キスして仮契約というお約束はないらしい
「レスカ、おれを鍛えてくれないか?」
「なんだ、藪から棒に?」
異世界に来て二日目。
突然のおれの提案に、午後のティータイムを楽しんでいたレスカは、カップとソーサーをテーブルにもどしてこちらに向きなおった。
「昨日あんなの見せられたし、鍛えなおすなら早いほうが良いかと思って」
ケリーさんにもそうアドバイスされたしな。
「レスカも騎士だし、強いんだろ?」
「へえ。思ったより早かったな」
「なにがだ?」
「いや、ナイトフレームの決闘を見て落ちこむことまでは予測できたんだが、そこからもう少し悩むと思ってた」
「悪かったな。単細胞で」
「僻むな。褒めてるんだよ」
苦笑して、それからアゴに手をあてたレスカは少し考える素振りを見せた。
「でもそうだな。ケイスケ個人のことで言えばまずは基礎体力からだ。小さいころわたしがやらされたメニューをあとで教えてやる」
「ガキのメニューかよ」
おれが不平を口にすると、レスカの機嫌がたちまち悪くなった。
「言っとくが、わたしのガキのころ以下のおまえには、お子さまランチメニューでもキツイくらいだからな」
「うぐっ……」
おれはこの世界じゃカギ以下なのか……。
これでも元の世界ではいちおう軍事科で鍛練してきたんだぞ。
落ちこむおれを見て溜飲をさげたのか、レスカは機嫌をなおしてさらに続けた。
「それにまずはナイトフレームからだ。こっちは早々に慣れておいたほうがいい。わたしの機体を使おう」
「ほんとか? ありがとう。助かるよ」
「公爵からおまえの面倒をみるのを頼まれているからな。試験の日までわたしが色々と鍛えてやる」
その申し出は本当にありがたかった。
「じゃあ仮契約するぞ」
「仮契約?」
「そうだ。契約によって魔力パスを通しておかないと、魔法を使えない者はナイトフレームと繋がれないからな」
そういえば調整時にそんな話を聞いたような気がする。
たしかナイトフレームは操縦者が魔力を通すことで動かすことができるが、魔力を自在に操れない異世界人はクリスタルを媒介にして魔力をナイトフレームに通すんだったか。そのクリスタルを起動させるために必要なのが騎士との契約だ。
仮契約ってことは一時的なものってことだろう。
「わかった。おれはどうすればいい」
「なにもしなくていい。そこに座ってリラックスしてろ」
「了解」
言われるままに腰をおろし、まぶたを閉じると世界が暗闇に溶けた。そのむこう側からレスカの厳かな声が聞こえてくる。
〝悠久の時をたゆたいし契約を司るモノよ。われらにひと時の繋がりをもたらしたまえ〟
レスカの手が額に触れた。
そこからなにか熱のようなものがクリスタルを通しておれのなかに入りこんでくる。
「くうッ!」
まるで細い管に太い棒を無理やり差しこんでいくような衝撃だ。
それが一気に全身を駆けめぐり……。
「うああああぁぁぁぁぁああ!」
おれは肺から絞り出すような絶叫をあげていた。
頭の中が真っ白になる。
「…………」
「終わったぞ」
「……うっ……えっ? あれ?」
気づけば椅子に座ったままおれはグッタリしていた。
どうやら少し気を失ってたらしい。
レスカに肩を叩かれておれの体がビクリと震えた。
「イツッ……なんか体のあちこちが痛い」
筋肉痛とは少し違う。まるで体の閉じていた部分を無理やりこじ開けられたような感覚だ。
「初めて本格的な魔力を通されて体のほうが驚いているんだろ。じきに慣れる」
顔をしかめるおれに彼女は説明し、手鏡を手渡してくれた。
額で輝くクリスタルの色が赤から水色に変わっている。
「なんかケリーさんのクリスタルより色が薄いような……」
「仮契約だからな。上手くいったってことだ。つながりを感じるぞ。おまえはどうだ?」
言われてみれば確かにおれとレスカのあいだに細い糸のような繋がりを感じる気がする。
奇妙な感覚だった。まるで他人が自分のなかに入りこんだような。
でもそれは不思議とイヤなものではない。
むしろ、欠けていたピースがハマったような、そんな安心感をおぼえたのだ。
短いので次話はすぐに投稿します。