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第0話 俺は意識高めのひきこもりなの!/第一話  中一ギャップいか焼き

【ご挨拶】


読んでいただきありがとうございます。

これは、空咲零そらがきれいが気まぐれに書いている短編読み切りシリーズです。


更新は不定期。

思いついた時に、ふらっと投げます。


気が向いた時にでも、読んでやってください。


では、

第0話「俺は意識高めのひきこもりなの!」

第一話「中一ギャップいか焼き」をどうぞ。

【第0話 俺は意識高めのひきこもりなの!】


カチッ。ピッ……


目覚まし時計が鳴る直前の「カチッ」となる音で目が覚める。

どれだけ寝不足でも、そこだけは機械みたいに反応する。

目覚まし時計からすれば、仕事妨害なんだろうが知ったことか。


「はぁ~朝か……」


電気は基本、点けない。

大判の壁のれんから入る光だけで、部屋は十分に満たされる。


カーテンは好きじゃない。

取り付けも面倒だし、外して洗うにも埃が舞って仕方がない。


「はぁぁ……今日から学校か。しかも「心」担当」


俺は、五年前に体育教員を辞めた。


理由は――働くのが馬鹿らしくなったから。


当時はそれしか思いつかなかったので、退職届にもそう書いた。


『何とでも言いやがれ。今更遅せぇんだよ。テメェと話す時間は終わったんだよボケェ』


そんな気持ちで、説得に来る教頭をガン無視し、荷物をまとめて学校を去った。


―――――


「家庭訪問、家庭訪問って毎週来られたら子供にとっては恐怖じゃないですかね?

子供の気持ちってそうじゃないと思うんですよ。教室がうるさいって言ってるんだから、こっちの努力が先なんじゃないでしょうか?」


「若いね~。かつて僕もそうだったな~。生徒一人一人の気持ちに寄り添ってあげられる教師になる!ってな。でもね、そんな綺麗ごとじゃ、教員なんてやっていけないんだよ」




そうですか……じゃ、教員免許は燃やしていいや



元々自分はそんなに気持ちの熱い人間ではない。体もそんなに強くはない。

しょっちゅう寝込むし、食物アレルギーだらけで食えるものの方が少ない。

小児喘息で、小学校に入る前までの殆どを病院で過ごした。幼稚園の運動会も教室の窓から眺めていた。


体育教員になったきっかけは、小三。

体力づくりの為に通い始めた水泳だった……ような気がする。

三度の飯より水泳が好きという訳ではなかったが、暇な入院生活で身に着いた人間観察力が役に立った。


小児病棟とは結構シビアで、仲良くなっても次の朝にはベッドが無くなっていることなんてよくある。

一人遊びの時間は膨大にある中で、病室を抜け出して人間観察。

これが、突然友達がいなくなっても絶対にできる、終わりの来ない遊びだった。


そんな感じで上達する人の共通点を見抜くのがスーパー得意な俺は、あれよあれよと地区、県、全国を勝ち抜きオリンピック委員会から声がかかった。


もちろん




断った。


面倒臭い。

理由はそれだけだ。競争の世界に身を置いて切磋琢磨なんて柄じゃない。


俺は水泳より、部活でやってるバスケの方が好きだったしな。


そっちは大学の推薦が来たので乗っかった。学費無料だからな。

一人暮らしの大チャーンス。

でもスマン。俺は頭脳路線なんだよ。

ま、でも負けるのは嫌だから優勝一択だよ。プロに行くやつらもいるしね。

足は引っ張れないし、ベンチを温めるつもりもない。

仕事なんて何でもよかったが、なるべく社会に出るのを遅くしたくて大学院へ進学。流れで教員免許を取った。

教員になる奴なんて大体、こんなもん。”一生好きな事やって稼げる~”ってな。


だが現実はそんなに甘くない。

授業だけやって給料が貰えるなら、教員志望率はこんなに低くない。


給料を上げたら教員志望者が増えると思っている文科省マジ何考えてんの?

そんなわけないじゃん。『机上の空論』ってお前らの為にある言葉だよ。ウケる。


で、去年よ。

家でゲームしたり本を読んだり好きにやってるところに、大学時代のバスケ部の先輩から教育委員会に呼び出された。

この人は、地元が同じで幼稚園から一緒。同中、同高、同大。研究室も同じ。

町内が一緒なら親も幼馴染という何っともウザい関係性だ。


「よ。ニート。生きてるか」

「蒼汰くん……ニートじゃないですよ。意識高めのひきこもりです」

「わはは。同じだろ。お前、今暇してんだろ?俺、去年から教育委員会にいるんだよ。今日の午後二時、空いてる?ちょっと来いよ」

「えー……部署どこですか?」

「教育支援推進室」

(うわー。嫌な予感しかしない)


電話片手にダイニングテーブルに雑に置いた新聞の一面に目線を落とす。


「不登校児過去最高を記録」


これに巻き込まれる線が濃厚……いや、100%!


―――――





で、今朝に至ります……っと。


身支度をしながら、頭の中のもう一人の俺と会話をする。

湯の沸いたポットを持ち上げ、細く湯を落とす。


夜が去った部屋の空気を、コーヒーの香りが満たしていく。


(今日からボトルにつめて出勤か……)

職員室のコーヒーは、朝淹れて保温で放置。酸化が進んでいてマズくて飲めたもんじゃない

ボトルに入り切れなかった分をカップに注ぎ、ソファーに座る。

ニュースをつけ、新聞読む。


「世の中どうなってんだよ……」

自分と全く関係ない話を見て、わざわざ心を痛める。


朝ごはんを食べない代わりにプロテインとビタミン剤を飲む。

先にも書いたが、食物アレルギーだらけで食事は面倒な作業でしかない。


「あっ、ワイシャツにアイロンかけてないや……ポロシャツでいっか」


久しぶりの教師姿。


(心底行きたくねぇ……まぁ半年でいいって話だからな。どうせ一年に延びるだろうけど)





「玄関を出たら仕事モード、玄関を出たら仕事モード……」

心のスイッチを切り替える呪文を十回唱え、大きく深呼吸――



「松崎さん、おはようございます。乗りますか?」

さわやかな笑顔で、エレベーターの扉を押さえ、同じ階に住むおばちゃ……マダムを待つ。

「あら。ありがとう。いつも爽やかね。身長も高くてスラっとして、モデルさんみたいね」

「あれ、髪色少し変えられました?」

「良く分かったわね?!ちょっと茶色を増やしてもらったのよ。うちの人ったら、もう三日もなるのに気付かないのよ!嫌になっちゃう」


松崎さんは、美容院に行く日は決まって黒のTシャツを着ていく。三日前に帽子をかぶって出かける姿を見かけた。帰って来た時に被ってなかったという事は、白髪の出てきた根元を隠して美容院に向かったのだろうと察しが付く。


「きっと照れくさいんですよ。男は好きな子に声をかけるのは得意じゃないんですよ」

「そんなんじゃないわよ!古女房の事なんて見てないのよ」

「松崎さんから言ってみたらどうです?」

「嫌よ。悔しいじゃない!」

「そうですか?可愛らしいですけどね。それに、次は俺から気付こうって思ってもらえるようになるかもですよ」

「……そうかしら」

幾つになっても女は美しくいたいもの。好きな人にはやっぱり褒められたい。


「お先にどうぞ」

エレベータの扉の◁▷ボタンを押し、掌を上に向け道を譲る。


「ジェントルマンね。主人もこうだったら一品増やしてあげるんだけどな」

(エスコートしておかずが一品増えるのか……ちょっと割に合わないかもだけど、平和に暮らせるなら、それでいいのかもな)


マンションエントランスに登校前の子供たちが集まっていた。

新一年生が多くいるこの年は、登下校が大変そうだ。


(俺が今日から赴任する学区ではないからいいんだが、隣の学区じゃすぐに身バレするんだろうな)



そんなことを思いながら自転車にまたがる。


「いってらっしゃい」

管理人さんの不意打ち挨拶を愛想笑いで返す。


(不意打ち挨拶ってどう返していいか分からないよな……)





桜が丘中学校。


「おはようございます」

海沿いの道を十五分。駐輪場に自転車を停める。

職員玄関。

(赴任・新任の先生たちに花飾りがついてる。ここの教頭は結構気が回る人か?とりあえず、全員赤色。男女平等ってやつね)


「あの……赴任されてきた先生ですか?」

後ろから声をかけてきたのは、大きなメガネの小柄な女性だった。

(ちっちゃー……、俺がデカいのか?)


百八十三センチ。

病弱ではあったが、ありがたい事に身長”だけ”は伸びた。

体重は……想像にお任せする。

一応言っておくが、太らない体質なんだ。それなりに鍛えてはいるから……ガリガリじゃない。


「私は、出戻りです」

外用のスマイルでそう答える。


「よかった~、一人じゃなかった」

「どういうことですか?」

「私せっかく内定もらったのに、父が他界して途中参加なんですよ。いきなり出遅れちゃって……他の先生たち、みんな仲良くなっちゃってるんだろうなぁなんて考えてたら、昨日一睡もできませんでした。よろしくお願いします!」


同じ年くらいだな。緊張するとよくしゃべるタイプ。教科は言語系。多分国語。


「まだ、六月ですからお互いの名前を覚え始めたかなくらいですよ。それより、お父様をちゃんと送り出せてよかったですね。よろしくお願いします」


この学校の職員室は二階にある。

少し特殊な環境にあるこの校舎は、海の上の学校と呼ばれている。

戦前は桜が咲く綺麗な場所だったらしいが、爆撃で島の形が変わり埋め立てやら、なんやかんやでこの形になったらしい。

俺もよく知らないし、興味ない。


気が付けば、体育館で全校集会の真っ最中。


「では、新しくこの学校に来られた先生方の紹介です」

俺たち二人は、進行役で主任の山口先生に促され、壇上に上がった。

会場が少しどよめく。


(はい。お約束。俺の見た目でしょ。結構地味なスーツを選んだんだけどな。嫌だね。派手な見た目ってのは)


葉山はやま夏海なつみ先生――国語を担当します」

(やっぱりな)


水城みずきなぎさ先生――心の教室と体育”補助”を担当します」

(体育補助は聞いてないな……さすがっすね先輩。さっそく仕掛けてきやがったな)


「よろしくお願いします」

(とりあえず、この場は……爽やか水城先生スマイルでしのごう)



全校集会が終わり、職員室に戻ると机に座る間もなく校長室に呼ばれた。

(なんだよ。茶くらい飲ませろよ面倒臭ぇなぁ……)


職員室の奥。廊下の突き当りが校長室だった。


「よっ」

「あ!蒼汰くん。じゃなくて瀬名先輩」

「いいよ。今は生徒いないし」

「蒼汰くん、体育補助とか聞いてないよ」

「えっ、言ってなかったっけ?」

「言ってないです!」

「授業補助とかやってほしいな~って言ったじゃん」

「……」


この先輩、瀬名せな蒼汰そうたは、やり方が強引で有名。三十代で教育委員会勤めの出世頭だ。

子供の頃から変わらないこの性格。俺は何度も巻き添えをくらって親に怒られた。


俺とは全く、逆のタイプ。


「いや……っ汚ねぇ。やり方汚ねぇ」

「細かいことをぐちぐち言わないの。ちょっと印鑑出して」

「……今、持ってないですよ」

「え~。忘れ物だよぉ?」

「それも聞いてないですよ。つか、何の書類ですか?」

「……見たいの?」

「当たり前でしょ」


教員採用年月日――右の者を――


「俺、教諭?!講師じゃなくて教諭?本採用?」

「そう。今日から」

「本人の知らないところで……面接とか受けてないし」

「この間会ったじゃーん」


(この間……?)


「まさか……焼き鳥屋の?うっわ。そんな事できるんだ……怖っ。この国怖っ」


蒼汰くんは、スーツの内ポケットから印鑑を出すと、軽く説明を口にしながらどんどん押印していく。


「ちょっ、その印鑑……俺のじゃん?!」

「うん。お前のお母さんから預かった」

「はぁ?!」

「心配してたよ。仕事もしないでぷらぷらしてるからどうにか面倒見てやって欲しいって電話で頼まれてさ。俺も教育相談室に着任したばっかりで人出が欲しいじゃん。だから。ね!」


開け放たれた窓から入ってくる風がカーテンを揺らす。

事務員が運んできた茶はすっかり湯気を失っていた。


「いや、「ね」って……」

「お前にとっても悪くない話だと思うよ。心の先生、向いてるって。やってみろよ」

「……教諭ってことは生徒指導やらされるんでしょ?授業やったり、担任も持つでしょ」

「だーかーら。「補助」って書いてあげたでしょ。古臭い事を浅くやってる風を装う時代はもう終わり。俺は、新しい事をやりたいのよ」


校長席に座る校長が茶を飲みながら、恵比須顔で微笑む。

第一教頭は、権力者と勢いのある眼光の蒼汰を前に、おろおろとしているものの、笑顔の仮面を外さない。


「つまり?」


「立場は教諭。給料もその階級で支払われる。でも、仕事は”心”が主。

出勤時間は七時四十分。退勤は、四時四十分。部活動指導その他一切無し!」

「部活動指導無しは絶対嘘でしょ……」

「いや、マジで。部活動はね、そろそろ学校から切り離したいらしいよ。知らんけど」


蒼汰くんは、最後の書類の押印を待ってくれていた。


「どうする?このまま一生ぷらぷらしてる訳にもいかないでしょ。いずれどっかで働くんなら、今、俺の下で働けよ」



「はぁ……分かったよ。やりますよ。でも、部活はマジでやんないですよ」

「オッケー!」

最後の一枚に押印し、蒼汰くんは立ち上がった。


「いやー。校長先生、お邪魔しました。教頭先生。こいつ英語とスペイン語イケるんで、外国籍の生徒も任せて大丈夫ですよ。でも、食物アレルギー売るほど持ってるからあんまり色々食わせないでくださいね。それから――」

「ああぁ……ちょっと、あんまり俺のスキルをバラさないで。期待されても困る……って聞いてる?聞いてないか……」


(第0話・幕)




【第1話 中一ギャップいか焼き】


心の教室は、職員室を出たすぐ先にある。教員が駆けつけやすいようにと「助けて」と尋ねてきた生徒を取りこぼさないようにだ。

と、言っても先々月まで物置に使われていた。


「俺専用の部屋ね……聞こえはいいけど、片付けからやるのかよ……」


無くさないように、鍵をズボンのポケットに入れた。

上着を脱ぎ、荷物を詰め込んだ段ボールと一緒に廊下の端に置く。

教室の半分くらいの広さの部屋に、食あたりを起こす寸前まで詰め込まれた机や椅子。保健室で使われなくなったパーテーション。その他諸々……荷物をかき分け、どうにか窓を開けた。


海からの風が、一気に部屋に流れ込んでくる。


「おー。気持ちいいな……ってならねぇ。鳥フンもりもりじゃん。カーテンも埃っぽい!俺が死ぬわ!!」


眼下に見える駐車場から、車に乗り込む蒼汰が手を振っている。


「へいへい」

今は授業中。声は出さずに、頭を下げて手を振り返す。




手が空いてる職員や第二教頭が手伝ってくれたおかげで、昼休みには「心の教室」をスタート出来る状態までこじつけた。

今度こそ、海風が気持ちいい。


「あー。疲れた。もう帰りたい。シャワー浴びたい。寝たい。ベッドが俺を呼んでいる。漫画読みてぇ……」

(やべっ、咳出そう。あんまり疲れると発作が出るな。今夜はもくもくさんしてから寝よう)


ぶつぶつ独り言を言っていると、内線が鳴った。


「はい。心の教室、水城です」

「一年一組の田中です。こちらに頼っていいって聞いたんですけど、生徒を一人、お願いできませんか?」

「はい。分かりました。今授業中ですよね?私の方から迎えに行きますね」


(こちらに頼っていいって聞いたんですけど。って、俺は初めて聞いたわ……

ま、でも授業している方からすると、心境穏やかじゃない生徒を一人で歩いて向かわせられないし、だからと言って授業止められないもんな)




「えーっと、一組は……あっ向こうか」

ネームタグの裏に縮小コピーして入れた校舎の配置図を見ながら歩く。


教室の戸の上面のガラス窓から中を覗くと、女子生徒が机に伏せて泣いていた。

(入学から二か月だからな。そろそろ限界迎える子が出てくる時期なんだよな)


コンコン――


「失礼しまーす」

「あっ、水城先生すみません……」

「いえいえ」

(授業は……英語か。こんだけ泣いてたら教室で過ごすのは無理だな)


『他の部屋に行こうか。ここだと落ち着かないでしょ?』

小声で顔を覗き込むように声をかけると、女子生徒は小さく頷いてくれた。


「よし。じゃ、行こうか」

机の上の物をまとめて持ち、廊下へ促す。


「水城先生……」

「はい……?」

「あの、実は――」

「大丈夫ですよ。一先ず「心」で預かりますから。授業の方、続けられてください」

俺は咄嗟に田中先生の言葉を遮った。


ここは教室を出てすぐの廊下。しかも、授業中。廊下で話せば他クラスの中に丸聞こえになってしまう。

彼女は、悪気があるわけではない。

丸投げではなく、説明責任を果たそうと誠実でいてくれたのだ。


「ありがとうございます」


田中先生は急いで、教室に戻っていった。



「えーと、お名前は……?」

名札を見る。


「青森さんか。先生の名前覚えてくれてる?」

「……水城先生」

「あはは。正解」





「青森さんが、心の教室ご来店第一号だよ。ようこそ~」


「心の教室」という割に、この部屋のドアはやたら開放的だった。

観音開きの扉には丸窓が二つずつ付いていて、合わせて四つ。ほとんど窓みたいなものだ。

(場所的にここが一番良かったんだろうけど、カーテンするとか何とかやり方あっただろ。学校ってこういうとこな。配慮不足っていうか何というか……)


だが幸いなことに、心の教室には、部屋の奥にもう一部屋ある。

箱の中に箱を突っ込んで端に寄せたみたいな構造だ。

鍵も付いていたが、それは危ないので、内側から目張りだけさせてもらった。


「ごめん。今、この丸窓に貼るもの作ってるから、ちょっと奥の部屋に座ってて。もうすぐ授業が終わるから、ここに座ってると動物園の動物の気分を味わうことになる」

「はい……」

「あ、でもドアは少し開けといてね。まだ片付けたばっかりで、換気完了してないんだ」

(窓から飛ばれたら困る。なんて言えねぇもんな。ドアストッパーになるもんないかな……)

この部屋のドアは外向きの片開きドア。ドアストッパーは明日以降で考えるとして、今は蝶番の上に丸めた段ボールを突っ込んだ。


新聞で窓の型紙を作り、段ボールと模造紙に写していく。


「青森さんはさ、こういう工作って得意?」

ドアの隙間からチラチラ様子を伺いながら、話しかける。


(距離を詰めすぎず、考え込ませないようにしなきゃ、女子はどんどん深みに入って行っちゃうからね)


「はい……手伝いますか?」

「いいの?!」

青森さんはにっこり笑って部屋から出てきた。

(おっ、笑顔になれるじゃん)


「よし、じゃぁこれを切り抜いてくれる?」

「こっちの段ボールじゃなくていいんですか?」

「うん。急ぎたいから今日は模造紙でいいや」

(心の教室に刃物は持ち込めないんだな~これが……)


あと十分で授業が終わり、生徒が一斉に解き放たれる。

(几帳面で真面目な子なんだな。慎重に線の上を切ってる)


「先生。一枚切れました……」

「ありがとう」


丸窓にはめ込むと――シンデレラフィット!


「おー。気持ちいい」

二人で達成感に浸る。


「あ、そんなことしてる場合じゃないんだった」

残りの三枚も貼り付ける。


「セロハンテープがないから、これでいいや」

いつの時代の机だよ。ってくらい古い木の教卓机に、ちょこんと置いてあったマスキングテープで八カ所を留めた。


「……随分、可愛い感じになりましたね」

「そ、そうだね。まぁ、即席だから……明日以降でいい感じのもの作るよ」

職員室にあった模造用紙は、水色と黄色。四つの丸窓に互い違いにはめ込むと……まぁいいや。


「あ、そうだ。給食どうする?ここで食べる?教室戻る?」

「……ここに居てもいいですか?」

「いいよ。じゃ、一緒に食べようか」

丁度、チャイムが鳴った。

一気に騒がしくなる廊下。青森さんは奥の部屋に引っ込んでしまった。


「外からは見えないよ。ここには許可なく誰も入ってこれない事になってるから大丈夫だよ」

(それより、窓を塞いで女子生徒と二人はマズいって教頭に言われそうだな。ま、いっか。フィールドを整えんのはお前の仕事だよ。俺が着任する前にお前がやっておく仕事なの。って気の利いた嫌味の一つでもかましてやろう)


「そうなんですか……?」

「うん。保健室とは違うからね」

青森さんの顔に安心が浮かんだ。


コンコン――


ノックが鳴り、出てこようとしていた青森さんが引っ込んだ。

(タイミング悪ぅ……)


「失礼します~……」


そろりと戸を開け、田中先生が顔をのぞかせた。


「田中先生、お疲れ様です」

「お疲れ様です。先程はすみませんでした。青森さんは……」

「元気に過ごしていますよ。奥の部屋にいますので、先生もどうぞ」

(早く戸を閉めてくれ。注目されちゃうと青森さんが動揺するでしょうが)


俺は、例のいつの時代のものだよ。ってくらい古い木の教卓に座って、開け放たれた内側の部屋の戸から二人の様子を見守る。

面倒なので、内側の部屋は「奥の部屋」とする。


そして、今、気づいたが、一年一組は田中先生がクラス担任だった。


「大丈夫?少し落ち着いた?」

「……」

「クラスの子達と何かあった?」

「……」

「何があったか先生に教えてくれないかな?」

「……」


(あーあ。せっかくの笑顔が消えちゃった。そんな警察の取り調べみたいな聞き方じゃ、子供は何も話してはくれないんだな。そろそろ助けるか)


「田中先生、給食指導はよろしいんですか?」

「そうなんですよ。とりあえず、見回りの先生に託してきたんですけど……」

(この先生、仕事が手いっぱいで全く余裕がないって感じ。何でもかんでも、一人で抱え込むタイプだな)


「青森さんの給食をここに運んでもらうことはできますか?」

「はい……え、いいんですか?!お世話になって」

「もちろんですよ。その為の配置でしょうから」

「ありがとうございます!すぐに持ってきます!」

田中先生は、風のような速さで心の教室を飛び出していった。


「あっ、荷物ここに置いていけば……って早っ!」

後ろを振り向き、青森さんを見ると笑っていた。


「田中先生って、あわてんぼうさんなのかな?」

「この間も授業中にコードを足に引っ掛けてモニター全消ししてました」

「マジか」


開けた窓から入る、潮風が二人の笑いをやさしく包む。


「先生……」

「ん?」

「あのね……」

「ストップ。話は、ご飯食べてからにしよう。今日の給食はカレーだよ。カレーって冷めるとおいしくないからね」


昼休み。


予想は的中。扉を全部塞ぐのは、コンプライアンス的にマズいとのこと。

仕方なく、パーテーションボードを戸の前に置いた。

気の利いた嫌味の一つも言ってやろうと思ったが、そこまで心を入れて仕事をすると、自分が潰れると知っているのでやめた。


「よし、お待たせ。お話しようか」


奥の部屋が落ち着くということなので、戸を開け放して俺が手前、青森さんは奥に座った。外の部屋の戸と中の部屋の戸は大きなテーブルを挟んで向き合っているので、通りがかりに覗いたとしても、俺の姿しか見えない。


「あの……」

「うん」

「教室にいるのがちょっと……辛くて」

(おっ。お悩み相談ランキング一位がきた)


「どんなことが辛いのかは、ハッキリしてる?」

「……」

「変に思われるかもしれないんですけど……」

「思わないよ。そんなことは絶対にない」

(なぜなら、この世の中は変な奴だらけだからだ。俺も含めてな!)


「小学五年生くらいから、何だか人の視線が怖くなって……教室にいると落ち着かなくて」


「そうか」


「制服の違反をしてないかとか、髪型で怒られないかとかが毎朝気になって……授業で当てられて答えられなかったら、内申点が下がって高校に行けないってクラスの女子が話してるのが聞こえちゃって……心配で授業中も集中できなくて……授業にもついていけないし……」


青森さんは詰まっていた思いが溢れだし、泣き出してしまった。


タイミングが悪い事に、五時間目の授業に向かう前の田中先生が訪ねてきた。


俺は咄嗟に、手をかざして入室を制止した。

空気を読ませたら世界一の日本の教員は、こういう時に素晴らしい対応力を見せる。

静かに頭を下げて出て行ってくれた。


「大丈夫。続けていいよ」

片付けているときに見つけた、ボックスティッシュをそっと渡してゴミ箱を寄せた。


「あ、ちょっと待って。それ、埃っぽいかもしれないから、もったいないけど五枚くらい抜いてくれる?」

青森さんは静かに頷くと、言われた通り五枚を抜いた。


「ありがとう。これは後で掃除にでも使おうかな。よし、じゃ再開しよう」

(泣き出しても、こうやって脱線させると悲しみポケットに落ち込まないで話が聞ける……結構落ち着いた環境の育ちの子かな?)


「それで……えっと、どこまで話したかな」

「授業についていけなくなってて困ってるってところまでだったよ」

「あ、そうなんです。それでますます教室にいるのが嫌になっちゃって……」

「なるほど。特に辛いのは英語かな?」

「何で分かったんですか……?」

(大体みんなこの時期の英語で試合放棄するからだよー。で、受験前にえらい事になるってのがお約束のパターン)


「実は先生ね……人の心が読めるんだよ」

「そうなんですか……?」

俺は、テーブルに両手を組み、体を乗り出すと、青森さんと目線を合わせた。


『そんなわけないじゃん』

「なにそれ」


青森さんに笑顔が戻った。


「ちょっと風が出てきたね。寒くない?そっち側だけ閉めようか」

「はい」

俺の右側、つまり青森さんの左側は窓になっている。

青森さんが笑いながら、一瞬腕を擦ったのを俺は見逃さなかった。


「英語の授業で泣いてたから、そうかなーって」

「なんだー」

「まずね。人の目線が気になり出したのは小五って部分。これは正常なんだよ。青山さんの心が成長して、お姉さんになったということ。視野が広くなったんだよ。今、苦しいのはそれとどう付き合っていこうかと心が勝手に試行錯誤しているのに青山さん自身が驚いているからなんだよ」

青山さんは、ハッとした顔でこちらを見た。


「心にしっくり来た?」

「はい。来ました…」

「次に、校則違反の事な。これはよっぽどのことがない限り、生徒指導までいかないよ。名札は縫い付けだし、第一ボタンが空いてるくらいで厳しく言う先生がいたら俺に教えて。

「やさしくどうぞ」って、俺から言っておくから。内申点の話は都市伝説。上の学年に兄姉がいたりすると、知ってる感じをだして自分をアピールしたい子が毎年いる。俺が中学生の頃もいた。気にしなくていい。教諭の俺が言う方が正解な。席は、どうしようかねぇ……」


(ん?今六月の始め)


「もうすぐ、席替えじゃない?」

「そうです……」

「青森さんはどこの席だったら落ち着ける?」

「ベランダ側の一番後ろの端です」

(だろうね。でもあの位置はこの子にはお勧めしないな)


「その次の席替えは……夏休み明け。暑いよあそこ。エアコン効いてても、直射日光ガンガン。海の照り返しぎらぎらで眩しいよ」

(夏休み明けに、教室の奥まで入れるメンタルがこの子にあるとは思えない。もう少し慣れないと登校日前日にメンタルがポッキリいく。)


「じゃぁ……」



反対側の一番後ろ



「廊下側の一番後ろとか……」

「OKそこにしよう。田中先生にその席にしてって言っておくよ。で、英語の分からないところはどこ?教科書みせてごらん」


青森さんは、外の部屋のテーブルに教科書とノートを取りに席を立った。

(念のために机にあるもの全部引き上げてきてよかった。多分、be動詞の否定文で躓いてんだろうな)


「今、ここを授業でやっていて……でも、もっと前が分からなくて、次のテストどうしようって考えたら……」

(はい。be動詞の否定文。俺すげぇな……)


「よし。じゃぁ一緒にやるか」

「いいんですか?」

「特別だよ。その代わり、教室に戻って頑張れるかな?」

青森さんは、にっこり笑って頷いた。



その後、時々英語の分からないところを聞きに来るものの、心の教室に救急搬送されてくることはなくなった。



(明日は、エアコンの掃除をしようかな。あ、「相談中」とか「不在です」って掛札とか欲しいな)







自転車を押して、正門へ向かうとテニス部の女子たちが叫ぶ。


「水城先生―、さよーならー!」


俺は叫ぶキャラではない。手だけを振り返した。


『ぎゃー!』

『手振り返してくれた!』

『かっこいいー!』


「ははは。元気いいな。赤のジャージは確か……三年生」


海沿いを走って帰路つく。


「おっ。もう海の家が出てんじゃん」



「いらっしゃい」

「いか焼き一本ください」

「あいよ。兄ちゃんイケメンだね。うちでバイトしない?」

「いえいえ」

「週一でもいいよ?」

「これ以上仕事したら、俺倒れちゃうよ」




波止に座り、いか焼きを頬張る。



今日の相談は、中一ギャップってやつだよな。そんなもんあるかよ。

中一ギャップがあるなら社会人ギャップもあるっつーの。誰だよこんなセンスのねぇ名前つけたの……

それに、人の視線が気にならなかったらこの世は犯罪者だらけになるわ。

心の容量は皆同じ。どこでどう鍛えて輝かせるかは、自分で決めていいって事よ。

昼寝するよし。引きこもるもよし。教室で実践を積んで学ぶもよし。ただいつかは立ち上がれ。


このいか焼きだって、いかの味は全部同じ。美味いのはタレ!って誰かが言ってたな。マジその通り。


「なぁ?」


近くに寄ってきた猫に、残り一口をあげるとさっさと逃げて行った。



「あいつ、可愛い声で擦り寄って来てたくせに……猫が一番生きるのが上手いよな。あー。疲れた。夕日デケェなー」


(第1話・幕)


空咲零の気まぐれ小説は、いかがでしたか?

本日の「心の教室」はこれまで。

では、また次のお話で。

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