破滅の予言を無視した王太子が、婚約破棄されて破滅に至るまで
― 桃色の髪の少女に恋をして、汝は破滅するだろう ―
アドル王太子は15歳になった歳に、父である国王に宝物殿に連れて行かれた。
そこで見せられたのが予言の書だ。
予言の書には一言、桃色の髪の少女に恋をして破滅すると書いてある。
父である国王は、背後から声をかけてきた。
「我が王族は、15の歳になるとこの予言の書を一度、見る事が許される。お前が道を誤れば、ここに書いてある事は真実になるだろう。お前について、何て書いてあったか、私は見る事を許されぬ。そして他人に話す事も。ここに書いてある事に気を付けて、心して精進するがいい」
「父上は精進したのですか?予言の書の言葉を参考に」
「でなければ、現在、国王になってはいないだろう。私の跡を継ぎ、良き君主となることを期待しているぞ」
そう言われた。
だが、あり得ない。そう思った。
アドルの婚約者はレディリシア・ハルク公爵令嬢だ。
幼い頃からの婚約者であるレディリシアは銀髪に青い瞳のそれはもう美しい令嬢だ。
アドル自身も自分の容姿に自信がある。
金の髪に青い瞳のアドルは幼い頃からその美しさを褒め称えられて生きてきた。
だから、アドルは常々、レディリシアに、
「私と婚約出来て幸せだろう?」
と、でもレディリシアは、平然と、
「幼い頃から、ハルク公爵家に生まれた時からわたくしの運命は決まっておりました。王太子殿下になる人間に嫁ぐということを。王家もハルク公爵家と縁を結ぶ事を望んでおりましたから。だから、貴方がどんな人間でもわたくしが嫁ぐ事が決まっていたのです。幸せかどうか?それ以前の問題ですわ」
とあっさりと言われてしまった。
だから、とても悔しく思った。
嬉しくないのか。私はとても美しい。勉強も出来るし、剣技だって王国の英雄ガイドル騎士団長の息子マークとやりあったって互角だ。
騎士団長子息マーク・ロセル。ロセル伯爵家のマークは将来、側近として傍にいる事を期待されている腕の立つ男だ。
そのマークと互角に剣の腕を持つ自分は凄くはないのか?
美しくも素晴らしい私と婚約出来て幸せではないと??
そう思っていたのか君は?
と声を大にして言いたかった。
だが言えなかった。
王太子として、みっともない。そう思ったからだ。
共に高め合ってきたレディリシア。
彼女が王宮に来て、時には共に勉学に励み、ディフェル王国未来を話し合う日々。
それなりに希望に溢れて楽しかったけれども。どこか不満で。
もうすぐ、王立学園に入学する。
貴族なら誰しも通う王立学園。
そこで、もっと優秀さを見せつけて、レディリシアの鼻を明かしてやろうとアドルは思った。
しかし、気になる予言の書の言葉。
どういうことだ?
入学式が行われた。
宰相子息のルイスが挨拶に来た。
ルイス・マセル伯爵令息。
バルス宰相の息子だ。
「これからは、王太子殿下の傍で共に学ぶよう、父に言われました。よろしくお願いします」
騎士団長子息のマークが、
「お前もか?俺もだ。よろしく頼むよ」
二人とも黒髪碧眼の美男である。
マークの方が、ルイスより背が高い。
どちらも伯爵家の長男だ。
廊下を三人で歩いていると、遠くから女生徒が走って来た。
そう、桃色の髪の‥‥‥桃色の髪自体が珍しい。珍しいからこそ、アドルは焦った。
あれか?あの女が破滅の???あの女に恋をしたら破滅するってか???
騎士団長子息のマークが咄嗟に動いた。
彼はアドルを守る為に傍にいるのだ。
走って来た女生徒がこちらに近づいて、ぶつかりそうになった。
マークが勢い余った女生徒を受け止めた。
マークは女生徒に、
「危ないだろう?王太子殿下にぶつかったら、どうするんだ?」
女生徒は真っ赤な顔をして。
「も、申し訳ございません。慌てていたものですから」
マークが女生徒に向かって尋ねる。
「君の名は?」
「私、アリアっていいます。平民で、成績が良かったので、特待生として通う事になりました。本当に申し訳ございません」
マークが真っ赤な顔をして、
「いや、いいんだ。今度から気を付けてくれ」
女生徒アリアは慌てたように、廊下を走っていった。
マークは見とれているようだった。
アドルはマークに、
「どうした?マーク。顔が赤いぞ」
宰相子息のルイスが眉を寄せて、
「まったく、市井の者は教育がなっていないな。廊下を走るなんて」
でも、マークは、
「いい香りがした。女の子ってあんなに柔らかいんだな」
アドルは、
「お前だって婚約者がいるだろう?」
「ミレーヌは、冷たいから。あんなに輝いている柔らかい女性がいるなんて思わなかった」
いやいやいや、お前、どっか触った???柔らかいって。
どこか触ったのか???そんな事より、そんな顔を赤くして。
ミレーヌ・アルバイン伯爵令嬢。彼女が知ったらまずいのでは???
それよりも、桃色の髪の女が現れた事に対して怖さを感じた。
あの女に恋をしたら破滅する。
って、マーク、お前、大丈夫か???
自分は絶対にあの女に恋をしないぞ。
しかし、二日後、マークと一緒に図書室に行ったら、宰相子息のルイスが親し気にアリアと話をしていた。
それも嬉しそうに。
えええ?どういうことだ???
ルイスがアドルとマークに説明をする。
「この間の令嬢が困っていたようだから」
アリアは頬を染めて、
「ルイス様に歴史の本を探して貰っていたのです。とても親切な方で。有難いです」
ルイスは嬉しそうだった。
マークは不機嫌に、
「本なら俺が探してやる。どの本だ?アリア」
おおおおおおいいっ。お前ら、何でアリアって女とそんなに親し気に?
ルイス、お前だって婚約者いるよな。確かメラニア・ビルド伯爵令嬢。
メラニアに知られたらっ‥‥‥
お前らそんな女と親しくなるな!
私は予言の書で破滅するって。だからアリアって女は怖いんだ。
あっ。予言の書の事は、言ってはいけないんだった。
その日の放課後、ぐったりと疲れ果てて、庭のベンチで休んでいた。
マークはどうした?ルイスは?傍にいて私の警護をするのがマークのはずだがいない。
そんな時に、木の上から声が聞こえた。
「アドル様っ‥‥‥猫がっ。子猫が」
なんと、アリアが木の上に登って、子猫を助けようとしているのだ。
令嬢が木の上に?それも下から見たら、白い物が見えるぞ。
手を伸ばし、子猫を掴むアリア。ふらっとバランスを崩して落ちてきた。
慌てて受け止めようとして、二人して地の上にひっくり返った。
アリアが子猫を抱っこしながら、
「ご、ごめんなさい。お怪我はありませんか?」
泣きそうな顔でこちらを見て来るアリア。
なんて可愛い。なんて素敵な。胸がどきんと鳴った。
「大丈夫だ。大事ない」
「それなら良かった。ほら、この子、可愛いでしょう」
子猫を見せて来るアリア。
胸が打ち抜かれた。
これが恋なんだとアドルは思った。
どんどんアリアに惹かれていく。
彼女の無邪気な笑顔。
彼女の傍にはマークとルイスが、そしてアドル自身が一緒にいるようになった。
彼女と一緒にいると楽しい。
彼女はコロコロと良く笑う。
アリアの笑顔が好きだ。
アリア、アリア、アリア。頭の中がアリアで一杯になった。
アリアの両親は花屋をやっていて、アリアはよく、
「うちは貧乏だから、私がしっかり勉強して将来楽させてあげたいの」
と、健気な事を言っていた。
なんて立派なんだ。アリアはとてもいい子だ。
王立学園に行くとアリアに会える。
毎日が楽しみで楽しみで。
学園で婚約者と共に行動することは禁じられている。
風紀が乱れるとか言う理由だ。
令嬢達も、婚約者である令息とイチャイチャすることを望んではいない。
だが、アリアは婚約者ではないのだ。
一緒にいたっていいだろう?
一対一じゃない。マークやルイスも一緒なのだ。
ある日、アリアが泣きながら、
「教科書を隠されました。机の上に落書きが。私が王太子殿下達と仲がいいのが気に食わないみたいです」
アドルやマーク、ルイスは頭に血が上った。
アドルはレディリシアを呼びつけて、話をすることにした。
中庭にレディリシアを呼びつけると、レディリシアは一人で来た。
一人で来いと言ってあるからだ。
マークやルイスもそれぞれの婚約者を呼びつけているだろう。
「レディリシア。君が?アリアを虐めているのか?」
「なんのことだか解りませんわ」
「アリアが教科書を無くされたとか、机に落書きをされたとか、虐められている。君は私を愛しているから、君が指図をしてやらせているのか?」
レディリシアは、
「ミレーヌやメラニアは、婚約破棄をすると言っておりましたわ。だってそうでしょう。市井の女に現を抜かして、婚約者たる令嬢達をないがしろにしてきたのですもの。いくら学園での交流が禁じられているとはいえ、お休みに会いにいくとか、色々と気遣いが必要でしょう?それすらあの人達はしなかった。貴方もそうですわね。最近、わたくしに対する気遣いが欠けておりましてよ」
「そ、それはあまりにもアリアが、素晴らしくて。可愛らしくて。私は‥‥‥」
予言の書の言葉が思い出される。
― 桃色の髪の少女に恋をして、汝は破滅するだろう ―
破滅?アリアに恋をして破滅?
大丈夫。私しか息子はいない。王家の跡取りは私だけだ。
レディリシアは、
「妾にすればよろしいでしょう。そんなに市井の女が好きならば」
「アリアは私の日の光だ。光の当たる、私の隣が相応しい」
「わたくしを婚約破棄するとおっしゃいますの?」
「君がアリアの虐めを命じたのなら、そんな女、私の隣にふさわしくないからな」
「だったら、市井の女ならふさわしいと?礼儀も何もなっていない女こそがこのディフェル王国の頂点に立つ王妃になるにふさわしいと?おっしゃりたいの?」
「ああ、彼女の素晴らしさをきっと皆、解ってくれるはずだ。彼女の純粋な心。優しい心。王国民は癒されて皆、彼女を崇めるだろう」
「でしたら、わたくしの方から婚約破棄を致します。我がハルク公爵家に対する侮辱ですわ。わたくしは幼い頃から貴方様にふさわしい女性になるように精進して参りました。寝る間も惜しんで勉強して参りました。その努力を無にするなんて許せないわ」
「私は王太子だぞ。私に対する婚約破棄等、不敬ではないのか?」
「わたくしのプライドを踏みにじる貴方の態度こそ、失礼ですわ。ええ、婚約破棄をして差し上げます。それでは失礼致しますわ」
婚約破棄を言い渡されてしまった。
アリアの素晴らしさを解らないレディリシアが悪いのだ。
王宮に戻ると、国王である父に向かって、
「そういう訳で、私は不敬にもレディリシアから婚約破棄を言い渡されました。私はアリアと婚約し、将来、結婚したいと思います」
「はぁ?何を考えている。私は予言の書を見せたはずだぞ。予言の書にはお前を戒める言葉が書いてなかったのか?許さん。私、自ら、ハルク公爵家に謝罪に行く。お前も頭を下げて婚約破棄を取り消して貰え」
「私はアリアをっ」
「アリアという女、ぶっ殺してくれるわ」
「父上っ。私はアリアとなら破滅してもいいと思ったのです。アリアの事を愛しております」
「馬鹿か?馬鹿なのか?お前はっ」
王妃である母が優雅に入って来て、
「これがアリアという女の本性よ。この水晶玉を良く見てごらんなさい」
水晶玉を目の前に置かれれば、アリアの姿が映っていた。
アリアはマークとキスをしていて、
「マーク様。私と結婚してくれるって本当?」
「ああ、結婚してやるとも。アリアの事を私は愛している」
「嬉しいっ。私、ルイス様からも結婚を申し込まれているの。どうしようかしら」
「プレゼントを沢山、やっただろう?もっと沢山、あげるから。私と結婚しておくれ」
「それなら、考えてあげてもいいかも」
ショックだった。あの純粋で優しいアリアは演技だった?
アドルに向かって王妃は、
「謝ってらっしゃい。レディリシアに。貴方の事をずっと思って努力してきたのよ。レディリシアは。あの娘程、王妃にふさわしい女性はいないわ」
「嫌だ。真実をこの目で確かめて来る」
馬車に乗ってマークの家に向かった。
アリアはマークの家にいるみたいなのだ。
屋敷の庭か?庭なのか?
アリアの事を信じたい。
アリア、アリア、アリアっ‥‥‥
騎士団長の屋敷の門で、取次ぎを頼めば、騎士団長自身が出てきた。
ガイドル騎士団長。王国の英雄だ。
「息子は病にかかりまして、誰とも面会出来ません」
「私が会いに来たんだぞ。マークはアリアと一緒にいたはずだ」
「アリア?誰ですか?それは。知りませんな」
「映像で見た。水晶玉で」
「作られた映像でしょう?息子は寝込んでおりましてな。申し訳ない」
そんな馬鹿な……アリアと一緒にいた。水晶玉の映像で。
そうだ。ルイスは?何か知っているのではないのか?
宰相の住む屋敷に行ってルイスに取り継ぎを頼んだ。
しかし、会わせて貰えなかった。
使用人が、
「ルイス様は病にかかっております。ですから、お会いすることは叶いません」
「昨日まで元気だったではないのか?」
「さぁ。なんとも」
王宮に帰ったら、謹慎を命じられた。
何がどうなっているんだ???
部屋で悶々と一週間過ごした。
学園にも通わせて貰えない。
一週間後、父である国王と共に馬車でハルク公爵家に行った。
「謝るのだ。一緒に。レディリシアとハルク公爵に」
無理矢理、連れていかれた。
客間でハルク公爵夫妻とレディリシアに会った。
国王は頭を下げて。
「息子が、馬鹿な事ばかり言いおって。どうか、婚約破棄を取り消して欲しい」
そこへ背後から、騎士団長と宰相が部屋に入って来た。
ハルク公爵は、国王に向かって、
「我が王国に愚かな主は必要ないでしょう。婚約破棄を撤回するつもりはありません」
レディリシアも、
「王国の為にも、わたくしは撤回するつもりはありませんわ」
アドルは何が何だか解らなかった。
何故、騎士団長と宰相までここに?
騎士団長は、
「我が愚息は始末致しました。毒を盛って。あのような愚かな息子がいたら、我が家は滅びる」
宰相も頷いて、
「我が息子は鉱山へ送りました。伯爵家から籍は抜きました。二度と、王都へは戻ってこられないでしょう」
アドルは思わず、
「アリアはどうなった?アリアは?」
騎士団長が、
「命があるはずないでしょう。内々に始末しました。あの女が元凶なのですから」
アドルは父に向かって、
「私はどうなるのです?」
国王はため息をついて、
「臣下達にこれだけの覚悟を見せられたら、お前を王にする訳にはいくまい。レディリシア。新たな婚約者を親戚筋から選ぼう。その男が王になる。支えてやってくれぬか?」
「喜んで支えますわ」
アドルはレディリシアに、
「私の事を見捨てるのか?長い付き合いだろう?」
「先に見捨てたのは貴方様ですわ。わたくしを見捨てて、市井の女を王妃に据えようとした。わたくしの心は、貴方を見捨てたのです。わたくしは貴方の事を愛していました。初めて会った時から‥‥‥それなのに貴方は」
涙を流すレディリシア。
「悪かった。レディリシア。私が全面的に悪い。申し訳なかった」
アドルは心から反省した。
予言の書の忠告を無視した。
その結果、アドルは今、変…辺境騎士団行きの馬車だ。
― 桃色の髪の少女に恋をして、汝は破滅するだろう ―
鮮やかに蘇るアリアとの日々。
確かに自分は恋をした。
でも、幼い頃から共に高めて、傍にいたのは誰だ?
燃えるような恋ではなかったかもしれないが、本当に大事な人はレディリシアではなかったのか?
アドルは窓の外から遠ざかる王都を眺める。
二度と戻る事はないだろう。
遠い日々に思いを馳せて、ただただ涙を流すアドルであった。




