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境界の向こう側  作者: 森本琉偉


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第5話 視る眼

特訓開始から2週間ほどが経ち、体にはかなり基礎体力がついてきた。


凪辻さんから次の課題が与えられた

「今日からは『核』を視る特訓だ。いくら体力がついても魔物の中心にある核を捉えられねば、倒すことは不可能だ」


「私が一時的に気を流し込み、擬似的な核を作った石だ。魔物と同様、この核を射抜かねば石は砕けん。……皇月、今日からはこれを飛んでいる最中に見極め、棒で突け」

 

 一週目。地獄を見た。

 石はただの「速い点」だ。何度目を凝らしても、ただの石にしか見えない。

 朝から晩まで、凪辻さんが投げる石を追い続け、突き出した棒は一度も、ただの一度も石に触れることさえできなかった。


(……くそっ、見えない。一週間だぞ……一週間やって、かすりもしないのか……!)


夜、寝る時も目を閉じれば石の残像が飛び交う。集中しすぎて頭痛が止まらず、目は血走って充血している。

 凪辻さんは一切の手加減をせず、石を投げ続けた。


二週目に入ると、焦りは絶望に変わりそうになった。

 自分には才能がないのか? そんな考えが頭をよぎるたび、俺は自分の頬を叩いて奮い立たせた。


(……やめてたまるか。ここで諦めるわけにはいかないんだ)


核を視る目を養う特訓が始まって2週間目の夕暮れ。

 山に沈む夕日が、境内を真っ赤に染めていた。

 疲労は限界を超え、握った棒の感覚すら怪しくなっていた、その時だ。


凪辻さんの手から、今日最後の一石が放たれた。

 

(……あ……)

 

 不意に、周囲の音が消えた。

 激しく飛んでくるはずの石が、まるで水の中を漂う泡のように、ゆっくりと、止まって見えた。

 

 真っ赤な夕日に照らされた石の中心に、一箇所だけ、どす黒いほどに濃く、けれど心臓のようにドクドクと脈打つ「黒い点」が見えた。


「――そこだ!!」


 吸い込まれるように突き出した棒の先が、石の真ん中を完璧に貫いた。

 

 パチンッ、という、これまでに聞いたこともないほど澄んだ音が響き、石が砂のように粉々に砕け散る。


「……ふぅ、……はぁ、はぁ……っ!!」


俺は膝をつき、激しく肩で息をした。視界がグラグラする。

 だが、手応えは確かにあった。


凪辻さんは、砕け散った石の破片をじっと見つめ、長く、重い沈黙を保っていた。

 そして、静かに口を開いた。


「……二週間。たった十四日で、その『眼』に辿り着いたか」


「……たった、十四日……?」


「……皇月、お前の執念が、天に届いたようだな」


 その言葉が、二週間の苦悩をすべて吹き飛ばしてくれた。

 

 だが、体得したのは「眼」だけではない。次は父さんの形見である「刀」の扱いを学ぶ段階だ


「眼が見えるようになった今なら、その刀の『声』が聞こえるはずだ。目の前の岩を、お前の意志で断ってみせろ」


俺の目の前には、大きなな岩が座っている。

 俺は刀の柄を握りしめた。

 不思議なことに、二週間前はただ「重い」だけだった刀が、今は温かく、まるで俺の手の延長であるかのようにしっくりと馴染んでいる。

 

 岩の奥深くに、核が一本の光の筋となって通っているのが「視える」。

 

(……いくぞ。俺の、最初の一歩だ)

 

 自分の中の全神経を、刀身に流し込む。

 すると、体中のエネルギーがうねりを上げて腕に集まり、それがそのまま刀へと流れ込んでいく感覚が     あった。

 ただの重い鉄塊だった刀が、自分の神経と繋がったように熱く、鋭く脈打ち始める。

 

 一閃。

 

 手応えは、驚くほどになかった。

 まるで絹の糸でも断ったかのような、あまりにも軽い感触。

 

 次の瞬間。

 岩が、真っ二つに割れた

 切断面は鏡のように磨き上げられ、夕日を反射して真っ赤に光っている。

 

「……。お見事。もはや、私から教えることは何もない」


凪辻さんが、まるで負けを認めたかのように深く頭を下げた。


そして、ついに一ヶ月が経った。

俺は朝一番に社へ向かった。

そこには、いつものように背筋を伸ばして立つ凪辻さんの姿があった。


俺は凪辻さんの前に立つと、深く、静かに頭を下げた。


「一ヶ月間、本当にありがとうございました」


その言葉は、自分の口から出たとは思えないほど落ち着いていて、力強かった。。


「……顔を上げろ、皇月」


凪辻さんの声は、最初に出会った時の冷たさが消え、一人の剣士を認めるような温かさがあった。


「お前は、私が教えたことのすべてを、この短期間で自分の力に変えた。これほどの才能を、私はかつて見たことがない。そして、その刀。それはお前の父が守り抜き、お前が目覚めさせたものだ。決してその輝きを曇らせるな」


「……行け。お前の進む道に、もはや迷いはないはずだ」


俺は最後にもう一度、深々と一礼した。

 

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