第七話 魔法少女の調査(後)
「ふにゃ〜」
「……なんだ、その覇気の無い声は」
のぼせて治療を受けたリンは、長椅子に寝転がっていた。
それを呆れた様にキースは見ていた。
二人はホールにいて、そのホールには今彼女達以外に出迎えの従業員の少女達しかいなかった。
「調査はどうした、調査は」
「ふにゃ〜」
「……はあ」
湯から上がったリンは終始こんな感じになっていた。
「ほら、何も無いんだったら帰るぞ」
「ふにゃ〜」
キースに無理矢理立たされ、リンは渋々立った。
「ったく、治療士とも言えるお前が治療される側になってんじゃねえ。というか、目的忘れてないか? 魔法騎士トップが聞いて呆れる……」
「わ、忘れてないわよ! そうね……、もう少し調査が必要、かな?」
瞬間、ぴしっと背筋を伸ばし反論するリン。
結構プライドが高い。
しかし、明らかにまた来ようと言う意図が見える返答だった。
だが、リンは内心かなり混乱していた。
(ここ、かなり金がかかってる。あの温水……、アタシじゃなきゃ気付かないだろうけど、魔法で創られてる。保温には火の魔石、水の浄化と循環に水の魔石も使ってるかな。そして天井の光の魔石……魔石のオンパレードも良い所じゃない。魔石は一個だいたい銀貨百枚……、地竜の武具を売ってもギリギリ足りるか足りないか、そんなレベルね。なのに料金は銅貨三枚? どういう事なの? ここの店主は馬鹿なの? 死ぬの? なんで死ぬ程安くしてるの?)
これは調査、ここの店主である少年に話を聞かねばならないだろうとリンは思っていた。
「そっか。んじゃ、暗くなる前に帰るぞ」
「うん……」
すっかり腑抜けになってるな、とリンの心の内を知らないキースは苦笑いを浮かべた。
と、二人が受付へ向かおうとしたその時、事件は起こった。
「おい姉ちゃん、武器を取り上げるだぁ? 誰の許可取ってんな事言ってんだよ! アァ!?」
「で、ですから、ここは寛ぎの場なので……」
「んな事聞いてねえよ!? 武器は俺達の魂、いわば一心同体なんだよ! それを預ける? 巫山戯てんのか?」
丁度入り口でそんなやり取りが行なわれていた。
無駄にごてごてとした鎧と、バカみたいにでかい斧を担いだ男とその取り巻きが、緑の髪の少女に喧嘩を売っていた。
「あちゃ〜、ありゃ盗賊紛いのぼんくら戦士達じゃねーか。ついてねーな。腕は確かだし」
「どうする……って、武器は受付か」
騎士団(ここを気に入った二人)としては、見過ごしてここに被害が出て、そのまま倒産というのは避けたい所だった。
しかし武器は受付、男達が騒いでいるのは受付間近。
下手に手を出して迷惑をかけるのもまずいが、どうしたものだろうとリンは思った。
と。
「すいません、うちの従業員が何か粗相をしましたか?」
不意にリン達の後ろからそんな声が聞こえて来た。
「……………」
そして、リンは息を飲んだ。
医療室から出て来たのは、一人の少年。
黒髪で、特徴の無い顔立ち。
背中に『湯』と書かれた法被を羽織った、営業スマイルを浮かべた少年が出て来た。
「ごしゅ——店長! こちらのお客様が……」
緑の髪の少女は何か言いかけ、慌てて言い直した。
少年は少女に笑い掛け、下がっているように言う。
「フーは下がってて。……それで、お客様。一体どのようなご不満が?」
「ああん? 誰だお前?」
男が睨みを利かせるが、少年は一歩も引かずこう答えた。
「店長です」
「…………。がはははははは!!」
男達は笑い、先頭の斧を持った男が少年に言った。
「店長さんよ、俺達は戦士なんだよ。戦士に取って武器は魂、一心同体なんだ。それをさ、預けろと? そりゃ無理な話だろ」
「そうですか? しかし、他の皆様は預けてくださりますが?」
「そりゃ腑抜けだな」
「っ! 言わせておけば、俺様を侮辱してんのか?」
と、キースが拳をぎゅっと握り前に出ようとし、慌ててリンに止められる。
「抑えてキース。今は、彼がどうにかするでしょ? キースが出て行ってどうにかなる問題じゃないわ」
そう言ったリンだったが、内心では別の事を考えていた。
(『絶壁のグレン』とは比べ物にならない程弱い。あの程度の男なら一ひねりできるはず。さあ、お手並み拝見と行こうかしら)
少年は男の文句に淡々と答えた。
「そうですか? むしろ、このような場でも自分の武器を手放せない、強さが武器に依存しているあなた達の方が腑抜けのような気がしますが」
「っ!!」
瞬間、男の表情が凍り付いた。
「うわっ、酷ぇ。って、火に油注いでどうすんだよ」
「……さあ」
さすがのリンとキースも、自分たちの顔が引きつるのが解った。
男が恐ろしいくらい静かに、少年に尋ねる。
「……ガキ、自分の立場が解ってんのか?」
「あなた方こそ、そこに立たれると営業妨害になりますので、武器をお預けにならないのなら早々に立ち去って——」
瞬間! 男が少年を蹴り飛ばした。
少年は身動き出来ず、モロにそれを受け、壁に叩き付けられた。
一拍遅れて、少女が悲鳴を上げた。
リン達も、思わず体が前に出そうになった。
だが、それは一瞬だった。
少年は膝を付きながらも立ち上がり、再び男の前に立つ。
その足取りに迷いは無い。
男は少年を睨んだ。
「おい、これ以上舐めた事言ったら殺すぞ?」
ふらつく足取りで前に出た少年。
彼は、本気の殺意を向けてくる男を見据えて、こう言った。
「すいません! お金ならいくらでも払いますので、どうか命ばかりはっ!」
そして少年は土下座した。
「「「……………………」」」「「「……!?」」」
リンとキースを含めた従業員以外の全員が呆れたように少年を見て、従業員の少女達は困惑したように目をあちこちに泳がせた。
「は……はははは! がはははははははっ!」
しばし呆然としていた斧を持った男が大声で笑い出し、釣られて取り巻き連中も笑い出した。
「がははははは! 命ばかりはお助けをってか!? がははははは!!」
男は笑い、笑いながら土下座した少年を蹴り付ける。
ゲシゲシ、と嫌な音がホールに響いた。
キースが拳を強く握り、ぷるぷると振るわせていた。
どうやら、大の男が少年を一方的に嬲るこの状況が気に喰わず今すぐにも止めたいが、男の持つ斧に対抗手段がなく、歯がゆい思いをしているようだ。
リンも唇に指を当て、思案する。
(……何よ。レーンの言ってた木こりじゃ無かったって事? 男の言ってる事はむちゃくちゃだけど、自分の命がかかったら手のひら返しって……情けない)
と、リンの隣にいるキースが小声で話しかけてきた。
(……まさか、この状況でも黙っていろとか言わないだろうな?)
(そうね。癪だけど、同感。アタシが魔法であいつ等の動きを止めるから、その隙に——)
と、そこで事態は思わぬ展開を迎えた。
「んじゃあ、それで手を打ってやるよ! ただしもらうのは金じゃねえ。そこの女だ!」
そう言って男は緑色の髪の少女を指差した。
瞬間、ヒッと少女は怯える。
「おい、お前。連れてこい。——いいか、後ろの二人! 妙な真似しやがったらお前等も殺すぞ!」
男が後ろの取り巻きの一人に少女を連れて来るように命じ、今まさに動こうとしていたリンとキースに釘を刺す。
残った取り巻き達が弓で二人に狙いをつけ、男自身は少年を踏みつけて、動けないようにしている。
(……まずくないか?)
(無詠唱魔法って言っても、何も動作無しじゃ無理よ?)
リンとキースは小声で会話し、その間にも取り巻きの一人が少女に近づく。
そして、竦んで動けない少女へと手を伸ばし——。
「大人しくしやが——」
「来ないで!!」
取り巻きの顔を少女が思い切りビンタした。
嫌な静寂がホールを包み、そして。
「……このアマ! 見せしめにぶっ殺してやる! リーダー、良いですよね!?」
「やっちまえ!」
リーダーと呼ばれた斧を持った男の返事を聞き、取り巻きの男が短刀を取り出し振り被る。
少女は、未だに動けない。
リンが目を覆い、キースが俯き歯を食いしばる。
そして、血の花が咲いた。
あれ? 何故か終わりませんでした。
……主人公最強タグは犠牲になったのだ。