08:世界樹の苗床
中層域最大の爬虫類、岩鎧の大トカゲ。名前の通り、巨躯と頑丈な皮膚が特徴だ。トカゲという名称でわかるとおりの黒に近い緑の外皮を持つ4足の生物だが、成体は全高1丈(3m)を越え、尻尾を合わせた全長は5丈(15m)越える。
口には鋭い牙、前足には鋭い爪、全身に金属よりも硬い鱗を持つ。ここまで大きな種は知性の無い竜種とする扱いのがより正確だ。牙と爪を用いて熊をも食い殺す中層域の頂点捕食者だが、比較的鈍足で魔法に由来する特殊能力が防御能力のみと、もし森で出会っても逃げるだけならば容易い。
タフで硬いため生半可な攻撃で殺しきるのは非常に難しく、中層域の冒険者も特別理由が無ければ戦いを避ける相手だ。
強力な攻撃魔法を連続して使えるのならば一方的に殺せる魔物だが、中堅どころの魔法使い、つまりはヴァレリーの魔力弾やギョームの光弾では難しいだろう。
ベンウッドは視認できるぎりぎりの距離から、木陰で伏せている岩鎧の大トカゲを指し示す。今はじっとしているが、獲物が目の前を通れば動き出すだろう。これ以上は安易に近づけない。
「あれだよ」
「…本当にいやがった」
「でけえ…」
発見した岩鎧の大トカゲは同じ種の中でもかなり大型の個体だった。中層域を活動場所とするドミニク達一行が驚くのも納得のでかさである。
この岩鎧の大トカゲには汚染された世界樹の苗床となった魔物特有の変化が表れていた。体の至る所から皮膚を破って木の枝が生えているのだ。木の枝は最初小指の先程度の大きさだが、徐々に大人の腕ほどの太さになり、最終的には背中から樹が生えるようになる。
この大トカゲの胴から生える枝は中々に太く立派だ。もう1ヵ月もすれば完全に動けなくなり、更に2ヶ月経てば新しい若木が根付くだろう。
完全に動けなくなる頃には世界樹が寄生する魔物に魔力を供給し始め、その魔力を原資として苗床となった魔物がほぼ無制限に魔法を使うようになる。
土や植物を操る魔法に限られるので最大で石礫や石肌の魔法ぐらいまでだが、無制限となると中層域のパーティでは物量で押し切られて壊滅しかねない。ドミニク達の腕前でこの魔物を討伐するならこの2、3週間以内が刻限となるだろう。
この難敵をどう戦うのか。あるいは報告だけにして金一封をせしめるか。ドミニク達は大いに迷った。自分達の評価を大いに高める絶好の機会でもあるからだ。
「大物狩りの定石通り、囲んで隙を窺い、急所や血管を狙う。魔法で強化した武器なら通るはずだ」
ドミニク達は戦うことにした。戦法に関しては妥当な結論、というよりそれ以外に手が無い。
名誉への熱意が半分、死への恐怖が半分。欲に目がくらんで蛮勇を振るわれても困るが、ギリギリ許容範囲だとベンウッドはこのチームを評価した。
後は自分の身の振り方だけだ。
「てめえはどうする」
「魔法で支援します。水膜と石肌あたりですね。精霊魔法って攻撃魔法に少ないんですよ」
嘘は言っていない。少ないだけで威力のある魔法は存在する。しかし切り札は見せたくないので黙っておくことにした。
それ以前の問題として、精霊魔法の大技は暴風のように、大自然の猛威の局所的な再現、という形をとる。近接戦闘する味方を巻き込みかねない。
「炎の矢は使えねえのかよ」
「岩鎧の大トカゲには効きませんよ。目くらましなら別の魔法を使った方が良い」
ドミニクは、というより同じ魔法使いのヴァレリーとギョームはそれで納得した。
連携の取り辛いベンウッドを無理に組み込んで、戦法に不具合が起きれば誰かの命に関わる。最終的に距離をとっての支援で話はついた。
「よし…始めるぞ。支援魔法!」
「武器強化!」 「戦士の咆哮!」
「水膜! 石肌!」
ドミニクの号令一下、魔法使い全員が準備していた魔法を一気に発動させる。
武器強化で武器の切れ味の強化、戦士の咆哮による恐怖の緩和。更に水膜で砂埃や飛沫の対策をし、石肌で皮膚の強度を底上げする。
ここまでは集団戦で大物狩りをする定石通り、前衛のメンバーに補助魔法を重ね掛けを行い、残りの魔力はリスク対応に割り振られた。
戦士達が敵を包囲するように左右に展開するのを見届け、魔法使いはその一歩後ろで魔法の準備を始める。魔法使いのヴァレリーは魔力弾、神官戦士のギョームは回復を発動寸前の状態で維持する。これも定石通り。
魔法は示した対象に正確に飛ぶ。確実に敵の防御を突破する攻撃魔法、即座に傷を治す回復魔法、これが戦士の背後に控えるだけで魔物狩りは格段に安定する。
基本的には仲間にもしもの時があった場合に庇う、あるいは大きな隙が出来た時に投げ込む、などの用途に使われる。前衛1人の離脱がすぐさま戦線崩壊につながり兼ねない戦闘でこれが有るのと無いのとでは大きく違った。
魔力の結晶である魔石があれば攻撃魔法を飛ばす余力もあるが、魔石は希少で高い。ドミニク達の一行は生憎在庫を切らしていた。
ベンウッドはそれらの流れを横目に素早く木々の上に移動する。武器強化も戦士の咆哮も受けていないが、水膜 と石肌は自前で補った。
獲物と一行を俯瞰する位置から弓を構え、魔力を練り上げて魔法を待機させる。見下ろした先のドミニク一行は、現在のところ問題なく戦えているようだ。
最初に仕掛けたのは斧使いのエンゾと双剣使いのカンタン。左右から挟み込むように攻撃を開始し、腕の可動域外から足や腹を狙う。大トカゲは首や腕の向きを変えながら爪やかみつきでドミニク達を狙うが、狙われた戦士はすぐに下がって間合いの外に出た。弓使いのトマは脇腹や足の付け根などの弱い部位を狙って矢を放ち、ドミニクは大剣で徹底して頭の動きを牽制する。
大トカゲは爪で泥や土をはねあげての目つぶしをしてきたが、これらは水膜 と石肌で十分に防御出来ていた。
大トカゲは巨大である点や皮膚が魔力で強化されているという点を除けば、通常の生物の枠を出ない。五感には限りがある。視界は広いが腕の可動域もそこまで大きく無い。
魔法が続くうちは安全に戦えるだろう。だが魔法による強化が失われたらすぐさま撤退が必要だ。岩鎧の大トカゲは動きは鈍重だが、爪や尻尾による薙ぎ払い、あるいは噛みつきの速度はかなり速い。
一撃食らえば重鎧で固めたドミニクでもただでは済まない。鎧がなければかすっただけでも危ない。
焦らずに相手の気を散らし、視界の外から切りかかってダメージを蓄積。これを繰り返すしかないが、じりじりと刃に宿った魔法は消耗していく。
「くそ、かてえ!」
岩鎧の名前の通り、岩鎧の大トカゲの皮膚や鱗の硬さは尋常ではない。鉄の剣をやすやすと弾く。魔法で強化していなければ傷一つつけられなかっただろう。
関節や首などの可動部の皮膚が比較的柔らかいためそこならば刃も通るが、そこを切るには大トカゲの間合いに一歩踏み込んでいかなければならない。
一撃貰えば命に関わる中でそこまで踏み込むのはベテランの戦士と言えども躊躇する。だが、ここで怯むようでは大物狩りは出来ない。
「おおおおおお!! くらえ!!」
相手の動きを隙と見て飛び出したエンゾが、斧を横薙ぎにして関節に一撃くわえた。大トカゲの血が飛沫、苦悶の悲鳴があがる。しかし致命傷には程遠く、斧を引き戻すのが遅れて逆にエンゾが致命的な隙を晒してしまった。
「!」
大トカゲが後ろ足で立ち上がり、逃げ遅れたエンゾを前足で薙ぎ払う。幸い爪の部分は武器で受けたが前足は直撃する。岩を叩きつけられるような衝撃だ。
受け身も取れずに地面を転がるエンゾ。鈍った獲物をかみ砕こうと、大トカゲが距離を詰めた。
「! 逃げろエンゾ!」
「くそっ! 魔力弾!」
エンゾが起き上がる時間を稼ぐためにヴァレリーが魔力弾を3発放つが鱗に当たって弾かれ怯みもしない。
ギョームの回復はギリギリ届いたが、脳震盪を起こしたらしいエンゾは立ち上がれない。その間にも近づいた大トカゲの口が開かれ、捕食のために首を伸ばした。
「土壁!」
ベンウッドはエンゾに詰め寄る大トカゲを妨害するように厚い土壁を隆起させた。大トカゲの突進を止める強度はないが、視界を奪って標的を隠すには十分だ。
泥混じりの土に頭を突っ込んだ大トカゲは口の中に土を食べさせられ、頭に泥を被ったために一瞬視界を失う。
「死ねぇぇ!!」
走り寄ったドミニクの大剣が隙だらけの首へ食い込む。大トカゲの悲鳴が響き渡った。
暴れた大トカゲの腕が当たってドミニクが吹き飛ばされるが、大トカゲがそれを追撃する余裕は無い。血しぶきをあげながらもまだ生きているが、首の半分が抉れていては流石に助からないだろう。
致命傷を与えたと判断したドミニク達は作戦を切り替えて手足への攻撃に徹し、その場に釘付けにし続ける。皮膚や鱗の硬い岩鎧の大トカゲだが、トロールのような再生能力は持ち合わせず、じわじわと体力を削られていく。
やがて血を失い過ぎた大トカゲはやがて地面に倒れて一歩も動かなくなった。魔物の死を確認したドミニク達は、そこが中層域の森ということも一時忘れ、森に響き渡るほどの勝鬨を上げていた。
●余談
直撃したら瀕死確実の攻撃(爪、爪、尻尾、牙の4回判定)を振り回すモンスター(知性:獣)に対して、ドミニク達が知性によるイニシアチブに勝利した状態。
狙われたキャラは防御専念。それ以外は攻撃集中。僧侶はヒール待機。
魔法使いはバフでMPだいぶ使って温存しつつ詠唱待機。
ベンウッドはMP余ってるけど魔法の達成値とMP最大値を偽ってるので置物の振り。