第十九話 魔族の少年
「おっ、気付いたか?」
「おっ、お前は!」
見た感じではどの種族か解らないが、耳が尖っているので魔族だと解る少年は、目を覚ますと同時に後ずさりを開始。
無理も無いだろう。自分が意識を失う前に銃を突きつけていた男が立っているのだから。
「あ〜、安心しろ。ここはギルバート帝国じゃないから。ラザウェル王国だからな」
「ッ!? ……て、天国の間違いじゃ……ない?」
お前、人の事まで勝手に殺すなよ。そして地獄とは言わない辺りが図々しいと言うか、悪事は働いていないと言う事か。せっかく助けたのに、獄悪魔族でした、みたいなオチは勘弁である。
「一応助けてやったんだ、感謝しろよ?」
お前の所為であんな急展開になったんだ! そうじゃなきゃ今頃俺は、アイラに道徳だとか倫理だとか、きゃっきゃっうふふのお勉強タイム中だったんだよ!
道徳や倫理を教えて、どうして桃色の展開になるのだろう。なんでだろう、疲れているんだろうか。そう言えば、最近はアイラが部屋に忍び込んで来ていて『世渡り』どころか満足な睡眠も出来ていなかったっけ。俺、あと数日あそこに居たら睡眠不足で死んでたかも。というか、なんであいつは俺の部屋に入り込んで来ていたんだ?
まさか、寝首をかくためか?
あっはっはっは、あり得そうだな。変にプライド高いし。あり得ないと願うけど。考えによっては、こいつは俺の命を救った事になるのか?
だからといって、態度を変えようとは思わんがね。
「あ、ありがとう……」
「素直でよろしい。……んで、なんで戦争間近のギルバート帝国に行っていたんだ?」
「それは……」
長かったので割愛。
要約すると、母親が病気にかかり、薬草を取りに行ったら検問で怪しまれた——という事だった。ちなみに、ギルドに出ていた依頼はコイツが出した物らしい。
「薬草ねえ……。魔法じゃ駄目なのか?」
「呪いを打ち消す魔法なんてないですよ」
何言ってんだこいつ、と言った風にジト目で見られた。
知らなかったんだ、では済まされない事も有るから注意しよう。俺は悪くねぇ!
「そっか、じゃああんまりここにいるのも良くないな。さっさとお家に帰りなさい」
「無理矢理連れて来たくせに何を……」
「おいおい、助けてやったんだぞ」
「最後まで責任を取ってください! 泥舟に足を突っ込んだと思って!」
意味解らん。
大船に乗ったつもり——じゃないよな。乗りかかった船——か。
泥舟って、そのまま泥沼に嵌りそうな言い方だな、おい。
「なしてだよ、少年。自分でギルバート帝国の京都まで行けたんだろ? それなら帰りも大丈夫だろ。まさか、行きは楽々、帰りは地獄なんて言わないよな」
「少年言うな! 僕はシュウ・ヘイグ。埃被ったヴァンパイア一族の出来損ないです!」
何一つ威張るポイント無いでないか。
埃被った——じゃなくて、誇り高きだろ? 出来損ないという点には、異論は無い。語学が特に駄目なんじゃないかな。
「僕はヴァンパイアの中でもとりわけ魔力が小さいから、ヴァンパイア一の欠陥品ですよ! 誰も僕をヴァンパイアとは見抜けないんです!」
凄く悲しい事を自慢するでない。
しかし、言われてみればヴァンパイアに見えなくもない。フードを被って直射日光を避けているのか肌は白いし、微妙に伸びた犬歯が見受けられる。
「あ〜、もしかして、襲われたら死んだふりしてたのか?」
「な……何故ソレを!?」
いやいや、ヴァンパイアで魔力が無いなら、不死以外に取り柄が見つからなかったんだよ。
変身能力とかあるか怪しいし。
「実力皆無、運だよりで生きて来たのか。で、死んだふりも面倒だから俺に護衛しろと?」
「そうそう、おまけに行きはドラゴンで送ってもらったんですよ。ね、コレも何かの緑ですから」
男に『ね』とか言われても嬉しくないんだけど。
いくら中性的な見た目でも……ねえ。なんかムカつく。
そして、緑って何だよ。縁だろ、縁。
確かに字面は似ているが、間違えるな。お前は脳内で一度手書きして、それを読んでいるのか?
「あ〜、どうすっかな」
俺はこのあと、浴場の皆に顔見せて、それからリースや姫さんに会って、どうにか戦争に勝つ方法を探したかったんだけど。
ここで魔族の一人と絆を結んでおけば、後々便利なパイプラインが出来上がるのは間違いないな。自称欠陥品で多少まずいかもしれないが、欠陥も穴埋めすればどうにかなる。
「う〜ん」
「ほら、助けてくれたお礼に、魔族に伝わる魔剣とかプレゼントしますから」
「よし乗った! ちょっと待っててくれ、明日には出発しよう」
そうと決まれば、今日中に顔見せしてこよう。
え? 別に物に釣られた訳じゃないんだよ? そんな、魔剣なんて……ねえ。
見てみたいに決まっている。
正直、城下町に売っている魔剣は、俺が作った地竜の武器以下だ。というか、地竜の武具であそこまで儲かったのだ。魔族に伝わる魔剣を見せてもらって、俺が大量生産すれば戦争も楽勝ではないか。
まあ、創れるか創れないかは置いておいて、俺が創ったようなパチもんではなく、本当の魔剣を一度見てみたいと言うのが本音だ。
魔族と友好を深めておきたかったのも本音。
「うわぁ〜、めっちゃ簡単に釣れたよこの人。大丈夫かな……」
「声に出てるぞ、シュウ」
「あっ、僕ら魔族は戦乱時代で荒廃した北の土地に住んでいるんで、生半可な気持ちで行ったら死にます。あの土地は魔族でしか統治出来ないんですよね。元は平野だったんですが、今は戦乱時代の遺跡が土地の大半を占めていて、劣悪な土地なんです」
もの凄く重要そうな事を慌てて付け足すシュウ。誘ったお前がもの凄く生半可な気持ちにしか見えないのだが。
それと、そういえばこの世界は戦乱時代という過去の方が文明が発達していたんだったか。
過去の遺産を持ち出せば、不利な状況も打破出来るか。
変な物掘り出さなければだが。
「ここから行くには、どうやっても山脈越えをしなければ行けなくて、おまけに豪雪地帯で、寒さに弱い人間じゃ暮らせないんですよ。おかげで米の生産量は世界一ですけど」
世界(日本)で有名な米所、山脈越え、豊富な積雪、元の世界では平野。
新潟はどうやら、魔族が統治する土地と化しているようだ。
それより北はどうなってんだろう。
気になるな、出身地北海道。
予想では、未開の土地。ドラゴンなんて便利な生き物が居るのだから、上空から大陸の形を見て、地図には出来るもんな。
そういえば、ギルバート帝国では米を食べる事はあまり無かったな。魔族が作った米など喰えるか、という事だろうか。
「まあいいさ。じゃあ、ちょっとここで待っててくれ。あ、風呂入るか?」
「入ります。宿屋ではほとんど入れなかったので」
ちなみに、ギルバート帝国の宿にはお風呂が付いている。温泉ではなく、ただのお湯だが。
久々に戻って来た我が家の浴槽にお湯を満たし、シュウに好きなように使って良いと伝え(シャンプーやシャワーの使い方はあえて説明しなかった。少し時間がかかるから、せいぜい楽しんでくれたまえ)、俺は浴場へと向かった。
☆ ☆ ☆
「よっ、グレン。繁盛してる?」
「だ、旦那! いつ戻ったんですか?」
どうどうと玄関から入り、そこで接客(どちらかというと目利き)をしていたグレンに軽く声をかける。時間は十時頃、一番客の入りが悪い時だ。ぱっと見た感じ、ホールには誰もいない。
「ついさっきだな。ただ顔見に来ただけだ。……悪い事してないよな?」
「勿論でさぁ! 旦那に頂いた金貨がまだ大量に残ってまさぁ!」
「ん、ならいい。従業員も健康?」
「へえ。毎日仕事上がりに風呂に入ってますから、町人よりよっぽど綺麗でさぁ。何人かは求婚されたほどですぜぇ!」
「そりゃ良い話じゃないか。勿論、自由にさせてるだろ?」
「ただ、光の魔石が最近暗くなって来てまして……」
「だろうと思った。今は日が昇ってるから大丈夫だろう。回収してくれ。あと、フーを呼んでくれ」
光の魔石は長持ちしない事に定評があったからな。最も、『創造魔法』で一度分解し光のマナを取り込ませ創り直すだけで簡単に復活する。本来ならば特別な神殿だとかで光を集めなければならしいが。フーに渡しておいた『創造魔法』で作った治癒の魔石もそろそろマナが切れる頃だろう。
幸い、シュウを連れて来てから『世渡り』で栄養ドリンクを持ち込んでいる。
光の魔石と治癒の魔石にマナを注ぎ、俺は城へと向かった。
☆ ☆ ☆
久々に来たトウキョウの街は、随分と寂れているように見えた。ナゴヤの町並みと比較すると、凄く残念だった。石で舗装された大通りに、街灯は無い。技術なら後にでも上げられる。差別が無い方が良い。
大通りを真っ直ぐ行けば、城へと辿り着く。そう言えば、城に来るのは初めてだな。
シルフェイド城というらしく、某ネズミの遊園地の城そっくりだ。
城にどうやって入るか悩んでいると、たまたま見慣れた顔を見つけた。
「ナイン!」
「おっ、リース。元気にしてたか?」
「はい!」
出会い頭、突然抱きついて来たリースを受け止め、俺はその頭を撫でてやる。
どうやら今日は休日らしく、街で買い物をしていたらしい。
しばらく見ないうちに、可愛くなったなぁ……って、俺はロリコンじゃない。
「……ナイン?」
と、その名前を不思議に思っているのは、リンだった。
そう言えば、俺は名乗った覚えが無い。
「ああいや、俺の名前……の一つ」
今現在、三つも名乗る名が出来てしまった。言い逃れに便利かとも思っている。
「まあいいや。アンタ、どうしたの? どっか行ってたんじゃなかったの?」
「帰って来たら一度顔を見せておこうと思ってな。またすぐ出かけるけど」
「ナイン、今度はどこに行くんですか?」
「新潟」
「「………………」」
不意に黙る二人。
あれ? 新潟って地名は無いのか? いや、違うな。コレは既視感が有る。
「……アンタ、死ぬ気なの?」
「ごしゅ——ナイン、やめてください! あそこに行くのに通るエチゴ氷山は、魔獣の巣窟です!」
リースがご主人様と言いそうになると言う事は、よっぽどの事だな。
「いやぁ、ヴァンパイアの護衛を頼まれてな」
「ヴァンパイア!? ……の護衛? 何ソレ。ヴァンパイアって魔族の中でも強い方だし、大分前に絶滅したって聞いてるけど」
もしかして騙された? いやいや、本人があそこまで言うんだから、本当だろう。まさか電波ではないだろ。
「いやいや、俺は大丈夫さ。問題は、戦争になろうとしている騎士の方だよ。今のままじゃ間違いなく負けると思うが、何か秘策でもあるのか?」
「そんな事言って、帝国に情報漏らすんじゃないでしょうね? ……まあいいわ。ちょうどいい、アンタを王様に会わせるわ」
「なして?」
「アンタに会いたいって言ってたのよ、王様とお姫様が」
……丁度良い。
この国の上層部がどれほどの物か、見せてもらおうか。
このとき、俺はまだ知らなかった。
この国の暗部を。
やはり駆け足です。