白い湯気
入学して3週間。
この短い時間で人は変わるものなのだと、初めて知った。
通う事が普通になった。
毎朝雛や斥、幸におはようと挨拶をするようになった。
昇降口で靴を履き替えて、エレベーターに乗り、教室で授業を受ける。
きっと一か月前の私に言っても信じないだろう。
「ねぇ有希ちゃん、ここの問題教えて」
後ろから声をかけられ振り返る。
「この問題は――」
公式と共に問題を答えられるように促す。
魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ。ということわざがあるけれど、本当にその通りだと私は思う。
答えを教えるだけじゃ身につかない。だから自ら答えられるよう手助けする。
幸の点数は悪くない。それどころか、かなりいい方だとも思う。
私が教えた内容もすぐに身に付いている。
促すと、幸はスルスルと問題を解いていく。
「終わった〜」
「お疲れ様」
パタンとページを閉じて、カバンにしまう。
私も、ペンを筆箱に戻してからもう一度幸に向き直る。
「ありがと、有希ちゃん。良かったらお礼させてよ」
そんな大したことはしていないと断るが、それでもと言う幸に負けて考える。
「そうね、ならこの後お茶しましょう?」
「わかった!おすすめのカフェあるんだ〜」
楽しげに笑う幸と教室を出る。
エレベーターで昇降口に向かうと、下駄箱で話し声が聞こえた。
「――に合わない」
「だから――」
よく聞こえなかったが、声色からあまりいい話では無いのだと思う。
聞こえていなかったのか、幸が手を引いて行こうと笑う。
私は頷いて門を跨いだ。
住宅街を歩いて十分ほど、落ち着いた雰囲気のカフェがそこにあった。
カランと入口の鈴を鳴らしながらドアを開く。
小さな店だが、所謂エモいが良く似合う店なのだろう。
170センチ程の観葉植物が入口に2つ、店の奥には観賞用の本棚に、乱雑な大きさの本と小さな植物模型。
天井からはランタンを模したライトと植物模型が吊り下がっている。
「こんにちはマスターさん」
「こんにちは。今日は新しいご友人と一緒なんですね」
幸が奥で皿を洗うマスターに今日も来たよと挨拶をして、窓際のテーブルに座る。
私も、幸の対面に座って、天井の植物を眺める。
「有希ちゃんはどれにする?」
「幸のおすすめでお願いするわ」
そう言うと、幸はマスターにいつもの2つと適当なケーキと注文した。
注文が来るまでの間見慣れない店内を見回す。
「ふふっ、いいでしょここ。私のお気に入りなんだ」
「ええ、なかなかオシャレな場所ね」
そう言うと、マスターが珈琲とケーキを目の前に置いた。
珈琲の独特の香りが鼻腔を通り抜ける。
「ありがとうございます、ごゆっくり」
珈琲は菜奈さんがよく飲んでいたから、似たような香りは嗅いだことがあるけれど、飲むのは初めてだ。
真っ白な湯気が、黒い水面を隠すように立っていて、冷まそうとゆっくりと息を吹きかけてから唇を近づける。
唇に珈琲が触れ、まだ冷めておらず唇を離す。
「っ!」
もう少し息をふきかけて、恐る恐る唇をつけて傾ける。
苦味が口いっぱいに広がると同時に、ほんのりとナッツのような香りが鼻に抜ける。
口の中の珈琲を喉に流す。珈琲の良い香りが口の中に残る。
「なるほど、珈琲というのは中々美味しいわね」
「もしかして珈琲飲んだこと無かったの?」
「ええ、一度も無いわ」
紅茶や緑茶等もと、付け加えてもう一口飲む。
皿に盛られた手のひらサイズのチーズケーキを切り分けて食べる。
濃厚でトロッとした舌ざわりで、飲み込んでから珈琲を飲むと舌に残る甘さと珈琲の苦味がちょうど釣り合いとても美味しい。
「ご満足いただけているようで何よりです」
「にひひ、美味しいでしょ?」
少し、顔に出ていたのかと口に手を当てる。
誤魔化すためにフォークを伸ばすが、何にも刺さらず皿に当たる音がする。
皿を見ると既にケーキは無かった。
「サービスです」
そう言うとマスターは追加で苺が目を引くショートケーキを目の前に置いた。
「ありが、とう」
ケーキを食べて、珈琲を口に運ぶ。
少し冷えた珈琲は、少し酸味を帯びていてこれはこれで合う組み合わせだった。




