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境界の向こう側  作者: 森本琉偉


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第2話 皇月の覚悟

皇月の言葉は静かだったが、そこには退きようのない拒絶の意志が混じっていた。

垣根の向こう側に立つ老人は、少年の瞳の奥底を覗き込むようにじっと見据える。風に揺れる木々の音が周囲を支配し、張り詰めた沈黙が流れた。


「……少年、名は?」


老人が不意に問いかけた。その声は低く、地を這うような重みがあった。皇月は父の形見である刀の柄を一度強く握り直し、真っ直ぐに答えた。


「……皇月みずきです」


「皇月か。いい名だ。ならばついてこい」


老人は迷いのない足取りで庭へ入ってきた。使い古された着物の裾を揺らしながら、迷いなく皇月の横を通り過ぎる。


凪辻なぎつじだ。凪辻 閑丸しずまると呼べ。……皇月、お前が目指す世界は、ここで独り刀を振っているだけでは一生訪れん。覚悟があるなら、その鉄の塊を携えて来い」


閑丸は振り返らずに歩き出した。皇月は一瞬だけ自宅の暖簾を振り返ったが、すぐに意を決してその背中を追った。村外れの古い社へと続く山道は、昼間だというのに薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。閑丸の歩き方は、年老いているとは思えないほど無駄がなく、皇月が必死に足を動かしてようやくついていけるほどの速さだった。


「いいか、皇月。お前たちが『魔物』と呼んでいる連中は、そもそもこの世界に住んでいる生き物ではない」


閑丸は歩みを止めず、前を向いたまま語り始めた。


「この現世うつしよのすぐ裏側には、『異界』という場所がある。奴らはそこから現れる。空間に生じる『裂け目』をこじ開け、餌を求めてこちら側へ這い出してくるんだ」


「裂け目……。だから、あんなに突然現れるのか」


父を亡くしたあの夜。平穏だった居間に、突如として立ち込めた獣の臭いと血の匂いが、皇月の脳裏を鮮明に掠めた。


「そうだ。そして奴らを殺すには、単なる剣技だけでは通用せん。魔物の肉体のどこかには、エネルギーが結晶化したような核――『命核めいかく』が埋め込まれている。どれほど肉体を切り刻み、四肢を削ぎ落としても、その核を直接砕かない限り、奴らは無限に再生し、蘇る。……そして、その核を穿つには、お前が持っているような『妖気を纏った武器』が不可欠だ。人の身が打っただけのなまくらでは、奴らの核には届かん」


社の境内に辿り着くと、閑丸は手にした杖を地面に突き、ようやく立ち止まった


「魔物には、その強さと生存年月を示す残酷な印がある。奴らの腕を見ろ。そこに刻まれた線の数が、そのまま強さを表す。魔物は、長く生きたものほど強く、おぞましい」


厳磨は杖の先で、空中に線を引くように説明を続けた。


「まずは、現れたばかりの『新生種しんせいしゅ』。腕の模様は一本だ。だが、十年の歳月を生き延び、人を喰らい続けた『十年種じゅうねんしゅ』は模様が二本となる。その年月が重なるほど、奴らの核は強固になり、力は増していく」


閑丸の声が一段と低くなり、周囲の空気が重く沈んだ。


「そして、三本の模様を持つ『百年種ひゃくねんしゅ』。数百年の年月を生きた化け物だ。人の剣が届く領域をとうに超えている。だが、真の地獄はその先にいる」


閑丸は空を切るように杖を振った。


「全身に禍々しい『特別な紋章』を刻んだ四つの頂――『四天王』だ。数百年を生き抜きいた異界の権化。……もっとも、奴らと遭遇して五体満足で生きて帰った者は、儂の知りうる限り一人もおらん」


「四天王……」


「そして、この世界を終わりのない捕食場に変えた『深淵の主』。そいつを討たない限り、この連鎖は終わらん。」


閑丸は不意に、手にしていた杖を皇月の鼻先に突きつけた。その動きは速く、皇月は反応することさえできなかった。


「今日から一ヶ月だ。一ヶ月で、お前に魔物の核を『視る目』を叩き込む。できなければ、お前はただの質の良い『餌』として死ぬだけだ。……返事を聞こう、皇月」


皇月は、父の形見を白くなるほど強く握りしめた。恐怖はあった。だが、それ以上に「二度と誰にも、自分のような思いをさせたくない」という熱い塊が胸を突き上げていた。


「やります!」



「ふん。なら、構えろ。……最初の稽古だ。死ぬ気で来い」


静まり返った社で、二人の対峙が始まった。皇月の一ヶ月に及ぶ地獄の修行が、今、幕を開けた。

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