千塔の都、その名はセルジア
人口が増えすぎ、資源が枯渇して、人類社会が行きづまりを見せ始めた未来の地球。
袋小路におちいろうとしていた人類がその活路を求めたのは月や火星の開拓ではなく偶然発見された異世界との物々交換による貿易であった。
こちらの世界でいうところの中世程度の文化レベルしかないあちらの世界ではあったが、発達した魔法技術が生みだす魔法廃棄物からこちらの世界で有用なエネルギーを高効率で取り出す方法が発見されたのだ。
地球側は国際機関が窓口となりこれらを輸入して各国に分配し、代わりに輸出したのが電気やガソリンがないあちらの世界にも転用可能な技術や製品、そして人であった。
「んー」
額を掻くとツルツルとした感触が指先に伝わってくる。
さきほど鏡を見せてもらったが、おれの額にはこの世界でクリスタルとよばれている赤い宝石のようなものが埋めこまれていた。
体調的には問題なさそうだが、違和感がなかなかとれてくれない。
「あまり触るな。定着するまでスキ間からばい菌が入らないともかぎらないんだからな。おまえの体はもうおまえだけのものじゃないとわきまえろ」
そう言われておれは慌てて額のクリスタルを触るのをやめた。
おれ達が今いるのはおれがこの世界に初めて降り立ったあの神殿があるセルジアという街のなかだった。
丘のうえにあった神殿から外にでると青い海に面した街なみが眺望でき、しばしその光景に魅入ったものだ。
海も空も青く、雲が白いのはむこうの世界と同じだった。
しかし空気も水もキレイなぶん、その色は純粋で宝石のように輝いて見える。
そして眼下の街にはいくつも建ちならぶ背の高い石造りの塔。
なんでもここセルジアは「千塔の都」と言われるほど塔の数が多いらしい。
まるで元の世界でも見たことのある都会のビル群だ。
想像していた異世界の街なみとは少し違うが、これはこれで趣がある。
なにせ塔の一棟一棟が無機質なコンクリートの箱物と違って競うように意匠がほどこされているのだから。
おれは馬車で移動しながら、観光客気分でそんな街の景色を眺めていた。
ここまで来ればもう開きなおるしかないだろう。
見ていると道をいく人はあっちの世界とこっちの世界で大きな違いはないように思える。
残念ながら腕が四本あるとか翼が生えてるとかいう人は見ていない。エルフあたりどこかに居てくれないだろうか。
それでも普通に鎧や剣などを身に着けた人が一般人に混じって歩いているところが元の世界とはまったく違った。
さっきなんて全身甲冑を装備した大男がこの暑さにうんざりしながら歩いているのを見ている。
そういえばこの世界の今の季節はいつごろなんだろうか?
たしか夏と冬と春の三季があるんだったな。
体感的に初夏という感じで肌の露出が多い人(とくに女性)が目につくが。
おれは目のまえに座る同乗者の男を盗み見た。
彼は検査のときにおれの後ろに張りついていた軍人のひとりだ。
あれから調整とやらを終えてこの男におれの身柄が引き継がれ街なかを馬車で運ばれてるわけだが……。
難しい顔で腕を組み、身じろぎもせずに座っているこの男に車中の空気はこのうえなく重くなっている。
話しかけられないよなあ。
もう少し愛想よくしたらいいのに。ただでさえ厳つい顔してるんだから。
おれがそんな自分でも失礼だなあと思えることを考えていると、男がとつぜん立ちあがってこちらを見おろしてきた。
マズイ! この世界には相手の思考を読む魔法でもあるのか!?
「着いたぞ」
しかし、彼はそう言っただけで、自分はさっさと馬車の扉を開けて外に出ていってしまった。
いつの間にか馬車が止まっていたようだ。
おどかさないでくれ。
男に続いて外にでる。
さてさて、おれはどこに連れてこられたのやら。まさかどこかの納品倉庫じゃないだろうな。
そんな捻くれたことを考えていたおれの目に飛びこんできたのは、やたら大きな門にどこまでも続く堅固な鉄柵だった。
そのむこうには広大な庭園にうんざりするほど壮麗な建物も見える。
街なかに突如として現れたその大宮殿におれがぽかーんと口をあけていると、先に外に出ていた男が叱責してきた。
「そんなところに突っ立つな。通行の邪魔だ」
おっと。たしかに宮殿の内外をつなぐ門にはたくさんの人が行列を作って入場待ちをしている。
おれはその人たちの邪魔にならないように男のもとへむかった
彼は門のところで警備の兵士に止められていたが、二言三言会話をすると兵士は所定の位置にもどっていった。
「こっちだ」
「おれ、王様に会わせられるんですか?」
少々気後れしながら尋ねるとジロリとにらまれた。
「セルジアに王はいない」
あっ、そうなんだ。
「セルジアは世界で唯一、各国の代表貴族による議会によって運営されている完全中立国だ」
それはずいぶんとめずらしい形態の国だな。
いや、これじゃあ国というより国際機関だ。
元の世界でいうところの国連が国の形をしているようなものなのかもしれない。
「これからおまえはそのなかの有力貴族議員のひとり、リンガーハイム公爵に引き合わされることになる」
「えっ? なんで?」
思わずタメ口で聞いてしまった。
やっぱりにらまれた。
でも仕方ないじゃないか。いきなりそんなお偉いさんに会わされると言われれば誰だって驚くでしょ。
「そういう決まりだからだ。アルフェイルはまずこの国の貴族議員の誰かの監督下におかれることになっている。今回はたまたまリンガーハイム公爵の番だったというだけだ。それから――」
そんなことになってるのか。知らなかった。むこうの世界じゃほとんど説明されないからな。
うん? つまりここはそのなんとか公爵とかいう貴族の邸宅ということか? しかも派遣された国に作った別宅? どんだけ金持ちなんだよ。
あきれていま歩いている庭園を見まわしてみるが、それはそれは見事なものだ。
色とりどりの花に美しく整えられた草木たちがならび、噴水には精緻な妖精の彫刻が飾られ、道には屋敷の主の権威を示すように塵ひとつ落ちていない。
格差社会がひどすぎるぞ。
「おい、聞いてるのか?」
どうやら男の説明はまだ続いていたようだ。
やばい。聞いてなかった。
「聞いてませんでした。なんですって?」
素直に聞き返したら舌打ちされた。
なんて心の狭いヤツだ。
「今後の予定だ。アルフェイルは貴族に預けられたあと性能試験を受けてもらう。おもに実技だ。その試験をもとに妖精オークションがおこなわれる。そこで共に戦場にでる騎士と契約すればあとはその騎士とおまえの問題だ。なにか質問はあるか?」
「給料はいつ払われるんです?」
なにせ無一文でこの世界に送りこまれたのだ。生活の糧がなければ死ぬしかない。
「賃金にかんしてはランクごとにセルジアが騎士から徴収し、アルフェイルに支払うことになっている。騎士に支払い能力がなければ契約は無効だ。その場合、アルフェイルはふたたびオークションにかけられる」
公共機関があいだに入ってくれるのはありがたい。
騎士とアルフェイルは戦場でひとつの兵器に搭乗するパートナー同士にならなければならない関係だ。金銭問題で仲をこじらせるなんてゴメンこうむりたい。
建物に入ると会社の受付に三名の女性が立っていた。
そのうちのひとりに男がアポイントメントを確認する。
「うかがっております。公爵様はただいま執務室におられます。この廊下を左に進んでもらい突き当たりを右に曲がってください。警備のものがいますのですぐにわかると思います」
説明されたとおり、ふたりで廊下を進んでいく。
廊下の壁には高そうな絵画が飾られ、足元の絨毯はふかふかで歩くだけで妙に気持ちよかった。
そしてたどり着いたのは金細工がふんだんに飾られた扉。
その前には言われたとおり警護の兵士が立っている。
その兵士に見られながら緊張した面持ちで男がノックした。
「エルゴール中尉です。アルフェイルを連れて参りました」
この人、エルゴールっていうのか。
「入りなさい」
なかから聞こえてきた声におれは首をかしげた。
あれ? この声って……。
執務室は庭園や廊下にくらべ、ずいぶんと大人しい内装をしている。
調度品の形や色は地味におさえられ、備品も必要最低限のものしか置かれていない。だがそれで室内をみすぼらしくすることなく品良く落ち着ける空間にしてるところが本当の贅沢を感じさせる。
こうなると正面の大きな窓からレースのカーテンをゆらして入ってくる涼やかな風すら特別なものに思えてくるんだから、おれという人間はつくづく貧乏人だ。
そんなおれと対照的な人物がおそらくこの世界での最高級木材で作られたのであろう立派な執務机のむこうに座っていた。
まるで自分がいればこの部屋に煌びやかなインテリアなど必要ないとでもいうかのように胸もとのひらいた赤いドレスを着た妖艶な大人の女性。
きっと彼女がここの主でこの国の有力貴族議員のひとり、リン……リン……リングイネ公爵?(絶対違うな。パスタじゃないんだから)さまなのだろう。
「やっぱり女の人だったのか」
そのつぶやきの何が気に入らなかったのか、エルゴールがおれのわき腹に肘を打ちこんできた。
「おぐっ」
見事にレバーに決まって一瞬息がつまる。
この野郎……。
いくらつい先ほどまで温厚がもっとうの日本人をやってたからって、おれもキレるときはキレるんだぞ?
「中尉、あなたはもういいわ。ご苦労でした。下がりなさい」
などとおれがにらんでいると、ハムストリング公爵(こんな太ももの筋肉みたいな名前でもないよな)がエルゴールに部屋からの退出を命じた。
「ですが……」
エルゴールがおれを気にした素振りを見せたのは、おれと彼女をふたりっきりにすることを危惧したためだろう。
「なんです?」
しかし、リンガーハッツ公爵(かなり近づいた気がする)が机に肘をつきながら組んだ手のうえで首を小さくかしげると、彼はそれだけでなにも言えなくなって黙りこんだ。
「いえ。失礼しました」
そのまま恐縮して縮こまり、部屋を出ていく。
やーい。いい気味だ。
おれが胸をスカッとさせていると、公爵様の目がこちらをむいた。緊張する。
「ケイスケ・ハセ。あなたはそこに座りなさい」
「は、はい! 座らせていただきます!」
一度背筋を伸ばし、薦められるままに部屋の入り口近くにあるソファーに腰かける。
そんなおれの反応のなにが楽しかったのか、リンガーハイム公爵(そうそう。こんな名前だった)は「ふふっ」と嫣然
えんぜん
と微笑んでみせた。
いきなり名前をよばれて驚いたが、すでにおれの情報はこちらにも届けられているということか。
おれが座るのを待って彼女の手が呼び鈴を鳴らす。
すると奥の扉からメイドらしき衣装を着た冷ややかな美貌の女性がティーセットを乗せたカゴを押して入室してくる。
「失礼いたします」
メイド喫茶でもないのにメイドさんがおれにお茶の用意をしてくれている。
不思議な光景だった。
「それでも飲んで少し待っていてちょうだい。もうひとり呼んでいるから」
主に促され、メイドさんがお茶?の用意をはじめる。
淹れられたのは赤みがかった色の液体で、紅茶に似ているがあれより柑橘系の香りが強く、今日のような陽射しの強い日にはピッタリに思えた。温度も熱すぎず咽喉を通すのに適温だ。
お茶請けに出されたお菓子もいただいてみる。これまた美味しい。
おなじものを美味しいと思えるなら、こちらの世界の食品も問題なく食べられるだろう。
それは嬉しい情報と言えるのではないだろうか。
まあここで出されてるものはこの世界でも最高級の贅沢品だろうからそのてんは差し引くとしてもだ。