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母の気持ち

作者: 福口哲郎
掲載日:2026/04/08


「もう~どうしてそんなことも出来ないの?赤ちゃんじゃないのに!ほんっと!情けない!いい加減にしてよ!!!」

毎日毎日、彼女は怒鳴った。ヒステリックに。

その声は家中に響き渡る。

「どうして、そんなにこぼすの!しっかり食べてよね!」

毎日毎日、母は食事をこぼし、そして服や床を汚した。

毎日毎日、母はトイレが間に合わず下着や布団を汚した。

毎日毎日、彼女は怒鳴った。

毎日毎日、彼女はイライラしていた。

抑えきれないどうしようもない怒りが込み上げる。

「もう!!!なにやってるのよ!!!!どうしてそんなこともできないの!!!いつもいつも誰が掃除してると思ってるの!!!」

彼女は怒鳴らずにはいられなかった。何度も手を上げそうになった。目に見えない怒りに支配されそうになり、歯を食いしばり我慢した。

そして彼女は母を睨みつけた。



母は、口癖のように

「早く死にたいよ。」

と言った。

「じゃあ、早く死んでよね!」

と口に出したいのをグッとこらえた。わかっている。それは本心かもしれないけれど、人として言ってはいけないのだろう。


そんなある日、彼女は階段から足を外し、腰を打ち入院した。痛くて痛くて、まったく動けない。座ることすらできない。寝たきりの生活。もしかしたら一生寝たきりなのでは?後遺症や麻痺が残るのでは?と恐怖で眠れない日々を過ごしたが、検査の結果、幸い後遺症もなく全治2ヶ月ほどのヒビですんだ。


しかし不自由なことには変わりない。

まったく動くことができない。

食事も横になって食べるしかない。体を少しでも起こすだけで激痛が走る。思うように口に運べずにこぼした。シーツが汚れた。

惨めだった。シーツ交換は週に1回だった。汚れたままで過ごした。

おしっこがしたい。ナースコールを押すが、忙しいためか、いつも人員不足のためか、なかなか看護師は来てはくれなかった。

そして・・・我慢できずに失禁してしまった。

惨めでしょうがない。

(なんでこんな目にあわなければいけないの?)

とその時・・・

ふと母の言葉が蘇った。

「早く死にたいよ。」

同じだった。寝たきりになり、何も自分で出来ない、こんな情け無い思いをするくらいなら死んだほうがましだ。本気で死にたいと思った。

誰だってそう思うだろう。


そっか、きっと母は、もっともっと惨めだったのだろう。

誰よりも気丈に生きてきた母。自分の事はなんでも自分でしてきた母。

それがいつの間にか、自分のことすら自分でできない。蔑まされ、疎ましがられ、罵られ。


そんな惨めな人生なら誰だって死にたいだろう。

どうしてもっと早く気づかなかったのか。

退院したら、優しく接しよう。

そして伝えよう・・・お母さん、ごめんなさい。



退院した彼女は、一番に母親の元へ。


母は、震える手で一生懸命食事をとっていた。

わかっていた。好きでこうなったわけじゃないって。

わかっていた。母なりに、一生懸命、迷惑かけないようにしてるって。


本当はわかっていた。それなのに・・・毎日毎日のイライラ。誰も助けてくれない。彼女にはどうすることもできなかったのだ。厳しく当たるしか。

いつも綺麗好きで立派だった母。躾に厳しかった母。なんでも卒なくこなした自慢の母。誰よりも優しかった母。誰よりも心配してくれた母。


どうしてこうなったの?まるで別人のように・・・。

あの頃へ戻って欲しい。その想いからきつく当たるのもしょうがない。

どうして?母のため?人間らしく生きて欲しいから?世間体を気にして?片付けるのが面倒だから?


わからない。全てなような気もするし、そうでないのかもしれない。わからない。でも、怒るのは間違っている事だけは確かだった。

そして、ほんの少しでも本気で「早く死ねばいい」と思ってしまった事を恥じ、後悔した。

「お母さん・・・ごめんなさい。」

彼女は泣きながら謝った。


母は、

「私こそ、いつもあんたに迷惑ばかりかけてごめんよ。」

老いた体、老いた顔、あの頃のしっかりした母はもういない。しかし、その面影に昔の母の優しさがにじみ出ていた。


!!!!!

その表情をみて彼女は悟った。

口癖のように言っていた

「早く死にたいよ。」

それは、情けない自分自身に向けた、楽になりたいという気持ちではなく、他人に迷惑をかけたくない。

なにより娘に迷惑を、そして心配をこれ以上かけたくないという、親心だったことに。


彼女はまた涙した。




読んでいただきありがとうございます


スノボで腰の骨を折り寝たきりになってしまい、その時に思いついた作品です

やはり病気もそうですが、実際になってみないと本当の辛さはなかなかわからないですよね


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― 新着の感想 ―
 福口哲郎さん、こんにちは。 「母の気持ち」拝読致しました。  最新作「公園に棲む人」を拝読したのち、作者様ホームページから検索しました。  母にお小言。どうも、介護のようです。  毎日毎日、怒鳴…
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