だから、人間が大好きだ。
私は小さいころから優秀だった。
学力はもちろん、外見にも恵まれていた。さらに、私の住んでいたオーゲル西合衆国は治安が悪かった。「ホームレスと不良の溜まり場」という謎の悪名がついたその地域は、私の優秀さを際立たせた。
よく、いじめもした。私は自分が優秀であることを知っていたがゆえ、外国籍を持っている子たちをからかい、嘲笑った。
「あんた、母国にもココにも居場所がないんだっ。言葉がわからないなんて可哀そうね、外国人!」
よく、こんなことを言ったものだ。その子の母国、家族を馬鹿にした。しかし、今考えれば私がこの言葉をかけたのは年上の、14歳の子で、オーゲル西合衆国に5年間住んでいた。言葉はわかっていただろう。
もちろん私は勝ち組であり、強者だ。高校へ行き、大学へ行き、一流企業の重役になると思っていた。しかし、私が13歳のとき、私の住んでいたオーゲル西合衆国は、戦争に巻き込まれた。
ダダダダダダダッダン
外では銃声が聞こえ、赤やオレンジ色の光が散った。
私の母はもう、どこにいるのかわからない。弟はアバンカ領グワーツで戦死した。父は昨晩、祖父母の元に向かったまま戻ってこない。避難所に集まった人々は皆、みすぼらしかった。
私たちの国は戦争に負けた。
私は戦争孤児として、15歳の時に隣国に送られた。そこで私は壮絶ないじめにあった。
言葉のわからない私を馬鹿にし、笑い、叩く子がたくさんいた。そこでついたあだ名は「チェンゼ」。その国の言葉で、「外国人」という意味だった。
しかし、私は都合の良すぎるほど都合の良い人間だった。その時私は過去に犯したいじめをすっぽり忘れ、こんなことを思った。
「私のことを嘲笑うことでしか、自分の価値を見いだせない人たちなんだ。そんな人たちは人生の弱者よ」
「人間」は自分の未熟さを棚に上げ、都合よく生きている。そんな人間のような生き物は、この世のどこを探しても見つからない。
今から私が言う言葉は、ほとんどの人が理解できないだろう。それでも良い。
私は、私のことが大好きだ。私を愛するということは、都合の良い最低な生物である「人間」を愛することでもある。
だから、人間が大好きだ。




