第四話 魔法少女の調査(前)
一体どうしてアタシがこんな事をしなければならなくなったのだろう。
「はあ……」
「なぁに、俺様が付いてんだ。怖がるなよ、リン」
うざったい声だ。ツンツンと尖った金髪、生理的にムカつく顔立ち。
荘厳な鎧に身を包んだいけ好かない男、それが近衛隊長、キースに対するアタシの感想。
アンタが一緒に居る事でアタシは気落ちしているのだと気付け。
「なんでキースが出張って来んの? 近衛隊長でしょ? 姫様の護衛をしろ」
ジト目で睨んでいるのに、どこ吹く風といったキース。
「解ってんだろ? 街道には『ルーアン盗賊団』が居を構えてんだ。おまけに場所は『チヨダの森』の入り口だろ。並の魔法じゃ無効化される、あの地竜だって住んでんだ」
「……正確には、全部過去形でしょ。自慢げに見せつけやがって。キースはただその剣の試し切りがしたいだけでしょ?」
ミスリル鉱石すらも貫くと言われる地竜の牙で創られた剣、簡単な魔法なら霧散させる竜の鱗で創られた盾を、キースはそれと無く見せびらかす。
場所は街の外、街道上。
アタシは、とある仕事でこの道の先にある、とある建物に向かっていた。
王国魔法騎士のアタシに与えられた仕事は、最近起こった異変の調査だ。
事の発端は、レーンが魔女に協力を要請しに一人で森に行った事。
レーンの実力から考えれば、それは対して危険な事ではないのだけど、問題は帰って来たレーンの話していた事と、それからこの王都トウキョウで起こった異変だ。
見た事も無い護身用の武器。
それから放たれた圧縮されたマナが『ルーアン盗賊団』のリーダー、通称『絶壁のグレン』を軽く吹き飛ばした事。
それを軽く操る、森に住む木こりだと言う黒髪の少年。
レーンの言葉でなければ、まるで信用出来ない話だ。
実際、魔女に錯乱の魔法でも掛けられたのかとも思ったが、そのような痕跡は見当たらなかった(代わりに凶悪な呪いの片鱗を見たが、それについては話してくれなかった)。
『ルーアン盗賊団』は王家が本気を出さなければ討伐出来ないような、かなり名の知れた盗賊団だ。
その手口は残忍でもないし、他の盗賊団に比べれば優しい。
そして、決して王家に実害を出そうとはしないのだ。要するに、ずる賢い。
おまけにそのリーダー『絶壁のグレン』は、近衛隊長のキースと肩を並べる程の腕だ。並の傭兵では手も出せない。
今現在戦争になろうとしてるこの国では、対処に困る盗賊団だった。
……それが木こりに負ける、ねぇ。
その木こりの少年に話を聞けば良いのだろうが、特徴の無い顔立ちだと言う。
黒髪など、決して多くはないが少なくもない。
おまけに名前は無いんだとか。意味が分からない。
その時点では、その事に対してレーンも深く追求はしなかった。
『ルーアン盗賊団』にしても、今回の事件ではレーンに害はなかったから見逃されたが、もし有ったとすれば国の歴史を変えるような事件になっていただろう。滅亡の歴史の発端に。
『チヨダの森』に住む木こりの少年の事など、それの付属品にしか過ぎなかった。
だが恐らく、レーンは心の片隅には止めていたのだろう。
お礼をしたいとかで。
助けてもらった話は、騎士の中では一番仲がいいアタシにだけ教えてくれた事だ。
レーンの実力は、この国でもトップクラス。それでも『ルーアン盗賊団』を一人で相手取るには厳しい所だろう。
助けてもらった事を自身のプライドが許さず、アタシにしか打ち明けられなかったのだ。
深窓の令嬢みたいな見た目と裏腹に、結構好戦的な性格なのはあまり知られていない。
それから一週間後、アタシに最近起こった異変の調査という仕事が与えられた。
ここ最近、街でおかしな噂というか話が蔓延していたのだ。
そして、アタシは知る事となった。
調査の対象となったのは、レーンが森から戻ってきて数日経った頃に城下町で起こった事件。
『チヨダの森』に住む地竜、それで創られた武器や防具が何十も出回り始めたのだ。
今アタシの隣に居るこのバカも、ちゃっかり手にしているソレだ。
地竜は、魔法を無効化する鱗で身を包み、ミスリル鉱石を貫く牙を持つ、王家でも下手に手を出せないような魔物だ。
その鱗や牙は、単品で一生遊んで暮らせるレベルの高値で取引され、命知らずの戦士がそれを狙って挑戦したと言う話は何度か聞くが、その戦士の消息を知る者は誰もいなかった。
おまけにそれを武器に加工する事は並の鍛冶屋では不可能で、熟練された魔法使いが一緒でなければできないと言う。
で、その地竜の武器や防具が何十も出回ると言う事は、それは地竜が倒されたと言う事だ。
一体誰が? という話になる。
そして聞き込みの結果、それらを売り払ったのは黒髪の少年だったと言う。
どこの店主に聞いても、皆口を揃えて、特徴の無い少年だった、と言った。
特徴が無い事が逆に特徴になっていた。
さらに同時期に、もう一つ街で異変が起こっていた。
『ルーアン盗賊団』が足を洗い、奴隷市場を乗っ取り、そのまま雲隠れしたと言う話だ。
まったく意味が分からなかった。
王女様に手を出したと気付き雲隠れしたと言う事は推測が付くが、何故奴隷市場を乗っ取ったのかがさっぱり解らない。
おまけに、この街から引き払う時にやたらと丁寧に扱っていたとか。
迷宮入りの謎だ。
が、それも思わぬ所で繋がった。
街の大通りに面する定食屋のおばちゃんが、その事件の前日に、黒髪の田舎から出て来た少年が奴隷を買っていたと言う証言をした。
また黒髪か……と思った。
そしてさらに、『三十人分のご飯を毎日用意してくれないか?』と頼まれたと言う。
それまで一人分の食事しか頼まなかった少年に、不思議に思いおばちゃんが尋ねると、『ちょっと仲間が増えたんでね』と答えたと言う。
「それであたしゃピンと来たんだ! きっとあの子が裏で『ルーアン盗賊団』を懲らしめたんだよ! そして奴隷を皆引き取ったんだ!」
と言うのがおばちゃんの推理。
時系列的にそれはあり得ない話ではなかったが、しかし同時に恐ろしい事件だとも思った。
近衛隊長クラスを軽く吹っ飛ばす『護身用の武器』。
地竜の武具を売り払って得た、何十人もが一生遊んで暮らせるレベルの大金。
消えたたくさんの奴隷。
これらを結びつけ、導き出された答えは——。
一人一人が近衛隊長を凌駕する、最強最悪の武力集団。
『護身用の武器』。
それすなわち、一般人でも簡単に武装できるという事。
そして、『護身用』でしかなく、決して兵器ではないと言う事。
兵器と呼ばれる物になれば、近衛隊長だろうと簡単に殺されるだろう。
地竜の部位を売り払い、それを生み出す資金が手に入っている。
地竜の牙や鱗などを売り払った事から、それを凌駕する、恐るべき兵器を生み出せるのだろう。
そして、引き取られた奴隷。
奴隷と一般人の違いなど、生まれた時の身分以外に何も無い。
むしろ、過酷な経験をしているだけ、奴隷の方が肉体的にも精神的にも強いだろう。
たったの一週間で、最悪の武力集団が出来上がった。
そして、近衛隊長、いや、地竜すらも倒す黒髪の少年。
正直、『絶壁のグレン』を一撃、それも軽く吹っ飛ばしたこの少年は、国の脅威だ。
もしもアタシの予想通りなら、この国は少年の手のひらの上だ。
そして、最後の異変。
この調査を始めてから出来たと言う、街道沿いにある『公衆浴場』なる場所。
そこに毎日のように通い詰める人々。
なんでも、温かいお湯で身を清める場所らしく、とても気持ちいいとか。
噂では、疲れや傷を癒してくれるらしく、そして格安らしい。
場所が街道沿いで『チヨダの森』付近のため危険だと思われたが、『ルーアン盗賊団』が足を洗った今、その脅威は無い。
別の盗賊団が街道に居を構えようとしたらしいが、『ルーアン盗賊団』が何故か追い払ったらしい。
その『公衆浴場』なる所の主が、黒髪の少年だと言う。
そして、その噂を聞きつけたレーンが、興味を示したのだ。
行ってみたい、と。
最悪だ。
一度でもその『公衆浴場』に行った者は、その虜となり毎日でなくても二、三日に一回は通うと言う。
恐ろしいくらいの依存性だ。
もしもレーンがその『公衆浴場』なるものの虜にでもなってしまえば、その少年はこの国を制圧した事になるだろう。
表で市民を味方につけ、裏では強力な奴隷——もとい兵士で脅しを掛けるのだ。
この問題は、ラザウェル王国存続の危機だ。
だからアタシは、姫様の安全確認と言う名目の下、その『公衆浴場』の視察へと向かったのだ。
その少年の意図を聞き出し、もしも国に害を出すような人物であったなら、抹殺するためだ。
その少年の実力は知らないが、無詠唱魔法に関しては国一番、失敗するとは思えない。
これは命令ではなく、アタシの独断だ。
だから、本当なら一人で行きたかったんだけど。
「なんでキースが付いて来るの? もう『ルーアン盗賊団』はいないのよ?」
「女の子を一人で外に出せるかよ」
「試し切りしたいだけでしょ?」
「それもある。……けど、気付いてないと思ったのか?」
「な、何よ?」
キッと睨むようにキースはアタシを見る。
やばい、こいつが真面目な顔をする時は、ほんとに真面目な時だけだ。
「今日一般人の街の出入りが禁止になってる。お前、噂の『公衆浴場』に仕事で行くんだろ? 一般人の規制をしてるとこを見ると、調査ってとこか? 俺も興味が有るんで付いて行かせてもらおう。他言無用で頼む」
大きな溜息を吐き、アタシは項垂れた。
まあ、頼りになるかどうかと言えば、なるのがムカつく。
いざとなった時は、その剣を振るってもらう事になるかもしれない。
もし失敗すれば、これもまた国の滅亡の一歩になるかもしれないけど……。
その時アタシは、まだ知らなかったのだ。
その少年の考えていることが。
ストーリー展開が遅いかもしれません。
進める時は一気に進ませてしまう予定なので、ご了承ください。
感想・意見・指摘など、お待ちしております。