第五話 魔法少女の調査(中)
一人称では有りません。
思う所が有り、三人称とさせていただきました。
二人は呆然と立ち尽くしていた。
「……リン。俺は二週間前ここを通ったんだが、その時にはこんな建物無かったぞ。俺様、夢でも見てるのかな」
「残念。幻術系の魔法じゃないわよ。正真正銘、確かに本物よ」
二人の目の前に有るのは、豪邸と呼べそうな大きな建物だ。
その右手に、騎士団の兵舎と並ぶ大きさの建物がついでの用に付けられていた。
どこの貴族の家だよ、とキースが呟き、リンは小さく震えた。
(何よコレ、規格外も良い所じゃない! こんなのを二週間経たずに建てるの!? この異常な早さは魔法だけど……あり得ない。少なくとも、アタシには無理よ……)
扉は両開きで、ノッカーは付いていない。
「……入るか?」
「当たり前でしょ」
怖じ気づいたように聞き返すキースにリンは鋭く返し、扉を開けた。
「「「いらっしゃいませ」」」
「「……………」」
入った瞬間、六名もの従業員らしき人達に声を掛けられ、頭を下げられた。
床には薄めの絨毯が敷き詰められ、ホールのような場所が入ってすぐ目に入る。奥行きがかなりあり、建物の天井には光の魔石があり、夜でも昼と違わない明るさを保つようにされていた。
中央にはゆったりとした椅子が複数あり、そこで何人かの先客が寛いでいた。
トウキョウの町人の出入りは禁止したが、他の街からここに来る人はどうしようもないのだ。
(……凄く金がかかってる。光の魔石は高い割に長持ちしないし、あの椅子も上等な布を使ってて高そう)
「二名様でしょうか?」
と、その内の一人、短い緑色の髪の少女が二人に尋ねる。
少女の格好は全体的に短めの服で、太腿が艶かしく露出していた。
「ええ、そうよ」
後ろで何故か帰ろうとしているキースの腕を掴み、リンはなるべく気丈にそう返した。
「当浴場は寛ぎの場ですので、武器等の持ち込みは禁止となっています。そこの受付にお預けになってください。また、土足では上がれませんので、あちらで靴をスリッパに履き替えてください」
そう言って左手にある受付を指差す少女。
受付は武器と靴を受け取るため広く、場所をかなり占有していた。
「武器を取り上げるのか!?」
せっかく手に入れた地竜の武器を取られると聞き、キースは顔をしかめる。
「いえ、お預かりするだけです。お帰りの際にお返しします」
「すりっぱ、って?」
リンは聞き慣れない単語に、首を傾げる。
「コレです」
そう言って少女が持って来たのは、踵と靴ひもの無い、靴のようなもの。皮革でできているようだった。
「……どうすんだよ。武器取り上げられちまうぞ」
キースが少女に聞こえないように小声で尋ね、リンは諦めなさいと肩をすくめ、自身の杖を預けた。
「お前は魔法使いだからいいだろうけど、俺は戦士なんだよ……。剣は俺の魂だ」
とぶつくさ文句を言っていたキースだが、素直に受付に剣と盾を渡した。
キースが鎧と靴を預けている間に、少女は説明を続けた。
「料金は六歳以下の方は無料、十五歳以下は銅貨二枚、大人の方は三枚となっています」
「良かったなリン、子供料き——いって!! 足踏むなよ!」
「アタシは十六歳だ! バカにすんな!」
リンは顔を真っ赤にして、まだ履いていた靴でキースの足を踏みつけた。
「すみませんお客様。ここは寛ぎの場ですので、乱暴な行為はお止めください」
「あっ、ごめんなさい」
リンは謝りながら靴を預け、スリッパに履き替える。そして自分の分の料金を受付に渡す。
「この野郎〜」
キースも痛そうに足を引きずりながらスリッパを履き、料金を受付に置いた。
「では、当浴場の説明に移らせていただきます。まず、向かって左手が男湯で右手が女湯です。青の暖簾がある方が男性で、赤の暖簾が女性です。温泉の入り方は、ご存知でしょうか?」
「私は知らないわ」
「俺もだな」
そうですか、と少女は言い、近くにいた少年の従業員を呼ぶ。
「こちらの方に入浴の仕方を教えて」
といってキースに少年を付き添わせ、少女はリンを女湯の方へ促す。
と。
「ちょっと待って。あそこに見える『医療室』って何? もしかして……怪我とかするの?」
リンは少女を止め、ホールの左隅にある扉を指差す。
そこには『医療室』と書かれたプレートがあり、その下にでかでかと。
『騎士の方お断り』
と書かれていた。
少女は笑みを浮かべて答える。
「いえ。のぼせてしまう方や、元々怪我をなさっている方が利用するだけです。基本的には沐浴と同じですので」
そういって少女が暖簾を潜ってしまったため、リンは聞けなかった。
(……『騎士の方お断り』って、どういう事?)
リンが暖簾を潜り、その先にある扉を開けると、広い脱衣所があった。
壁際に棚、そこに何十個もの籠があり、その中に先客の者だろう衣服が入れてあった。
ホールであまり他の客を見なかったのは、どうやら皆こちらにいたからだとリンは気付いた。
「こちらで服を脱いで、その服はこちらの籠に入れてください」
リンは少し驚きながら、それを悟られないように素直に服を脱いだ。
「服、盗まれないの?」
彼女の服は、反射の魔法が自然に発動するように縫い込まれたローブで、かなり高価な物だった。おまけに、新たに創るとなると一月はかかる代物だ。
「はい。脱衣所の方にも従業員は居ますので、安心してください」
「……そう」
少女の言葉通り、入り口の方に二人の少女が居て、じっと見る訳ではないが、それとなく籠を見ていた。
自分の着替えをじろじろと見られるのは癪だが、それは仕方ないかと思うリン。
「では、こちらです」
そう言って少女は服を脱がず、奥にある扉を横にスライドした。
湯気が扉から溢れ出し、数秒後、広々とした空間がそこには広がっていた。
タイルが床一面に張られており湯水で濡れて光り、天井には光の魔石が鏤められている。
壁には富士山の絵が描かれ、風流を感じさせる。
「………………」
リンは無言になってしまっていた。
ただ、リンが無言になったのはそれらが理由ではない。
小さな池を思わせる、広々とした湯船がそこにはあり、マナが練り込まれた澄んだ温水がそこを満たしていた。
エメラルドグリーンの輝きを放つ水面が、怪しく誘うように揺れている。
「足下が滑りますので、ご注意ください。まずこちらで体を流してから入浴してください」
そう言って少女は湯船から離れ、壁際へと向かう。
湯船に釘付けになりながら、リンは少女の後追う。
壁際には膝下くらいの高さの台があり、その上に桶、そしてホースに白い物体があった。
台の前には椅子があり、そこで何かするのだとリンは気付いた。
「この石けんで泡を立てて体を洗って、シャワーで洗い流してください。よく洗い流さないと痒みが残る事も有りますので、その点は注意してください」
そう言って四角くて白い物体を手に取り、手の間に挟んで擦り合わせる少女。
白い物体はみるみる白い泡を立たせ、ほのかに良い匂いがした。
それを小さな穴がたくさんあるホース、そこから雨のように流れているお湯で洗い流す少女。
「この石けんは髪を洗うのにも使えますので、どうぞご自由にお使いください。ただ、水に付けておきますと溶けてしまします。また、食べられませし目に入れると沁みます。あと、石けんの持ち出しは禁止です。何か質問は有りますか?」
「…………と、特に無いけど」
「では、ごゆっくり」
少女は一礼して、ぱちゃぱちゃと足音を立てて出て行った。
「よし……」
リンは石けんを使ってみた!
みるみる白い泡が立ち、泡が肌を滑らかに包み込んだ(その際白かった泡が薄い茶色になったのには目を逸らさずに居られなかった)。
茫然自失。
リンはシャワーを使ってみた!
優しい水の流れが泡を洗い流し、肌が綺麗になった(薄茶色の液体が流れて行く光景は、綺麗になったと言う感じがした)。
リンは髪を洗ってみた!
泡が良く立たず、シャワーで洗い流すと濁っていた(基本的にこの世界では、洗髪は一ヶ月に一度程度だった)。
茫然自失。
リンはもう一度髪を洗った!
シャワーの水が白い泡を流し、髪がサラサラになった。
「……じゃあ、いよいよ」
髪に付いた水を犬のように頭を振って払い、リンは湯船の前に立った。
そろそろと足を入れてみると、熱くはないが決してぬるくもないちょうどいい温かさのお湯だった。
絹のように滑らかな水で、それは光の射し加減で宝石のよう輝く。
一気に肩まで湯に浸かり、そして——。
「!?」
リンはその異常な変化に気がついた。
リンは魔法使いの中でもマナの感知に秀でており、僅かな魔力の残滓をも見つける事ができる。
そのため、繊細な魔法(無詠唱魔法や治癒魔法)を得意としていた。
湯の中に入り、その湯水と直に触れる事でリンは気付いた。
(この水、マナを含んでる!? 繊細に織り込まれたマナが水を滑らかにしてる。それが肌を通して体内に染み渡って来て、魔力が回復して行く。……何、この体に染み渡る心地いい温かさ)
みるみる頬が上気し、頬が緩んでしまうリン。
あまりの気持ちよさに体から力が抜けていくようで、湯船の端で頭を支えなければ沈んでしまいそうだった。
(……や……ば……い、気持ち……いい)
マナに敏感なリンに取って、この温泉は魔薬(魔法薬)のようなものだった。
ごめんなさい。本当だったらこの話で一段落付くはずが……。
(後)に続きます。