04:冒険者という人種:1
冒険者達の朝は早い。下っ端は特に早い。なんせ出遅れれば仕事にありつけない可能性があるからだ。
朝一番にギルドにやってきたベンウッドは、扉の前で待機してる人間がいることに驚いた。彼らはギルド職員が扉を開けるのと同時に建物の中に入り、受付に2列で並んだ。
職員が手早く記帳して木札を渡すと、彼らは足早にギルドを去って行く。呆然とわけがわからずその流れを見守るベンウッドに、朝一番でやってきた他の冒険者が声をかけた。
「朝のギルドは初めてかい?」
「はい。昨日の昼前に街に来たばっかりで」
「そりゃ驚くか」
はははは、と快活に笑うその冒険者は若い男だった。年は20代の半ばぐらいだろうか。
魔獣革を圧縮して固めた立派な全身鎧を身に着け、腰には使い込んだ後のある長剣を佩いていた。
背丈こそベンウッドに劣るものの、しなやかな筋肉が全身を覆っている。十分ベテランといえる域の戦士だ。
「何の行列だったんですか?」
「彼らは仕事を貰いに来てるんだよ」
その冒険者は残った木札を眺めながら、おおまかに彼らに渡された仕事の解説してくれた。彼らが受けた仕事は主に石切り場や木材置き場の日雇い、街中のドブ浚い、橋や見張り台の建築等だという。
およそ冒険者ギルドの仕事のように思えない内容だが、駆け出しの冒険者達にとってなくてはならない仕事だ。
異形の森の浅層域までしか入れない、あるいはそれすらも難しい新人達は狩りも採集も上手くいくことが少なく、結果収入が安定しない。
そんな彼らが食うに困って剣や弓を街中で振るわないように、ギルドは公的事業の雑務を分配する所謂口入れ屋のような業務も行っている。
情熱ばかりで夢見る新人達、あるいは食うに困って村を出て来ただけの若者達は、ここで金を貯めて装備を揃えて冒険に出る。冒険の合間合間の小遣い稼ぎでもここを利用するだろう。
そして夢破れて諦めた頃には仕事をした実績が残って、泥棒よりかなりマシな仕事先が見つかるという流れだ。
そもそもがこの冒険者ギルド、商人ギルドや各職能ギルドとは設立事由が根本から異なる。商人や職人達が利益を守る為に集まったのが商人・各職能ギルドの始まりだが、冒険者ギルドの設立母体は国であり、目的は冒険者達の統制と保護だ。
ギルド設立以前も冒険者は富や名声を求めて冒険に出ていた。それ自体は未知を既知にする行いなので国として有り難い話だったのだが、問題は彼らが街で住んでる期間の話だ。
冒険から帰還した冒険者は手柄話に花を咲かせながらも、戦利品を売って次の冒険のために装備を整える。ここでよく商人達ともめた。
長く険しい道を行き、凶暴な魔物と戦い、時には仲間の命と引き換えに得た希少な戦利品を買いたたかれた冒険者はどうするか。もちろん暴力で解決する。
商人が連れてる護衛程度では、兵士数十人単位で立ち向かうような魔獣を数人のチームで殺すような冒険者の敵ではない。
実際に高価な品を買いたたいたのか、あるいは価値の無い品を持ち帰ってしまったのか、あるいは商人をだまそうとして二束三文の品を売りつけようとしたのか。
個々の事案の真相は不明だが、街に常駐しない冒険者と街のあらゆる人々と繋がりを持つ商人の、どちらの話がより広まるかは自明のことだ。
冒険者は名前を変えたヤクザ者。そういう風評は瞬く間に広まっていった。実際にガラの悪い冒険者は履いて捨てるほど居てる。地元の盗賊ギルドの用心棒に収まってしまう冒険者も多かった。
「君はそんな心配は無さそうだね」
「お金が無かったら野宿するんで、まあ」
「そっちじゃないんだけど、暴れないならそれでいいか」
親切に解説を続けてくれた冒険者は木札を一枚取り上げる。木札に掛かれた依頼の概要は周辺地域の村から届いたゴブリン退治の依頼だ。
ゴブリンは非常に数が多く、群れを作って自分より大きな魔獣も狩ることがある。大きな群れはやがて村を襲うようにもなるため、集落が発見されればこのように冒険者に依頼が来るか、あるいは軍での対応となる。
冒険者に発注されるのは主に小集落の攻略。軍隊で動くには過剰だが、放置は出来ない程度の相手だ。彼はそのありふれた仕事を次の役割と定めたようだ。
「じゃ、あんたも仕事頑張れよ」
彼は受付で手続きを済ませると待っていた徒党の仲間と共にギルドの建物から去って行った。
気の良い人だった。同じ街で働くのだから名前ぐらい聞いておけばよかったと少し後悔したが、また会う機会もあるだろうとそこまで頓着はしなかった。
朝一番で集まった冒険者の多くが同じように仕事の手続きを取ってギルドの人口は一気に減る。ベンウッドは人が減ったところでようやくじっくりと残った依頼を見ることにした。
この街の冒険者ギルドの依頼は多岐にわたるが、やはり異形の森に関する依頼は多い。
森の深い場所でしか育たない希少な各種植物の採取、森から出て人に害をなす魔獣の討伐、異形の森の地形や植生などの基本的な調査。等々、異形の森を攻略を重視するギルドの方針が強く出ている。
ベンウッドは森番としてそれら開拓事業には中立の立場をとる。あるがままの森と人々が折り合うための橋渡し、あるいは調整が自分の役目と割り切っていた。なので街を基点として活動を始めた以上、受ける依頼の方向性は自ずと定まってくる。
彼は一通り依頼の木札に目を通しながら、ある依頼に目をつけていた。おそらくその依頼こそが、自分の役割なのだと思った。
早速依頼の木札を掲示板から取り外して受付に持ち込む。受付嬢は昨日紹介状の処理を行ってくれた女性だった。
「この依頼を受けたいのですが」
「角兎の駆除ですか? その、1匹あたり追加で銅貨10枚しか付かない安い依頼ですよ」
受付嬢は驚いて確認する。この依頼は値段としては随分安い。中層域まで入れる実力があるなら他に稼げる依頼は幾らでもある。
「その依頼、長いことそのままですよね。札に少し埃がかぶっていました。依頼した人達、随分待たせてしまってますよね」
角兎の狩りは人気が無い。普通の兎なら手の空いた者を動員して巻き狩りでもしてやればいいのだが、角兎は弱いとはいえ列記とした魔獣。
死角から飛び出た角兎に足や腹を突かれて大怪我する人間が後を絶たないので、女子供や素人の動員は難しい。
巻き狩りが出来ない以上、冒険者は角兎の巣穴を探して周囲を歩き回るはめになるのだが、簡単に見つかるような動物なら対処に苦労しないだろう。
ここで狩った角兎は肉も毛皮も自分のものに出来るが、角兎は普通の兎と肉も毛皮も違いが無い。角も特別何かの利用価値があるわけでもない。
総評して、時間拘束長めで面倒な割りに不安定で言うほど儲からない。新人すらも敬遠する安い依頼の出来上がりというわけだ。受付嬢の驚きも当然のことであった。
「ありがとうございます。では手続きを進めますね」
受付嬢の口からは自然と感謝の言葉が、顔には柔らかい笑顔が浮かんでいた。
名誉と金に執心する冒険者はこの手の依頼を全く受けない。そんな中で面倒事を率先して引き受けるベンウッドの姿勢は非常に好ましく見えていた。
一方のベンウッドからすれば大して苦もない仕事だ。精霊魔法を使うベンウッドは精霊の声を聞くことで遠方から小動物の存在を感知することができる。
どこに隠れても風の通る場所なら見つけ出すの容易い。となればもはや角兎の狩りは的当て程度に難易度が下がってしまう。
今日はギルドの仕事の仕組みを知るためにも簡単な依頼を受け、ついでに近隣の地理にも慣れる。しばらくはこの繰り返しでこの街そのものに自分を馴染ませていこう。
ベンウッドはそのように腹積もりをしていたが、木札を選んでいる頃合いからそう上手くはいかないと少し腹をくくっていた。
依頼を選んでいる振りをしながら、ずっとこちらを窺っている徒党が居たからだ。
1話3000文字ぐらいが読みやすいと聞いたので、以後それぐらいを目安に切っていきます。