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第一話 異世界の諸事情

「ほら、さっさと歩け! 奴隷の分際で生意気なんだぞ!」


「嫌っ! 助けて!」


 昼食を買い求めていると、そんな声が聞こえて来た。


 俺が姫様をこの城下町に送り届けて、三日ばかり経っただろうか。

 俺は頻繁にこの街に寄るようになっていた。

 というのも、この前倒した地竜の部位を売りに来ているのだった。


「あれま、またやってるよ。コレで何度目かね……」


 店内のおばちゃんが、やれやれと溜息をつく。何やら日常茶飯事、とは言わずとも既に何度も似たようなやり取りが行なわれたようだった。


「おばちゃん、アレ何?」


「ん、あれ。あんたもしかして、ああ言うの見るのは初めてかい? ありゃこの先の街に店を構える奴隷商人だよ。どっからか連れて来た子供を売ってるんだよ」


「へえ……怖いですね。田舎者なんで知りませんでしたよ。おお、怖い怖い」


 茶化すように言ったのが、おばちゃんは気にも止めず黙々と料理し続ける。

 職務精神旺盛な事だ。


「……奴隷、ね」


 俺は野次馬根性丸出しで声がした方に目を向ける。

 そこには、いかにも盗賊と言った風情の男が、あちこち土で汚れてしまった少女を引っ張っていた。少女の首には鎖。

 その様子を、天下の往来だと言うのに誰も気にせず、通り過ぎて行く。


「都会は怖いね……。さすが魔都市東京」


 一瞥もくれず通り過ぎて行く人や、ちらちらと見るが見るだけの人。

 集団心理とは恐ろしい物だ。

 誰かが助ける、そう思って誰も何もしないのが、都会というものだ。

 最も、助ける事の出来ない人間が出しゃばっても何も生み出さないというのもある。


 この件に関しては、後者のようだが。


「はいよ、兄ちゃん。いつもありがとうね。サービスしといたよ」


「おっ、ありがとうございます。これからも贔屓にしますよ」


「ははっ、台詞を取られちゃったね。でも言わせてもらうよ。——今後とも御贔屓に」


 営業スマイルのおばちゃん。その笑顔、全く見蕩れない。


 俺は笹の葉で包まれたおにぎりを受け取り、それを懐に入れる。

 しかし、おにぎりを一つサービスしてもらっても困……らないか。


「さてと……」


 俺はおばちゃんの店から離れ、未だに騒いでいる奴隷商人(とその奴隷)の元へと脚を向けた。

 近づきその二人をまじまじと見てみる。


 商人の方は、恐らく儲かると踏んで盗賊から奴隷商人になったのだろう。気品の香りもしない野郎だった。というか、なんか見た事ある。


 奴隷の方は、十四、五歳の少女で、恐らくどっかの村娘さんだろう。綺麗な短めの金髪で、幼さが残っている顔立ち。どことなく土臭さが滲んで見え、とてもじゃないがお屋敷暮らしには見えなかった。


「いいか、お前は奴隷だ! 貴重な商品に手を上げたくはないが、これ以上騒ぐなら——あ? なんだお前」


 と、あまりにもジロジロ見ていたため、商人が俺に気がつき、睨みを利かせて来た。

 まあ、そうなる事を狙ったんだが。


「おいおい商人さん。客に向かってその口ぶりは無いんじゃないですか?」


「きゃ、客!? 兄ちゃん、この奴隷を買うって? って、あの時の兄ちゃん!?」


「そうですが、何か問題でも有りますか?」


 二つの意味で返事をし、俺は軽く笑みを浮かべる。


「……………………」


 唖然とする商人と、どことなく睨むように俺を見る少女。

 どうやら、先ほどジロジロ見ていた所為で、俺が何のために自分を買うのか想像でもしたのだろう。奴隷となった時点で、遅かれ早かれそうなる運命だと言うのに。

 睨まなくても良いじゃないか……。


「い、いやいや、滅相もない。ただ……その、少々五月蝿い娘だが?」


「結構。そちらの方が好都合です」


「あっ、なるほど。……なかなか粋な趣味で」


 何がなるほどのなのか俺には解らなかったが、とりあえず、少女の俺を見る視線が俺の心に突き刺さり、痛くなって来ていた。

 日本人は精神攻撃に弱いんだよ……。


「ええ。値段の方は、これくらいで……」


 俺はそっと商人の手に金貨を押し付ける。地竜の部位を売り払った時にもらったお金だ。


 この世界では、金貨と銀貨と銅貨があるらしく、銀貨一枚でだいたい日本円で一万円。

 銀貨二百枚で金貨一枚。と言う事は、この奴隷のお値段は——二百万円。

 けど、人一人の命が二百万円とは、安いものだ。


「……っ! 兄ちゃん、こりゃちょっと……」


「後日そちらの方へまた伺いますんで、その時に安くお願いしますよ?」


「くくく、兄ちゃん。なかなかやり手だな……」


「いえいえ、それほどでも。では、頂いてもよろしいかな?」


「ご自由にお召し上がりください」


 商人は俺に鍵を渡し、顔をニヤ付かせながら街へと歩いて行った。

 ちなみに、今のほとんどの会話が小声でやり取りされ、さすが魔都市東京、ほとんどの人が見向きもしなかった。


「さて、お嬢ちゃん」


 俺は男にもらった鍵を手で弄びながら、恨めしそうに俺を睨んでいる少女を見る。

 あまり人目に付きたくないので(もはや手遅れだが)、なるべく騒がないで付いて来てほしい物だ。

 俺は少女の鎖を左手で握り、右手で少女の肩を掴んで、商人の歩いて行った方向とは逆、つまり少女が引っ張られて来た方へと歩き出した。

 すんなりと少女は脚を前に出してくれた。


「……どうするつもりですか?」


 少女が睨むように俺の顔を見て尋ね、俺は答える。


「ご想像にお任せしよう」


 少女が家畜でも見るような目で俺を見たのは、一生俺の記憶から離れないだろう。



「さて、ここらで良いかな?」


「!?」


 街の門をくぐり抜け、鬱蒼と木々が生い茂った森の中へ少女を連れ込み、俺は不意に立ち止まった。鍵で少女の鎖を解く。


「さて、これで誰かに見られる事も無い」


 俺のその台詞にビクッと少女の体が震え、そして——。


「ごめんなさい! どうか、見逃してください!」


 と、少女は土下座した。

 おお、日本の文化、ド・ゲ・ザ! 

 まさかこんなところで見られるとは、それも少女——じゃないな。

 何言ってるんだ、俺。


「とりあえず顔を上げてくれ。というと、君にはこの先、生きて行く当てが有ると?」


「そ、それは……えっと」


 目を逸らし、考え込む少女。はい、無いんですね。解ります。


「残念だけど、それじゃあ俺は君を連れて帰るよ」


「じゃ、……じゃあ?」


 勿論、生きて行く当てが有るようなら、自由にしようと思っていた。

 しかし無いのなら、それは見捨てる事と同義だ。

 少女の体が再び竦み上がり、体を縮こまらせる。


「といっても、別に慰み物にしようとは思わないけど」


「……え?」


 何をそんなに驚いているのかね? なんだい、俺はそんなに女に飢えているように見えたのか? やべっ、泣きたくなって来た。

 この前の姫様といい、この子といい、この異世界はどうなっているんだ。


「別にそういう理由で君を買った訳じゃないんだ。だから、ある程度信頼してほしい」


「嘘っ! じゃあ、どうしてこんな所に連れ込むんですか!」


「え? 何? 期待してたの?」


「ちっ、違います!」


「いや、だって俺が嘘付く理由なんて無いじゃん。それなのに嘘だなんて断定するなんて……」


「わ、わ、解りました! 信じますから!」


「よろしい」


 はあー、と少女は大きな溜息を付く。


「では、昼飯にしよう」


 俺は懐からおにぎりを取り出し、一つ差し出した。

 全部はやらん、半分だ。


「……え?」


「いや、だから昼飯だ」


「……………え?」


「なんだよ、要らないのか?」


「いえっ! 要ります要ります! ——げほごほ」


 少女は慌てておにぎりにかぶりつき、むせ返った。




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