3 ご依頼
関 「ごめん山田君。ちょっと来てもってもいい??」
放課後の職員室。大谷が帰ったその直後、関が声をかけた。
今日も長い間、関と大谷は2人で話をしていた。2人の会話はラジオ感覚で聞く分には面白い。もちろん会話に巻き込まれると、それどころではないが、生徒の恋愛話や、先生のゴシップネタなど、話題が尽きることはない。
大谷との話が終わりやっと仕事モードに入ったらしい関は、山田を自身の机まで呼んだ。
珍しいな…。
少し気になった桃花はパソコンを打ちながら、2人の会話に耳を傾ける。
山田 「なんでしょうか??」
関 「ひとつお願いしたい担当があってさ。今度の『職場体験』のやつなんだけど。今資料画面に映してるから、ちょっと見て貰ってもいい??」
山田 「ああ、職場体験の。 はい、えーっと…」
関 「具体的に何するかって言うと、基本的には打ち合わせだね。職場体験に行かせてもらう企業の人に挨拶に行ったり、仲介役の人と日程を相談して決める感じかな」
パソコン画面を覗く山田に、関は何をするのか補足で説明をする。
山田 「仲介役の高橋さんって言うのは、どういう立場の人なんですか?」
関 「市の職員さんだよ。学校と企業の間に入ってくれる人。去年まではずっと同じ人だったんだけど…変わっちゃったみたいだね」
山田 「もしかしてその人、去年学校に来てたあのアフロヘヤーの方ですか? 大谷さんがずっと悪口言ってた」
関 「あ~そうそう。違う学年だったのに良く覚えてるね」
去年まで一年生の担任をしていた関率いる島のメンバー達。去年二年生だった、今の三年生の代の時に来ていた、職場体験の仲介役の人が変わったようだった。
桃花もあの髪型のせいなのか、それとも大谷先生の悪口のせいなのか。今でもうっすらと思い出せる。陽気でおちゃらけた人だった気がする。
関 「私はあのテキトーな感じ好きだったんだけどねぇ。大谷先生みたいに正しくしっかりやりたい人にとっては、なんだこいつ…って感じだったんだろうね」
山田 「あの人が帰った後、めちゃくちゃ言ってましたもんね」
関 「まぁ大谷先生も本気じゃないと思うけどね。あれ位の年齢になると、怖い者なしになるんじゃない? 今年はその仲介役の人…高橋さんって人に変わったみたいだし大谷先生もニッコリだよ」
山田 「その高橋さんって人と打ち合わせして、日程と人数を確定させる。そしたら高橋さんが企業に連絡をとってくれるって事ですね」
関 「そうそう。昔は全部教員がやってたけど。今は市の職員さんが間に入ってくれるんだよね。もちろん最初の挨拶は行かなきゃいけないけど、それ以降はもう生徒が働く当日に様子を見に行くだけでいい。楽になったよね」
山田 「職員さんが間に入ってくれるのは凄く安心ですね。高橋さんとの打ち合わせは…来週の金曜日。はい、その日も大丈夫なのでその担当任せて下さい」
関 「おっ! やってくれるか! 流石山田君。私もその高橋って人にあったことないからどんな人か分からないけど、さっき電話した感じかなりしっかりしてる感じだったよ。声も若々しくて、爽やかな男性の声だった」
山田 「へーしっかりしてる感じだったなら良かったです。でも待って下さい…この日……」
そう言うと山田はパソコンの画面を指さす。
山田 「ここの企業の人へ挨拶に行く日。自分はいけないです」
関 「あ、そうなの? その日は…土曜かぁ。休日だとどうしてもねぇ。なに? 山田君彼女とお出かけでもするの??」
山田 「違いますよ。自分彼女いないですし。うちのペットのベルちゃんと散歩に行くんです」
関 「散歩!? な、なんか犬のイベントでもあるの?」
山田 「いやただ犬と散歩に行くだけです」
古谷 (いや、いつでもいいだろ。仕事終わってから行けよ!!)
関 「そ、そうなんだ。多分企業の挨拶も午前中のうちには終わると思うんだけど…、午後からベルちゃんの散歩とかにできたり…?」
山田 「無理ですね。その日はベルちゃんの日って決めてるんで」
古谷 (こいつ絶対休日に仕事したくないだけだろ…!!)
きっぱりと山田は言う。
山田 「その日だけ変わりに関先生お願いできませんか?」
関 「う~ん…その日は娘の誕生日だからどうしても外せないんだよ…。う~む困った…」
嫌な予感がした桃花は、バレないように向かいに座っていた桜木の方を見る。
古谷 「ーーなっ…!」
思わず小さく声が漏れてしまう。
何と桜木は危険を察知し、堂々と腕を使い胸の前でバッテンを作っていたのである。この島で一番若手だというのになんという肝の据わりっぷり。
いつも仕事でミスばっかしてるんだからこういうときくらい自分が犠牲になろうとか思わないの!? なに堂々とバッテン作ってんのよ!!
山田 「まず大谷先生は無理ですし、桜木先生も…無理っぽいですね。それなら古谷先生しかないのでは??」
山田は桃花を指差しながら言う。
桃花 (こ、こいつぅぅぅぅぅ…!!!)
山田からの申し訳なさなど1㎜も感じない、慈悲のかけらもない一言。
関 「桃花先生は職場体験が終わった後の『成果発表会』の担当だしなぁ。職場体験後に忙しくなるだろうし、できれば違う人が良いんだけど…」
山田 「古谷先生は大丈夫だと思いますよ。ほら、コッチ見て興味津々じゃないですか」
古谷 「ーーべ、別に見てないです…!! ただ誰もいけないなら、日を改めるしかないかな~って考えてただけです!!」
関 「そうだよなぁ。日を改めるしかないか…。ちなみに桃花先生はその日何か予定あるの??」
古谷 「私ですか…! え~っと……」
言葉に詰まってしまう。普段は急に振られた話題でも臨機応変に対応する桃花だが、頼られたときやお願いされたときには、いつもこうなってしまう。
山田 「ほらほら。古谷先生は大丈夫そうじゃないですか。この日だけですって。」
関 「でもなぁ…。桃花先生に申し訳ないしなぁ」
ニヤニヤした表情で関にヒソヒソ話す山田。
古谷 (くぅぅ、やまだあぁぁぁ…!)
山田 「日程調整は高橋さんと僕がやるので、申し訳ないんですけどこの日だけは古谷先生でお願いします。ね?」
関 「ふぅん、桃花先生次第かな。桃花先生が大丈夫って言うならお願いしよう」
チャンスだと思ってか口数が多くなる山田。策略にまんまとハマってしまう結果だが、桃花はこう言うしかなかった。
古谷 「あー…わかりました。私が行きます……。」
□□□
桃花のスタンスは「頼まれたら断らない」ことである。
仕事でもプライベートでも桃花は断らない。先に予定がある場合や、どうしてもの場合は断ることもあるが、基本的に断ることはない。
学生時代からも誘いには必ずと言って良いほど参加していたし、仕事でも同じ事だ。だからこそいろんな誘いをしてもらえたり、今の様に仕事の量が多くなってしまったりもする。
断ることによって次は誘われなくなるのではないか、仕事が振られないのではないか…という不安を抱えているのだ。
断る度に自分が嫌われてしまわないか、という気持ちになるのだ。
関からの仕事の依頼を受け、席に戻った山田。そこに桃花がコソリと話しかける。
古谷 「山田、あんた覚えておきなさいよ」
山田 「え? 何でですか??」
2年の島の中で桃花と山田の関は隣同士である。そのため、小声で話せば聞かれたくない話も内緒ですることができるのだ。
古谷 「何でって、決まってるでしょ。さっき自分がやりたくない仕事私に押しつけてきたじゃない。何忘れたふりしてるのよ」
山田 「別に押しつけてないですよ! たまたまその日に古谷先生しか空いてなかっただけです。僕は自分のプライベートで予定があったので」
お互い顔も見ずパソコンを打ち続けながら話をする。2人は同期であるため相談することや愚痴り合うこともする。愚痴り合うといっても、桃花が愚痴っているだけなのだが…。
古谷 「プライベートの予定があるのはわかったわよ。でも犬の散歩って…。もっとマシな嘘付けないわけ? 誰が犬の散歩一日するのよ」
山田 「嘘じゃないですよ。僕は愛しのベルちゃんとお散歩するために月~金まで仕事をしているんです。その時間が削られちゃ生きていけません。だから断ったんです」
古谷 「犬の散歩に一日かける奴なんているわけないでしょ。そんなことしたらベルちゃん疲労で倒れるわよ」
山田 「ベルちゃんを一日歩かせるわけないじゃないですか! そんなことしたらベルちゃんが可哀想だ! 時より休ませてあげて、特製ブレンドしてくれるドッグフード屋に行くんです」
古谷 「フフッ、なよそれ。特製ブレンドのドッグフード?? あ~わかった。あくまで予定は隠したいって事ね」
山田 「だから別に隠してないですって。ホントにベルちゃんの為の一日なんですって」
古谷 「もういい、もういい。わかった、わかった。マイペースが売りの山田君にも隠したい秘密はあるってことね」
山田 「そんなに信じられないなら、今度の休日ベルちゃんに会いに来て下さいよ。嘘じゃないってわかりますから」
古谷 「もういいわよ、嘘つかなくて。それに行くわけないでしょ」
山田 「何でですか! ベルちゃん可愛いのに」
古谷 「いい? 良く覚えておいて。私は犬より猫派なの」
普段は断るのに抵抗がある桃花だが、この時ばかりは違うようだった。