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07:異形の森の狩人達:2

2025/04/06 加筆修正

 ベンウッドと彼を監視するドミニクの一行が街を出て丸二日経った。予定より遅れてはいるが異形の森の中層域には既に到達し、腕前の証明となる魔物を探して狩るだけの段階になった。

 しかし流石のベンウッドも、このまま何事もなく街に返してもらえるとは思っていなかった。狩りの終了が決定的な対立を引き起こすのは目に見えている。対決を避けるならば狩りの前に何らかの対策が必要だった。

 とはいえ、ベンウッドは街の住人達を良く知らない。馴染みの冒険者や行商から伝え聞く噂話と、マリアンの書簡から読み取れる教会の話、それ以外は皆無と言っていい。イシリオンなどは露骨に話をするのを嫌がる。異種族に対する差別的で排他的な事案を考えればその態度も納得しかないが。

 たった二日の滞在でそれらの知識が劇的に増えるわけもなく、仕方なしにベンウッドは消極的な様子見をし続ける他なかった。何事も無ければ相手の文化や常識を知るための時間は有用なのだが、ベンウッドは既に良くない状況に追い込まれている。

 対策を打つにしてもベンウッドにはそもそも交渉事の経験もない。エルフのような穏やかな会話が通じる相手ではなく、かといってオークを真似して暴力を使用するのは明らかに過激すぎるし、そのような方法はイシリオンが厳に戒めている。

 ここで思い出したのはイシリオンの知恵、オークの文化は援用できずとも、オークをあしらう手段は有用だろう。イシリオン曰く…。

「下手に出て肉と酒を食わせている間はだいたいおとなしい」

 下僕に徹して食欲を満たしておけばだいたい大丈夫とかいう雑な方法論だが、半端に文明化したオークには有効だ。多分、目の前のならずもの冒険者達にも。

 これの要点は腹が一杯になれば条件が変わるということだ。腹が膨れたオークは決まって金目の物や女を要求するし、それ以前に頭の良い頭目がいれば破綻する。

 稼いだ時間が自分に味方するかどうか、この点をよく見極めなければならない。この時のベンウッドは残された時間の少なさを問題視し、この方法論に頼ることにした。

 方針を決めたベンウッドは早速普段とは違う獲物に狙いを定める。普段なら危険度の低さと単純に肉を食べきれないために見逃していた魔物だ。

 狙ったのは太い枝が幾重にも絡みあう樹上で生活する蛇の魔物。冒険者ギルドでは枝渡りの大蛇ブランチウォークパイソンと呼ばれるその種は、人の子供ぐらいの大きさの動物なら平気で丸のみにするほどの大きさだが、緑の縞で作られた迷彩により発見が著しく難しい。

 しかしエルフ仕込みの精霊魔術を修めたベンウッドには視覚的な迷彩に意味はなく、ただの鈍い的でしかない。枝渡りの大蛇ブランチウォークパイソンは隠密能力・奇襲能力に特化しているが、皮膚による防御能力は無いに等しく、頭に一矢撃ち込んでそれで終わりだった。

 この蛇はとにかく食いでがある。しかも肉は臭みがほとんどなく、少しの塩と香草で御馳走に変わる。癖が無いので野菜と煮込んでも良い。保存食の塩辛い肉と硬いパンに飽きた冒険者6人の心と腹を、たっぷり満たしてまだ余るだろう。

「大きい獲物が取れたので、みなさんも一緒にどうですか? これを食べて明日からの狩りの相談をしましょう」

「………………」

 ドミニク達は樹上から引きずり降ろされた大蛇を見て、揃って苦い顔をしている。その顔の意味を測りかねたが、そういえば食事の好みを聞いていなかったなとベンウッドは反省した。

 蛇を食べる文化は街にはないのだろうか。歩きながら捕まえた芋虫や蛾をおやつにしてたらドン引きされたので、思った以上に冒険者は食べ物にうるさいのかもしれない。

「もしかして……蛇、嫌いでした?」

「……おまえ、枝渡りの大蛇ブランチウォークパイソンなんかよく見つけられたな」

「あんな小さい的に頭狙い(ヘッドショット)かよ…」

「そりゃまあ、弓が本業なんで」

「ふざけんな。無茶苦茶言うんじゃねえよ」

 抗議してきたのは弓使いのトマ(同じ仕事なので名前を憶えていた)だ。魔法使いの人に続き同業から距離を取られて心が痛む。

 そもそもそれぐらいの危機回避能力が無ければ異形の森の単独行など難しいと思うのだが、冒険者ギルドの常道では別の方法を取っているのだろうか?

 ともあれ、考えても仕方がない。交渉前に距離を取られたことは失敗だったが、感情的な話で言えばずっと断絶している。誤差として捉えよう。

 想定外のこともあったが陽は既に傾き始めている。前日と同じくそろそろ夜を迎える準備をしなければならない。

 ベンウッドは精霊魔法の植物操作コントロール・プラントで安全な寝床を作れるが、都合上ドミニク達とは共有していない。彼らの設営を待つ必要がある。

 なんとなれば闇夜でも行動可能なのだが、やはりドミニク達のことを考えるとこの時間ぐらいが限界だろう。ドミニク達が野営地の設営を終えるまでの間に、ベンウッドは調理を始めてしまうことにした。

 手伝いを申し出てくれたヴァレリー(改めて自己紹介してもらった)と一緒に解体から始めていく。別に一人でも良かったが、監視が半分だろうとは分かったので素直に好意として扱っておく。

 早速2人で蛇の皮を剥いで内臓をとり、骨から肉を削ぎ取って、三つの鍋に突っ込んでいった。鍋の内訳はドミニク達の3人用の鍋2つと、ベンウッドの自前の鍋が1つ。解体のついでと全員分の調理も請け負っている。

 調理と言っても難しい事はしない。真水生成クリエイト・ウォーターで鍋を満たし、移動途中で採取した野草と街で買った海塩、自身で粉末にした乾燥香草を入れてしばらく火にかけるだけだ。

 それでも肉が余ったので、残りは塩と粉にした香草を掛けてから、木の枝の串に刺したり、あるいは串に巻き付けたりして形を整え、直接焚火にかけた。

 最後に残った骨と内臓は野営地から離れた場所に捨てた。血の臭いで寄って来た肉食の動物にはこっちで我慢してもらおう。

 鍋と串焼きの様子を見ながら、待つ時間で皮に残った肉片を削いで落としていく。この蛇の皮は魔力を帯びており、街で高く売れるのだ。

 枝渡りの大蛇ブランチウォークパイソン角兎(ホーンラビット)と同じで脅威度は低いが列記とした魔物で、その魔物としての特性が皮膚にある。この皮膚は包んだ内容物の重量を軽減させる魔法が掛かっており、それは 枝渡りの大蛇ブランチウォークパイソンの死後も残り続けた。

 このため 枝渡りの大蛇ブランチウォークパイソンの皮で作った鞄や袋で物を包むと、内容物の重量が少し軽くなるのだ。冒険者から行商まで、荷を運ぶ人々からの需要は多い。

 蛇の皮を処理するうちに獣除けの柵や土を均した寝床、鳴子の罠などの野営地の設営が終わり、ドミニク達一行が全員揃う。彼らの帰還に合わせて、中身が焦げないように火から遠ざけておいた鍋を中心に置き、枯れ枝を格子に組んで大きな葉を敷いただけの台に串焼きの肉を並べていった。

「随分贅沢なもんが出て来たな」

「その辺の草ですよ」

「知ってるけどよ…」

 ベンウッドが道すがらせこせことその辺の草を取っていたのは、後ろから見ていた彼らは知っている。しかしドミニク達は半分程度までしか野草を判別出来ていなかった。

 鍋の中身は全て同じなので毒は入っていないだろうが、味の保証が全くない。道すがらベンウッドは色んなものを、それこそ昆虫なんかも躊躇なく口に入れてきた。

 そんな彼の「食べられる」という判断を信用してよいものか。串焼きは問題ないにしても鍋は怖い。食材に慣れていないとそれだけで腹下す場合もある。

 リーダーが迷って手を付けないため他の仲間の手も動かない。そんな中で調理を横で見ていたヴァレリーが最初に鍋に手を出した。

「あ、…うま…」

 思い切って鍋の蛇肉を口に入れたヴァレリーが思わず感嘆の溜息を吐いた。手が止まったままの仲間に構わず次の一口、また一口と、最後はかきこむように匙で口に流し込んでいく。

 それを見た他のメンバーもたまらず蛇肉をむさぼり始めた。野外活動で粗食に耐えるのも結構だが、一日中体を動かしている時にはそれでは体が持たない。

 ドミニク達は空腹を満たすことに必死になり、ベンウッドへの警戒はおざなりになった。敵意は消えずとも目論見通り戦意は消失させることが出来ただろう。

 食事の勢いが落ち着いた頃合いを見計らい、ベンウッドは交渉を開始した。

「明日の狩りの相談なんですが、世界樹の苗床となった魔物を狩りに行きませんか?」

「なんだと…?」

 ドミニク達は思わず手を止め、目を見開く。それは異形の森の開拓事業における優先目標の一つだ。

 異形の森において動植物を魔物に変性させる瘴気を生み出しているのは、汚染された世界樹と呼ばれる大樹である。

 この汚染された世界樹の影響範囲が異形の森として定義されている。浅層・中層・深層という区分もこの大樹からの距離や個体数でおおまかに判定されるものだ。

 汚染された世界樹も通常の樹木と同じように繁殖する。甘い果実を実らせて動物をおびき寄せ、種子を飲ませて遠い地に運ばせる、というよくある方法だ。この果実の特殊なところは、種が魔物の体内で発芽することだ。冬虫夏草のように宿主に根を張って栄養を横取りし、最後は飢えて死んだ魔物を苗床として若木は成長する。

 冒険者ギルドはこの寄生された魔物を苗床化した魔物と呼んで優先的な討伐対象としている。対応が遅れれば魔物の発生件数が大幅に増大し、開拓村が魔物の群れに飲まれる可能性すら出てくる。

 ギルドはこの苗床となった魔物の発見だけでも金一封、討伐すれば多額の報奨金を出すとしている。討伐の証明は発芽した世界樹の種だが、これは魔法薬の材料としても高く売れる。

「その話、嘘じゃねえんだろな」

「戦神ヴァルマハートと地母神アルマーに誓って」

 自身の神と相手の神の両方に誓うという行為はそれなりに重い。神官の前でこの誓いを破れば大きな罰を受けるだろう。逆に正当な理由なく誓いの言葉を無視するのであれば神官に罰が向かう可能性がある。

 そう、神官だ。彼らはならず者ながら神官戦士を一行に抱えている。ベンウッドはこの事実が突破口であると判断した。

 戦の神ヴァルマハートは全ての戦争とそれに付随する悪徳、特に略奪は戦士の分け前として肯定する。これが街のチンピラ・ゴロツキ御用達の神として重宝される所以だが、それだけでは国に認可されて教会は建ったりしない。

 ヴァルマハートは他の神同様に権利を肯定するが義務も与える。ヴァルマハートの課す義務は外敵との戦争だ。神話におけるヴァルマハートには、戦争の義務を請け負うから戦争における悪徳を許容せよ、と開き直る逸話がある。

 ヴァルマハートはこの論理を己の信徒にも適用する。義務を果たさぬもの、悪徳ばかりを為すものは、ヴァルマハートの意に沿わぬものとして神の加護を失うだろう。

 この点において、苗床化した魔物の討伐は果たすべき義務としてかなり比重が大きい。こちらの理由でもドミニク達は無視し難い。

「誰もが認める危険な敵の討伐、それに伴う名誉と財、ヴァルマハートの教えにも適うのではないですか?」

「確かに悪くない話だな。で、てめえの望みは何だ?」

「そうですね。私も戦闘に協力するので、戦いにおいて過不足なく貢献した、と伝えてもらうだけで構いません。角兎の狩りで十分生活できるので、仕事選びを邪魔しないでくれたらそれでいいです」

 この狩りの成果を冒険者ギルドに報告すれば即席の編成のため、ベンウッドが下でドミニク達の一行が上という序列も功績と共に公示される。

 対抗派閥の冒険者が怖いらしいが、その看板を潰せるなら文句はないだろう。ドミニク達の一行で討伐出来ない場合でも、同じ派閥のより強力な徒党で討伐すれば派閥の名を挙げることが出来る。

 ベンウッド自身はその名声に価値を感じていない。不要な物を譲る代価に生活への干渉を止めさせられるならそれで充分だ。

「…まずはその魔物を見に行く。話はそれからだ」 

 名誉欲を大いに刺激する獲物を前に、断るという選択肢はなかった。

●余談

この世界の6神信仰の神様は以下の6柱

法と秩序の神ウルグ・ロカン

自由と混沌の神ライオース

生命を司る神アルマー

死を司る神ケイノー

水と土、豊穣の神:パラメラン

戦神:ヴァルマハート


ウルグ・ロカンとライオースは兄と弟。考え方は違うが仲は良い兄弟。

ライオースは脱法エピソードが多いが、人情話や滑稽話も多いので庶民に人気がある。

アルマーとケイノーは双子の女神。外見は似ているが性格は似ていない。

だいたいの逸話でケイノーがキレて、アルマーがなだめるまでがセット。

パラメランとヴァルマハートはアルマーを争った恋敵。ではなくヴァルマハートの一方的な横恋慕。

ヴァルマハートの横恋慕エピソードはカスな話が8割だが、だいたいライオースに酷い目に合わされる。

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