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第十五話 崩れる想像図

 俺の創った浴場なんて、豪邸ではなかった。

 アイラの住む屋敷こそ、まさに豪邸だろう。

 軍事基地から徒歩で十分程の場所に、その屋敷はあった。

 というか、お嬢様でもあったのか。


 四方を柵で囲われた屋敷だ。広大な土地には噴水やら庭園があり、屋敷の広さは俺の通っていた学校より広い。

 空には夕日が登り、夕焼けが噴水の澄んだ水を赤く染めている。

 屋敷内部には、柔らな赤い絨毯が敷き詰められ、壁際には高そうな絵画や磁器などが飾られている。

 庶民の血が騒ぎ、めちゃくちゃにしてみたくなった。


 ともあれ、どれほどの期間かは解らないが、俺が住むのだからそんな事はしない。

 住まなかったらするのかと言われれば、……その時の気分だろ。

 こんだけ広い土地が、一個人の物と言うのは納得出来ない。


「何惚けてるの、ナナシ。付いて来なさい。お父様に紹介するから」


 今思った。

 ナナシ……って、凄く変じゃないか?

 日本人の名前としてはありかもしれないが、俺にしては名無しと呼ばれているような気しかしない。


「……すみませんお嬢様。一応、ギルドカードにはナインと書いておりますので、そちらの方で呼んでいただけませんか?」


「そうなの? じゃあ、どうしてナナシなんて名乗ったの?」


「そちらも本当ですから」


「……そう。なら、ナインと呼ぶわ。でも、二人きりの時はナナシと呼ぶ」


 こいつ……絶対名無しって解ってないだろ。

 本当に、名前が無いと名乗る俺が悪いんだけどさ。

 でも仕方ないじゃないか、日本語の名を名乗れば怪しまれるし、今は消滅しているのだから。


「ナナシは何が出来る?」


「………何でも出来ます。決して上手くは有りませんが」


 『万能にして使い勝手が悪い奴』とは俺の事。

 『七つ道具、ただし切れ味は悪い』とか『汎用コンピューター』と呼ばれていた時期もある。

 最悪なのは、『万人で代替可能』という名称か。

 その通りなのだから腹が立つ。

 だから特別になりたいと思ったのだが。


「へえ、料理とかも?」


「料理や物作りに関しては、一流だと自負しております」


 勿論、『創造魔法』を使えばの話だ。

 『世渡り』で物を持ち込むも良し、それで持ち込んだ百科事典と料理本を使えば何でも創れるだろう。魔法はイメージだ。

 もしも料理人にされたら、誰もいない所でしか料理できないがな。


 ここは科学の国、魔法はアウトだろう。

 今の所、科学と言うのに触れていないので怪しいが。

 そう考えると、俺はかなりまずい場所に来てしまったかもしれない。

 俺が魔法を使って誰かを怪我をさせてしまえば、ラザウェル王国との戦争の引き金になるのでは?

 それだけは避けたいな……。


 というか、何故この二つの国は戦争になろうとしているんだ?

 ギルバート帝国が世界統一を目指したから?

 なんだか腑に落ちない。


「そっか……。じゃあ、ナナシを私専属の執事にしよう」


「は?」


「ちなみに、拒否権は無いから。何でも出来るんでしょ? 別に最高を求めたりしないから、気は楽にしてていいわ」


 そう言って笑みを見せるアイラ。

 いやいや、教育係から執事って。

 ある意味好機だが、ある意味同じ轍を踏む結果になりそう。

 また一カ所に留まる事になってしまうではないか……。


「大丈夫。この国は初めてでしょう? 一週間この国を見てくれば良いわ。その間、ここにいてくれて結構よ。ナナシを敵に回したくないから、変に飾ったりしないありのままのこの国を見て。勿論、ナナシの腕なら護衛も必要ないと思うから、一人で好きにどうぞ」


 ……あれ?

 噂から予想していた国とはまるで違う。

 薄ら暗い国だと思っていたのだが、これではこの国に非は無いと言うようだ。

 どうなってるんだ?


「良いのですか? 自分はお嬢様の教育係として雇われたのですよ?」


「良いの! ……今のままじゃ、きっと何をしてもナナシには勝てないと思うから」


 目をそらして、悔しそうに言うアイラ。

 どうやら、一週間で自分の至らぬ点を直して、再戦を希望しているようだ。

 プライドの高い事。


「……ところでお嬢様。お嬢様の家系は、この国で一体何をなさっているのですか?」


「どうして?」


「お嬢様は確かにお強いですが、家族全員がそう言う訳ではないのでしょう? この家には剣や甲冑と言うものは飾られておりません。優れた文官ですか?」


「……へぇ」


 そんな物飾らないとかあるかもしれないが、今の反応を見る限りそれはなさそうだ。

 文官の家系で戦いの才に恵まれた、もしくは文武両道か、どちらにしても羨ましい限りだ。


「知ったら執事として以上にこの家に縛られちゃうけど、知りたい?」


 くすくす笑いながらそんな事を言うアイラ。

 ……予想以上に国に深く関わっている家かもしれない。

 裏の部分で。


「……謹んで遠慮させていただきます。自分で調べます故に」


「あまり深入りしたら、ただでこの家から出られないから注意してね。最も、私に勝っちゃうなら、この家の誰も止められないと思うけど」


 伊達に大尉の地位ではないな。

 いや、実力主義でないこの国だから、大尉の地位までしか上がれなかったのかもしれない。


「というか、ナナシはもしかして何も知らないの?」


「はい。この国の事どころか、この大陸に関してはほとんど。田舎出身で」


「ふうん」


 何故か勝ち誇った顔をするアイラ。

 やっぱり負けたのは悔しいようだ。


「お嬢様、どうかこの下賎な私めに、解りやすいようにこの国の事を教えていただけませんか?」


「あれ〜? 教育係が何を言ってるの? ……でもいいわ。特別に! と・く・べ・つ・に! 私が教えて上げましょう!」


 胸を張って機嫌良くアイラは語り出した。

 なんだか子供っぽくて可愛らしかった。

 迷彩服を着ていなければ、もっと良かった(その所為かどこか大人びいて見えるのだ)。


「まず、この国はギルバート家、今はガイアス・フォン・ギルバートが皇帝の専制君主制の国。彼と彼の信頼を得た貴族達が好き勝手に横暴にしていたわ。でも、最近は少し変わって来たかしら」


「変わったと言いますと、どのように?」


 今の台詞を聞く限り、アイラはあまり今の皇帝を快く思っていないようだ。


「ある程度実力で地位が上がるようになったわね。あっ、別に私の家はそれであがった訳じゃないわよ。どうせすぐ解ると思うから言っちゃうけど、私の家はこの国の司法に携わる家系よ」


「……司法、ですか」


 そういうのは皇帝が好き勝手にやると思っていたが、違うのか?


「今の皇帝の側近がかなり優秀で、これ以上民を虐げれば革命で国が滅ぶと言って、今はその側近が色々国を動かしているの。皇帝は武力でその地位まで登った人で、政治に関してはからっきしだったから。その側近、皇帝のお気に入りだし、ちゃんと以前よりいい政治をしてるから文句は言えないのよね」


「どうりで、私が聞いた噂と違う訳です」


 ニッとアイラは笑みを浮かべる。


「どうせ貴族が好き勝手やってる国って聞いたんでしょ? 生憎、そうでもないわよ」


「それは、一庶民の私としてはありがたい話です」


「で、一部の優秀な貴族達に政を任せているのね。で、この家は司法を任された」


「なるほどです」


「じゃ、後は自分で調べてね。この部屋にお父様がいるから。……暗殺とかしないよね?」


 そう言って立ち止まったのは、重厚な木製のドアの前。

 ドアに埋め込まれたプレートには、『書斎』と書かれている。

 目を潤ませて尋ねる所を見ると、どうやらアイラと父親の仲は悪くないようだ。


「ご安心ください。先に言っておきますと、私は平和主義者。戦争などの争い事は嫌いです」


「っ!?」


 少々驚かれてしまったが、戦争反対は駄目なのだろうか?

 いや、そんな事を言いながら戦いを教える依頼を受けたからか。


「私は、お嬢様みたいなお綺麗な女性が傷つくのは耐えられません故に」


「そ、そう……」


 顔を赤くして俯くアイラ。

 単純だな。こういう歯の浮く台詞に慣れていないのかもしれない。

 ん?

 貴族なのだから、そういうお世辞は良く聞くのではないか?


「そ、それじゃあ、入るわよ。粗相の無いように!」


 そう言ってノックして、アイラは入る。


「お父様、新しい執事を連れてきました」


「ん? 執事? 教育係ではないのかい?」


 そう言ったのは、銀縁眼鏡をかけた三十中頃のアイラと同じ赤い髪の優男。

 整頓された本棚と机、椅子にゆったりと腰掛けた、醸し出す雰囲気がおだやかな男性だ。


「はい。優秀でしたので、私の専属の執事にしました」


「もしかして……、アイラ、負けちゃった?」


「……はい」


 瞬間、男は立ち上がり、



 アイラを抱きしめた。



 身構えず、俺はそれを傍観する。

 俺の立ち位置からは気恥ずかしそうに頬を染めているアイラが見えた。


「アイラ……良かった。怪我は無いんだね」


「お父様、私を誰だと思っているのですか? 私はギルバート帝国軍第三師団隊長——」


「アイラは他の何でも無い、僕の娘だ!」


 アイラが階級を名乗ろうとし、男はそれを遮る。

 ……なんというか。


「自分は席を外しましょうか?」


「——っ!!」


「おや、なかなか気が利くじゃないか」


 頬を真っ赤に染めて男から離れるアイラ。赤面症だ。

 男は胸に手を当てて、名乗る。


「僕はこの国の司法を任されたルイス・ジェイホードです。娘、アイラ・ジェイホードの件、どうぞよろしくお願いします。君のような人が仕えてくれるのなら、僕としてもありがたい」


「…………自分はナインと言います」


 あまりの腰の低さに思わず沈黙してしまった。


「お、お父様。では、私は……」


「うん。着替えてくると良い。夕食の席で会おう」


 アイラはパタパタと小走りに部屋から駆け出した。

 よほど恥ずかしかったようだ。

 ルイスは俺を見て、少し笑みをこぼす。


「腑に落ちないかな? 僕は君を過大評価しているつもりは無いよ。……役柄的に、僕達家族は命を狙われる事が多い。妻は毒殺されたんだよ。だから、君が娘の暗殺者でなかった、それだけで僕は十分だ。君の素性が何であれ、僕は君を歓迎しよう」


 じっと俺の目を見て、ルイスは笑みを浮かべる。

 人の奥底まで覗くような目だ。


「……良いのですか? 人は見かけによりませんよ」


「それは、まだ自分は本性を見せていないと言う事かい? 生憎、僕は人の隠し事を見破るのを生業としていると言っても過言ではないのでね。君の奥底にある本心、それくらいは解る」


「……聡明な旦那様でなによりです」


「君もなかなか賢いようだね。だけど、扉の前で本心バラしちゃ駄目だろう?」


「…………聞こえていましたか」


 確かにアレは俺の本心だ。

 平和万歳。


「僕も戦争は反対だ。立場的に何とも言えないが、君とは仲良く出来そうだよ」


「自分も、そう思います。ですが、どうにも裏が有りそうですね」


 瞬間、ルイスは驚く。

 話が美味すぎるんだよ。


「あなたは戦争反対と言いましたが、そこまで反対はしていないでしょう。まあ、娘が傷つくのは嫌だと言うのもあるので、本心と言えば本心でしょう。ですが、何か隠していらっしゃる」


 ルイスは本当に驚いたと、口元を手で隠す。

 どうやら、他人の隠し事を見破るのは日常でも、自分は別らしい。


「自分は平和主義者です。凄く、平和主義者です。その点を踏まえていただければ、自分としては結構です」


「……………ふふふふふ。君は面白いね。君はきっと我が家の執事には相応しくない。だが、それでも、僕は君を歓迎しよう」


「これからしばらくお世話になります、旦那様」


 ルイスは笑みを浮かべ、俺は笑みをこぼさなかった。



 夕食の席、アイラは白いフリルの付いたドレスを着て来た。

 束ねていた髪は下ろしていて、その真っ赤な髪は腰の高さまで有る。

 本当にお嬢様だったんだ、というコメントは止めて綺麗だと褒めると、アイラは頬を染めた。

 どうやら、女の子扱いが嬉しいらしい。

 出会い頭に剣を抜いて切り掛かって来るのだから、女の子扱いはされないだろう。


 今日ばかりは客人として夕食に招待された。

 長テーブルに三人だけ座ると言う、なんだか悲しい食卓。


「そう言えば、ナインはラザウェル王国から来ただろう? 魔法は使えるのかい?」


 不意にルイスがそう言って、フォークに刺さっていた牛肉のステーキがぽとりと鉄板の上に落ちた。

 魔法?

 おいおい、科学と魔法が対立しているんじゃないのかよ。


「まあ、使えると言えば使えますが……」


「ナイン。別に我が家では魔法を毛嫌いしてはいないわよ。この国では魔法が使えない人が多い分、魔法を嫌っている人は多いけどね」


 まずい。俺のギルバート帝国の想像図が崩れて行く。

 魔法が使えない者が、魔法を使わない代わりに科学を発達させたのではないのか?

 そして魔法を根絶させるため、戦争を仕掛けているのかと思ったのだが。


「……出来ないのかい?」


 俺が黙り込んだのを見て、ルイスは心配そうに声をかけてくる。


「いえ、そういう訳ではなく……」


 俺の『創造魔法』は、はたした魔法か?

 ここでそれを見せておけば、今後の生活で惜しげ無く魔法を使えるのだが、しかし。


「あれ〜、何でも出来るんじゃなかったの〜?」


 黙れこの野郎。

 その勝ち誇った顔がムカつく。


「そう言えば、料理は一流とか言ってなかった?」


「そうなのかい? では、ぜひ食べてたい物だね」


「それはまた後日と言う事でお願いします」


 どちらにしても、魔法は使わねばならないか。


「時にアイラお嬢様。お嬢様は魔法が使えるのですか?」


「私? ちょっとだけならね。ほんのちょっと」


 とてもちょっとには見えない。

 天は二物を与えずというが、どう見てもアイラは別に思える。


「そうですか。そうでしたら……」


 俺は少し考え、指先に炎を灯す事にした。

 指先に蝋燭程の炎。

 すごく虚しい魔法。


「……それだけ?」


「ぷぷっ」


 ルイスはがっかりしたようで、お嬢様は馬鹿にして来たので俺は一言。


「失礼ながら、お食事中でしたので控えさせていただきました。それに、魔法は決して見せ物ではありません故に」


「そ、そうだな。すまなかった」


「本当はそれしか出来ないんじゃないの〜? ナインだけに」


「……ふっ」


 アイラのシャレにルイスが吹いた。

 色々沸点の低い親子だと解った。

 というか、アイラ。凄く負けた事根に持ってる。



 夕食後、ちゃんとした風呂にも招かれ、そして部屋へと案内された。


「ここがナナシの部屋。私の部屋の隣だからって襲わないでね」


「むしろお嬢様が襲ってきませんよね?」


「ど・う・い・う意味?」


 いや、負けた腹いせに寝込みを襲ってきそうだと。


「なんでもありません。では、明日からは執事として」


「……好きな態度で良いわ。敬語使わなくても良い」


「いえ、けじめが必要でしょう。では、お休みなさいませ」


「おやすみ」


 俺は与えられた個室(何故か広い屋敷にも関わらずアイラの隣室)に入り、亜空間を創り出す。

 そこからパジャマを取り出して着替え、天蓋付きのベッドで横になる。

 お嬢様の隣室だからだろうか、やたらと豪勢だ。

 戸棚にしろ机にしろ、全てが月の光で輝いている。


 そういえば、この世界の月と元の世界の月は同じだな。

 やっぱり平行世界なのか。

 夕食に出た料理も見慣れた物だったし、楽と言えば楽だが、新鮮味が無い。

 星は空気が澄んでいるからか、別物の空のように綺麗に見えるが。


 さて、明日からは執事だ。

 経験は無いが、それっぽい事をすれば良いのだろう。

 俺に恥をかかせようと執事なんかにしたのだろうが、残念だったな。

 俺色に染めてやろうではないか。



   ☆ ☆ ☆



「何はともあれ、これであの子にこの業を背負わせずに済みそうだよ、エリサ」


 ルイスは写真に写った桃色の髪の女性に笑いかける。

 顔立ちがアイラに良く似た女性で、写真の仲では微笑んでいる。



「罪には罰を」

 


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