第十八話 未来への下準備
「やっぱり、行くの?」
朝日が昇ろうかと言う時刻、俺はジェイホード家の自室に居たはずだ。
なのに部屋にはアイラもいて、悲しそうに俺を見ている。
それにしても、一度見せた幻覚、やはり気付いていたか。
銃弾をペイント弾にし、睡魔の魔法を掛け、後ろの人間に幻覚を見せたのだ。
死体は丁重に扱いたいと言って少年の体を引き取っておいた。元々情に熱い男としてアイラの部下には知られていたので、問題なかった。
俺は未だに寝ている少年を袋に詰める。多少息苦しいかもしれないが、それで死なずに済んだのだから良いだろう。
「すいません。俺には魔族と人間の違いが解りませんでした。何故共存出来ないんだ?」
「……一般的に人間に害を成す者が多いからだと思う。吸血鬼は血を吸う、獣人は野蛮、サキュバスは人を騙す。それに、彼らは人間より強いから。いつ牙を剥いて襲ってくるか解らないからだと思う」
なるほど。よく考えてみれば、元の世界でも吸血鬼や狼男は嫌われていたしな。
異世界のためか、俺の感覚も狂ったのか。
「だからと言って、彼ら全てがそういう訳じゃないだろ? 俺はやっぱり平和主義者。皆仲良くが良いんだよ」
「……ふふっ。ナナシはそういう喋り方の方が好きね」
「ありがとさん。……と、最後に教育係として一つ良いですか、お嬢様?」
「……いいでしょう、何?」
「情けは人のためならず。間違った意味に取らないでください」
キョトンとした顔を見せるアイラは、新鮮だった。
「あと、これは教育係としてで無く、俺個人の事で」
俺はペンダントをアイラに渡す。
「これは俺が作った物だから見栄えは悪いけど、効果はあるはずだから。良かったら付けてくれ。悪い効果ではない」
作ったと言っても、元の世界からだいぶ前に持ち込んだ、スターサファイアに紐を通しただけの物だ。いや、だけとか言ったらスリランカの国宝に悪いか。
それにちょっと『創造魔法』で小細工している。
状態異常に耐性を付ける、という効果を付けておいた。アイラの母親が毒殺されたから作った物だ。
「……良いの? 高そうだけど」
高いも何も国宝で、この世界では考えられていないタイプの魔石だ、という事は言わず素直に頷く。『創造魔法』にも限界があるようで、思ったより付加効果が弱くなってしまった。本当はついでに命の危機も救うような効果も付けたかったのだけれど。そもそも、今現在この世界にはそういった付加効果を生み出す魔石は存在しないとか。戦乱時代にはあったという、貴重品である。
正直、こんな物で俺の代わりにしようというのが間違いなのだ。
俺の魔法の異常さは見ている事だし、敵に回られたら溜まらないと言って拘束されるかもしれないとも思っていた。
まあ、色々と教育したから大丈夫だろうけど。
せっかくの教え子と別れるのは辛いし、もう少しバカに——じゃなかった、お嬢様相手に優越感に浸りたかったが、それはお楽しみにしておこう。
素直にプレゼントとして受け取ってくれ。
「ありがとう、ナナシ。大事にするわ」
そう言って早速首に掛けてみるアイラ。赤い髪に青の宝石か。まあ、良いんじゃないかな。
「それじゃ、ルイスにもよろしく言っておいてくれ。もしかしたらまたお世話になるかもしれないしな」
「わかった。……気をつけて」
「おいおい、今度会う時は敵だぞ?」
「解ってる。また会えるって」
これ、ポジティブシンキング? なんか違う気もするけど、まあいいか。
「じゃあ、アイラが元気でいる事祈らせてもらうよ」
「ナナシも、元気でね」
俺は少年の入った袋を手に持って振り向かずに手を振り、そして瞬間移動。
俺はギルバート帝国を飛び、ラザウェル王国、チヨダの森に有る自分の家へと飛んだ。
☆ ☆ ☆
「行ってしまったのかい?」
「……ええ、お父様」
先ほどまでナインの部屋だった客室の扉を開け、ルイスがアイラに尋ねた。
全てを悟っているような、そんな口調だった。
「彼とはきっと、また会えるだろう。その時は敵でありたくない物だね、アイラ」
「……大丈夫。次は私が倒して、ナインの教育係になりますから」
「え? 何を言ってるんだい、アイラ?」
「なんでもありません」
娘が言うには楽観視出来ない台詞が聞こえた、とルイスは焦った。
しかしアイラはしれっと誤摩化してしまった。
ルイスは溜息をつきながら、それでも続けた。
「まあ、僕には少しばかり彼の未来は心配だけどね。出る杭は打たれてしまうから。特に、変わらないラザウェルの重鎮は、どうだろうか」
「?」
そう言えば、お父様は一度ラザウェル王国に行った事が有ると言っていたな、とアイラは思い出した。
そして、その言葉の意味は、不吉にしか思えなかった。
「さて、僕らものんびりとはしていられない。戦争は起こる。絶対に。その結果はどうあれ、きっと彼は大舞台に出る。そのとき、胸を張って仲間でいられるように努力しようか」
「……はぁ? お父様、一体何を考えているのですか?」
ルイスは眼鏡の位置を直し、遠くを見つめて言う。
「なに、私の直感が物を言っている。論よりも証拠よりも直感、それが私の裁き方。それで慕われるのだから、この直感に間違いは無い。それならきっと、彼は……」
「彼は……何ですか、お父様」
ルイスは、白い歯を見せながら言った。
「彼はきっと、英雄になるだろうね」
アイラは父親の頭が心配になって来た。
まさか裁判を直感で行なっているとは思っていなかったのだ。
そして、その英雄になる人物の事を考えると、少しだけ胸が痛かった。
あまりにも短かったので更新。
今の状態は第一部。書きたいのは第二部。
どんどんストーリーのペースを上げて行こうと思います。
第二部の方が設定がしっかりしているので。