第4話 馴染んでいく力
翌朝
全身に熱を持ったような鈍い痛みはある。けれど、それは嫌な痛みじゃなかった。
俺は自分の両手を見つめ、ゆっくりと握りしめてみる。
(……動く。昨日よりも、ずっと深く地面を踏みしめられる気がする)
俺は着替えを済ませると、足早に社へと向かった。
凪辻さんが待っていた。その足元には、昨日まではなかった、太い鉄の棒が転がっている。
「来たか……今日からはその石袋に加えて、この鉄の棒も担いでもらう。重さは昨日の倍だ」
普通なら「そんなの無理だ」と弱音を吐きたくなるような量だ。
でも、今の俺は違った。
「……やってみます。いえ、やらせてください」
凪辻さんの目の前で、俺は鉄の棒と石袋を手に取る。
ぐいっ、と肩にのしかかる圧倒的な重量。
一瞬、よろけそうになる。けれど、俺はそれを力ずくで押さえ込んだ。
(……重い。でも、耐えられない重さじゃない)
俺はそのまま、一段目の石段に足をかけた。
一歩。また一歩。
石段を登るたびに、体の中の何かが噛み合っていくような感覚があった。
ただ闇雲に力を入れるんじゃない。重さを骨で支え、最小限の動きで上へと運ぶ。
昨日、死ぬ思いで繰り返した動きの「正解」が、今になって体に染み込んできている。
(……不思議だ。昨日より荷物は重いのに、心臓の鼓動は昨日よりずっと穏やかだ)
昨日までは、一段登るだけで視界がチカチカして、肺が焼け付くようだった。
でも今は、自分の呼吸の音さえも冷静にコントロールできている。
俺は一度も立ち止まることなく、頂上の境内までたどり着いた。
そこで一度、深く息を吐く。
肺に冷たい空気が入り込み、頭がさらに冴え渡っていく。
(……いける。これなら、もっといけるぞ)
俺はすぐに反転し、今度は駆け下りるように石段を降りていった。
「……一往復、終わりました。次、お願いします」
凪辻さんは、俺の顔をじっと見つめた。
その瞳に、ほんの一瞬だけ「驚き」の色が混じったのを、俺は見逃さなかった。
「……ほう。体の使い方を覚えたようだな。だが、本番はここからだ。次は素振り三千回。一回でも形が崩れたら、最初からやり直しだ」
「了解です。……やらせてください」
俺は刀を抜いた。
鈍く光る刀身をじっと見つめる。
一、二、三――。
一振りごとに、空気を切り裂く鋭い音が響く。
千回を超えたあたりで、腕が鉛のように重くなってきた。
二千回を超えると、握力が怪しくなり、意識が遠のきそうになる。
(……ここでやめたら、昨日と同じだ。俺は、もっと先へ行くんだ!)
俺は歯を食いしばり、さらに速度を上げた。
すると、ある瞬間から、刀が自分の体の一部になったような感覚が訪れた。
重さを感じない。ただ、振りたい方向に刀が勝手に吸い込まれていく。
三千回。
最後の一振りを終えた時、境内の砂利が衝撃でわずかに舞い上がった。
「っ、……終わりました」
俺は刀を鞘に収め、凪辻さんに向き直った。
全身から湯気が立つほど汗をかいているけれど、不思議と心は晴れやかだった。
凪辻さんは長い沈黙の後、小さく、重みのある声で言った。
「……今日はここまでにしよう。体が、想像以上に早く馴染み始めている。……明日からは、さらに上の段階へ進むぞ」
「はい。よろしくお願いします」
俺は深々と頭を下げた。
自分の内側で、眠っていた才能が音を立てて目覚め始めている。
そんな確かな確信を胸に、俺は社を後にした。




