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再会タックル

「ここが地球互助会の本部?」


 そこは同じ通りにある2階建ての建物とくらべて何がどうということもない普通の外観をしていた。

 知らないで前を通りすぎたとしても、ここに異世界人(つまりは地球人)のための組織が入居してるとは思わないだろう。


「本部っていうくらいだから、もう少し立派なのを想像してた」


 おれの疑問にイオさんは地図に書かれていた住所を確認してくれる。


「住所はここで間違いないようですね」


「イオの騎士時代もこんなのだったのか?」


「わたしが騎士だった時代はアパートメントを間借りしてましたよ」


 それに比べたら立派になったとも言えるか。

 だが、扉をあけてなかに入るとレスカとイオさんの疑問はさらに深まったようだ。


 無理もない。

 広い部屋ではテーブルを囲んで陽気に杯をかかげる者がいたり、カウンターでひとり静かにグラスをあおる者がいたりと、これでは丸っきり酒場だ。


 しかし、おれは店内(?)に足を踏み入れた瞬間、ここが地球互助会だと確信していた。

 室内の中央に置かれた、人の大きさくらいある見慣れた球体のオブジェがそのことをなによりも雄弁に主張していたからだ。


「本当にここか?」


「だと思いますが……」


「間違いないと思うぞ。あれ、地球儀だ」


「地球儀?」


「おれが住んでた世界の世界地図だよ」


 おれたちがオブジェの前で突っ立っていると、奥の階段を降りてきた東南アジア系の男性が声をかけてきた。


「イオじゃないか。久しぶりだなあ」


「お久しぶりです、会長さん。ではやはりここが互助会本部なのですね」


「うん? ああ。前のと較べて様変わりしたからね。酒場なんてやってるし。戸惑うのも無理はないか」


 男性は笑いながらこちらにやってくると、手を広げてそのままイオさんにハグした。


 あっ、いいな。

 イオさんも苦笑しながらそれを受け入れる。


「騎士を廃業したって聞いてたけど?」


「はい。いまはリンガーハイム公爵のもとでメイドをやってます」


「ははっ。キミがメイドか。極端だな。でもそういうところがキミらしいのかもな」


「知り合いですか?」


「こちらは地球互助会の会長さんです」


「この人が?」


 この陽気な笑顔を浮かべる中年男性アロハシャツに似たラフな服装をしていて、失礼だがとても偉い人には見えない。


「会長さん、こちらはケイスケ・ハセです。今日は彼の入会申請にきました」


「そうかそうか。よく来てくれたケイスケ。わが同胞。ぼくが互助会の会長だ。名前は長いから誰も憶えてくれない。キミも会長って呼んでくれ」


 会長さんは両手を広げておれにもハグしてくる。

 生粋の日本人には慣れない挨拶だが、こちらもぎこちなくはあるがハグで応じた。


「じゃあ互助会の目的について説明するよ」


 ひととおり自己紹介をすませ、カウンターの空いてる席で適当に頼んだドリンクが配られるのを待って、会長さんがさっそく本題に入った。


「とは言ってもほとんど封筒に同封していたパンフレットに書かれてるんだけど、読んでくれたかい?」


「はい。ざっとですけど」


「うん。じゃあここでは形だけ。もともと互助会っていうのはこちらの世界でバラバラになった知人同士がどうにか連絡を取れないかと組織されたものなんだ。お互い今どこにいるのかを会を通して伝えあうために」


 その説明を聞いておれはうなずく。

 最初はナイトフレームのマニュアルが欲しかったんだけど、パンフレットを読んで真っ先に気になったのが鴇森ときもり静香センパイのことだった。


 今朝、センパイの夢を見たのもそれが原因だと思う。

 センパイがどこにいるのか教えてもらいたくておれはここにきたのだ。


「他にも銀行や地球人のためになる投資なんていう金融業なんかもしてるけど、詳しくはパンフレットに掲載されてるからそちらを読んでほしい」


 こちらでは身寄りのない地球人は信用が足りず、お金を借りたり銀行に口座を作ったりするのが大変らしい。闇金に手を出すものもいるため互助会で金融業を始めたそうだ。


「あとはここに出身国と名前をサインするだけ」


 会長さんは後ろの戸棚から不思議な質感の紙キレと一枚と分厚い本を取り出し、羽根ペンとインク壺とともにおれの前に並べた。


「アルフェイルは額の宝石が身分証明証がわりみたいなものだから面倒な手続きはなし。こっちはナイトフレームのマニュアルね」


 獣皮紙を受けとり、慣れない筆記具に悪戦苦闘しながらこちらの世界の文字で名前を書いていく。

 ボールペンに慣れてるからこの羽根ペンの書きにくいことといったらない。


「下手くそな字」


 レスカ、うるさい。

 初めての羽根ペンなんだから仕方ないだろ。


「むこうの人はペンで書くことに慣れてないそうですよ」


 さすがイオさんはわかってくれている。


「じゃあどうやって字を書くんだ?」


「むこうにはわざわざインクを付けなくても書ける鉛筆やボールペンていう便利な筆記具があるんだよ」


「なるほど。科学ってやつだな」


 知ったかぶってうんうんとうなずいている王女殿下だが、ぜんぜん違うぞ。

 と言っても、いちいち説明するのも面倒くさいのでそれでいいや。

 それに今やむこうではパソコンていう科学的な筆記具が主流だしな。


「ケイスケは日本人か」


 おれが出身国を書いていると、カウンターの向こうからそれを見ていた会長さんが聞いてきた。

 そして彼は続け聞き逃せないことを口にした。


「じゃあシズカと同郷だね」


 おれはその名前にハッとして顔をあげた。


「シズカって鴇……シズカ・トキモリのことですか?」


「そうそう。そのシズカ。なんだ。ってことはもしかして彼女が言ってた後輩ってキミのことかい?」


「きっとそうです!」


 センパイのことを聞くまえに向こうから情報が飛びこんでくるとは。

 おれは勢いこんで立ちあがる。


「センパイ、いまはどこにいるんです?」


「シズカなら最近この街に帰ってきてるよ。先日もそろそろ世話した後輩がこっちに来るころだろうってここに顔だしてたし」


 会長さんがスミにおけないなあとばかりにウインクしてきた。

 センパイがこの街にいる?


「防犯上、詳しい住所は教えられないけど、伝言ならできるけどどうする? ああいや、その必要はないみたいだね」


「えっ?」


 後ろでドアが開く音が聞こえる。


 心臓の鼓動が跳ねあがった。


「ちょうどシズカが来た」


 ふり返るのももどかしい。

 まるでスローモーションだ。もっと早くふり返りたいのに、夢のなかのように体がフワフワとしていうことをきかない。


「啓介……」


 その懐かしい声。

 夢のなかのセンパイと同じ声。

 見なくても向こうも驚いてるのがわかる。


「センパイ……」


 間違いない。

 夢のなかの姿より少し大人びてはいるが、背中まで伸ばした髪と額に埋めこまれたマリンブルーの水晶以外はおれの知っている鴇森静香センパイその人だ。


「啓介!」


 入り口からセンパイが走りよってきて、そのままおれの懐に跳びこんできた。

 おれはそれを受け止め……きれず後ろに押し倒される。


「おもッ!」


 思わず言ってしまった。


「……どういう意味?」


 とたんに感動の再開の空気が吹っ飛んだ。


「あっいや、重いタックルだなってだけで体重って意味じゃ――」


 あたふたしながら言いわけする。


「まったくもう、ケイスケってば相変わらずなんだから」


 やれやれという顔になったセンパイは、立ち上がっておれの手を掴んで引き上げてくれる。


「キミ、弱くなったんじゃないの?」


「センパイが強くなりすぎなんですよ」


 おれたちは再開の喜びに声を弾ませる。

 その後ろでは、王女とメイドのふたりが目配せしていた。


「見たか今の動き?」


「はい。彼女、かなりの手練です。おそらく騎士クラスの」


「わたしとあまり年は変わらないだろうから、こっちに来て何年も経ってないはずだ」


「それでここまで強くなれるというのはよほどの修羅場をくぐり抜けてきた証拠でしょうね」


「そんなアルフェイルなら名前くらい聞いてそうなものだがなあ」


「シズカ・トキモリ……聞かない名前です」


「何者なんだ?」


 ふたりは顔を見合わせた。


「啓介はいまどこで暮らしてるの?」


「リンガーハイム公爵のところでお世話になってます」


「そこなら知ってるわ。今度、訪ねさせてもらうわね。いいかしら?」


 最後はおれの後ろにいるふたりに向きなおるセンパイ。


「公爵さまに報告しておきます」


 イオさんが代表してお辞儀した。


「センパイはどこに住んでるんです?」


 簡単に街中を歩ける身分ではないが、機会があれば寄ることもあるのかもしれない。

 あれ? そういえばなにか忘れてるような……。


「ごめんね。相方のいることだから、あまり無闇に教えられないの」


 そうだ。センパイは騎士と契約してるんだ。

 あっ、そっか。センパイと契約してる騎士はどこにいるんだろう? 姿が見えないけど外で待機してるのか?


「とは言っても、今はあの人と一緒じゃないんだけどね」


 それは騎士と別行動してるということだろうか?


「センパイ、単独行動してるんですか?」


「んー。まあね」


「そんな! 危ないですよ!」


 おれが驚くと、センパイは歯切れの悪い物言いで困ったように眉根をよせた。

 どうしたんだろう?


「ふりかかる火の粉を自力で払える自信があるんだろ。それだけ強いということだ。気づけ、バカ」


 後ろからレスカが口をはさんでくる。

 バカは余計だ。


「そうとう鍛えてるみたいだな。だが、シズカなんてアルフェイルは聞いたことがない。おまえが契約している騎士はだれなんだ?」


 なにが気になるのか、レスカは探るような目つきでセンパイを見た。

 その目に彼女も困った顔になる。


「ごめんなさい。それは言えないの」


「…………」


「…………」


 しかし、困った顔になりながらも真っ直ぐレスカの目を見返していた。

 そこには何をされても口を割らないという意思がうかがえる。

 なにをそこまで隠さなければならないのか、それはおれにもわからないが、こうなったときのセンパイは何をしても口を割らないことだけは知っている。


「ふん。まあいい」


 先に折れたのはレスカだった。

 この傲岸不遜な王女さまを退かせるとは、センパイの気の強さも相当なものだ。


「で、これからどうするんだ? 再会を祝して乾杯でもするのか?」


 そうだな。おれとしてはそうしたいところだが……。


「センパイ、どうですか?」


 期待するおれに、彼女は申しわけなそさそうに手をあわせ、今日三度目になる謝罪の言葉を口にした。


「ごめん。わたし、これから病院に行かないといけないから」


「えっ? どこか悪いんですか?」


「わたしじゃないわ。騎士パートナーのほうが3日まえに倒れてね」


「あっ……そうなんですか」


 倒れたのがセンパイではなくてホッとしたような、そのことが後ろめたく思うような。

 自分でもどういう顔をすればいいのかわからなかった。

 センパイとその騎士の仲も知らないし。


「せっかくの再会なのにしんみりさせちゃったね」


「いえ、全然! その……騎士のかた、早く善くなるといいですね」


「そうね……ほんと、そう」


 センパイの口からもれたタメ息が気になった。

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