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プロローグ

 緑が深く生い茂り、マイナスイオンがどんな物か知らないが、きっとそれが大量にあるだろう森だ。


 昔の日本はきっとこんな感じだったんだろう、そう俺は思った。


「さ〜て、今日の晩飯を狩りに行くか」


 そんな事をのたまって、森の中を闊歩している俺は手ぶらである。

 腰のベルトに挟んであるエアーガンが唯一の武器。


 服装も、学生服でとても山登り、というか『狩り』に適した物ではない。

 けれど、残念ながらこれ以外にまともな服が無いので仕方ない。

 パジャマもあるが、それは家の中で着るもので汚したくない。


「まったく、異世界なんて気がしないよな……」


 俺は異世界の森の中を闊歩しているのだが、その理由は至極どうでも良い。

 今は晩ご飯のおかずを狩らねばならぬのだ。


「……っと」


 草の茂みがカサカサと音を立てたので、ピタッと息を止め、茂みを伺う。

 その距離、十メートル弱か。それならば、一秒で事足りる。


 一週間前まで学生だったとは思えない動きだ、そう自分でも思ってしまうが、待っていてもご飯は出てこない、お金で生き抜く事の出来ない世界なのだから、当然と言えば当然だ。


 あの音からすると、恐らくウサギのような小動物だろう。

 ウサギの肉は、鶏肉のようで美味しかった。


 じゅるり。


 思わず涎が垂れて来てしまい、慌てて拭う。

 捕らぬ狸の皮算用だ、ここは焦らず、確実に仕留めねばならない。

 悪く思うなよ、ウサギ。

 

獅子搏兎(ししはくと)! ライオンは、ウサギのような小動物だろうと捕まえるのに全力を尽くすのだ!」


 轟! と俺は土煙を上げてその茂みに突進。

 叫んだりしているが、音速並の早さの突進、それは聞こえてはいないはずだ。

 茂みに右手を突っ込み、一瞬でその生き物を引きずり出した。


「ふっ、俺の感も冴えた物だな。ウサギよ……弱肉強食、諦めてくれ」


 俺の手には、首根っこを捕まれてパタパタ暴れるウサギの姿が。

 その可愛らしい仕草に思わず、助けてやろうかな? などと思ってしまうが、すぐに否定する。

 先ほどの人外の動き、何のリスクも払わず出来る事ではないのだ。


 腹が異常に減る。


 一週間前、この異世界に来てすぐの俺は、ウサギの可愛さに思わず逃がしてしまったのだが、その夜の腹の鳴き声は尋常な物ではなかった。

 木の根をかじり、その苦みに悶え、やっとの事飢えを凌いで俺は悟ったのだ。


「悪いなウサギ、俺は死にたくないし、まだ死ねないんだ」


 慌てたようにばたばた暴れだすウサギに、俺は言い聞かせる。


「諦めろ。苦しまないよう、一瞬で殺してやるから」


 でも肉が固まってまずくなるので、首根っこを掴んで家の方まで持って帰る事にした。

 しきりに暴れるウサギ。心無しか、人間臭い動きだ。


「やけに暴れるな、このウサギ」


 肉体が強化されているのでまったく痛くないが、さっきから蹴りを決めてくる。

 まあ、このままだったら明らかに死ぬのは目に見えているし、当然かもしれない。

 しかし、いい加減鬱陶しくなって来た。

 さっきから俺の腹を蹴るな。


「ウサ公……そんなに早く死にたいのか?」


 昨日まで捕まえたウサギ達は反抗もせず、ただただ俺の目をじっと見て、諦めたようにぶらぶらと揺れていたと言うのに。


 というのも、この一週間で俺がこの森の王者になっているからだが。


 三日前だろうか、この森を統べる地竜を叩きのめし、俺は名実ともにこの森の王者となったのだ。

 地竜には悪いが、その鱗だの骨だのなんとなく高く売れそうな部位は加工してお持ち帰りさせてもらった。


 その頃から、明らかに俺は日本の学生という身分を捨て去っている。

 人間離れした動きをするのは異世界譚のテンプレだが、それとは少し違う。


 元の世界に帰るには、そういう事をしなければならないのだから。


 何も好きで動物虐待をしている訳ではない。

 竜が動物なのかは知らないけど。


 と、そんな過去の回想をしている間にも、ウサ公は俺を熱心に蹴飛ばしてくる。

 生きるのに必至な事は良い事だけど、自分の立場を考えようか。


「さてウサ公、どうやって死にたい?」


 ビクッとウサ公は震え、ばたばたと手を動かし始める。

 まるで弁解しているような態度だが、それなら最初からするな。


「いいかウサ公。お前の命は俺の掌の上なんだよ。生殺与奪は俺にある。まあ、生を与える気はないんだが」


 ばたばたと必至で止めてくれとアピールするウサ公。


「とりあえず、今日の晩飯はウサギの鍋に決定なんだ。抵抗すればするほど、痛い目に会うぞ?」


 それでも尚暴れるウサ公。


「はぁ〜。いいかウサ公、この世の中はなぁ」


 俺は左手でエアーガンを抜き、ウサ公を目の高さまで持ち上げ、諭すように——。




 瞬間、持ち上げたウサ公が人間に変わった。




「……………」

「……………」


 俺とそいつは何も言えなかった。

 目の高さまで持ち上げていたから、必然的に目と目が合った。



 ウサ公は、美少女に変わっていた。



 透き通るような長い銀髪、深い藍色の瞳、端整な顔立ち。

 初めて会ったというのに、なんだか懐かしい気持ちになる。


 いや、俺が人に出会うのが一週間振りだからだろう。

 その子も、ポカンとしていた。


「……ふっ。なかなか賢いウサギじゃないか。人間に化けるなんて、只者じゃないな。ウサ耳も残さずに変身するとは。確かに、これだったら普通の人間じゃ食べる気は失せる。不覚にも可愛いと思ってしまったからな。だが——俺は騙せないぞ! 俺はこの程度でお前を食べる事を断念したりしない!」


「ちょっ、ちょっと待ってください! 私は人です!」


 慌てたように両手を振るウサ公——もとい少女。

 左手で持っているエアーガンに何やら得体の知れない恐怖を感じているようで、ちらちらとそちらを見ている。


「なんと……。人語も理解し、流暢に喋るとは。異世界のウサギ……、恐るべし。だが、バニーガールでないウサギなど、恐るるにたら——」


「ち〜がう!」


 ばたばた暴れだす少女。……おや?


「………………………」


 俺は静かに驚いていた。ウサギ相手にしても失礼だと思い、声を上げては驚かなかった。

 元々あまり感情を表に出さないこともあったが。


 少女の服装は、さながらRPGに出てくるような黒を基調としたローブだった。

 二の腕や太腿の部分に大きな露出が目立ち、少女の奇麗な白い肌が惜しげも無く晒されている。


 少女の手には、さながらRPGに出てくるような、武器としての機能を持った装飾が施された杖があった。

 長刀と杖を合わせたような、それでいて気品を漂わせる一品。


 少女の髪や瞳は、まぎれも無く自然のモノだった。

 髪は染めたモノではないと一目でわかる艶やかさと輝きを放っている。


 あれ〜? いくら何でも、ウサギがここまで完璧に人に化けるのは、あり得ない?

 この世界は普通に魔法があるけど。

 って事は、もしかして……。


「私は! この森に住む魔女にウサギにされたんです! 逆です! 逆!」


「…………」


「私は! ラザウェル王国第一王女、レーン・リア・ラザウェルです!」


「…………」


 困った。どうしよう。

 いきなり王女様の名前を言われても、実はここがどんな国のどういう場所なのか知らない俺は、何も反応出来ない。


 とりあえず言葉が通じる事はありがたい話だ。


 俺が異世界人だとバレると、きっと碌な事にはならないだろうが、既に口走っているのでバレているような気もする。


 しかし、何も言わないと怪しまれるし——というか、今すぐ先の無礼を詫びなければ!

 首が飛ぶ!

 エアーガンをベルトに挟め、俺はばっと膝をついた。



「すいません! 王女様とはつい知らず、ご無礼を働いてしまいました! なにとぞ、命ばかりはお助けを!」



 プライドもへったくれも無い。

 日本人は変に他人を敬うと言われているが、多分こういう事じゃないだろうか。


 何も知らない俺は少女の言葉を鵜呑みにするしか無いので、とりあえず王女として扱い、慣れない言葉遣いとなってしまう。


 というか、多分コレ本物の王女様だ。

 装備とか醸し出す空気がそれっぽい。本物見た事無いけど、きっとそうだ。

 やべえな、俺が元の世界に戻るためには、少なくとも国に喧嘩を売るのはまだ早い。

 というか、なるべくならそんな事にはならない方が良い。


 暴君王女だったら……、間違いなく死ぬ! ギロチンが……。


「え? ……まあ、不可抗力ですし、許しますよ?」


 と、少女は俺の手のひら返しに若干驚きながら、にっこりと笑みを浮かべる。

 ひくひくと笑みが引きつっているけど。


 ……良かった。とりあえず、賢く良いお姫様のようだ。


 処刑とか冗談でも言ったら、間違いなく殺されると解っているようでいらっしゃる。

 音速で捕まえたあの時の恐怖はまだ残っているようだ。


「えっと、その……そのかわり、良かったら街まで送ってくれませんか?」


「勿論、俺で良ければ」


 恭しく騎士の如く跪く俺。俺の態度の変化にとても驚いている少女。

 まあ、ウサギと人の扱いが違うのは当たり前でしょう。

 お姫様に恩を売っておいて、悪い事は無いでしょう。


「では、付いて来てください」


 俺は王女様の一歩先を歩くように進みだす。

 自慢じゃないが、この一週間でこの森の全体図は飲み込んだ。

 人里に降りた事は無いが、それでも街道には出た事はある。


「……あの。食べないんですか?」

「……姫様。何をおっしゃって?」


 道なき道を歩いていると、不意に姫さんがそんな事を尋ねて来た。


「いえ……。それなら、良いです」

「…………そうですか」


 一体何が言いたいのだろう。……あ。

 もしかして、人に戻ってから言った『食べる』って意味、誤解してる?

 姫様ならそういう話も耳にするかもな〜、政略結婚とかあるし、結構可愛いし。


「……時に姫様、何故このような森にお一人で? 長年住んでおります私でも恐れる、凶悪な地竜などが住む危険な地域です。護衛の一人も付けず歩くのは、危険かと」


 長年住んでないし、地竜は一撃で屠っているので嘘ばかりの台詞。

 というか、魔女に会いに来たって、どんなシチュエーション?


「来た時は護衛が居たんですが……その、魔女に……」


 姫様は俯き、言葉を濁してしまう。

 うわ〜、怖い先客が居るみたいだな、この森。


「そうですか。……申し訳有りません。思い出させてしまいましたか?」


「いえ! それは、私の背負うべき事です。お気遣い、ありがとうございます」


「もったいなきお言葉、ありがとうございます」


 そんな事を言いながら森を歩いていると、街道が見えて来た。

 街道は、石の舗装がされた幅八メートルの立派な道。

 右手には国境みたいな高い壁が見え、左手には城壁に囲まれた都市がある事がわかる。

 大きな城が見えるが、多分アレが首都だろう。

 いやに国境に近くないか?


「では、後少しですね」

「……は、はい」


 と、何故か体を強張らせる姫さん。

 それを見ると、なんというか、初めて街道を歩く俺としても、何だか気を引き締めなければならない気がする。

 俺が人里に降りなかったのは、異世界もので定番の、黒髪が何らかの意味を持つ、と言った状況にならないようにするためだ。

 黒髪は魔王とか、黒髪は不吉とか。

 しかし、姫様が対して驚かない所を見ると、どうやらそんな事は無いようである。

 これで安心して街にいけるな。いい加減、調味料のストックがヤバい事になっていたから丁度良い。

 しかし、街道で身を竦める理由が俺には解らなかった。

 まあ、すぐ解ったが。



「よう兄ちゃん、新婚旅行? いいね〜、羨ましいぜ。俺達も仲間に入れてくれよ」

「な〜に、ちゃんと可愛がってやるから。安心しろよ、姉ちゃん」

「「「ぎゃはははははは」」」


 

 山じゃないし、盗賊だろう。そいつらが道を遮るように現れた。

 新婚旅行中のカップルなら、その愛の道をも妨げられただろう。

 姫様が恐れたのは、こういう事か。


 盗賊は十人ほどいて、中には女性もいる。

 そして、嬉しい事に黒髪もいる。

 これで俺が黒髪だからという理由で弾圧される事は無くなったはずだ。

 しかし、比較対象が盗賊と言うのはいただけない話である。

 なるほど、『食べないのですか?』って、俺もこいつらと同じだと思われたのか。

 くそ、俺はそんな奴ではない。


「黙れ」


 俺は問答無用で右手でエアーガンを抜き取り、近くの男に狙いをつけた。


「あ? んだよそれ」


 どうやらこの世界にこのような武器は無いらしく、男も姫様も首を傾げる。

 まあ、魔法が主流みたいだからだろう。火薬よりも火の魔法なんだろう。

 といっても、エアーガンって火薬使わないか。


「大人しく道を開けてくれれば、怪我をせずに済むが?」

「あの……」


 姫様が何か言いたそうにしているが、それを左手で遮る。

 こんな奴らがいるから、俺の品性が疑われたのだ! 俺はケダモノではない!

 ——いや、確かにウサギを素手で狩るのは野蛮だし、獣紛いの事だけどさ。


「舐めてんのか小僧! 俺たちゃ——へぶっ!!」


 無視して引き金を引き、何かが男を吹っ飛ばした。

 吹っ飛ばされた男と、自分の手の武器を交互に見る残った盗賊、それと姫。

 非道? いやいや、大人しく道を開けろと言ったし、問題ないだろ?


「で? 君等はどうする?」


「どうぞどうぞ、どうもお手数おかけしました〜」


 そう言って素直に道を開け、土下座して見送ってくれる彼らに驚いてしまった。

 てっきり、『覚えてやがれ!』とか言って逃げると思ったのに、ここまで見事な手のひら返しとは。


 あれ? 既視感が。

 あれ? 先ほど俺がした事って……。

 俺が振りかざしたのは実力で。姫様が振りかざしたのは権力で。

 あれ? なんだろう、泣きたくなって来た。

 惨めだな……。


「どうしたの?」


 項垂れてしょぼんとしてると、下から覗き込むように俺を見てくる姫様。

 藍色の瞳がじっと俺を見つめてくる。

 はあ、可愛いな。


「なんでもないです……。行きましょう」


 俺はエアーガンをベルトに挟み、先を歩く。

 と、姫様は興味深そうにそれを見ていた。


「それ、何ですか?」

「これですか?」


 そう言って俺はエアーガンを指差す。

 コクコクと頷く姫様がリスみたいで可愛かった。


「俺の国にある護身用の武器ですね」

「……国ですか。あなたは、どこの出身なんですか?」


 どうやら異世界だのなんだの言っていたのは覚えていないみたいだった。


「……ここより遥か北にある名もなき村です。もう、俺以外は皆死んでしまいましたが」


 下手に固有名詞を出すとボロが出そうなので、なるべく抽象的に話を進める。

 ここが学生服で寒くない所から、北海道より緯度が低いと判断してみた。


「ご、ごめんなさい! 私、その、知らなくて……」

「気にしないでください。あなたが悪い訳ではありませんから」

「そ、そうですか……。ありがとうございます」


 とりあえず、俺の無知を知られるとまずいので、死んだと言ってみたが正解だった。

 

 街の壁は高く、魔物とかの襲撃に合ってもびくともしないように見えた。


「……では、俺はここまでです」


 俺は恭しく礼をして、踵を返す。

 このままではお城に招待されそうなので辞退させてもらう。


「え? あの……」

「俺はあの森の木こりです。街に用はありませんので」


 背後で呂律の回らなくなっているお姫様を置いて、俺は来た道を戻る。

 と、不意に制服の袖をつままれた。


「あの……せめて、お名前だけでも」


「お礼は要りませんよ? 間違ってお姫様をウサギ鍋にしようとした人間ですから」


「いえ、そうではなく……」


 なんだろう、何が言いたいんだろう。

 まあ、名乗れば離してくれるか。

 適当に誤摩化すとしよう。このお姫様はいい人だろうが、この国が良いとは限らない。

 じっくりと潜伏場所を選ばせてもらおう。

 俺は姫様の手を払い、姫様の顔は見ずにこういった。



「俺の名前は無いんですよ」



 これがまさか間違って解釈されるとは、さすがに俺も気付かなかった。


初めましての方は初めまして。零月零日です。


この物語は、作者の作品『例えば勇者の模造品』と一部繋がっておりますが、こちらだけ読まれても十分楽しめるように書こうと思っております。


感想・意見・指摘などありましたらどうぞ。



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