初めてのナイトフレーム
「これだけ並ぶと迫力あるなあ」
おれ達がやって来たのはレスカがナイトフレームを預けている街郊外の騎士専用駅だ。
どこかのニュース番組みたいな名前だが、屋根のついた工場のようなそこは、街に入れないナイトフレームを預かってくれるだけでなく、メンテナンスや修理もおこなってくれる騎士にとってなくてはならない施設とのこと。
すえた油の臭いとただようホコリに顔をしかめたのは一瞬で、さまざまな色や形のナイトフレームが広い通路の両脇に片膝の駐機姿勢でならぶ、その見本市のような光景におれは夢中になった。
やはり男ならこういう光景には心躍るものがある。
いや、どうやらそれは男には限らないようで……。
「あそこにあるのはワーバインの最新モデルだな。月刊ナイトフレームの今月号に紹介されてたけど実物を見るのは初めてだ。あっちのはコーダか。ずいぶんカスタムされていて既製品の面影が消えてるけどわたしの目は誤魔化されないぞ。あの腰のシルエットは間違いない」
となりでおれ以上に興奮してる女がいる。言わずと知れたレスカ・コーバックだ。
郊外で見たナイトフレーム戦のときといい、今回のこの反応といい、こいつ、かなりのナイトフレームマニアと見た。
「ワーバインとかコーダとか言われてもおれにはわかんねえよ」
苦笑しつつ、それでもレスカの指先につられるように駐機場内を見てまわる。
「なあ。どうして布で覆われてるものと覆われてないものがあるんだ?」
眺めているうちに駐機場に停められているナイトフレームには、大きな布で頭から下を覆い隠したものとそうでないものとがあることに気づいた。
「外套のことか? あれで機体を隠してないと決闘相手募集の意味になる。まあ、一種の度胸試しみたいなもんだな」
見れば外套を被せていない機体、被せている機体にくらべて三分の一といったところか。
「血の気の多い連中だな」
「騎士なんて大抵は自惚れ屋だからな。臆病者に見られるのがイヤなのさ」
それに巻きこまれるアルフェイルはいいツラの皮だ。
少しでも実戦を経験しておきたいってのもあるんだろうけど。
そんなふうにおれ達が話していると、後ろからやってきた男たちが、なにやら興奮気味に会話しているのが聞こえてきた。
「ほんとに白龍騎士団の紋章だったのか?」
「本当だって。間違いない。さっきここに入って行った機体の肩に描かれてたんだよ」
「もうすぐオークションが始まるから相棒を探しにきたのかもしれないな」
「とにかく外套で隠されるまえに見てみようぜ」
「外套を被せてなかったら決闘を申しこんでやるぜ」
「ははっ。無理無理。相手にしてくれるわけねえよ」
彼らはおれ達の脇を通りすぎると、興奮気味に周囲を見まわしながら行ってしまった。
「白龍騎士団て?」
「帝国の第一騎士団のことだ。世界三大騎士団のひとつと言えば異世界人のおまえでもわかるだろ?」
ああ、それはわかりやすい。
「なるほど。そいつはすごそうだ。おまえは捜さなくていいのか?」
ナイトフレームマニアのこいつなら見てみたいと思うものなんじゃないだろうか?
「そりゃあ見たいけど、もしそんなのが外套もつけずに置いてあったら大騒ぎになってるだろ。わたしは無駄なことはしない主義だ」
「そうですか」
「あの、すいません」
おれたちが通路のわきで立ちどまっていると、機体と機体にはさまれた人間用の通路から人影があらわれた。
ふり向けばおれより頭ひとつ分ほど背の低い女の子が突っ立っている。
「うおっ」
そちらを見ておれは驚きの声をあげた。
キラキラ輝く銀色の髪を肩のあたりで切りそろえ、まるで人形のように無機質な可愛らしさが目をひいており、襟まで閉じた几帳面さを思わせる服の着こなしが逆にその愛らしさを際だたせている。
しかしこのときおれが驚いたのは彼女のそんな容姿が理由ではない。
そのお世辞にも凹凸が激しいとは言えない細い体の周囲を白い蛇のような生物が巻きつくように|グルグルと泳いでいたのだ。
「なんだこいつ? 蛇? すげえ!」
まさに異世界って感じの生き物におれは歓声をあげる。
「……そこ退いてもらえませんか?」
無視されました。
話に夢中になって気づいていなかったが、おれたちは少女が通ってきた細い通路の邪魔になっていたようだ。
「あっ、すまん」
おれは先端が尖った白い蛇のような生物に目が釘づけになりながらも、そう謝罪して体をどけたのだが、
「悪い。見えなかった」
レスカのやつが失礼なことを口にしやがった。
「おいおい」
止めようとするも一度口から出た言葉を元にもどすわけにもいかず、おれ達の横を通り抜けようとしていた少女がそれを耳にして立ちどまってしまう。
「それはわたしが小さいから見えなかったという意味ですか?」
言いながら少女があの白くて長い不思議な生物の胴体を半ばあたりでつかんだ。
するとその謎の生物は棒のように真っ直ぐ伸びて、まるで長い槍みたいな武器へと変化したではないか。
その自分の身長より長い槍を立ててレスカに向きなおる。
「おっ、やるか?」
嬉しそうに挑発を続けるレスカ。
「こらこら」
ふたりの間に入ろうとするおれ。
「これで見えますか?」
ところが少女は小首をかしげてそんなことを聞いてきた。
「おっ? あ、ああ……」
自分の頭より上にある槍の穂先を見あげ、レスカは戸惑うようにうなずいた。
「そうですか。それでは」
それを確認して、少女はそのままスタスタ行ってしまった。
毒気をぬかれたレスカはそれを見送ることしか出来なかった。
「……なんだよその目は?」
それはこっちのセリフだ。
おれをにらむな。
「おまえ、すごく性格悪く見えるぞ」
「うるさい!」
本当のことを言っただけなのに蹴られた。やっぱり性格が悪い。
「でも、なんでいきなりあんな子供にケンカ売るようなマネしたんだよ?」
短い付き合いではあるが、なんからしくないと思うのだ。
「ちょっとあの白い生物がな」
「あれなんなんだ? おれがいた世界にはあんな生き物いなかったぞ」
「あれは……いや……まさかな。あんな小娘がアレと一緒にいるわけがない。わたしの勘違いだ。すまん」
「お……おお。あっいや、おれに謝ることじゃないけど」
レスカが素直に謝罪したので逆に戸惑った。調子が狂うだろうが。
「えーっと、それでレスカのナイトフレームってどれなんだよ?」
「……おまえの目の前にあるやつだ」
なぜか少しだけ言いよどむ。
どうしたんだろう?
おれの目の前には外套を頭からかぶった機体が駐機姿勢で停められている。
これがレスカのナイトフレームか。
「隠れててわからないな。この外套、とってくれよ」
「…………」
レスカが機体の後ろにまわって外套の裾を引っ張ると、外套は意外なほどあっさりと取り払われた。
いくら布製でもあの大きさなら相当な重量になると思うが、さすが騎士の筋力である。
そしてその下から現れたのは――
「これがわたしの機体、イシュバーンだ」
「ああこれか。なるほど。うん。その……なんていうか……そうだな……歴史の重みを感じさせる頑丈そうな機体だな」
イシュバーンはこのナイトフレームの見本市のような場所においても傷が目立ち、無骨としか表現しようのない外見をしていた。
それはハッキリ言ってしまえば――。
「ハッキリと古くさいって言ってくれてかまわないんだぞ」
うん。古くさい。
でもそんなこと言えば間違いなく怒るだろうから、おれが言ったのは別のことである。
「レスカってどこの国の騎士団に所属してるんだ?」
おれの視線は機体の左肩についている馬らしき生き物をモチーフにした紋章にむけられた。
「わたしはマルクートの出身だ」
マルクートか。当然だが聞いたことがない。
「どんな国なのさ?」
「馬の産地として有名だけど、他はどうってことのない普通の国だよ」
「だから紋章も馬なわけだ」
「ああ。八本足の幻馬は王家の紋章、六本足の普通の馬は騎士団の紋章だ」
「へえ。足の数で王家の紋章と騎士団の紋章をわけてるのか」
なんとなくイシュバーンの肩に描かれた馬の足の数をかぞえてみる。
「…あれ?」
もう一度数えてみる。
「1、2、3、4……7、8」
何度数えてもあそこに描かれている馬の足の数は八本だ。
「なんでおまえが八本足の機体に乗ってるんだよ?」
「第三王女のわたしが乗ってなにが悪い?」
「王女? おまえが?」
「言ってなかったか?」
はい? 本当に? ドッキリじゃなくて?
えっ? えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!
「聞いてねえよ! いや、聞いてませんでしたよ! そういう大切なことは先に言っておいてくれ! いや、ください!」
おもわずタメ口になってしまった。おれは慌てて言葉づかいを直す。
「どうすんだよですか!? わたくしめはタメ口聞いちゃってましたぞ! どうもすいません!」
「言葉づかいがメチャクチャだな。気持ち悪いぞ。今までどおりにしてろ」
おれも言ってて違和感あるけど、いいのかな?
「不敬罪とかいって処刑されたりしない?」
「おまえはわたしをどこの暴君だと思ってるんだ。その発言を不敬罪にしてやろうか?」
いや、おまえは暴君の素質十分だ。
「…………じゃあ練習しようか」
「待て。いまの間はなんだ? なにを考えた? 怒らないから口にしてみろ」
「言えるわけないだろ!」
「やっぱり失礼なことを考えてたな!? 不敬罪にしてやる! このヤロウ!」
「言ってることが違うじゃねえか!」
はあ。まだちょっとドキドキしてる。まさかあいつがお姫さまだったとは。
レスカが所有しているあの傷だらけのナイトフレームの操縦席でおれは先ほどの衝撃をひきずっていた。
王族のくせにこんな古ぼけた機体に乗るなよな。
「準備できたか?」
操縦席は二段式になっていて上の段に騎士のレスカが、下の段にアルフェイルのおれが乗るようになっている。
その上の席からレスカが声をかけてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
高貴な身分の人間にこんな言葉づかいで接するのはやっぱり気がひける。
おれってつくづく小心者だな。
でも、なるほど。レスカのあの公爵にも物怖じしない強引な性格はお姫さまだったからか。
そう考えれば納得できる。納得することと慣れることは別物だけどな。
「おい、まだか?」
いかんいかん。いまはこっちに集中しよう。
幸い、操縦系統はフレームアームのときと比べて大きく様変わりはしていなかった。
パネルに各種スイッチはそのままだ。
ただ外を映すモニター類がどこにもなく、電源スイッチを入れてもウンともスンとも言わないのには困った。
「これ動かないぞ」
「あたりまえだ。起動呪文を唱えていないんだから。そんなことよりさっさとヘッドデバイスを装着しろ」
「ヘッドデバイス?」
頭ということは上か?
見ればそこには菱形のヘルメットのようなものがアームでつながれている。
「これか」
アームの抵抗を感じつつデバイスを下にさげると、ちょうど目の下あたりまでスッポリと覆われる形になった。
「やったぞ」
「じゃあ行くぞ。イシュバーン起動!」
レスカの力|ある言葉にヘッドデバイス内部に光がともる。
機体が起動したことでおれの額のクリスタルが反応しいるらしい。
そこからは速かった。
クリスタルを通しておれとナイトフレームのあいだでパスが通ると、ヘッドデバイス内部で一気に視界がひらける。
三百六十度シームレスで届けられる映像はまるで直接目で見ているように鮮明だ。
フレームアームのカメラ映像とはデキが違うことに少し感動した。
「この映像ってどうなってるんだ?」
「詳しくは知らないが、遠見の魔法技術が使われてるんだろ」
「これが魔法?」
まるで科学の延長にあるようなこの技術を魔法と言われてもピンとこない。まるで最先端技術じゃないか。
おっと。感心してる場合じゃないな。アルフェイルとしての役割を……ってこれ、どうやって手許を見ればいいんだよ? デバイスの隙間から覗けとでも?
おれがそう考えたときだ。
デバイス内のディスプレイに別ウインドが開き、手許の映像があらわれた。
「考えただけで画面が切り替わった?」
試しに駐機場内の奥に意識を向けてみる。すると先ほどあらわれたウインドウが閉じ、さらに画面がその奥へとズームされていく。
おおっ。
これ、面白いな。
各種データの表示・非表示も頭に思い浮かべるだけでできた。
しかし設定の変更は手でやらないといけないらしい。
じゃあじゃあ次は――
「んっんん」
上から聞こえてくる咳ばらいにハッとした。やべっ。王女さまをほったらかしにしてたよ……。
「わ、悪い。夢中になってた」
「騎士の声を聞いてないようじゃ、アルフェイル失格だぞ」
「面目ない。で、なんだって?」
「今日は慣れることだけを目的に、郊外を歩く程度でいいなと聞いたんだ」
「お、おう。じゃあそれで」
「まあ、気持ちはわかる。わたしも初めてナイトフレームに乗ったときは似たようなもんだったからな。こういうのはイジッて憶えるのが一番早い」
声の調子からして笑ってるようだ。そのことにホッとする。
「じゃあいくぞ。立ちあがるときは振動が大きいからな舌を噛むなよ」
「大丈夫だよ。普通に歩くていどならフレームアームで慣れてる」
ナイトフレームが立ち上がる。
地球にいたころ散々慣れ親しまされた振動がおれの体を包みこんだ。
次あたりからケイスケと女性キャラとの物理的な絡みが出てくる予定。