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異世界に売られた

 どこまでも堕ちていく感覚が唐突に消えた。

 足元に地面の感覚がもどってくる。


 どうやら〝ゲート〟を使った次元跳躍は無事成功したらしい。

 ということは、ここはもう異世界なのだろうか?


「召還魔法は上手くいったようですね。毎度のことながらこの儀式魔法は緊張をいられます」


 そんな声が耳にとどいて、おれは閉じていたまぶたをそっと開いた。


 部屋の様相がおれが先ほどまでいた日本の施設とは一変している。

 あれほど存在感のあった大規模な〝ゲート〟装置はキレイになくなり、LED照明もない室内は薄暗く、天井がとんがり屋根でずいぶんと高い。

 四隅に女性を象った大きな像が設置されていることもあり、どこかの聖堂のように見える。


 おれがいるのはそんなお堂の中央にある一段高くなった台で、足元には見たこともない図形が描かれていた。

 もしかしたらこれがあの有名な魔法陣というヤツなのかもしれない。

 そう。おれが来たこの世界には魔法が実在するのだ。


「ようこそ異世界へ。わたしが話している言葉がわかりすまか?」


 そうやってキョロキョロ見まわしていると、台の下から先ほどと同じ声がゆっくりとした速さで話しかけてきた。

 とうぜんそれは日本語などではなく、おれたちがむこうの世界で異世界の言葉として習ってきた(・ ・ ・ ・ ・)ものだった。


 見ればそこにはゆったりとした灰色のローブをまとう男女と、制服らしきものを着て腰に剣をさした軍人らしき男たちが合わせて十名ほど立っている。

 声をかけてきたのはその中のひとり、ローブ姿の男だ。

 この人物がこの一団の代表者だろうか?


「はい。大丈夫です」


 おれがうなずくと、彼は笑顔でゆっくりとうなずいてくれた。

 どうやら世界は違えど一定の条件化でとる人の行動というものは似たり寄ったりなものになるらしい。

 もしこれで怒り顔が友好の証だとか言われたら、おれはこの世界でやっていく自信がなくなるが、その心配はなさそうだ。


「おれのほうの言葉はどうですか? ちゃんと通じます?」


 おれはこの世界に来るまえから気になっていたことを聞いてみた。

 これがおれにとってのファーストコンタクトなだけに、自分の語学力がどこまで通じるのかは確認しておかなければならない最重要事項だ。

 なにせ元の世界には異世界人なんていないから、確認のしようがなかった。


「大丈夫ですよ。少しクセがありますが、意味は通じます。発音のほうもすぐに慣れるでしょう」


 男の笑顔にホッする。

 どうやらこの人は良い人のようだ。


「それでは名前を確認しておきます。本名を名乗っていただけますか?」


 彼は仲間のひとりからインク壺や羽ペンといった筆記用具を受けとりそう言ってきた。


啓介ケイスケ初瀬ハセです」


「ケイスケ・ハセ……と。この神殿に召還されたということは、ケイスケにはシステムオペレーターとしての適正があるのですね?」


 男は紙らしきものにおれの名前を書きこみながらさらに質問してくる。


「みたいですね。自分ではよくわからないんですけど。元の世界でもそんなことを言われて有無を言わせずフレームアームのシステムオペレーターとして訓練を受けさせられましたよ」


 こちらの世界に送られる子供たちが入学する学園最初の身体検査でそういうことになったのだが、同じ学園でシステムオペレータとして育てられていたのはおれも含めて十人もいない。

 なにか特別な才能がいるらしいのだ。


「けっこうです。それでは場所を移すのでついてきてください」


 笑顔の男が歩きだしたので、おれもそのあとに続いた。

 すると監視もかねているのだろうか、制服姿の男たちがふたり、おれの後ろをついてきた。


「これからあなたには各種の検査を受けてもらいます」


 前を行くローブ姿の男が、こちらふり返りながらこれからのことを教えてくれる。


「まずは持ち物検査。以前、あちらの世界の武器を持ちこんだ人がいましてね。拳銃っていうんですか? 最初は何か分からなかったんですが局員がいじってると突然大きな音がして壁に穴が開いたんですよ。それ以来、衣服以外の持ちこみは禁止されるようになりました」


 その話は元の世界でも聞いたことがある。当時、大問題になって一時期交易が中止されてしまったという。

 そのためこちらに来るまえにもおれ達は入念な身体検査を受けさせられるのだ。

 おれは了承していることを伝えるためにうなずいて見せた。


「それとこちらの世界特有のウイルスにたいする予防接種なんかですね。そちらの世界でもウイルスの有無は確認してもらってますけど」


 これも当然のことだ。見知らぬ土地に行くときはウイルスや感染症が一番怖い。とくにこちらの世界の人たちに耐性のない伝染病なんてものを持ちこんでしまえば大変なことになるので、むこうの世界でも入念な検査がおこなわれる。


「ここです」


 三人の足が止まったのを見て、おれも慌てて歩みを止めた。


「それじゃあこちらの部屋に入って裸になってください。全身を消毒したあと奥の部屋で担当の者が検査をおこないます。着ている衣服は焼却しますのでご了承ください。かわりの服はこちらで用意させてもらいます」


 まあこの世界にきたからには元の世界の衣服は悪目立ちして着てはいられないだろうけど。

 それでも唯一むこうの世界とつながりがある物を手放さなければならないことに一抹の寂しさを感じてしまう。


「しかたないか」


 おれは意をけっして部屋の扉をあけた。



 検査を終えたおれの第一声を記しておく。


「ケ、ケツの穴まで調べられるとは思わなかった……」


 これ以上深くは聞かないでほしい。人の情けがあるのなら。

 とにかく、おれは新しい服に着がえ、ほうほうのていで部屋から出てきたのだ。


「これで終わりですか?」


 だからそう尋ねるおれの口調が少しうんざりしたものになっていても許してほしい。

 検査とやらはおよそ二時間ほどで終了した。

 時間の周期は一時間単位ならこちらとあちらで四分しか変わらないので体感的にもこの数字に大きな違いはない。


「いえ。次はシステムオペレーターとして必要な手術を受けてもらいます」


「しゅ、手術?」


 その不穏な言葉に顔がひきつる。


「手術と言っても簡単なものですよ」


 男は安心させるように笑顔でいった。


「あなたたちの世界でいうところのシステムオペレーターは我々の世界ではアルフェイルと呼ばれているのですが――」


 これはあとで知ったことだが、アルフェイルというのはこちらの古い言葉で人工と妖精をあらわすふたつの単語をあわせた造語らしい。


「アルフェイル……」


 おれは口のなかでその単語をつぶやいてみた。

 そういえばシステムオペレーターという言葉は英語のままだった。

 つまりアルフェイルという言葉は元の世界では習わなかった単語であり、こっちの世界がむこうの世界にたいして隠したい技術なのだろうということが予測できる。


「そのアルフェイルになってもらうための手術です」


「えーっと、まさか人間やめろってことじゃないですよね?」


 改造手術なんてゴメンである。

 おれは冗談めかしてそう聞いてみたわけだが、


「違います。額にクリスタルを埋めこむだけで他はなんら変わりませんから。アクセサリー程度に思ってもらってけっこうですよ。取り外せませんけどね」


 冗談めかしてそう返された。笑顔のままで。


「額にクリスタルを埋めこむ?」


 さすがにそれは抵抗あるぞ。

 クリスタルといってもおれが思い浮かべるようなただの水晶とは違う気がするし。


「この話を聞くとみなさんイヤな顔されますね」


 そりゃそうだろ。

 体にワケのわからない異物を埋めこむと言われて喜ぶような変態はいない……いないと思う。


「でもこれをしなきゃアルフェイルにはなれませんので」


 我慢してくださいと言われた。やはり笑顔で。


「せめて額以外の部分じゃダメなんですか?」

 手とかならまだ我慢のしようもないこともない。

 譲歩案として提案してみる。


「無理です。アルフェイルはひと目でそうとわかるよう目立つ部分にクリスタルを埋めこまないといけないという規則がありますから」


「ひと目でわかるように?」


 なんでそんな必要が?


「アルフェイルは騎士とともに戦に出なきゃいけないですからね。それがイヤで逃げ出すかたが後を絶たなかったんです。ただでさえ貴重な存在ですから、その防止の意味合いが強いですね」


 なるほど。その答えには納得せざるをえない。

 おれがやることになっているシステムオペレーターは戦が日常化しているこちらの世界で最も危険な職業のひとつだと言われていた。

 それなら自分がシステムオペレーター――アルフェイルであることを隠すヤツが出てきてもおかしくはないだろう。

 だからと言って、ハイそうですかと了承できるものでもないが。


「ちなみに拒否したらどうなるんですか?」


「廃棄処分ですよ」


 あたりまえのことのように即答された……笑顔で。


 なにをもって廃棄とされるのかなんて聞きたいとも思わない。

 つまりおれにはアルフェイルとやらになるしか選択肢はないということだ。

 それまで異世界というフロンティアに来てどこか浮ついていたところがあったおれだが、真冬に大量の冷水を浴びせられた気分である。


「どうやら理解いただけたようですね。それではこちらの部屋でお待ちください」


 どうして今まで気づかなかったんだろう。

 この男の笑顔以外の表情を見ていないことに。

 笑顔で細められたまぶたの奥の目が不気味なほど冷静におれを観察していることに。

 それまで親切な人だとかってに信じていた目のまえの男が化け物に見えてきた。


「ああ、だからか」


「なにか言いました?」


「いえ、なにも」


 だからこいつ(・ ・ ・)はおれの名前を聞いておいて自分は名乗りもしなかったのだ。

 こいつはおれを商品としてしか見てない。

 新しく入荷してきた商品に自己紹介するようなマヌケはきっとこの世界にもいやしないのだろう。


 そう。おれはこの世界に売られてきたのだ。

 資源が枯渇し、行き詰まりはじめた地球がこちらの世界の資源を買うために。

 わかってはいたが、ようやくそのことが実感できた。

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