、私たちはカップルじゃないし……図々しいと思われたら?嫌そうな顔とかされたら……死んでしまう……!!)

 その後、恭太郎と天守閣に登り、再び地上に戻るまで、私は「一緒に写真が撮りたい」と、ついに言えず終いだった。まったく情けないことである。



 記憶のなかの情けない己を戒めるために思わず道頓堀へ飛び込みたくなるのをぐっと堪える。妙なところで度胸を発揮しようとするのだから困ってしまう。

「観光スポットは教えてあげられないけど」

 そう言いながら、男性はスマートフォンを取り出した。

「連絡先なら教えられるよ。大阪に居る間、なにかわからないこととか、困ったことがあったら連絡しておいで」

 私は「ありがとう」と答えて、向けられた画面に映る電話番号を、自分の携帯電話に入力する。一昔前までは誰とでも赤外線通信をすれば事が済んだのに、スマートフォンでないだけでこんな面倒を強いられるとは、なんだか複雑な気分だ。 

 電話番号を登録したところでふと気が付き、私は訊ねた。

「今更ですけどお兄さん、お名前は?」

 本来なら出会ってすぐにすべき質問だが、なんとなく聞くタイミングを逃したまま、今に至った。男性が連絡先を教えてくれなければ、そのまま知らずに別れていたかも知れない。名も知らぬ相手と一夜を共にしてしまったとは、我ながらなかなかやんちゃである。

「本当に今更だね」

 男性も少し呆れたように笑って答えた。

「オーガ、で登録しといて」



 結局その晩、知り合った人たちの本名は誰ひとり分からなかったのだが、それもまた、非日常的な気分を盛り上げてくれる貴重な体験であったと私は思う。かくして大阪初日はとても楽しく過ごすことが出来た。

 しかし、ひとつだけ残念なことがある。

 私をホテルの前まで送ってくれたオーガさんが「トイレに行きたい」と言いながら中まで付いて来てしまったのである。そう言われても部屋に入れるわけにはいかないし、困ってしまった。

 人を疑うのは良くないことだが、疑わなかったおかげで要らぬ経験を積んできた我が身が、警戒を呼びかける。

 なんとか自力で問題解決してもらう方向でお帰り頂いたが、その時点まではとても良い宵だった分、最後にこういうことがあると、少し寂しい気持ちになるものだ。


 オーガさんがどれほど純粋な厚意から連絡先を教えてくれたのだとしても、一度、芽生えた警戒心というものはなかなかに打ち消し難い。私が彼から頂いた連絡先を使うことは、とうとう一度も無かった。

 私は相手を信用することも受け入れることも、わりと抵抗なく出来てしまうが、腐っても若い女である身としては、それだけというわけにもいかないのである。

 こちらの信用をいともたやすく裏切ってみせる人間も、悲しいことだがこの世には少なくない。だから不本意でも、真に自分の身に危険が迫ったときだけは、しっかり警戒しなくてはいけない。


 ホテルの部屋に戻るといそいそとシャワーを浴び、水と一緒にヘパリーゼを飲み下す。ヘパリーゼは一般的に呑む前に飲むものだが、それが実は呑みすぎの原因になる場合がある。肝機能が活性化し、呑む側からアルコールを分解してくれるためだ。そのため、呑んだ後に飲んだほうがアルコールの分解効率も良く、二日酔いになりにくいという。医学的根拠に基づいた話であるかはさておき、納得は出来るので、私もなんとなくそのようにしている。

(これで大丈夫。明日もシャキッと観光できるぞ!)

 私は安心して、ベッドに滑り込み、チェックアウトまでの短い眠りに落ちたのだった。

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