第二十七話 魔神の鎧
対峙した黒の鎧は、ただの動く鎧だ。——そう思っていた時期が、俺にもあった。
だが、実際に対峙してみた感想を一言で言うならば——あり得ない。
魔法を吸収する、それは聞いていたさ。
☆ ☆ ☆
リンの炎の魔法を開戦の狼煙とし、俺は魔神装備にあえて魔法を放った。
「……thunder!」
お手並み拝見、俺は羞恥心に苛まれながらも呪文を唱え、雷撃を放つ。ジグザグな軌道を描き、天から見ていられない程の光量の雷が落ちて、奴を直撃した。
結果、雷は吸い込まれて行くように、拡散する事も無く消滅した。
「wind cutter!」
適当に思いついた風の呪文により、半月型のカマイタチが奴を襲って行った。カマイタチは奴に触れた瞬間、触れた面だけ消滅し、消滅しなかった部分が大地を削った。
「flash flood!」
魔力がわずかばかり消費されるのを感じながら、激しい水流で奴を押し戻そうとしてみた。が、水は奴に触れた瞬間霧散していった。
「rock cannon!」
地面を蹴り付けると、サッカーボールのような大きさの土の塊が奴に向かって飛んで行った。けれどこれも、奴に触れた瞬間ぼろぼろに崩れ落ちた。
「……rock spear!」
ふと気になった事があり、新たな呪文を唱える。空中に岩で作られた槍が出現し、それが奴目がけて飛んで行った。が、これはぶつかった瞬間消滅した。
「……はっ」
思わず苦笑いが漏れたが無視し、俺は懐に手を伸ばす。
俺は『世渡り』で持ち込んだ手榴弾を奴に放り投げる。その爆炎が収まる前に、立て続けにロケットランチャーでもぶち込むかとも思ったが、それはそれで敗北フラグな気がしたので止めたのだが……。
爆発は確かに起こった。大地を吹き飛ばし、もくもくと煙を上げた。
が、奴の立っていた場所だけは無傷だった。当然のように、奴も無傷だった。
「……っ!!」
俺は、所持する銃器のなかでも高火力なマグナムを引っ張り出す。そして。
ダァン! ギィン! ガシャン。
弾かれた。傷一つついてない。動きは止まらなかった。
「…………まずい」
魔法は吸収された。自然現象に似た魔法も無意味だ。爆撃も無効化された。銃器も効いてない。
俺に残された手段は肉弾戦しかなかった。
計算が狂ったぞ。
肉弾戦って、俺のベースは凡人だぞ? 『異世界召還補助効果魔法』なんて、さっきの魔法が全て無効化されたように、鎧に触れた瞬間無くなるだろ。そうなったら、ただの凡人。仮にも魔神の怨念に勝てるかよ。
やばい。
魔法を吸収するなら、科学の力はどうだろう? これは効くだろう。
そう思って近代兵器の爆弾を使用したが……。手榴弾の爆発をも吸収するって、それはないだろ。魔法を吸収するって、魔法を構成するマナを吸収するんじゃないのかよ。
だから雷や炎、水は消滅したし、風や土は触れた瞬間乖離した。
だが何だ? 魔力で構成される炎も、化学反応で生み出された爆発も等しく処理する?
おいおい、それじゃあまるで、マナなんて未知の力じゃなくて、エネルギーに対して吸収作用が働いているようじゃないかよ。
百歩譲って魔法の吸収は認めよう。だが、エネルギーの吸収なんて認められるかよ。
何が魔法を吸収するだ。というか、なんだその機能。
これが魔神装備……。
まるで『魔法』の装備じゃないかよ。
ん?
『魔法』?
俺は、何か大きな間違いを犯していないか?
もしかして、これが本当の『魔法』?
「——っと!」
怨念に空気を読む事は出来なかったようで、思考最中でも切り掛かられた。
両手剣の魔剣を上段に構え、まっぷたつにでもしようかと言わんばかりに振り下ろされた。身体能力が上がっているので後ろに飛ぶだけで簡単に避け——られない!
鎧は剣を下段に構え直し、突っ込んでくる。二メートルもあるからか、えらい速く感じる。
後ろに下がれるには下がれるが、あまり下がるとリン達の場所まで行ってしまう。
「——ああくっそ!」
奴の攻撃に耐えうる剣を想像、『創造魔法』発動。
お前だけ良い武器持ってるなんてずるいぞ! 一つくらい俺にも寄越せ!
はたから見れば酷く滑稽だが、俺は剣を持っている仮定で奴の攻撃を迎え撃った。
キィィン!
と、鉄同士が激しくぶつかり合うのとは少し違った、鈴を鳴らすような音が響いた。
俺の手には剣。
奴のどす黒く禍々しさを放つ剣と対照的な、透き通るような神々しい剣だ。魔王の契約者のくせに何を創っているんだかな。
見た目はどうであれ、実はこれ、普通の『創造魔法』で創り上げたもの。いわば、零から一を生み出した。要約すると、純度百パーセントのマナで出来た剣。
恐らくも何も、先ほどの槍同様、鎧に触れれば消滅するだろう。
だが、この攻撃を受け止められた、か。
「……ふむ」
俺はどんな剣でも弾き返せると自己暗示し、それを実行。
そして、鎧を吹っ飛ばせると更に自己暗示し、鎧を蹴り付けた。
瞬間、身体から何かを奪われる感覚、虚脱感が襲って来た。が、鎧は十メートルほど吹っ飛び、地面を何度か転がった。ビンゴ。
そして、ボキリと。
「いっぎぃぃい!」
俺の足も盛大な音をたてて折れた。
痛い痛い、遺体になるくらい痛い! あまりの痛さに足を抱えて地面を転がったが、涙目になりながらもなんとか、健康状態の自分を想像し、『創造魔法』で治療する。
「師匠!」「ナイン!」
「来るな! ……出来るだけ遠くに逃げろ。振り返るなよ?」
俺は立ち上がり、リン達を五月蝿そうに追い払った。
心配してくれるのは凄く嬉しいが、涙目なのは少々対応に困るというものだ。
「師匠の命令だ! シュウ! リンを連れて出来るだけ遠くに逃げろ」
「…………」「ちょっ!」
俺の言葉に真摯さを感じたのか、シュウは何も言わずリンをお姫様だっこしかけ出した。土煙を上げて突っ走るシュウは、腐ってなんかない、妬ましいくらい立派なバンパイアだった。そして、ぎゃーぎゃー騒ぐリンはやっぱりお姫様じゃない普通の女の子だった。
しかし痛かった。泣くくらい痛かった。
だが、鎧の吸収の法則性が見えて来た。
それに、勝機は見えた。
この手の一見無敵に見える機能には、おおよそ二つの攻略パターンがある。
一つは、それが作用しない方向の攻撃を加える方法だ。
例えば、どんなものでも反射するシールドがあったとする。だがそれも、使用者の頭上、または足下から攻撃すればどうだろう? これはジュドの結晶魔法に言える事だ。
触れたもの全てを反射しようと、それは毒物などの内側からの攻撃には耐性がない。
もう一つは、それが耐えられない攻撃を加える方法だ。
例え、ありとあらゆる攻撃を吸収すると言われていようが、ものには限度というものがある。この場合、『こいつを壊すだと!? そんな馬鹿な!? 貴様、化物か!』なんて武器を過信した奴が、それを超越する力を持った奴の攻撃で敗北する。
掃除機に目一杯ゴミを吸わせたような結果だ。
さて、この鎧は……。
立ち上がり、ガシャンガシャンと甲冑音を響かせてこちらに向かってくる鎧。
一つだけ、良いだろうか。
俺は昔から平凡だった。いや、平均だ。だからこそ、絶対に超えられない才能と言う壁をよく見て来た。そんな俺は負けず嫌いだった。だから、才能のある奴を負かしたいと思った。
その手段は簡単だ。
自分の土俵で戦うだけだ。
「skyscraper!」
瞬間、俺と奴の足下に亀裂が入り浮上した。エレベーターに乗った時のような浮遊感が襲うが、体勢を崩す程じゃない。
鎧の吸収法則一つ目、自然エネルギー及びマナを吸収、もしくは無効化する。これは手榴弾の爆風と魔法から導き出した解だ。手榴弾は化学反応で爆発を起こす。魔法はマナの結合で構成される。その両方はイコールで結べない。となると、起こった現象がイコールで結びつけるしかない。
つまり爆風は風、熱、音、光エネルギーによって構成されている。雷や炎は熱、光エネルギーによって構成されていると解釈するのだ。そうすることで、手榴弾の爆発と魔法の攻撃が吸収されたことに一応の収拾はつく。勿論、マナを吸収すると言うのもあるだろう。それゆえ、マナで結合されていた水と土は乖離したのではないだろうか。
塔——いや、ビルだ。窓も入り口も何もないただの縦に長い立方体が、俺たちを乗せてどんどんと高くなって行く。質量保存の法則に乗っ取り、周囲の土がどんどん飲み込まれ行き、大地が軽い変動を起こしている。
鎧の吸収法則二つ目、間接的なエネルギーやマナの働きは吸収出来ない。これは槍と塊では処理が違った事からたてた仮説だ。槍は零から一を生み出した。塊は一の形を変えた。純度百パーセントの土は乖離し、マナは消滅した。そして剣は、鎧に触れなければ消滅しなかった。
以上の点から、鎧は触れたものしかマナを吸収出来ないと判断出来る。
このビル。こいつは足下を浮上させて作っている。イメージとしては、俺と奴が乗っている台を、土を盛り上げて浮上させる感じだ。
Skyscraper、『摩天楼』は雲を擦る程の高さまで伸び、止まった。
空気が薄く、気温も低い。いやはや、高度3000メートルはやりすぎたか。富士山に並びそうな高さだ。だが、富士山のような安定感はない。
簡単に崩れるだろう。
いや、崩すんだけどさ。
そして突破口、攻略法、鎧の吸収法則三つ目、力学的エネルギーは吸収出来ない。
これは銃弾を弾いた事と、俺自身の蹴りが通用した事から求められた。銃弾の運動エネルギーを吸収出来たのならば、銃弾は鎧に触れた瞬間弾かれず落ちたはずだ。
そう判断し、蹴りを放った。蹴りの場合、触れるまでに人外の運動エネルギーが生まれる。それを吸収されたらされたでまずかったが、そのときは少し離れて『転移魔法』で離脱だ。
結果、鎧を吹っ飛ばすだけの蹴りを放てたが、蹴りが当たった瞬間に補正が消滅、凡人の足はその威力に耐えられなかったのだ。
要点をまとめると、この鎧を止めるためには、
「魔法が駄目なら、物理で倒すまでだ」
ということだ。
鎧を倒すには莫大な力学的エネルギーによる『破壊』が必要だ。
俺自身の補正でその威力の攻撃が出来るかというと、かなり微妙だ。出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。そんな危ない橋は渡りたくないので、この手を使わせてもらった。
高度3000メートルから落下したら、鎧はどうなる?
ただの硬い鉱物なら無事かもしれない。だが、これは鎧の形をしている。関節部分は脆弱になる。おまけに中は空洞、外から掛かる強い圧力に鎧は内側へと曲がるだろう。
さあて、飛ぼうぜ。
俺は震脚、それと自らの重さに耐えられず、『摩天楼』は崩壊した。
俺と鎧は大量の瓦礫と共に空中に投げ出され、鎧は落下し、俺は宙を舞った。
翼。
俺の背中から粒子のようなものが溢れ出て、翼を形成している。
『創造魔法』は実に便利だ。
実のところ、重力の操作であるから翼なんぞ必要ないが、空を飛ぶイメージはやはり翼あっての物だろう。
空を仰ぎ見ながら落ちて行く鎧を見下ろしながら、俺は呟いた。
「物でも心でも、より高い所から落とした方が壊れやすいんだっけ? 魔王」
壊れないかもしれない。そうなった時はこれの逆、地中深くまで埋めてやるだけだ。
だが、絶対に壊れる事は確実だ。横には絶対に壊れない剣があるのだから。どちらもあわせて絶対に壊れないのではない。剣だけがそう言われているのだ。ならば、鎧は壊れるのだろう。
大量の瓦礫と共に鎧は小さくなっていた。
魔神伝説、これからはこの瓦礫と共に俺の英雄譚の一ページにでもなってくれ。
「魔王って、堕天使がなったんだから、滑稽な話だよ。翼を持たぬ神が墜ち、翼を奪われた天使が天に居るんだから」
俺は転移魔法で大地に降り立ち、
瓦礫と共に残骸に成り果てた漆黒の鎧を見つけた。
その横に突き刺さるは、禍々しさとかけ離れた淡白でオーソドックスな剣。
これまで魔剣にはまったく触れなかったが、それは魔神の怨念が鎧に定着しているからだ。だが、俺の思い入れは魔剣の方にある。
絶対に壊れない、魔法を纏う剣。
使用者によって形を変えるという、魔法の剣。
言っただろ? 一つで良いからくれよ、と。
英雄には丁度良い武器じゃないか? 英雄の武器ってのは、受け継ぎやすい物じゃないと駄目だろ。その点、鎧は少々無骨だ。
俺は剣を拾い上げた。
一瞬、光が溢れたかと思った間に、剣は形を変えていた。
黒光る刀身に、漆黒の柄。
日本刀だった。
形状記憶合金、って奴じゃないんだろうな。
黒、ね。魔王の契約者にはお似合いじゃないか。
現在、例えばシリーズの二つを足して2で割ったようなファンタジー作品を、どこかの賞に応募するため執筆しているのですが、どこの賞に応募するか悩んでいます。ここで意見を求めたいとも思うのですが、どこの賞も基本的に未発表作品に限るという条件があります。ここで掲載した場合、上記の条件を満たさないように思え、掲載出来ません。Arcadia様に掲載するというのも考えていますが、どうなのでしょうか。
どなたか、アドバイスを頂けるとありがたいです。