第三話 温泉
温泉。
それが気持ちいいのは、日本人なら誰でも解るだろう。
そして、
「ふあぁぁぁ」
と気持ち良さそうに声を漏らしているリースがいた。
やはり、お風呂は気持ちいい物だ。
場所は俺の家。
リースにはお風呂の入り方を説明してある。
シャンプーの使い方やシャワーの説明が面倒だったが、リースは賢くすぐに理解してくれた。
風呂はこの世界に存在していないため、持ち込んでいる。風呂を持って来るとき、その重さで死にかけたのは良き思い出だ。風呂だけでは我慢出来ず、その中にシャンプーとかシャワー、タオルやバスマットを入れた所為だろう。
そこまでして持って来る価値はあったと思っている。
俺は木の香りが立ちこめるリビングで考え込む。
さて、温泉を経営しようとも思ったが、どうしたものだろう。
最初から湧き出ている物を使うのが簡単で手間もかからないが、それだと魔物が近くにいるらしい。
魔物がいるのは、恐らく魔物も温泉の効能を受けるからだろう。
地竜を倒せるから多分どんな魔物でも倒せると踏んでいるのだが、それはあまりにも野蛮だ。
そんな事をすれば生態系も狂うだろう。
地竜の代わりに俺がこの森に居るからここは問題無いが、他の場所で下手な事をすれば収拾がつかなくなってしまう。
ただの公衆浴場を創るというのが簡単だ。
誰でも来られるような場所なら確かに儲かるだろうが、しかしそれでは問題がある。
俺が従業員に使おうとしているのが、奴隷だと言う事だ。
誰でも来られるようにすれば、当然、奴隷に反感を感じる輩も来るだろう。
それにいちいち対応するのは面倒だ。
どうしたものだろう。
「すごく気持ちよかったです!」
と、タオルで頭を擦ってリースが風呂場から現れた。
汚れが落ち、見違えるようだ。
これで正装していたら、普通に貴族の令嬢に見られるだろう。
「うん、良かった良かった」
「しゃんぷーとか言うのも、良い匂いでしたし、しゃわーというのも、気持ちよかったです。……本当、あなた様は何者ですか?」
「あー、様付けは止めてくれ」
「では、なんとお呼びしましょう」
はて、俺は一体なんと名乗った物だろうか。
とりあえず、リースとは長い付き合いになりそうだから、教えておくか。
「……えっと、俺の名前は無いんだ」
「ナイン、ですか? ナイン……変わった名前ですね」
あれ? なんかものすごく勘違いしてない?
ちゃんとした日本語の名前もあるのに。存在消されているから微妙だけど。
……あ〜、もういいやそれで。
「な、……ナイン?」
「……ん。よろしく、リース」
そう言って頭を撫でてやると、照れくさそうに頬を染めるリース。
………うわぁ、可愛いな。
いや、俺はロリコンじゃないから。
「さて、どうした物かな」
「どうしたのですか?」
「ん? いや、お風呂、気持ちよかったんだろ? それなら、それで商売しようかと思ってさ」
「なるほど……。でも、どうやってですか?」
俺は自分の国……というか現代の日本の浴場を説明する。
リースは興味深そうにそれに聞き入り、話の途中から目を輝かせていた。
「ナインの住んでいた所は、すばらしい所ですね! 皆普通にこういうお風呂に入っているのですか……」
「そう。けど、ここには公衆浴場みたいな文化が無いのか……。受け入れられないか」
「いえ、それは大丈夫だと思いますよ」
「ん?」
「浴場は有りませんが、河で沐浴をしますから」
「あ、そうか」
そう言えば、沐浴があるのか。
それの延長線上だと思ってくれれば良い訳で、恥ずかしければ来なければ良いのだ。
「でも、どうやってそんな建物を……」
「それなら問題ないんだな。ナインだけに」
「…………ぷっ」
リースが笑い、俺は立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「いや、晩ご飯を作ろうかと思ってね」
そう言って俺はキッチンへ向かい、鍋を取ってくる。
無洗米と各種サイズの鍋、フライパンを持ち込んだのはここに来てから二日目。ウサギ事件の後日だ。
腹が減っては戦が出来ないのだ。
今では幾分かのウサギの干し肉、街で買って来た野菜が多少ある。
適当に味噌を入れて煮込めば、鍋になるだろう。
さすがにキッチンは現在風では無理があると思い、江戸時代のものに変えてみた。
『創造魔法』で電気を創る事は創れたが、電気のアンペアやボルトの関係で、電子機器は動かすのが無理だった。
かまどに囲炉裏、それと流し。
ちなみに、水道は無いが……。
「わたし、水と火の魔法なら使えますよ」
「あ、じゃあ鍋に半分くらい水入れておいて」
魔法は便利だった。
空気中の酸素と水素、この世界では水のマナらしいが、それらが結合して水が出来上がるらしく、これは消えてなくなりはしない。
『創造魔法』は全ての魔法の基本であり、当然水も創り出せた。
しかし俺の『創造魔法』、どうやら食物に関しては生み出せても無意味のようなのだ。
来た当初、プリン(俺の好物だからだが)を創って食べたのだが、食べた感じはしなかった。
どうやら、俺の体内に入った瞬間、霧散したらしい。
食べ物もゼロから創り出せれば、元手無しで異世界の料理を出す定食屋も出来ただろう。
逆に、食材があれば、それも出来るか……。
温泉に料理。旅館でも経営するか。
「美味しいです! 生まれて初めてこんな料理食べました!」
「そりゃ良かった。たんと召し上がれ」
「はい!」
という感じに、味噌煮込み鍋がその日の晩ご飯だった。
ちなみに、どうやら味噌はこの世界にあるらしいが、奴隷は芋が主食で食べた事は無かったようだ。
「すーすー」
リースは食べ終えるとすぐに寝息を立てて寝てしまった。
慣れない事ばかりで疲れたのだろう。
俺は街で買って来た毛布を掛けて、家の外へ出る。
夜のこの世界は明かりが少なく、空には綺麗に星と月が見え、平行世界だなぁと再び思った。
「さて、問題は土地……かな。あまり目立たず軍資金を溜めたいし……」
科学と魔法、とりあえずその両方を知りたいのだ。あまり魔法サイドに依存したくはない。
土地……ああ、心当たりがあるじゃないか。
☆ ☆ ☆
「あっ、あんたは、あの時の!」
「久し振りですね、盗賊さん達」
俺は盗賊さん達と再び相見えていた。
懲りずに街道で盗賊行為に精を出していた盗賊さん達は、暗かったからか解らず俺に金品を要求、今現在その顔は引きつっている。
多分、俺のようなチートが相手でなければ、かなり強い部類なのだろう。
上等そうなレザープレートで身を包んでいる。
街のすぐ側で追いはぎをやると言う事は、そういう事ではないだろうか。
「ど、どうしたんです? 奴隷の方は街で……」
「いやいや、そうじゃないんだ。一つ交渉をしようと思ってな」
「こ、交渉?」
前回吹っ飛ばしたのがリーダーだったらしく、リーダーを先頭に盗賊達は街道に正座している。
そこまで怯えなくても良かろうに。
まあ、その方が話を進めやすいのだが。
「この前、俺が連れていた女の子が居ただろ? あれ、実は王女様なんだよね」
「お、王女!?」
盗賊さん達の顔がさーっと青ざめる。
どうやら彼らでも王家に手を出そうとは思わないらしい。
『やべぇよ、地の果てまで追いかけられて殺される……』などと呟いている所を見ると、王家の力は絶対のようだ。
そして、この盗賊達はどうやら賢そうである。
まあ、俺の一撃で敵わないと悟り手のひら返しをする辺り、そうだとは思っていたが。
別に親近感が湧いた訳じゃないんだからね、ナインだけに。
「さて、このままでは君達は捕まるだろう。知らずとはいえ、王家に手を出したんだから」
「——っ!!」
盗賊さん達の顔は、もう青くならない。代わりに、体が震え出すと言う症状が見られるようになった。
「そこで、俺から一つ提案が有るんだ」
「そ、それは俺達を助けてくれると!?」
「それは君たちの誠意によるね。もし協力してくれるのだったら、それなりの報酬も出すし、君達を助けられるだろう」
「ほ、本当か!?」
盗賊達の顔がぱっと輝く。面白い奴らだ。
「ああ。……実はな、俺はこの街道で商売を始めたいんだ」
「しょ、商売? というと、おいは——」
「バカか。……そう言えばお前等、なんで盗賊なんてやってるんだ?」
「そりゃ、俺達は学がねえ。真っ当に働いて暮らして行けねえから……」
「と言う事は、真っ当に働ければ盗賊家業からは足を洗う、ってことか?」
「当たり前でさあ! そりゃ、あの時はあんまりにも美人だったもんで、獣になっちまいましたが……。でも! 俺達だって好きでこんな事をしてはいねぇ! 奴隷だって、他の商人達に比べればかなり優しく扱ってまさあ!」
「………………」
やばい。なんか良い奴だ。
これで裏切られたら笑い者だが、その時は笑えば良い。俺も笑うしか無いだろう。
そして報復するので問題ない。
「いいだろう。俺はお前等を助けるのに手を尽くそう」
「本当ですか、兄貴!?」
兄貴? どういう事だろう。
強いからと言う理由だけで慕うのだろうか。
「当たり前だ。……お前等、今の言葉は本当だろうな?」
「「「あたぼうよ!」」」
「嘘をつけば、どうなるか解るよな?」
「「「吹っ飛ばされるんですね!」」」
「時に、俺は奴隷を差別しないんだが、どう思う?」
「「「さすが兄貴! 見習わせていただきます!!」」」
「俺はお前達を奴隷扱いしない。だからお前達もこれからは、奴隷の待遇を良くしろと言ったら?」
「「「勿論、今すぐにでも奴隷を解放します! 一生付いて行きます、兄貴!」」」
やばい……、本当に面白い奴らだ。
兄貴と呼ばれるような事をした覚えは無いが、仁義と言う物だろうか?
付いて来てくれるのならば、俺も出来るだけ優遇しよう。
俺の世界征服は、どうやら底辺の地位から始める事になりそうだ。
異世界ものの醍醐味、お風呂に焦点をおいてみました。
盗賊がなんか凄い事になってますが、どうしてこうなったのか解りません。