第十話 名無しの行き先
俺は嫌な予感がしていた。
最初、ウサギの姫様(凄く語弊を生みそうな言い方だが気にしない)を助けた所から、それは感じていた。
俺が騎士になりたくないのは、唯単に、人を殺すのも殺されるのも見たくないだけだ。
盗賊紛いの戦士達は、バシ○ーラみたいな魔法で俺が見つけた天然温泉まで飛ばしておいた。竜が居るが、運が良ければ生き残れるだろ。
もう、人が死ぬのは見たくない。見たくないが、きっと見る事になる。
そして、見ていない所であれば、俺は許容するのだろう。
この国に付くと決めるにはまだ早いと俺は思っている。
王都や浴場に来る人の顔を見る限り、悪くはないと思っているが、もう一方、科学が発展した西の地方を見ていない俺には何も言えない。
天下統一、それは決して楽な道ではない。
なるべく楽な道を通りたいのだ。
俺はまだ何も知らないのだ。
だから、決定はまだ早い。
必要に迫られたとき、決めれば良いのだ。
そう思っていたのは、フラグだった。
☆ ☆ ☆
「グレン、ちょっと良いか?」
「何です、旦那?」
朝、食堂で俺はグレンを呼び止めた。
グレン達『ルーアン盗賊団』にも宿舎に泊まっており、街道沿いの警護と情報収集を頼んでいる。
給料は一日銀貨五枚(日本円で五万円相当)で、かなり満足しているようだ。
さすがに、あの誓いに嘘偽りは無かったようだ。
「俺はちょっと西の地方に行きたいんだ。その間、ちょっとここを頼みたいんだが、良いか?」
「旦那。西というと、ギルバート帝国に?」
西……元の世界で言う中部地方以西は、ギルバート帝国という科学が発展した国だ。
ギルバートは皇帝の名前(ちなみにラザウェルも王家の名)で、どちらも絶対君主制。
最近、ギルバート帝国が世界統一(俺からすれば天下統一)に向けて動き出したらしく、国境付近で小競り合いが多いみたいだ。
「別に問題ないだろ?」
「え、ええ。ですが、この前みたいな奴らが来た時はどうしやす?」
「それはそうだな……。うん、お前が脅せば良いんじゃないか? フーやリースが後は代わりになるだろう」
あれから二日経つが、そろそろまたあの騎士達が来そうだというのが気がかり。
俺の考えが正しければ……、多分。
気付かない振りをしているが、まあ、今日にでもバラしてしまおう。
「まあ、あっしは良いんですが……。あまりギルバート帝国で良い噂は聞きやせんぜ?」
「うん?」
敵国の噂だから、あまり良い話では無いのは当たり前だろう。
話半分に聞かせてもらおうか。
「ギルバート帝国は貴族社会でさぁ。一般人はどうあがいても、一般人。この国にも貴族はいやすが、どちらかと言えば実力主義。あちらとはちげえです」
ラザウェル王国は実力主義か。
確かに、貴族だけで構成された騎士ではないと思っていた。
それならば公衆浴場などには来ないだろう。
武勲を上げれば、貴族にもなれると言う事か。
ふうん。
「ただ、この国よりも貧富の差は小さいらしいようで。それでも奴ら、平気で人体実験に手を出すらしいんですよ」
「人体実験、だと?」
科学の発展に実験は付き物だが、よりによって人体実験か。
「へえ。何でも、貴族達お抱えの研究者達は、適当にそこらの一般人を捕まえて、新たな技術の実験に使うらしいんでさぁ。それで質の悪い事に、ちゃんと実益を生むんで。捕まった奴は運が悪かった、未来の犠牲になってくれって奴でさぁねぇ。国民も認めてるんですよ」
「……そうか」
その噂を聞く限り、俺は絶対にそちらに付こうとは思わない。
人の命を数としか考えていないのか? 巫山戯るな。
……だが、一度も行かずにこちらに付くのはまずいだろう。
「……店長」
と、不意に後ろから声がかけられた。
突然の気配とこの声……ルカか。
食堂の天井は高いため、後ろに現れたのだろう。
ルカは濃い黒のショートヘアーで、膝を付き俺に報告をする。
「再び、王都での町人の出入りが禁止されました。また、防衛ラインも封鎖されています」
「……また来たか」
騎士達がそろそろ来るとは思っていた。
リン・フェルマー……とか言ったか?
恐らく、今回は姫様も付いて来るのだろう。
ちなみに、防衛ラインと言うのは、俺が国境だと思った物だ。
王都に近過ぎだろうと思ってはいたが、アレは最終防衛ラインだったらしい。
「グレン、今の話は無かった事にしてくれ。今日は俺が出迎えなきゃならんだろう」
「わかりやした。……王女様が直接来やすか。さすがにあっしでは対応出来やせん」
「ああ。街道の警備を怠るなよ?」
「わかりやした」
グレンは大急ぎで朝食をかっ込み、早々に食堂から立ち去った。
それに続くように『ルーアン盗賊団』の面々も食事を済ませる。
実に便利だ。
さて、どうしたものかな?
「姫様……ねえ」
さて、ウサギの姫様をどうやってお出迎えしようか。
☆ ☆ ☆
「アイツは只者じゃないって。舐めた口聞かせたら、何言うか解んないよ?」
「リン、あなたにとってはそうかもしれないけど、私に取っては命の恩人なの。対等な立場で話たいわ」
「確かに私から見ても、アイツは只者ではありませんでした。敵に回せば厄介な強さがあります」
「……何キース? 姫様の時には俺様口調止めるの?」
「リン、むしろお前が姫様相手に敬語じゃないのが問題だろう」
という様な会話を三人はしていた。
場所は一般人の通行が完全に封じられたはずの街道上だが、王国の騎士とその姫ならば話は別だ。
リンとキースが両脇に立って、真ん中のレーンを護衛している。
しているのだが、その会話は緊張感の欠けた物だった。
「リン。お前姫様のお気に入りだからって、調子乗ってないか?」
「キースこそ姫様の前ではデレデレしちゃってさ。何それ?」
「リンとキースは付き合ってるんですか?」
「「違う!」」
というような、とても一国の姫様の護衛をしているとは思えない会話内容だった。
このようになった経緯は二日前に遡る。
「——という訳で、『公衆浴場』なる店の店長は、レーンを助けた木こりの少年だったわ。で、地竜の武器を売り歩いていたのもそう。『ルーアン盗賊団』が足を洗ったのも、この少年が何かしたからじゃないかな。これは確かめてないわ」
「…………」
リンの友達に語るような物言いをラザウェル王国のお姫様は気にしない。
元々、畏まられるのが苦手なのだ。
ただ、今回は別の事でリンを恨めしそうに睨んでいたが。
「今の所敵意は無いみたいだけど、騎士になるのは拒否されちゃった。ただ、一般人として放っておくには勿体なさすぎる逸材かな?」
「………で、リン。一つ良いですか?」
「何?」
首を傾げるリンに向かって、レーンは指を突きつけ叫ぶように言った。
「なんで帰って来たら見違える程綺麗になってるんですか!?」
「……え? そうなの?」
とぼけるように言ったリンに、レーンはずんずんと向かって行き、リンの頬に触れる。
「髪は綺麗になってるし、肌はつるつる! 何して来たんですか!」
「何って……調査もかねてお風呂に入って来た」
「ずるいです! リンは最初『公衆浴場? 面倒じゃん。行きたくない』とか言ってたじゃないですか!」
「そうだけど?」
「で、行きたかった私を置いて行ってきて、自慢? ずるい!」
「ち、違うよ! 別にそんなつもりじゃ……」
「それにキースに聞きました。あまりの気持ち良さにのぼせて治療を受けたとか、『ふにゃー』とか言ってたらしいじゃないですか!」
「っ!?」
瞬間、顔を湯気が出そうなくらい真っ赤に染めて、リンは俯いた。
なにやら、「キ、キース!! 殺す! あとで絶対殺す!」と呟いている。
「ずるいです! 私も行きたいです! 明日にでも行きましょう!」
「でも……あそこに行くには、町人の街の出入りを禁止にしなきゃ駄目で……。規制しなきゃ混んでるらしいから。二日続けるのはどうかと」
「ますますリンはずるい!」
「えぇー!? じゃ、じゃあ明後日、明後日行こう? それでいいじゃん!」
「……そう言って、リンはまた明日行くんでしょう?」
「っ!?」
何故バレた? とリンは思い切り顔に出してしまった。
「ほらやっぱり。何が危ないですか! はまってるじゃないですか!」
「だってぇ……川の水は冷たくて嫌いだけど、温泉はあったかくて気持ちいいし、安いし」
「ずるい!」
「解ったから! 今度行く時は一緒! だから、ね?」
という様な会話から二日、姫様は念願の『公衆浴場』に向かった。
ちなみに、一名が先ほどの会話で嘘をついたのだが、それは余談。
今回、キースは前回の経験から着衣のしやすいレザープレートを来ており、リンとレーンはローブという、旅人達のような格好だった。
姫と護衛と解る材料は皆無と言える。
そして三人は豪邸にも見えるそこへ来た。
「これが……『公衆浴場』ですか?」
「まだあれから二日しか経ってませんが、やはり凄い物です」
「さあさあ、さっさと入ろう♪」
一人だけ場慣れした雰囲気を発して、後ろで二人がそれを訝しむように見て、リンが扉を開ける。
「「「いらっしゃいませ」」」
入った瞬間、お辞儀と挨拶。
初めてのレーンが少し驚いて、キースも慣れないという表情を浮かべて、リンがさっさと靴を脱いでスリッパに履き替えた。
「ほらほら、さっさとしなよ」
上機嫌のリンだったが、受付に杖を渡して料金を払う時に、それは終わった。
というのも。
「いつもご利用ありがとうございます」
という受け付けの一言で、後ろにいた一名がリンを睨みつけたからだった。
「リン。いつもって、どういう事? 今度行く時は一緒、とか言わなかった?」
「……ちょ、調査だよ」
「……………」
「こ、ここは寛ぎの場だから……暴力はんたーい」
レーンの無言の圧力に、目を泳がせながらリンは呟いた。
と言う訳で、リンが毎日のように来ていたのがバレてしまった訳である。
いつも、と言うからには、もしかすると一日に何回も来ていたのかもしれない。
そうでなければ、たった三日で顔を覚えられる事は無いだろう。
「で、でも! きっとレーンも解るって! アタシが毎日でも来たくなる魅力が有るの!」
「……はあ」
レーンは小さく溜息をつき、諦めたようにリンを見習い、靴を脱いでスリッパに履き替え、杖を預けて料金を払う。一回で覚えてしまう辺り、賢いようだ。
「じゃ、じゃあキース。お先に〜」
そう言ってレーンの手を引いてリンは女湯の暖簾を潜って行った。
キースは考える。
「……多分、長いよな」
その言葉通り、二人が湯から上がったのは、キースが湯から上がって一時間程経った頃だった。
すっかり頬を上気させ、濡れた髪を縛り上げるレーン。
すっかり慣れて来て、タオルなんかを肩にかけてるリン。
すっかり待ちくたびれて、椅子の上で寝ているキース。
どうやら満足したようである。
三人はすっかり安心しきっていた。
「……で、リン。どこにいるんですか?」
「ふえ?」
椅子の背もたれに頭乗せていたリンが間抜けな声を出し、首を傾げる。
レーンは呆れたように言う。
「だから、その少年です」
「……多分、あそこかな」
そう言って『医療室』を指さすリン。
『騎士の方お断り』の文字がまだ残っており、少年の考えがまだ変わっていないのかとリンは溜息をついた。
今日レーンを連れて来たのは、彼女にも少年の説得をしてほしかったからだ。
だが、何者にも屈しなさそうな少年は、この分では今日も無駄足に終わりそうだとリンは思った。
と。
「本日は、よくお越し下さいました。お客様」
丁度良いタイミングで、営業スマイルを浮かべて少年が『医療室』から現れた。
その後ろには、何故か金髪の少女がちょこちょこと付いて歩いていた。
「フェルマー様は毎日来ておられると聞いておりましたが、気に入っていただき店長としても嬉しい話です」
そう言って恭しく礼をする少年。
「……なんでかな、皮肉に聞こえるわ」
後ろからレーンに睨まれ、リンは冷や汗を流してそう言った。
そして。
「本日は一体どのようなご用件ですかな? ウサギのお姫様とその騎士様達は」
瞬間、臨戦態勢になるキースとリン。
二人はすぐにレーンの左右に立った。
しかし、頭の中ではクエスチョンマーク。
(ウサギ?)
だが、当のレーンは、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「私はウサギじゃありません! というか、覚えていたんですか?」
少年は恭しく礼をして、
「姫様のような綺麗な女性——嫌でも記憶に焼き付きます故に」
とどこか皮肉めいたことを言う。
レーンが頬を染め、少年の後ろで少女が不機嫌そうな顔をしていたが、少年は気付かない。
「それで姫様。一体どのようなお話ですか? 街道を封鎖されては商売上がったりでして」
やはり皮肉めいた事をいう少年。
「す、すいません」
とレーンはつい頭を下げてしまう。
少年はそれに驚き、しばしレーンを見つめる。
どうやら、少年に取って王族や騎士が礼をするのは驚きに値するようだ。
「では、単刀直入に言います。——あなたを騎士として採用したい——と」
少年は、笑みを浮かべた。
☆ ☆ ☆
さて、ここは大きな分岐点だ。
1.姫様の言葉に従って、騎士となる。
この道を選べば、簡単にある程度の騎士としての地位を手に入れる事ができるだろう。
その後は好き勝手やらせてもらうだけだ。
とりあえず、くれると言う物はもらっておく。
2.時間をもらい、ギルバート帝国を見に行き、それから決める。
これを選べば、ギルバート帝国の内情を知った上でどちらに付くか決められる。
だが、ギルバート帝国の嫌な噂は真実味が有り、あちらに行っている間に戦争になる事も考えられる。
その場合、スパイと疑われ騎士になるのは難しいと俺は考えている。
最悪、有無を言わさずこちら側を敵に回す結果になるだろう。
人体実験が有るのならば、洗脳技術も有りそうだからな。
3.騎士にはなりたくないから断る。
とりあえず騎士は断る。その後は展開次第で臨機応変に行動する。
ギルバート帝国に行くもよし、ラザウェル王国の地方を旅するもよし。
しかしこの場合、明らかに俺は後手に回る事になるだろう。
全てが何かあってからの行動になる。
例えば、旅をしている間にここが襲われたとか。戦争が本格化したとか。
だいたい選択肢はこれくらいだろうか。
まあ、答えは決まっているのだがな。
十話記念で分岐させてみました(実際は十二話目)。
アンケートもどき終了。
投票してくださった方々、あらためてお礼申し上げます。