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バスタオル一枚は隠してるとは言わない

「誰かこそこそと盗み見てやがる思ってたら、おまえだったのか」


 ライオットから降りてきたのはずいぶんと背の高い男だった。

 それでいてヒョロ長いという印象はまったくなく、ぶあつい筋肉に体が覆われていて大樹のごとき安定感がある。


 この男が雷神シドなのだろう。

 彼のまわりではバチバチと静電気が鳴り、長い髪がたてがみのように逆立っていた。


「なあなあ。あのバチバチ言ってるのって魔法なのか?」


 となりのレスカにそっと聞いてみる。


「似てるが少し違う。あれはただ雷の精霊があいつのまわりで跳ねまわってるだけだ」


 その答えにおれは残念なようなホッとしたような微妙な気持ちになった。

 魔法を見れなかったのは残念だが、どうせらもっとハデなのを見てみたい。


「悪いな。こんな格好なりで」


「かまわないさ。戦闘直後のシドの周りで雷精がはゃぐのはいつものことだ」


 ふたりは知り合いらしく、気安げに笑いあい、拳同士をぶつけあった。

 あとで聞いた話だが利き手をさし出すのは互いに敵意がないことをしめす騎士特有の挨拶らしい。


「わざわざ見物にきたのか?」


「こいつに見せるためだ」


 ふたりの視線がこちらにむけられる。


「未契約のクリスタル。さしずめ異世界から召還されたばかりのアルフェイルといったところか」


 はい。そのとおりです。


「この世界のナイトフレームの実態を見せておこうと思ってな」


「なるほど。初めて乗るヤツはあまりの違いにずいぶんと戸惑うそうだからな」


 そう言ってジルさんは後ろに控えていた二十歳くらいの男によびかけた。


「おい、ケリー」


 さっきからずっと気になっていたんだ。

 シドさんとともにライオットから降りてきた、額に契約済みの青いクリスタルを埋めこんだこの男のことが。

 アルフェイル……つまりおれと同じ地球人だ。


「おまえとおなじ異世界人だ。挨拶しとけ」


「了解。ケリー・ブラウンだ。よろしく」


 ケリーさんはぶっきらぼうな口調で、異世界語を共通言語として話しかけてきた。


「どうも。ケイスケ・ハセです」


「ケイスケか。出身は?」


 出身というのはもちろんむこうの世界での母国のことだろう。

 この世界にきて一日も経っていないのに、そう聞かれることになんだが懐かしさをおぼえる。


「日本です。ケリーさんは?」


「おれはイギリス。ここに来て五年目になるかな。むこうの世界はいまどんな様子なんだ?」


「相変わらずです。アメリカと中国とのあいだで緊張が高まってきてるのが気になりますけど。おれが来たときには東南アジアの資源を獲りあって小競り合いしてましたよ」


「そうか。おれたちと引き換えにこっちの世界から資源買っといて何やってんだか。第三次世界大戦なんてマネはやめてほしいな」


 まったくだ。

 その意見におれは大いにうなずいた。


「イギリスのニュースはなにかないか?」


 この世界にきて五年が経過しても郷愁の念は消えないらしい。

 いや、それは時が経てば経つほど強くなるものなのかもしれない。


「首相が交代したくらいかな。すいません。それくらいしか思いつかないです」


「いや、そんもんだろ。おれもイギリスにいたころは日本のニュースなんてあまり興味なかったし……」


 ケリーさんは苦笑しながら言葉を切り、しばらく俺の顔をじっと見てきた。

 な、なに? やだ、ちょっとドキドキする。


「ところでケイスケ、おまえ、いまの戦いを見てどう思った?」


「正直言ってすごかったです。ナイトフレームがあんな動きするなんて」


「だよなあ。おれも初めて見たときは自信なくした」


 プロの世界に飛びこむ高校生ってこんな気持ちなのかもしれない。

 そして目のまえのケリーさんはそのプロの壁を見事にのり越えた男なんだ。


 そう思うと自然と尊敬の念がわきあがってきた。

 だからだろう。おれはこの男に自ら感じていた不安を吐露していた。


「さっきは目でついてくのがやっとでした。いえ、最後の動きなんてなにがどうなってるのかもわからなかった。おれ、この世界でやっていけんのかなあ」


「大丈夫だって。誰だって最初はそうなる。問題はそこからだ。這い上がれよ」


 ケリーさんは励ますようにそう言ってくれて、右手の拳を前にさし出してきた。

 さっきレスカとシドさんがやってたやつだろうか?


 おれもさっきのふたりをマネて右手を前に突きだす。

 ふたりの拳がコツンとあわさった。


「上手くやるコツはちゃんと体を鍛えることだ。こっちの世界ではどういうわけか鍛えれば鍛えたぶんだけ身体能力があがっていくからな」


「普通そうじゃないんですか?」


「バカ。おまえが考えてるのとはレベルが違うんだよ。こっちのトップアスリートは百メートル五秒で走るんだぞ。そしておれたちだってそうなれる可能性があるんだ。ここはそういう世界なんだよ」


「マジですか……」


「騎士やってるやつらなんてそれこそ化け物ばっかりだ。そういう連中とともに戦場で戦わなきゃいけないんだってことを肝に銘じておけ」


「オ、オッス」


 なぜか最後は体育会系の返事になってしまった。









「はあぁぁぁ」


 その深いタメ息には我ながらイラッとさせられる。


 ここはリンガーハイム公爵邸にあてがわれたおれの部屋のバルコニー。

 ケリーさんたちとわかれたあと、ここにもどってきたらリンダさんの執務室でお茶を淹れてくれたあのメイドさん(イオさんと言うらしい)にここまで案内された。


 でもここ部屋じゃないだろ。一軒家じゃないのか。このバルコニーでようやく部屋の広さだぞ。

 いちいち規格外の屋敷である。


 だからといっておれはべつにこの格差社会に嘆いてタメ息をもらしていたわけじゃない。

 おれが嘆いていた理由。それはもちろん先ほど見てきたこの世界におけるナイトフレーム戦のレベルの高さにある。


 いや、ヘコんでいるなんて生易しいものじゃないなこれは。

 おれ達は戦争に参加するのだ。自分と相手とのレベル差はそのまま生死に直結する。

 おれは怖くなってきたんだ。


 むこうの世界では同世代のなかでも成績は上位クラスだった。日本での話じゃないぜ。世界のなかでって話だ。だからそれなりに自信はあったんだ。それがいまでは粉々に砕かれてサラサラと風に飛ばされちゃったんだけどな。


 ケリーさんはああ言ってくれたが、この世界でやっていける……いや、生きていける自信がない。


「逃げたい……」


 この世界に来て初めて会った笑顔男の話が思いだされる。

 逃げだせないように額にクリスタルを埋めこまれた人工妖精。それがおれ達。


 くそっ! 頭のなかであいつがほら見たことかと笑ってやがる!


「ええい! 悩んでても始まらねえ! 明日から……いや、今から特訓だ!」


 ケリーさんも言ってたじゃないか。この世界はどういうわけか鍛えれば鍛えるだけ際限なく強くなれるって。

 だったら死ぬより早く強くなるだけだ!


「ふう。さっぱりした」


 おれが腕立てで汗を流していると、部屋についている風呂場に続くドアがガチャリとあけられた。

 そうだ。こいつのことを忘れてた。


 この部屋には同居人がいるんだ。

 公爵から直々におのことを任された女騎士のレスカ・コーバックである。


 当初は隣の部屋をあてがわれていたようだが、彼女のほうから(ここ重要)いちいち行き来するのも面倒だから一緒でいいだろとこいつの部屋に引っ越しさせられた。

 引っ越しっていってもおれには荷物なんてないから、おれ自身が部屋を移動しただけだけど。


「ながかったな。じゃあ次はおれが――」


 バルコニーで腕立に腹筋にと基本的な筋トレをしていたおれは、その光景に目を奪われて言葉を飲みこんだ。

 レスカのヤツ、バスタオルをまいただけの姿で出てきやがった! お約束だな、おい!


「な、な、な、なんてステキな格好で出てきやがるんだおまえは! 本当にありかどうごさいます!」


「怒ってるのか感謝してるのかどっちだおまえは?」


 生乾きの濡れ髪。水滴のついた白い肌。タオルで締めつけられた大きな胸の谷間。あらわになっている肉づきのいい太もも。

 こんなの見せられたら、どれだけ感謝してもしたりないだろうが。


「おまえには慎みってものがないのかよ。なくてもいいけどさ!」


「だからどっちなんだよ」


「じゃあ涙を飲んでちゃんと隠せ!」


 おれは涙のかわりに血の涙を流して言った。

 男にこんなこと言わせんな!


「隠してるだろ。暑いんだ」


 自分の体を包むバスタオルをつまむレスカ。


 たしかに今日は暑い。

 季節は夏なんだそうだ。

 風呂あがり直後なんて汗がとまらないだろう。

 この世界にはクーラーどころか扇風機もないしな。

 でもだからといってそれはないだろ。バスタオル一枚って。


「ギリギリじゃねえか! そういう見えそうで見えないのが男を野獣に変えるんだよ!」


「ハッハッハ。この世界にきたばかりのケイスケが襲ってきたところで、わたしにしてみたら子犬にじゃれつかれてるようなもんだ」


 レスカは笑いながらテーブルのうえに置いてあった籠から果物らしきものをふたつ掴んでバルコニーに出てきた。

 ひとつを投げて寄こされる。


「くそっ。いつか襲っていまの言葉を後悔させてやる」


 果物を受けとって食べようとするが、これどうやって食べるんだよ?

 ずいぶんと硬い皮に覆われてるんだけど。


「これどうやって食べるんだ?」


「うん? そうか。むこうにはないのか。こうするんだ」


 レスカはそう言うと、片手で事も無げにその硬い皮にヒビを入れた。


「はじめてだと力の加減が難しいかもな」


 加減の問題じゃねえよ。

 その細腕でどういう握力だよ。

 やっぱり騎士って化け物なんだな


「ふう。風が気持ちいい」


 風が吹いてレスカの美しい髪を躍らせる。

 石鹸? シャンプー? それとも別のなにか?

 とにかく官能的ともいえる香がおれの鼻腔をくすぐる。


 なんなんだこの無防備な女は! それでも騎士か! スキだらけだぞ! もっと男というものを警戒しろ! 男はな視線で犯すこともできるんだぞ! それともなにか? おれみたいなアルフェイルは男の数に入らないってことか!?


 だとしたら存分に見させてもらうぞ! いいんだな!?

 おれはチラッチラッとその艶姿を盗み見ていたが、レスカがこっちに気づいて笑ったのを見てハッとなった。


「ムッツリスケベ」


「な、な、なんのことだよ!?」


「いまさら惚けるのか?」


「と、とにかくなにか着ろ! 汗もひいただろ!」


 恥ずかしすぎて自然と声が大きくなった。


「はいはい。ヴォルターみたいにうるさいヤツだな」


「だれだよヴォルターって」


 部屋にもどっていく彼女を少し残念に思いながら、口のなかでつぶやく。


「ったく。おれが真剣に悩んで……あっ」


 いつの間にか恐怖が消えていた。

 性欲で戦争の恐怖を上書きするのは元の世界でも古来よりよく使われた手だったらしいが、図らずもそれと同じ効果が今のやりとりにあったのかもしれない。

 それとも……。


「いや、まさかな」


 いくらなんでもそれはないか。おれたちは出会って一日もたってないんだから。

 あいつは単にそのへんが無頓着なだけだろう。


 気づけばあたりはすっかり暗くなっている。

 見あげれば空には月が三つ。ふたつは三日月、ひとつは満月。


「まあでも感謝くらはしておくか」


 初めて見る夜空の下で、おれは苦笑しながらレスカに感謝した。

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