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髪は女の命ということ

――啓介、キミわかってる? わたしたちが求められてるのはシステムオペレーターとしての能力なのよ。メインオペレーターとしてばかり成長してどうするのよ――


――啓介! メインオペレーターとしてわたしと張り合えたってしかたないの! こら! 聞いてるのか!――


――啓介、今度はキミがメインをやってみなさい。わたしがシスオペの手本を見せてあげるから――


――啓介! ちゃんとパートナーと呼吸を合わせなさい! 相手が合わせろですって? このバカ! シスオペやってるときはキミから合わせるの! メインに合わせさせてどうするのよ!――


――啓介、わたしやっぱりあっちの世界に行ったらあいつを捜すわ。キミはあっちに行ったら何かしたいことある?――


――啓介、誕生日おめでとう。はいプレゼント――


――啓介、ベッド下に隠してる本、没収しといたから――


――啓介、イブの予定はないわよね?――


――啓介、バレンタインのお返しは三倍返しだから――


――啓介、自分ならどうするか、自分ならどうしてほしいかを考えなさい。そうすれば……――


――啓介……バイバイ……もう寝坊しちゃダメだぞ――





「センパイ!」


 まだ陽も昇りきらない朝の早い時刻。

 おれは悲鳴のような声をあげてベッドのうえで飛びおきた


「ハア……ハア……ハア……夢?」


 それはおれがまだ日本の学園で下級生をやってたころの夢だった。


 異世界に送りこむための人材を孤児から選んで教育するインターワールドスクールの日本校に有無を言わさず入れられ、右も左もわからなかったおれに寮での生活からフレームアームのあつかいかたまで教えてくれた鴇森ときもり静香しずかセンパイ。


 センパイはおれより二歳年上で、そのぶん早くこちらの世界に送られた。

 あのときの喪失感はいま思い出しても胸が痛くなる。


 彼女のことは忘れていたわけではないが、異世界に来てからこちら、あまりにドタバタしすぎていて考える余裕をなくしていた。


「センパイ、今ごろどうしてんのかなあ。元気にやってんのかな?」


 センパイはおれと同じナイトフレームのシステムオペレーターとしてこの世界に送られたのだから、アルフェイルになって暮らしてるはずだ。


 戦死……はないよな。

 強くてしたたかで要領がよくて誰からも好かれる人気者だったセンパイが戦死なんて考えられない。

 考えたくもない。


「ううん……うるさいぞ」


 どうやらさっきの大声でレスカを起こしてしまったみたいだ。 

 となりのベッドから彼女の不機嫌そうな声が聞こえてくる。


「ああ、悪い」


 となりのベッドで眠るレスカーに一言謝り、


「…………」


 少しのあいだ息をひそめ、彼女が寝たのを見計らってからベッドを抜けだす。


「うおぉぉお……」


 筋肉痛がひどかった。体中が悲鳴をあげている。

 それでもおれはどうにか立ちあがる。


 結局昨日は体力がもどらず、レスカがいうお子さまランチメニューも出来なかった。

 なので少し外でランニングでもしてこよと思ったのだ。

 どうせ今のこの状態じゃ今日もまともなメニューはこなせないだろうし。


「どこへ行く?」


 いきなり話しかけられて跳びあがるほど驚いた。その動作だけで体が痛い。


「ね、寝てなかったのか?」


「起こされたんだ。誰かさんがコソコソと出て行こうとするから」


「うるさいって言われたから気をつかったのに」


「知らん。で、どこに行くつもりだ?」


「ちょっと走ってこようと思って」


「……公爵邸ここの敷地から出るなよ」


「ダメなのか?」


 門限とかあったかなあと呑気に考えたおれだが、事情はそんな甘いものじゃなかった。


「アルフェイルは裏に回れば高額で取引されてる貴重な存在だ。おまえが街を歩けば街中の悪人が群がってくるぞ。薬漬けにされたくないならひとりで街に出るなよ」


 こわッ! 聞きたくない事実だ! でも、聞いておいて良かった!


「わ、わかった」


 おれは顔をひきつらせながら部屋の外に出たのだった。


 廊下はそこを走るだけで十分なジョギングになりそうなほど遠くまで続いている。

 実際にそんなことしたら怒られそうだからしないから歩くけど。


 その途中、イオさんに出くわした。

 昨日の今日なので、なんか照れる。

 おれはあの唇と……。


 ハッ! イカンイカン! なにニヤけてるんだ! イオさんも言ってたじゃないか。あれは人工呼吸のようなものだと。

 顔を叩いて表情をひきしめる。


 彼女は朝の見まわりをしているようで、昨日のことなどなかったかのように、そのクールな美貌にわずかなスキも作ることなく完璧な所作で会釈してきた。


 ちなみにこの屋敷には彼女以外のメイドもたくさん働いていて、その人たちとも何度もすれ違ってはいるが、そのなかでもやはりイオさんが一番綺麗だと思う。


「おはようございます。イオさん」


「おはようございます。ケイスケさん。どちらへ?」


「ちょっと外へ走りに」


「お屋敷の外には――」


「出ないようにですよね。レスカにも言われました」


「それは出すぎたマネを」


「いえいえ。それじゃ」


 いい人だなイオさん。異世界人のおれにも丁寧に接してくれるし。

 朝からホクホクした気持ちになりながらその場を過ぎようとして、彼女に頼みたいことを思いついて立ちどまる。


「あっそうだ。レスカのやつが起きたら教えてくれませんか?」


「うけたまわりました」


 理由も聞かず承諾してくれるところはメイドの鑑だと思う。


 そのイオさんが庭の噴水前で筋トレしているおれを捕まえたのは日もだいぶ高く昇ったころだった。

 これはべつに彼女が約束をすっぽかしていたとか、この広い屋敷の庭でおれを捜すのとに手間取ったとかではなく、たんについ先ほどレスカが起きてきたというだけである。


 あいつ、朝弱いんだな。

 昨日も起きてきたのは遅かったみたいだし。おれ、そのとき寝てたから知らないけど。


 ちなみにおれが寝坊したのは、むこうとこっちの世界の時差の関係上しかたなかったことだけは明記しておく。


 おれはイオさんに礼を言い、部屋にもどったわけだが……あれ?


「えーっと」


 そこに金髪をボサボサにして半分眠ったまま立っている知らない女がいた。

 よく見たらレスカと同じ寝間着を着てるけど。


「わかった。雷の精霊がはしゃいでるんだな」


 雷神のシドさんのことを思いだして、おれがポンと手を打つと、レスカの眼光が視線だけで切れそうなほどに鋭くなった。


「ほほう。このわたしの寝癖を馬鹿にするとはいい度胸だ」


「あっ、やっぱり寝癖だったのか」


 あの美しい黄金色の髪がこんなことになるなんてひどすぎる。

 おれの同情の眼差しにレスカはいたく傷ついたようで、


「憶えておけよ」


 そうボソリと言われた。

 まずい。怒らせたみたいだ。


「イオ! 髪をいてくれ!」


「うけたまわりました」


 いつの間にかおれの背後にいたイオさんがしずしずと部屋に入ってくる。


「いたんですか?」


「ええ。ずっと」


 ずっと? どこから? ぜんぜん気づかなかったけど。


 というわけでおれはレスカの髪がもどるまで外で待たされたわけだが、バスタオル一枚の半裸姿でも平気だったくせに髪を梳かれる姿は見られたくないらしい。

 乙女心はむずかしい。

 …………いや、さすがに半裸でも平気というのは乙女心の範疇はんちゅうを超えてるか。


 あの寝癖からして一時間は待たされると覚悟をしていたが、レスカは十分で支度を終えて出てきた。

 あれをこんな短時間でなおしてしまうなんて、イオさんはどんな魔法を使ったんだろう?


「で、わたしに何か用なのか? イオにわざわざわたしが起きたら教えてくれと頼んでいたそうだが」


 半眼でにらまれた。

 おかげであんな姿を見られてしまったとブツブツ言ってるので、さつきのを引きずってるのだろう。


「昨日、おれ宛に封筒が届けられただろ?」


「地球互助会だったか」


「そう。それ。あそこに行ってみたいんだ。でも、おれってひとりで屋敷の外に出ちゃいけない身分みたいだから」


「つまりついて来てくれと?」


「えーっと、お願いします」


「それはいいんだが、わたしはこの街の地理に明るくないからなあ」


 レスカは困ったと天井を見あげ、そこからグルリと首をまわして視線をイオさんの位置でピタリと止めた。


「イオはどうだ?」


「以前とは住所が変わったと聞いてます。いまの住所がわかるものはありますか?」


 半ば予想してたのだろう。イオさんは間を置くことなくおれに聞いてきた。


「地図なら封筒に入ってました」


 あらかじめ用意していた地図を手渡す。


「南地区の5番街ですね。これならわかると思います」


「じゃあ道案内頼む」


「公爵様のお許しがいただけるならかまいませんが」


「じゃあ決まりだな。公爵にはわたしが意っておく。午後になったらまた部屋に来てくれ」


「うけたまわりました」


 イオさんは一礼し、べつの仕事がありますのでと部屋を出ていった。

 それを見送ってからおれはレスカに向きなおる。


「午後からなのか? おれとしては早く行っておきたいんだけど」


「そのあいだ、わたしが軽く鍛えてやる。お子様ランチメニューでな」


「いや、おれ、今ひどい筋肉痛で……」


 今日はあまり無理したくないんだが。今朝のランニングが限界……。


「ふっふっふっ。強くなりたいならだらしないことは言いっこなしだ」


 レスカが浮かべる暗い愉悦の笑みに冷や汗が流れた。


「おまえまさか、おれに寝癖を馬鹿にされたこと、まだ根にもってるんじゃないだろうな?」


「へえ。やっぱり馬鹿にしてたのか」


「あっ、いや、いまのは言葉の綾であって、おまえが一方的にそう感じてたんじゃないかなあっと」


「知らんなあ」


 言葉とは裏腹に、レスカの笑みが負の方向に濃くなった。

 もうそれを見れば一目瞭然だ。


「うわっ! なんてしつこいヤツだ! 王女のくせに器が小さい!」


「おまえの心ない態度はわたしのやわらかい乙女のハートをひどく傷つけた。死をもってつぐなえ」


「そこまでイヤなら同じ部屋で寝るなんて言うなぁぁぁ!」


 おれの的を射た抗議は当然のように黙殺された。


 おれはそれからイオさんが昼食の時間に呼びに来るまでレスカによってシゴキにシゴカれ、体中の毛穴から水分を絞りとられることとになるのだった。

 首たて伏せってなんだよ……。

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