第二十話 忠誠の結晶騎士
1/28 若干付け足し。
「ほお、君が噂の木こりか。娘から話は聞いているよ」
「恐縮です。自分の事はナインとお呼び下さい」
リンに案内されシルフェイド城内、謁見の間へと俺は通された。
真っ赤なふかふか絨毯に膝を付き、大臣や騎士などが見つめる中、玉座に座る王様に頭を垂れる。玉座の横にはレーン姫が座っており、俺の横にはリンとリースがいる。
しかし贅沢な絨毯だこと。俺だったらここで寝られるね。土足で上がりたくもなかった。
そして、どうやら最初に木こりだとか言ったのを信じていて、名前は無いとちゃんと理解していたようだ。しかし、今となってはナインを名乗る以外に道はない。
ラザウェル王国国王、グラス・リア・ラザウェルは人の良さそうな顔をきっと引き締め、威厳を込めて俺に言う。
「うむ、ではナイン。突然で悪いが、我が国の騎士となってくれまいか?」
「断らせてもらいます」
迷う必要は無い。そう言った瞬間、レーンが嬉しそうにしたのは何故だ?
まあ、可愛いからいいけど。
「貴様ッ!」
「よい、レーンも断られておるのだ。理由だけは聞かせてくれぬか?」
一刀両断に大臣の大半が切れたが、王様が落ち着かせてくれた。その王様は何故だか目を潤ませているが。全然魅力を感じない。
理由? そんなの、決まっている。
「俺はこの国の事を良く知りません。だから、忠誠を誓う事は出来ません。……ですので、傭兵としてならば、この国に仕えてもよいかと考えております(戦争参加と戦果を上げるだけなら、忠誠なんて誓う必要ないからな)」
「なんと、本当か!?」
「はい」
さすがの俺も王様相手に面と向かって嘘をつく気はない。というか、王様。少々顔に感情を出し過ぎだ。一人の人間としては惹かれる要因ではあるが、一国の王としては駄目だな。
王と言うのは苦渋の決断をする時が必ずある。アンタはそれが出来そうにない。
「そうか……良かった。実はな、レーンに聞いておったのだよ。おぬしの実力とやらをな」
「……そうですか」
げっ、能ある鷹は爪を隠す、失敗した。こりゃ、出る杭は打たれるな。先ほどから大臣らしき人物達が高圧的な視線を投げてくるし。
まあ、打てる物なら打ってみろ。打てるのは打たれる覚悟の有る奴だけだ。
「グラス王、お言葉ですが、この者は本当に強いのですか? 魔力もほとんど感じませぬし、剣技に冴えているようにも見えません。そのような者を傭うなど……」
と、一人の男がそう進言した。恰幅の良いおっさんで、恐らく大臣などの重鎮だろう。
む、結構見る目が有る奴も居るのだな。俺の本質は平凡。『創造魔法』が無ければ、そこらの一般人と変わらないのだ。万が一、魔法を完全に無効化する能力があれば、俺は一瞬で雑魚になる。
この調子で俺の前評判を落としてくれると助かる。ギャップが大切だ。
というか、それが本当の俺な訳で、あまり期待しないでほしい。
戦争を犠牲無く終わらせようとする幻想を抱いた生き物だから。
「ゼイル、貴様は儂の娘の言葉を信じられぬと言うのか?」
ギロリとゼイルと呼ばれた大臣を睨みつけるグラス王。当のレーンはどこ吹く風と言ったようだった。どうやらグラス王、親バカみたいだ。
と、グラス王がちらりと俺を見た。
「しかし、ゼイルの言う事も最もだ。そなたが本当に強いのか、試させてもらっても構わぬか? 騎士の一人がおぬしに興味を持っておってな。一戦交えたいと言っておったのじゃ」
「…………」
どうすっかな。
実力を隠しておきたい、というのではない。
正直、勝てる気がしないのだ。
俺の実力は平凡、Cランクだ。戦いの経験だって無いに等しい。いくら『創造魔法』でチート特性を付与しているとは言っても、それは付け焼き刃に過ぎない。
現に、俺が今まで戦った(?)奴らは、全員が不意打ち紛いの先手で負けている。それが今回も通用すれば良いのだが……、凄く不安がある。
話を聞く限り、その対戦相手、俺の噂を聞いているようだ。
銃や瞬間移動、俺の勝利は全て不意打ちだ。タネが解れば対処も可能だろう。何より、興味を持って一戦交えたいと言うのだから、勝算あっての事だろう。
負けてもいいが、ここで負ければ後々の計画(戦争で前線に立たせてもらい秘策を用いて犠牲無く武勲を上げて、この国の上に居座る。そこから魔族を認めさせ国を一纏めにする計画)に何かしらの影響が出そうだ。具体的には、戦争の前線に立たせてもらえなさそう。
その秘策を使えばこの一戦もまず勝てるだろうが……。
「わかりました。良いでしょう」
考えてもどうしようもない。最低限、こちらに付くと明言しておかないとまずい。新潟に行く以上、戦争に最初から参加は無理だろう。飛び入り参加して、両方を相手にするのは避けたい。
というか。
期待と信頼の眼差しで俺を見ている奴の視線が痛い。
一体どうしてこんなに好かれたかな。好みのタイプだから文句は言わないが。
いっちょ頑張りますか。
ああくそ、俺って惚れっぽかったかな。
城内にある100平方メートルはあろうかという広場、そこにそいつはいた。
エメラルド色のショートヘアー、輝く銀の鎧、そして……手ぶら。その男が、俺に気付き近づいて来た。
「貴殿が噂の木こりか。私はジュド・クリアス。ジュドでいい。騎士隊長だ」
「ジュド、か。俺はナイン。今は旅人兼傭兵と言ったところかな」
ジュドが手を差し出して来たので、俺も手をさし出し握手する。おかしな事に、ジュドの手はまめがなかった。騎士なのに、剣を握っていないのか?
「では早速、手合わせ願おうか」
「ちょっと待った。ジュド、武器は要らないのか?」
そう言った瞬間、俺とジュドの戦いを見に来ていた大臣っぽいおっさん達の間から忍び笑いが漏れ出した。
あれ? もしかして超有名人?
「情報も武器の一つだぞ、ナイン殿」
「……あっそ。じゃ、早速始めますか」
審判はレーンが勤めるらしく、俺個人の意見としては公平な判断がされるか心配だった。うぬぼれているのかもしれない。そうであって欲しいと言う願望かもしれない。
「始めっ」
そのレーンの声と共に、俺は懐に手をやり、エアーガンを取り出した。
秘策は使わずに倒そう。
所詮銃は高速で魔力を放つための補助アイテムに過ぎない。碌に照準を合わせず、俺は引き金を引いた。
ダンッ! と音速を超えて発射された魔力が、固い物に着弾した音が聞こえた。
「それがギルバート帝国の武器、銃か。私の放った間者は優秀でな、一応情報だけなら聞いていた。実物を見た事は無いが……大した事は無いな」
「……すごいな」
ジュド・クリアスは腕を組んでいた。『鉄壁のグレン』を軽々と吹き飛ばした銃弾を受けて一歩も動いていない。
それもそのはず。
ジュドの前には、黄緑色の半透明な六角形が無数に浮かんでいる。拳程の大きさの結晶で、それが盾の役割を成し、魔力の銃弾を弾いたのだ。その六角形、例えるならそれは、エナジーバリア。絶対守護領域と表現したい。こいつ、チートだ。
「私の名前はジュド・クリアス。結晶魔法騎士だ」
ああ、やばいな。
俺の手駒に欲しい逸材だ。これは負ける訳にはいかなくなった。
この手のタイプは、自分より強い奴に従属する傾向にある。競争心を燃やすか、忠誠を誓うかどちらかだろう。騎士なんて忠誠心の塊をしている以上、こいつは間違いなく後者だ。
あの銃弾すらも弾けそうな魔法、ぜひとも欲しい物だ。それがあれば、俺の秘策も万全を期して使えると言う物だ。
用が無くなったエアーガンを懐にしまい瞬間移動、それと同時に拳を振る。
が、拳も呆気なく結晶に阻まれる。殴った感触は、壁でも殴りつけたようなものだ。痛い痛い。
「それが瞬間移動、か。戦乱時代以前には普及していた技らしいが、便利な物だな」
「……俺としては、アンタのその魔法の方が便利に思うがな」
俺は現在、逃げに回っている。走って飛んでしゃがんで瞬間移動して、とにかく一カ所に留まらないようにする。
結晶魔法、思った以上に厄介……否、便利だ。
ジュド自身は一歩も動いていないが、その代わりに結晶が迫ってくる。手裏剣のように飛んで来たり、目前に現れて進路妨害をしたりする。満足に立ち回れない。
「っと!」
考え事をしている間にも、目前に結晶が飛来した。さらに、俺の進路を塞ぐように結晶が俺を取り囲んだ。まずい。戦闘中に使う瞬間移動は、どちらかというと高速移動だ。塞がれれば使えない。
「っくそ! 物は試しだ!」
飛来する結晶に手を伸ばし、俺は『創造魔法』を発動した。
想像するのは、結晶。飛来する結晶と俺の間に、盾のように展開する結晶。
結晶には、結晶を!
瞬間、『創造魔法』使用時に生まれる光が放たれ、青く澄んだ結晶が俺の前に出来上がる。
そして——。
「何っ!?」
飛来したジュドの結晶が砕け散った。
おっさん達の間から動揺の声が漏れる。ざまあ見ろ。そして審判、何惚けている。
「……ナイン、どこで結晶魔法を」
「今さっき、アンタが見せてくれただろ?」
砕け散った自分の結晶を見て、ジュドが驚愕を隠さずに俺に尋ねた。
そして。
「参った」
「は?」
「降参しよう、ナイン殿。いや、ナインと呼んでも構わないか?」
「それはいいが、どうしてだ?」
「私ではナインに勝てない、それが解ったからだ」
ジュドがそう言うと、展開していた結晶は葉が散るように消えて行った。
こちらとしては、『創造魔法』を使えば使う程お腹が減るので助かるが、少々腑に落ちない。潔すぎる。それが騎士と言うものなのか?
そんな呆気ない幕切れであったが、大臣達は納得したのか、俺は無事傭兵として戦争参加が約束された。
そして、グラス王に戦乱時代の遺産を見つけ出し持ち帰る事と、魔族との交友を深めに行く二つの件を話しておいた。そして、ジュドに静岡辺りを守らせるように進言。正直、あの結晶魔法は便利だ。
了承を得て、これで明日から、心置きなく新潟に迎える。
俺はシャンプーで涙目になっているだろうヴァンパイアのいる家へと、ゆっくり旅の準備をしながら帰宅した。
☆ ☆ ☆
ジュド・クリアスは驚きと動揺を隠せなかった。
銃という武器に関しては、全く恐るるに足らずだったが、ナインが最後に見せた結晶魔法、アレは異常だった。
自分の結晶を簡単に砕いたあの青い結晶。距離が離れていたとはいえ、姫様も自分も気付いていた。
あの魔力の密度、あれは異常だ。
元々ギルドではCランク判定だと諜報員から聞かされていた。実際に会ってみても、その判定を覆す材料は何一つ無かった。治癒魔法などと高度で大量の魔力を消費する魔法を使える者とは、到底思えなかった。
だが、それは違った。
見ただけで結晶魔法を成功させ、さらには自分よりも密度の高い物を作り上げた。その技量、まさしく噂通りの人物だ。
治癒魔法の条件に、敵の兵士も回復する事を条件にするような優しい人格者。攻撃も全て死には到ら無い物だった。
この方なら、自分が真に忠誠を誓っても良いかもしれない。姫様も気に入られ居るようだし。
何より、この国の上層部は危うい。
そうジュドは思うのだった。
☆ ☆ ☆
「まったく、姫様には困った物だ。王族としての意識が足りん。どうにかならんものか……」
「そうは言っても、これで三人目であろう? 最初は平民、次は底辺貴族、そして今度はどこの馬の骨か解らん奴だ。皆、腕は確かだ。今回のは今までで一番姫様が気に入っておる。見た感じ、相思相愛にも見える。おまけに隙がない。ジュドを倒すような男だぞ? どうする?」
「まあ待て。儂の手に入れた情報では、奴はこれからニイガタへと向かうようじゃ。いくら腕の立つ男でも、さすがに生きては帰れんよ」
「……ああ、『魔神伝説』ですな?」
「そう。魔剣ディアモンドと漆黒の鎧、魔神の怨念を相手に、生きて帰れる訳は無い」
「ふふっ。それでは、我ら誇り高き貴族のどの一族が姫を手に入れるか、勝負は長くなりそうだな」
スランプでした。現在進行形かもしれません。
面白さを見失っていました。見失っています?
その間、思いつきで『これは罪ですか?』という新作を書いておりました。
よければ、読んで拙作共々感想を頂けるとありがたいです。
一体何作掛け持ちするんだろう、この作者。