ふり返れば過激派
久しぶりに更新したなあ(しみじみ)
互助会からの帰り道。
話は鴇森センパイの話題におよんでいた。
「あのシズカとかいう女、むこうの世界ではどれくらい強かったんだ?」
「ん? そうだな。おれよりちょっと強いくらいだったかな」
「ちょっと? 本当か?」
「本当だよ。たしかにいまじゃ差がついちゃったみたいだけど」
でもそれは仕方ないだろ。こっちの世界では鍛えれば鍛えるだけどんどん強くなれるそうだから。どうしても先行した人間が有利になる。
だけどすぐに追いついてみせる。
「たった二年であれか。よほど優秀な騎士と契約したのか? だが、それほどの人物ならアルフェイルをふくめて聞いたことあると思うんだがな」
よほどセンパイの強さが気になるらしい。さっきからレスカはこんな調子で腕を組んでうんうん唸っている。
そんなレスカにイオさんが顔をよせた。
「お悩み中のところ申しわけありませんが、うしろの連中はいかがいたしますか?」
「うしろ?」
その声が聞こえてふり返ろうとしたおれだったが、その肩にレスカが腕をまわし、首を固められて回せなくなった。
「ふり向くな。つけられてる」
「えっ!?」
「互助会を出てからずっとついて来てますね」
「まくか?」
「ケイスケさまが一緒だとむずかしいかと」
「うっ。足手まといですいません」
「気にするな。そのためにわたし達がいるんだから」
わしゃっと頭を撫でられた。
なんて男前なヤツだ。おれが女だったら惚れてるところだぜ。
「このまま公爵邸にもどるわけには行きませんよ。どんな騒動に巻きこまれるかわかりませんので」
「だとしたらここで潰しておくか。相手の正体も知っておきたいし」
話がまとまると、おれ達は横のせまい路地に急に方向を変えた。
消えたおれ達を追って男が路地に走りこんで来る。
物陰に潜んでいたレスカがその男の胸ぐらを掴みあげた。
「ぐうっ……な、なんだ、あんたら……」
突然の事態にワケがわからないというように男が目を白黒させる。
これが演技なのか素なのか、おれには判別つかないが、レスカのやつは演技だと確信してるみたいだ。
「とぼけるな。なぜわたしたちのことをつけていた?」
「な、なんのことだ……」
苦しそうに呻きながらも、あくまで否定する男に彼女は首を締めて凶悪な笑みを浮かべて見せた。
「気を失わさせることなく、じわじわ首を締めていく拷問方法ってのがあるんだが、試してやろうか?」
「お、おい、レスカ。あまり無茶なことは――」
もし勘違いだったらどうするんだ。
とりあえず、このままでは本当に殺してしまいかねないと心配になったおれはレスカの手を下ろさせようとしたのだが、おれのほうを見た――正確にはおれの額に光る水晶を見た男の顔色が変わるのがわかった。
「うっ……」
その眼差しにこめられた身に覚えのない敵意に気圧されてしまう。
「イオ」
「失礼します」
男のそんな様子を見たレスカからの指示に、イオさんが彼の衣服をまさぐり始めた。
「やめろ!」
ハッとした男が暴れはじめるが、レスカの怪力はビクともしない。
イオさんみたいな美人に体をまさぐられてこれだけイヤがるなんて怪しいヤツだ。おれなら嬉々として受け入れるのに。
きっとこの男には後ろめたいことがあるに違いない。
と、ビビらされた意趣返しでそう思ってみたりした。
「ありました。フェイリー教の斜め十字です」
男のお尻のポケットから出てきたのは鎖につながった×型のペンダントだ。
そういえば互助会に行く道すがらに教えられたな。フェイリー教とかいう宗教のなかにアルフェイルを敵視する派閥があると。
「くっ! 滅びろ、まがい物!」
どうやら本当に黒だったらしい。
誤魔化しきれないと悟った男の態度が急変した。
「フェイリー教の過激派はアルフェイルのことをまがい物と呼んでいます。これで確定ですね」
イオさんのその指摘に、しかし第三者から抗議の声がかけられる。
「過激派とは心外ですね。われわれジノア派こそ正当なるフェイリー教の信奉者であると自負しているのですが」
その声にふり返ると、路地の入り口にローブのフードと目元の仮面で顔を隠したひとりの男が立っていた。
「ジュリアス! すまない!」
レスカに捕まった男が悔しそうに仮面の男の名前をよぶ。
「仕方ないさ。相手が悪かった」
ジュリアスとよばれた男は笑みを浮かべたまま、肩をすくめて彼に慰めの言葉をかけた。
「なにせあのマルクートのレスカ王女殿下だ。ひとりじゃどうにもならないよ」
「マルクートの暴風王女……」
レスカに吊り下げられた男が彼女の名前を聞いてゴクリと唾を飲んだ。
もしかしてレスカって有名人なのか? 悪い意味で。
「おまえ、そんな名前でよばれてるの?」
「こんな麗しい乙女をつかまえて失礼な話だろ?」
「いや、言い得て妙な気も……」
思わず本音がポロリと――
「なにか言ったか?」
「な、なにも言ってないぞ! まったく失礼な話だな!」
「言っとくけどな、イオなんてもっと酷いんだからな。クロムの死神って言えば少し前まで近隣諸国の恐怖の的だったんだぞ」
「えっ?」
その意外すぎる呼び名に思わずふり返ると、そのイオさんがニコニコと笑っていた。
「殿下、いまそれを言う必要はないのでは?」
「いや、相手をビビらせるのに必要だ」
「相手への牽制ならマルクートの暴風王女だけで十分かと」
お、怒ってらっしゃる。
笑顔だけど怒ってらっしゃる。こえー。
「そろそろ良いですか?」
おれたちのやり取りに焦れたのか、ジュリアスの笑みが苦笑に変わった。
「なんだまだいたのか?」
暴風王女がひどいこと言った。
「同胞を返していただければ退散しますよ」
「その仮面とったら返してやってもいいぞ」
「じゃあいいです。そちらにあげます」
「いるか!」
レスカは思わず男のことを放り投げていた。
って、大の男を片手で投げるな!
男の体は大きな放物線を描き、ジュリアスの足元に飛んでいく。
「ガハッ!」
彼の背中が地面に叩きつけられると同時にレスカがジュリアスとの間合いを一気に詰め、剣を抜いた!
その剣先がぴたりとその形のいい鼻先で止まめられる。
「どうしました? やらないんですか?」
まるで止められることがわかっていたかのようにジュリアスは平然と問いかけた。
「わたしがマルクートの姫だということまで調べておいて、どうしてわたしたちの後をつけさせた?」
「申しわけありません。手違いです。通話魔法の受信が悪かったので気になって様子を見にくれば案の定でしたね。あなたがたをつけさせるつもりはありませんでした」
すごむレスカにジュリアスは事も無げに謝罪してみせる。
ここからではどんな表情をしているかわからないが、おそらく口元の笑みは消えてないだろうな。
「それを信じろと?」
「どちらでもご随意に。どのちみ、あなたはわたしたちにこれ以上なにもできないでしょうから」
「彼、よくわかってますね」
男の言葉をおれの横にいるイオさんも同意していた。
「セルジアで殺人なんて犯せば、たとえ王族としてその罪を不問にされたとしても、さすがにオークションの参加資格は失いますよ。それは殿下の本位ではないでしょう?」
「そう言われるとあえてやってみたくなるんだよなあ」
「殿下」
さすがにイオさんが止めに入る。
「ふん。冗談だ」
そうして彼女はようやく剣を収めた。吹き荒れそうになった暴風はどうにか被害が出るまでに止んでくれた。
「それでは失礼いたします」
お辞儀するジュリアス。
それに合わせるようにとつぜん吹きつけてきた突風におれは思わず目をつむる。
「…………」
目をあけた時には男たちの姿はどこにも見えなくなっていた。
「こんなあっさり逃しちゃって良かったのか?」
「仕方ないさ。狂信者っていうのは口を割らない。ここで無理に吐かせようとしても時間の無駄になるだけだ」
「いちおう公爵様に報告しておきましょう」
イオさんが厳しい目をしてジュリアスが立っていた場所をにらんでいる。
「やれやれ。なにかキナ臭いことになりそうだな」
そう言うレスカだったが、その口元は言葉とは裏腹に祭りの前の番の子供のように笑っていた。
こんなことだから暴風王女なんて言われるんだろうな。
それを見て、おれは思わず心のなかでつぶやいた。