第九話 少年と魔法少女の会合
目を覆ったアタシには、結果しか見えなかった。
血が滴り落ち、床に血の花を咲かせる。
だが、短刀は少女に届いては居ない。
店長の少年の左手が短刀の刃を握り、それを止めていた。
そのため、少年の手からぽたぽたと血が滴り落ちている。
「て、店長?」
「「なっ!?」」
先ほどまで少年を踏みつけていた男と、少女に切り掛かった男が驚きの声を上げ、アタシもキースも、声を上げずに驚いている。
見えなかったのだ。
男に踏みつけられていた少年が、次の瞬間には切り掛かった男と少女の間に入っていた。
目を逸らしていたから見えなかったのではない。
その証拠に、少年を踏みつけていた男の驚いた顔は見物だった。
と。
「おい……」
聞く者の体を震えさせるような低い声を少年は発した。
騎士として何度も戦いを経験しているアタシ達をも、その声は震えさせた。
先ほどまでとの明白な声質の違いが強調しているからかもしれない。
ただ、こんな奴とは戦いたくない——そう思わせる声の響きだった。
そしてアタシには、彼の周りのマナが震えているのが感じ取れた。
「ひっ!」
短刀を捕まれた男が、少年の手から短刀を引き抜こうとしてもそれは動かず、男は怯えたように短刀を手放し後ずさりした。
完全に少年に恐れを抱いている。
少年は短刀を握り直し、低い声のまま言う。
「貴様等、武器は自分の魂だと言ったな?」
少年に睨まれ、男達は無意識のうちに一歩下がっていた。
少年の言葉に、相手を敬う気持ちはもう微塵も含まれていない。
「怒りに任せて罪なき少女に刃を向け、一人のガキも切れないのか」
少年は短刀を振りかぶり、背筋を凍らせる静かな物言いと共にそれを投げつける。
「大した魂だな、屑ども」
短刀は男達の足下に突き刺さり、男達は尻餅をつく。
瞬間、アタシは理解した。
間違いなく、この少年が噂の木こりだと!
床に点々と血を残しながら少年は男達の方へと向かう。
男達は変貌した少年に怯えながら、後ずさりをする。
改めて思う。
自分がそちら側に居なくて良かったと。
「貴様等……人に刃を向けると言う事は、どういう意味だか解っているだろうな?」
少年は傷ついていない右手を男達に向ける。
男達はすでに下がれず、扉に手をかけ逃げ出そうとしていた。
「人に刃を向けると言う事は、殺す覚悟があると言う事だ。刃を向けた時点で、そこからは殺し合いの場でしか無いんだよ。貴様等に、殺される覚悟はあるか? ——俺の言いたい事は解るだろ?」
男の一人がついに扉を開け、外へ飛び出した。
それに続くように全員が少年に背を向けて走り出した。
戦士にあるまじき行為だ。
だが、情けないなどとは言えない。
騎士のアタシがそちら側に居ても、同じ事をしただろう。
それほどまでに、少年は得体の知れない恐怖を生み出している。
戦意を喪失し敵前逃亡した男達——だが、少年はそれを追って外へ出る。
そして、叫ぶように言った。
「俺の仲間に手ぇ出してんじゃねぇぞ!!」
一喝。
それはどこまでも心に響く、少年の心中を吐露した叫び。
そして少年は男達に向けて手を振る。
瞬間、男達が何かに弾き飛ばされたように空へと飛んで行く!
それは、さながら見えない巨大な腕で跳ね飛ばされたような光景。
男達は叫び声を上げ、空の彼方に飛んで行った。
恐らく、地に落ちるまでに何度も後悔するだろう。
何時間も恐怖の飛行体験をするのではないだろうか——そう思える飛びっぷりだった。
「悔い改めろ」
少年は静かにそう言うと、ふらふらと尻餅をついた。
アタシも、それにあわせて床にへたり込みたかった。
「大丈夫ですか、ご主人様!」「「………………」」
少女が少年の元へ駆け寄って行く。
アタシとキースは、何も反応出来なかった。
あれは、一体なんだったのか?
ふと隣を見ると、キースも同じ事を考えていたらしく、目が合うと尋ねて来た。
「リン……。お前、あいつがあの子を庇った時の動きが見えたか?」
「騎士のあんたに見えなくてアタシに見える訳無いでしょ? キース……。アンタ、手を振るだけで大の男を吹っ飛ばす魔法知ってる?」
「魔法使いのお前が知らない魔法を俺様が知るはず無いだろ」
「……………」「……………」
「はうう!」
しばし二人で顔を見合わせていると、外で先ほどの少女の声が聞こえた。
見れば少年にデコピンされている。
「俺は『ご主人様』じゃねぇ、『店長』だ! 何度言わす気だコラ!」
「ご、ごめんなさい……。でも、血が……」
地べたに座ったままの少年に少女が頭を下げ、心配そうに少年の手を見た。
「うん? これくらいどうって事ない。お前の所為じゃないから、頭上げろ」
そう言って少年は左手と右手を擦り合わせた。
次の瞬間には、傷は跡形も無く消えていた。
血の跡も残さずに。
「!?」
……あり得ない。
治癒魔法? うんん、治癒魔法はあんな一瞬で効果は出ない。
治癒魔法は傷口の止血と再生を同時に行なうから、結構時間がかかる。
じわじわと回復して行くのであって、怪我そのものを無かったようにする事は不可能だ。
それが、一瞬?
こいつは……只者じゃない。
と、少年はアタシ達の視線に気付いたようで、立ち上がりこちらに向かってくる。
思わず身構えるアタシとキースに対して、少年は。
「すみませんお客様。迷惑をおかけしました」
「………………」
ぺこぺこ頭を下げ始めた。
それに習って少女も頭を下げる。
アタシとキースは顔を見合わせる。
……もしかして、こいつは自分の力が解ってないのか?
と、アタシは気付いた。
コイツが、唯単に一人の店の店長として行動しているだけだと。
となると、先ほどの平謝りもそういう事だろう。
店にも客にも従業員にも被害が出ないように、あまつさえあの戦士達にもなるべく被害が出ないように行動していたのか……。
この男、思っていた以上に賢い。
「いやいや、こちらに危害は無かった。そう頭を下げなくていい」
キースがそう言い、ありがとうございますと少年は顔を上げた。
このまま帰るのが普通だろうが、丁度良いとアタシは思った。
この少年には聞きたい事が山ほどある。
話し合うのなら騎士と一般人、こちらが優位の場で話させてもらいたい。
……別に怖がってなんかないもん。
アタシは一歩前に出て、少年に言う。
「アタシの名はリン・フェルマー。王国の魔法騎士隊長よ。アンタにいくつか尋ねたい事がある。いいかしら?」
隣でキースが意味不明という顔をしているが、無視して少年を真っ直ぐに見る。
少年はしばし驚いたような顔をしていたが、すぐに恭しく礼をする。
「しがない商人の私ですが、それでよろしければ答えられる範囲で答えましょう」
☆ ☆ ☆
ここでは話しづらいでしょうから、という少年の誘いで、アタシ達は森の中に有ると言う少年の家へと向かっていた。
森……『チヨダの森』。
正直……怖い。
あんな力を見せつけられた後だ。
このまま森に入って、帰らぬ人となるかもしれないと若干思ってる。
まあ、あちらの機嫌を損ねるような事を言わなければ問題ないはずだ。
アタシ達は装備を返してもらい、フル装備で森へ向かったのだが、この少年は法被を羽織っているだけ。
並んでみると解るが、重装備しているキースがバカっぽく見えてしょうがない。
少年は道もない森を普通に歩き、その歩みは木こりと言われても疑えない物だ。
これでこの少年が姫様の言っていた木こりで、巷で地竜の武器を売り払っていた人物だと確信した。
(おいおい、リン。いきなり何を言い出すんだ? 何か問題でもあるのかよ。いや、あの力は確かに騎士に欲しいがな?)
(バカキース。アンタは何も知らないんだから黙ってろ!)
小声で叱りつけると言う芸当じみた事をしながら、無言で先を行く少年に付いて行く。
はっきり言って、この少年が何を考えているのかさっぱり解らない。
と、急に視界が開け、森の中に異様な一軒の家が見えた。
見た事も無い建築様式の木造住宅だ。
「着きました。ここが私の家です」
そう言って扉を開け、先に入ってスリッパを出す少年。
どうやらここも土足厳禁のようだ。
全身鎧のキースが入るには、再び鎧を脱がねばならない。
「キースは外で待ってて。アンタの頭じゃ理解出来ないだろうから」
「俺様をバカにすんな。……だが、お言葉に甘えさせてもらおう。鎧を脱ぐのは面倒だからな。だが、何か遭った時にはすぐに駆けつけよう」
無駄な騎士道精神ありがとう。
今だけは、ちょっぴりありがたい。
「どうぞ」
そう言って足下に出されたのは、『公衆浴場』で履いたスリッパとはまた別の、なにやらふかふかしたスリッパだった。
履いた瞬間、靴から解放された足が、その柔らかな感触に飲み込まれて行く。
何……この解放感。
「では、こちらに」
そう言って少年は少し広めの部屋へと案内する。
そこにはソファーと机しかない簡素な部屋だった。
ソファーで腰掛けるように少年は言うと、その奥にある水場で何やら動きを見せる。
そして、盆の上にお茶とお菓子を載せて出て来た。
お菓子……である。
砂糖は高級品、当然お菓子も高級品だ。
ふむ、心得ているじゃないか。
別にアタシがお菓子を好きな訳じゃない。
年に何度としか食べられないような物だから、ちょっと嬉しいだけだ。
「どうぞ」
といって少年はアタシの前にお茶とお菓子……何コレ? を出して来た。
皿の上には、フォークと全体的に白い三角柱の物体。
上に野いちごが載っているが、何だろう、この柔らかそうなお菓子。
アタシが首を傾げていると、何故か少年も首を傾げる。
「……ケーキですが?」
「けーき?」
聞いた事の無い名前のお菓子だった。
少年はフォークでそれを切り分け、自分の口に運ぶ。
まさか毒が入ってる事は有るまい。
アタシもそれに習い、食べてみる。
「これはっ!?」
ふんわりとした触感、口の中を甘さが満たし、思わず頬が緩んだ。
今まで食べた事の無い、衝撃的なお菓子だ。
というか、今日一日でいったい何度驚いた?
「では、話を伺いましょう」
「……はっ! そ、そうね」
ケーキのおいしさに思わず放心してしまったが、そこはソレ、別に聞くべき事は忘れていない。
ごほんと一度咳払いをし、アタシはまず一番気になっていた事を尋ねる。
「アンタは……一体何が目的なの?」
「目的ですか? 簡単に言えば、世界平和ですかね」
「は?」
思っても見ない解答を一瞬で返された。
アタシは思わず声を漏らしてしまったが、少年は気にせず続ける。
「世界平和ですよ。私は争いが嫌いなんでね。解答になりましたか?」
「え……、まあ、いいわ」
あくまで騎士と一般人と言う立場での会話。
恐らく常に敬語を使うような少年ではないだろうから、まだその位置関係は変わっていないはずだ。
「じゃあ、もう少し詳しく聞かせてもらうわ。——何故、あのような施設を作ったの?」
少年は黙り、じっとアタシの顔を見つめる。
後ろめたいことがある訳でもないのに、何故だか目を逸らしたくなる視線だった。
「温泉、気持ちよくなかったですか?」
「へ? ……まあ、気持ちよかったわよ」
のぼせるまで入っていた事をどうやら少年は知らないらしく、なんとなく助かったと思った。
と、少年は安堵の溜息をついた。
「良かった良かった。それなら、意味は解るんじゃないですか?」
「というと?」
あえて少年に先を促す。
やっぱりアタシにはコイツの考えている事が解らない。
「私があれを作ったのは、単に商売のためですよ」
「でも、あの格安の料金は何? あれだけの建物の建築も維持も、生半可な金額じゃ無理よ。おまけに中は魔石だらけ。それなのにあの料金? 儲ける気はないとしか思えないわ」
と、少年は不敵な笑みを浮かべる。
「私の祖国の経済家がこういう話をしました。『新たな商売を始めるとき、一代目はとにかく安く売れ。二代目で立ち回る程の利益を、三代目で初めてまともな利益を求めろ』と。どういう事か解りますか?」
「生憎私は騎士なの。そういうのはさっぱり」
そういう思案は嫌いではないが、少年のペースになるのはまずいので素っ気なく返す。
コイツは未知の世界のように魅力が有りすぎる。
素っ気ないアタシの態度を少年は気に留める事も無く続けた。
「客から信頼を得るための商法です。人からの信頼は、そう簡単には得られないと言う事ですね。私は一代目なので利益は考えず、とにかく安くしている訳です」
「従業員に払う給料はどうするの?」
「払いません。彼らは元奴隷、買い手は私なんで。借金している状態ですね。勿論、隣の宿舎は無料で使わせてますよ? 給料は食費と宿泊費、それに日々の入浴代。勿論、休みや小遣い程度のお金は与えます」
「ど、奴隷!?」
頭がクラクラして来た。
あの少女達が、皆元奴隷?
てっきり、裕福な町人の娘などだと思っていた。
それくらい、彼女達は皆綺麗だったのだ。
「……………」
と、何故か少年が顔をしかめ……すぐその理由に行き当たった。
定食屋のおばちゃんから聞いた話から、コイツは奴隷扱いを酷く嫌っているのだ。
あまりの不機嫌そうな顔に、少し頭を下げてしまう。
非は認める主義だ。
少年もそれに驚いたのか、表情を緩める。
ひとまず安心だ。
そして、今までの話を繋げれば、アタシが調査に来る前の推理が的外れも良い所だと解った。
だけどアタシには、コイツが何を考えているのか解からない。
争いが嫌いだが、いざとなれば惜しげも無くその力を曝す。
やたらと金のかかった施設。
従業員として働いている元奴隷。
アタシは間違っていた。
『護身用の武器』は、護身用でしか無く。
地竜の武具で得た資金は、施設の維持に掛けるお金。
買われた奴隷は、兵士ではなく従業員として。
まったく、戦争が近いからと言って、アタシも病んだものだ。
何でも戦いと結びつけては駄目だろう。
しかし、それならば。
「アンタのさっき見せた治癒魔法、騎士として使ってみない?」
「と言いますと?」
……コイツ、解ってて言ってるだろ。
堪えろアタシ、コイツを敵に回すのは厄介なのに変わりないんだ。
「アンタは気付いてないかもしれないけど、さっきの治癒魔法、あれは凄いのよ!? 魔法騎士隊長のアタシがそう言うんだから間違いない。だから、それで騎士として——」
「お断りします」
「——は?」
コイツ……、名誉ある騎士へ入るのを躊躇無く断りやがった。
いや、理由は解るのだけど。
「先ほど言ったでしょう? 私は争い事が嫌いです。だから、騎士にはなりたくありません」
「で、でも! いずれにしても、この国は戦争になるわよ? そうなったとき、アンタみたいな治癒魔法の使い手がいれば、出る犠牲は少なくて済むわよ!?」
少年はうんざりしたようにアタシを見る。
え? アタシ間違ってないよね?
「フェルマーさん、でしたか? あなた、医療室の前に書かれていた言葉、読みましたよね?」
「ええ。『騎士の方お断り』って奴でしょ?」
フェルマーさん、か。かなり新鮮な響き。
なんか嫌だ。
「それなら、解るんじゃないですか?」
「生憎、アタシには何故『騎士の方お断り』なのかも解らないけど」
そう言うと、露骨に溜息を吐く少年。
なんだかコイツ。だんだん態度がでかくなって来たと言うか、素に戻って来たと言うか。
「簡単に言いますと、俺は自分の治療した人間が、回復したが故に誰かを殺した、なんて結果が嫌なんですよ。だから騎士はお断りなんです」
「だけど、私達騎士が戦わなければ、国民が傷つくわよ!」
「だから、傷ついた国民は治療します」
「騎士だって、国民でしょう!?」
「聞いていたでしょう? 刃を向けるからには、自分も向けられる覚悟がなければならぬと」
「アタシ達だってできれば戦いなんてしたくない。だけど、戦いは起こってしまう。そうなった時、誰かが戦わなければ国民は救えないの!」
少年は急に黙り込み、何かを思案する。
そして、こう言った。
「あなたは正しいでしょう。それでも、俺は殺人の手助けはできません」
かーっと頭に血が上ったが、考えてみればコイツは一般人なのだ。
恐らく、コイツのいた国は平和ボケしていたのだ。
アタシはむしゃむしゃとケーキをがっつき、お茶を飲み干し立ち上がる。
「貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございましたっ!」
ずんずんと玄関に向かい、そしてささっと靴を履いて出ようとした時、不意に後ろから声がかかって来た。
「気を付けてくださいね?」
アンタが襲ってこなけりゃ大丈夫よ! とは言わず、無視して外に出る。
「おいリン——」
「帰るわよバカキース!」
アタシは振り返らず、王都のある南へと向かって歩き出す。
多分、アイツも間違った事は言ってない。
だけど、悔しいけどアイツの力は本物で、今のアタシ達にはどうしても欲しい力だ。
それなのに、決して手に入れる事ができない。
きっと少年は私達に手を貸してくれはしないだろう。
それが歯がゆい。
遅かれ早かれ、この国は絶対に戦争を迎える。
だから、なんとしても仲間を増やしておきたかったのだけど……。
「リン!」
「何よ!」
思わずきつく叱責し振り返ると、かなり真剣なキースの顔がそこにはあった。
そして、神妙な面持ちで語り出した。
「俺様ついさっきまで忘れてたんだが、あの医療室に杖をついた男が入って行くのが見えたんだ。んで、よく考えたらその男と良く似た奴——いや、本人が杖をつかずに医療室から出て来たんだ。それとお前がのぼせた時、医療室から出ていった少女がお前を治療したんだと思うが……。リン、これどう思うよ? リン、聞いてるか?」
キース、たまには良い事言うじゃない。
もっと早く気付けと激励してあげようじゃない。
どうやら、まだチャンスは有るみたいね。
☆ ☆ ☆
余談だが、森を抜けても襲われる事無く、誰とも何とも遭遇しなかった。
何が気をつけろよ、ばーか! と息巻いていたのだったが……。
「リンだけずるい! 私も行ってみたかった!」
今回の報告をした際、髪とか肌が綺麗だずるいずるいとレーンに言われ続けた。
まさか、これの事を言っていた訳ではあるまい。
やっとストーリーが少し進みました。
今回は少し手抜きのような気がしています。
内容こそ変わらないでしょうが、若干変えるかもしれません。