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05:冒険者という人種:2




「おいおい、中層まで行けるベテラン様が角兎(ホーンラビット)狩りか?」

 受付の前で手続きを待つベンウッドを、6人組の冒険者達が背後から囲む。一人はベンウッドの動きを封じるように、親し気な仕草で肩を掴んだ。

 ベンウッドにはそろそろ頃合いだろうとわかっていた。彼らは依頼を選ぶ頃合いからずっとこちらを観察していたのだ。

 以前にも開拓村で似たような扱いを受けたことがある。ベンウッドも用心として横目で彼ら徒党(パーティ)の構成を確認済みだ。

 大振りの剣や斧を使う見るからに重装備の戦士が2人、それよりは身軽そうな双剣使いが1人、鎧の特徴から弓使いと判断できる者が1人、魔法の発動を補助する杖を持った魔法使いが1、戦神の神官らしいのが1人。

 徒党(パーティ)としてバランスは良い。立ち振る舞いから中層域でもそれなりに戦えそうな実力はうかがえる。

 問題はそれだけの武力を周囲を威圧するためにひけらかしているところだ。古傷や刺青を見せびらかし、片手は常に武器に手を掛けている。

 そんな連中が一人を逃げられないように囲むのだから、悪意があることは見え透いていた。

 ベンウッドは戦士階級のオークに囲まれた経験もあるので大して恐ろしいとも思わなかった。いきなり殴ってこないだけ文化的だ。

 自分だけなら慣れてるのでどうとでもなったが、怯えて縮こまっている受付嬢だけはなんとか距離を取らせたかった。

角兎(ホーンラビット)を狩るのも大事な仕事ですよ」

「んなこたあわかってるよ。けどベテラン様が新人の依頼を奪っちゃまずいだろうがよ」

 肩を掴んできた男が諭すように屁理屈をこねる。ベテランから新人まで見向きもしない依頼を取ったはずだが、どのみち理屈で会話はしないだろうからと特に抗弁はしなかった。

 ベンウッドが黙っていることに気を大きくして、横についた双剣使いが依頼の書かれた木札をベンウッドの目の前に置いた。わざと大きな音を立てて。

「ほれ、これなんかどうだ。魔狼(ワーグ)の討伐。あんたなら簡単だろ?」

「それとも…。狩れるのは兎ぐらいで魔狼(ワーグ)は無理か? なあどうなんだ? あぁ?」

 調子に乗った斧を使う戦士が言葉を被せてきた。これは良く知っている。オーク達が相互に序列を決める時にやる挑発と同じだ。

 相手の武威を貶め、抵抗しなければ下位と見做す。貶められた方は血によって言葉を証明するが、街の法の中でそれが正解とも思えない。

 ちらりと受付の奥を見れば、昨日紹介状に疑義を呈した年嵩の職員が素知らぬ振りで事務仕事を続けている。

 目の前の受付嬢含めた女性職員達が一様に緊張しているのを見ると、この騒動が許されたものというわけでもなさそうだ。

 そもそも紹介状の中身を疑われている理由がベンウッドにはわからなかった。支部が本部に対して送る事務手続きの書簡ではなかったのか。支部から本部に常習的に嘘を混ぜ込むようなことがあるのだろうか。

 元々必要としていなかったところに、あれば便利だと言われて手間賃を払ったのだ。これなら無いほうが良かった。

「……昨日の紹介状の話でしたら、私は文面に関わっていませんし、ここで開封するまで内容を知りませんでした。疑義はギルドまでお願いします」

「別にそんな面倒なことしなくても、てめえができませんって泣いて詫びいれたら済む話だろ」

「さて。出来ない事は書いてないように見えましたが」

「ふかすんじゃねえよ。ほんとは魔狼(ワーグ)なんか狩れねえんだろ? それでそんなショボい仕事を受けてだろ? 違うか?」

 リーダーらしい大剣使いはいよいよ顔を近づけて威圧するようになった。

 魔狼(ワーグ)狩りを選択肢に入れなかった理由は、狩りを求める理由がその皮が必要という一点のみだったからだ。

 更なる富を求めることを否定はしないが、ベンウッドの信条として加担はしたくなかった。

 どう説明してもこの考えを理解してもらえるとも思えず、ベンウッドは会話の切り口を変えることにした。

「ひとつ確認したいのですが」

「あぁ?」

「ギルドの紹介状に嘘・大袈裟・紛らわしい内容を書くことって多いのですか?」

「おうとも。てめえみたいな余所者は特にな!」

「なるほど…。大変ですね」

 開拓村から街に来るまで、言われた通りの事務手続きしかしてないので、そこに挟まる街特有の事情なんぞは知ったことではない。

 知った事ではないが彼らの(本当に彼らのものかは不明だが)疑心に一定の正当な理由があるのであれば、それに配慮するのは吝かではない。

 証明が必要なのであれば自分なりの方法で証明すればよいだけのこと。

「わかりました。紹介状の中身まで疑われては今後の活動に差し支えます。なので紹介状の中身が嘘でないことの証明をしましょう」

「ほぉ? どうやってだ?」

「明日、異形の森の中層域まで狩りに行きます。私一人では不正を疑われますので、実績に疑義を呈する皆さんが証人として同行してください」

「…なるほどな。出来るってんなら文句はねえよ。なあ、みんな」

 急に話が通じるようになった。理由を察するほどに情報はないが、面倒がなくてありがたい。

 人目の無い状況に自ら飛び込んだことを喜んでいるのかもしれない。徒党(パーティ)の仲間は揃いも揃ってニヤニヤと笑みを浮かべたままだ。

「ありがとうございます。とはいえ、森に行って魔狼が見つかるかは運です。なので狩りの対象は中層域より深いところに住む魔狼より大きな魔物の何れか、に変えてもいいですか?」

「ふーん…まあ、いいか。中層域に魔狼(ワーグ)より弱い魔物なんてそういねえからな」

 魔狼の体躯はそれなりに大きいが、異形の森に住む捕食側の魔物の中では平均より小さい。本質的には群れであることが強い魔獣だ。

 それ以上の大きさとなると単独で魔狼の群れ以上に危険な魔物が山ほどいる。この条件だと弱い魔物を狩って誤魔化す事は出来ない。

 ここで大事なのはこちら側で獲物を選べる点だ。森の維持にとって害悪になる魔物を選んで狩ることが出来る。これならば森番としての役割にも反することはない。

「今日は角兎(ホーンラビット)の依頼を受けましたので、そちらを優先します。今夜中に準備を済ませ、明日の朝の西門に集合。開門と同時に出発でどうでしょう?」

「それでいい。ふん、逃げんじゃねえぞ」

「ビビって逃げても良いけどな」

 口々に適当な煽り文句を口にしながら、徒党(パーティ)は囲みを解いた。

「騒がせて悪かったな。この嘘つき野郎は俺達が面倒見るから安心してくれ」

 好き勝手場を乱した冒険者達はまるで問題児を丁寧に取り扱ったかのような口ぶりで周囲にそう言い聞かせる。何かあった時はそういう筋書きで証言しろという脅しも兼ねているのだろう。

 立ち去っていく彼らに対する周囲の反応は様々だ。囃し立てるように賛同する者、見ない振りに徹する者、不機嫌そうに目を配る者。

 誰も彼もが彼の行状を認めているわけではない。ベンウッドにとってはその1点だけわかれば十分だった。

「あの、ベンウッドさん……」

 徒党(パーティ)が完全にギルドから去ってから、声を潜めて受付嬢が話しかけて来た。

「申し訳ありません。ギルド内のごたごたに巻き込んでしまって…」

 後ろで見て見ぬふりをしてるあいつが謝るならともかく、彼女は怖い目にあった同じ被害者だ。謝罪されるいわれは無いし、なんなら巻き込んでしまったのはこちらだろう。

 よくわからないが、支部と本部で紹介状が通らない程度に何かもめてるのだろうか。

 なるべく相手の現状を理解しようとは心がけているが、昨日の今日に街に踏み込んだばかりのベンウッドでは理解は難しかった。

「構いません。開拓村でも似たような感じでした。おとなしくやるんで放っておいてくれたらそれで良いんです。ええ、ほんとに」

 放っておいてくれるかどうかはわからないが、腕前を証明したところで余所者の下に立ちたくない連中は手段を選ばないだろう。

 オークの思考を基準に類推するのならば、闇討ちして物理的に排除してくる可能性も考えられる。警戒しておくに越したことはないだろう。

 うんざりする話だ。人の街に来たというのに、人付き合いのたびにオークの思考を思い出す必要があるのだろうか。

 エルフのように上品にしろとまでは言わないが、せめてドワーフ程度には仕事に誇りを持ってほしいものである。

 それはそれとして、ベンウッドは大事なことを忘れている事に気づいた。

「すみません。もし知っていたらで良いのですが…」

「はい、なんでしょうか」

「さっきの彼らの名前とか連絡先、教えてもらっていいですか?」

「あー……」

 全員が絡んできた彼らのことを知ってる体で話が進んでいたが、顔見知りも一桁台のベンウッドは事前情報が抜け落ちている。

 ベンウッドは受付嬢から彼らの一人一人の名前と徒党(パーティ)の名前、最近の素行に関してをこっそり聞かせてもらった。

 あんまり大っぴらに個人情報を流すのは良くないらしいが、状況が状況なので情報共有してくれるとのことだ。

「今回の件で何かありましたら私の名前を出してください。対応させていただきます」

 黒髪で少し童顔の愛らしい受付のお姉さんはメリンダさんと言うらしい。

 ベンウッドは感謝の気持ちと共にメリンダの名前を覚えたが、翌日には教えてもらったチンピラ冒険者達の名前の大半を忘れていた。

角兎(ホーンラビット)はユニコーンとかみたいな細く長い尖った角がついた魔獣です。

兎の頭に付くサイズの角の使い道が思いつかないので、他の骨と一緒に灰にして肥料にしています。


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